00011CJT「怒り(二)」
大月は、窓辺で剣を磨いていた。
一言で言うと、冒険者の格好。
この後、冒険に行くという感じに見える。
俺はあまり見てたくなくて、
単眼鏡をすぐにジョーカーに返した。
影世でまであんなクソ野郎の顔は見たくない。
俺は、大月が一番嫌いなんだ。
あいつが殴ることは少ないけど、川辺に殴らせる。
卑怯者だ。
陰湿で腹が立つ。
するとジョーカーがはじめて口を開いた。
「俺は心底ガッカリしてる」
と、俺の目を見つめてくる。
狐の面の隙間から、ジョーカーの黒目がわずかに見える。
「何を?」
「純一、お前はなかなか復讐しようとしない。
……約束したはずなのに。もう忘れてる」
ジョーカーはため息をつく。
「忘れてない。
復讐は、する。
大月は本当に嫌なやつだ。ただ」
「ただ何だよ……。
お前がもたもたしてる間に、大月はまた人を傷つけたよ。
善良な市民が、また犠牲になったんだ」
ジョーカーは不機嫌そうな調子で言う。
ジョーカーが俺に何を期待してるのかはわかる。
たぶん、殺しに早く取り掛かってほしいんだろう。
それなのに、俺が普通に遊びたがってるから。
……けど、そんな嫌味ったらしく言わなくても良いじゃないか。
今までずっと優しくしてくれてたのに、
突然そんな風に言われたら、なんだか胸が苦しくなってくる。
「お前が復讐しやすいように、教えてやろうか」
と、ジョーカーは切り出す。
「現世でどうしてお前がいじめられるようになったか」
俺が、どうしていじめられるようになったか……?
「それ、どういうことだよ」
「殺すときにわかれば良いと思ってたが、
俺としてはさっさと殺ってほしい」
と、言うと、ジョーカーは俺の首を掴んで顔を寄せてくる。
怖い。
鬼のような狐の面。
その中の瞳が俺のことを睨んでる。
「大月と津秋は付き合ってる」
一瞬、胸が止まったような気がした。
「影世でも、大月と津秋は毎晩お盛んだ。
何なら、夜まで待てば良い。
見れるぞ、やってるところがな」
大月と津秋が、付き合ってるだって?
う、嘘だろ?
信じられない……。
いや、信じたくない。
学校でベタベタしてるところなんて見たことないし。
津秋は、……違う。
これはジョーカーの嘘に違いない。
「津秋がお前に構うから、大月はお前に嫉妬したんだろう。
大月は酷いヤキモチ焼きだ。
現世のいじめはそれが発端だな」
ジョーカーの言葉を聞いて、俺は思い出す。
津秋と少しでも絡んで浮かれた日。
たいていその次のいじめは酷かった。
大月の嫉妬。
たしかに、ありえなくも……ない。
自分の目つきが鋭くなってくるのを感じる。
物凄くムカついてきていた。
そんなもののために俺は……。
クソ……。
津秋のことはショックだ。
大月のことは無茶苦茶腹が立つ。
「純一、大月を殺して津秋を奪え」
おもむろにジョーカーが言う。
既に首からは手を離している。
「お前にはその権利がある。
お前が復讐するのは当然のことだ。
男を殺して、女を奪え」
メラメラと俺の中に怒りが沸く。
「純一、影世では何をしても許される」
影世では、何をしても許される……。
「お前には復讐する資格があるんだ。
影世で大月を殺せば、現世の大月も死ぬ。
お前は大月を殺すんだ。
そして、津秋を奪え」
ジョーカーは同じ言葉を繰り返す。
まるで呪文のように。