第22話 夜の訪問者
その夜、私は夢を見ていた。
大広間でトマくんの膝に包帯を巻いていたら、その包帯がどんどん長くなって、気がつくと私がぐるぐる巻きになっていて、まわりの人が拍手している。意味がわからない夢だった。たぶん、感謝状のことを引きずっている。
——かたん。
目が覚めた。
(……いま、音)
天井の暗さが、いつもどおりだった。窓の外も静かだ。きのうの風で雨戸が鳴っているのかもしれない。そう思って、毛布を引き上げた。
——かたん。がたっ。
今度は、はっきりと聞こえた。棚の音だ。
(……お店のほう)
心臓が激しく脈打ちはじめた。
(泥棒。泥棒だ。いやまって、ハンナさんかも。ハンナさんが夜中にうちの棚をあさる理由は……ない。ないです。じゃあ泥棒。泥棒です)
*
私は、音を立てないようにベッドから降りて、床をはった。
カーテンのすきまから、店のほうをのぞく。
ランプの火が、小さくゆれていた。知らない明かりだった。
男の人が、二人いた。
顔は見えない。見えるのは足もとだけだ。土のついた長靴と、底のすり減った編み上げ靴。どちらも、うちのお客さんの靴ではなかった。
「おい、どれだ」
「知るか。緑の瓶ばっかりじゃねえか」
二人は、棚の小瓶を片っぱしから布の袋に放りこんでいた。札を読むそぶりもない。
(……わたしの薬)
熱冷まし。傷薬。毒消し。お腹の薬。この三日で作ったばかりのもの。
足が震えた。声も出なかった。出したところで、どうにもならない。私は六歳で、武器も魔法も持っていない。
(ハンナさんの家まで走る? むり。扉を開けたら気づかれる。窓? 高い。大声? ……出ない。出るわけない)
「おい、こっちだ」
片方の男が、天井を指した。
「吊るしてあるぞ。束になってる」
心臓が、どくんと鳴った。
天井の横木には、乾かしている薬草の束がいくつも下がっている。その中の、いちばん奥。布を二重に巻いて、ひもで縛ってある束がひとつ。
死神の鈴だった。
「紫の花だったよな」
「知らねえよ。全部持ってきゃいいだろ」
男が、手を伸ばした。
素手で。
(……だめ)
考えるより先に、口が開いていた。
「——さわらないでっ!」
自分でもびっくりするくらい、大きな声が出た。
男二人が、こっちを向いた。
(……あ)
(……わたし、いま、何をしましたか)
「……ガキがいるぞ」
「かまうか。縛っとけ」
長靴が、こっちへ歩いてくる。
足が動かない。息の吸い方を忘れた。帽子もかぶっていない。顔が出ている。それが、なぜか、いちばんこわかった。
*
——がしゃん。
裏の窓が、内側に吹っ飛んだ。
小さな影が、ころん、と床に転がって、そのまま跳ね起きた。とがった耳が、月明かりでぴんと立っている。
「ミミちゃんの店で何してんの!」
レインさんだった。
なぜか、頭に木の葉をくっつけていた。
「……れ、レインさん、どこから」
「裏の木の上!気持ちよかったから寝てた!」
(木の上で寝てたの!?)
男の一人が、短刀を抜いた。レインさんは、ぴょんと横に跳んで、棚の上に乗った。身のこなしが、人の跳躍力ではなかった。
「ミミちゃん、下がってて!」
そして、思いきり息を吸った。
「——ガロンのおじさん!ライル!泥棒!こっち!」
声が、夜の通りに響きわたった。
遠くで、窓の開く音がした。それから、犬が吠えた。だんだん、人の声が増えていく。
「……おい、やべえぞ」
「逃げろ!」
男たちは、袋を放り出して、裏口へ走った。
一人は、そのまま裏庭を抜けて、通りへ出たところでつかまった。角を曲がってきたライルさんが、襟首を片手でつかんだからだ。寝ぐせがひどかった。
もう一人は、裏庭の物置に飛びこんだ。
「隠れたぞ!」
「まあ待て」
ガロンさんが、斧を担いだまま、物置の扉の前に立った。あくびをしている。
「嬢ちゃん。あの物置、何が置いてある」
私は、答えようとして、言葉に詰まった。
「……あ、あの。……手袋と、……さっき採ってきた草の、余りと」
「余りってのは」
「……死神の鈴の、根です」
ガロンさんの動きが、止まった。
*
物置の中から、悲鳴が上がった。
「うわっ、なんだこれ!手が……手がしびれ……!」
ガロンさんが、ゆっくりと扉を開けた。
男が、尻もちをついていた。暗闇で何かをつかんで、放り投げたらしい。両手を前に出したまま、指が