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魔法が使えない魔女見習い、前世の医学で薬屋を始めます  作者: ゆっきー
第1章 郊外の小さな魔女

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第2話 森の入り口の、小さな冒険者

 ライルさんが来た夜から、三週間ほどが過ぎた。


 テーブルの上の小さな木箱には、あの日の銅貨が、そのまま入っている。

 使えばパンが買えるのはわかっている。でも、なんとなく、使えずにいた。


 その日、私はかごを抱えて、森の入り口に来ていた。


 朝の森は、夜とは別の場所みたいに明るい。

 木漏れ日の中で、小鳥がちちちと鳴いている。


(熱冷ましの草と、傷によく効く草……あと、お腹の薬の草も、少し)


 しゃがみこんで、葉っぱを一枚ずつ確かめながら摘んでいく。

 森の奥には、絶対に行かない。

 見えている範囲の、入り口のあたりだけ。


 かごが半分くらい埋まった頃だった。


 がさり。


 すぐ近くの茂みが、揺れた。


(ひっ……!)


 私はかごを抱えたまま、固まった。


(ま、魔物……? それとも、人……? どっちも無理……!)


 逃げたい。今すぐ家に帰りたい。

 なのに、足が動かない。


 茂みの下から、何かが出ていた。


「……革のブーツ?」


 どうやら魔物じゃないらしい。


 ホッとして恐る恐る近づいてみると、ブーツは私の足と同じくらいの大きさだった。


 茂みをのぞきこむと。


 そこに倒れていたのは、私と同じくらいの背丈の女の子だった。


 深い緑色のフードつきマントに、腰には短い剣。

 フードの下の顔は真っ赤で、はっ、はっ、と浅い息をくり返している。


 人見知りの私が、なぜか少しだけ近づけたのは、たぶん相手が小さかったからだ。

 大人の人だったら、きっと、また固まっていた。


(……熱がある)


 視線が、自然と下に落ちる。


 左の足首。ブーツの上のところに、小さな穴が二つ。

 そのまわりが赤紫色にふくれあがって、すねの方まで広がっていた。


(何かに噛まれた……? 傷跡からすると、ヘビ?……腫れが、広がってる。毒かもしれない)


「……だ、だいじょうぶ……?」


 女の子のまぶたが、うっすらと開いた。


「……ん……だれ……?」


「……ミミ、です。あの……動かないで……毒かもしれないから……!」


 女の子は、熱でぼんやりした目で私を見て、それから、へにゃっと笑った。


「……たすかったぁ……あたし、ちょっと……やばいかも……」


 *


 家までは、ほんの少しの距離だった。

 でも、その「少し」が、とても遠かった。


 女の子を背負おうとして、二人そろって、べしゃっと転んだ。


(む、無理……! 同じくらいの体格なんだから、背負えるわけない……!)


 仕方なく、女の子の腕を私の肩に回して、横から支える。


「か、かまれた、ほうの……あし……つかないで……」


「うん……けんけん、するね……」


 女の子は噛まれていない右足で、ぴょん、ぴょんと跳ねる。

 私はその横で、よろよろと踏んばる。


 小さな二人が、ふらふらと、森の入り口から家へ向かって歩いていく。

 たぶん、はたから見たら、ものすごく危なっかしい光景だったと思う。


 家に着いたときには、私の方が汗びっしょりになっていた。


 *


 女の子を、ベッドに寝かせる。


 まずは、ブーツ。

 噛まれた方の足は、さっきよりもさらに赤みが増し腫れている。


(このままだと、ブーツが足を締めつけちゃう。今のうちに)


 固く結ばれたひもに、小さな指をかける。

 なかなかほどけない。

 何度もやり直して、やっと緩めて、そっと引き抜く。


「……いっ……」


「ご、ごめんなさい……!」


 足はベッドの上に、まっすぐ寝かせた。動かさないように、丸めた毛布を両わきに置いて支える。


 次は、熱。


 水がめの水で布をしぼって、額に当てようとした。

 そのとき、フードがじゃまになっていることに気づいた。


(ちょっとだけ、ごめんね……)


 そっと、フードを外す。


 さらりと、明るい色の長い髪がこぼれた。


 そして、その髪の間から——


 ぴょこん、と。


 とがった耳が、のぞいた。


(…………え?)


 私は、布を持ったまま固まった。


(み、耳……とがってる……? これって……まさか……)


 母に聞いたことがある。

 森の奥深くに暮らしていて、人の住む町にはめったに姿を見せない種族。


(……エルフ……!?)


 本物を見るのは、生まれて初めてだった。


 思わず耳をまじまじと見つめてしまってから、はっとして、ぶんぶんと首を振る。


(今はそれどころじゃない! 手当て、手当て!)


 ぬらした布を、額に乗せる。

 もう一枚しぼって、首のところに。

 さらにもう一枚、わきの下にはさむ。


 熱い体に冷たい布が触れて、女の子が、ほう、と小さく息をついた。


 *


 次は、毒。


 私は棚から、母のノートを取り出した。


「な、なにに……か、かまれ、ました……か……?」


 女の子は、ぼんやりした目で天井を見ながら、ゆっくりと答えた。


「……みどりの……おっきい、トカゲ……キバが、あって……」


(ヘビじゃなくて、トカゲ……緑の、大きい……)


 ノートを、ぱらぱらとめくる。

 熱を下げる草。傷によく効く草。お腹の薬。

 その後ろの方に、魔物の毒についてのページがあった。


 母の字で、魔物の絵と、噛まれたときの様子が、細かく書きこまれている。


 ページをめくる指が、一枚のところで止まった。


『ミドリキバトカゲ』


 緑色の、大きなトカゲの絵。


『噛まれると、まわりが赤紫色に腫れ、腫れは少しずつ広がる。半日ほどで高い熱が出る。

 放っておくと、腫れが体の方へ上ってきて、とても危ない。

 毒消しには、アオツユ草の根と、ニガヨモギを煎じたものを飲ませること』


(赤紫の腫れ。広がってる。熱……。全部、同じ)


 私は女の子の足首と、ノートの絵を見比べた。


(……これだ)


 ページの端には、母の字で、もう一行。


『子どもに飲ませるときは、量を半分に』


(……お母さん)


 胸の奥が、きゅっとなった。


 でも、泣いている時間はない。


 *


 アオツユ草は、家の裏庭に植えてある。

 ニガヨモギは、天井から吊るした草の束の中にあったはずだ。


 椅子に乗って、草の束を下ろす。

 裏庭に走って、アオツユ草を根っこごと引き抜く。

 根を洗って、刻んで、すりつぶして。

 ニガヨモギと一緒に、小さな鍋で煮出していく。


 部屋の中に、むわっと青くさい匂いが広がった。


(……いい匂いでは、ない)


 煮出した汁を布でこして、器に移す。

 どろりとした、濃い緑色の液体ができあがった。


 ノートのとおりに、子ども用の半分の量。

 そこから、さらに。


(この子の体の大きさなら……もう少しだけ、少なめに)


 私は器の中身を、ほんの少しだけ減らした。


 *


 今回は、ちゃんと意識がある。だから、飲ませられる。


 女の子の背中に手を入れて、少しだけ体を起こす。

 器を口元に持っていく。


「……こ、これ……のんで……ください……。ど、どく、けし……です……」


「ん……ありがと……」


 女の子は器に口をつけて、こくり、と一口飲んだ。


 そして。


「——にっっっがーーーーーい!!!」


 家じゅうに、悲鳴がひびいた。


「なにこれ!? 草!? 土!? 草と土をまぜて煮たの!?」


(だ、だいたい合ってます……!)


「むりむりむり、これむり! あたし死んじゃう!」


「の、のまないと……し、しんじゃい、ます……!」


 自分でも驚くくらい、はっきりした声が出た。


 女の子が、きょとんとした顔でこちらを見る。

 私も、自分の口から出た言葉にびっくりして、固まった。


 少しの沈黙のあと。


「……う、うぅ……わかったぁ……」


 女の子は鼻をつまんで、ぎゅっと目をつぶり、残りを一気に飲み干した。


「……うぇぇぇ……」


 そのまま、ばたりと枕に倒れこむ。


(ご、ごめんなさい……! 味の改良、次こそは……!)


 *


 その夜、私はベッドの横に椅子を置いて、ずっと女の子を見ていた。


 額の布がぬるくなったら、しぼり直す。

 腫れの端に、炭で小さな印をつけておいて、広がっていないかを確かめる。

 目を覚ましたときには、少しずつ水を飲ませる。


 夜中を過ぎた頃。


 炭の印のところで、腫れが止まっていた。


 額に手を当てると、さっきまでの燃えるような熱さが、少しだけやわらいでいる。


(……効いてる)


 私は、椅子の上でひざを抱えた。


(ちゃんと、効いてる……)


 窓の外が白んでくるまで、私はその寝顔を見守っていた。


 *


「おっはよーーーっ!!」


 元気な声で、私は飛び起きた。


 いつの間にか、椅子の上で眠ってしまっていたらしい。


 目の前に、ベッドの上に座った女の子がいた。

 頬の赤みはすっかり引いて、目がきらきらしている。


「ひゃっ……!」


 私は椅子から転がり落ちて、そのまま棚の陰に逃げこんだ。


「わっ、隠れた! なんで隠れるの!?」


(ち、近い……! 声、大きい……!)


「ねえねえ、あなたが助けてくれたんだよね? ありがとう! ほんとにありがとう! あたし、もうだめかと思った!」


 女の子は、包帯を巻いた足をぶらぶらさせながら、まくしたてる。


「あたし、レイン! 冒険者なんだ! まだ駆け出しだけどね! 森で魔物退治の依頼を受けてたんだけど、あのトカゲ、思ってたよりずっと大きくて、噛まれて、逃げて、迷子になっちゃって……えへへ」


(い、一気にしゃべる……!)


「えっと……ミミちゃん、だったよね? 熱でぼーっとしてたけど、名前はちゃんと覚えてるよ!」


 こくこく。


(お、覚えててくれた……)


「ミミちゃんって、かわいい名前だね!」


(……か、かわいい……?)


 顔が、かあっと熱くなる。


「ミミちゃんは、何歳?」


 私は棚の陰から、そっと片手を出して、指を五本立てた。


「五歳!? えらいねえ、一人でこんなことできちゃうなんて!」


 レインさんは、自分のことのように胸を張った。


「あたしはね、十五歳!」


(…………え?)


 私は、思わず棚の陰から顔を半分出した。


 目の前の女の子は、どう見ても、私と同じくらいの大きさだ。


(じゅ、十五歳……!? 私より、十歳も年上……!?)


「あはは、びっくりした? エルフはね、ゆっくり大きくなるんだ。だから、小さく見えるけど、ちゃんとお姉さんなんだよ!」


 レインさんは、とがった耳をぴこぴこと動かして、得意げに笑った。


(お、お姉さん……)


 昨日、半分よりさらに少なく調整した、ポーションの量。


(……体の大きさで考えたから、結果的に合ってた……のかな)


 私は、そっと胸をなでおろした。


 *


「それでね……」


 帰りじたくをしながら、レインさんは、ちょっと困った顔になった。


「お礼、払わなきゃなんだけど……依頼、失敗しちゃったから、お金、ほとんどなくて……」


 腰の小袋を逆さにすると、銅貨が一枚だけ、ころんと転がり出た。


「……これだけ」


(い、いいです……! お金は……!)


 そう言いたいのに、言葉が出てこない。

 私は棚の陰で、ぶんぶんと首を横に振るだけだった。


「だめだめ! 助けてもらったのに、それはだめ!」


 レインさんは、うーん、と腕を組んで考えこんだ。

 それから、ぱっと顔を上げた。


「そうだ! ミミちゃん、薬草を集めてるんでしょ? かごに、いっぱい入ってたもんね」


 こくこく。


「じゃあ、今度、森の奥の薬草を採ってきてあげる! 森の奥にしか生えてない草って、いっぱいあるんだよ。あたし、森は得意なんだ。エルフだからね!」


(……森の、奥……)


 母が、帰ってこなかった場所。

 私が、どうしても行けない場所。


 そこにしかない薬草があれば、もっといいポーションが作れるかもしれない。

 母のノートには、私がまだ一度も作れていない薬が、たくさん載っている。


「……ほ、ほんと……に……?」


 気づいたら、口からこぼれていた。


「ほんとほんと! 約束!」


 レインさんは、ぶんぶんと手を振りながら、扉を開けた。


「じゃあね、ミミちゃん! また来るね!」


 ぱたん、と扉が閉まる。


 急に静かになった部屋で、私はしばらく、棚の陰から動けなかった。


(……また来る、って)


 ライルさんと、同じことを言っていた。


 私は、そっと棚の陰から出て、窓に駆け寄った。


 森の方へ続く道を、小さな背中が、ぴょんぴょんと跳ねるように歩いていく。

 途中で一度振り返って、大きく手を振った。


 私は、窓の内側で。


 誰にも見えないくらい小さく、手を振り返した。

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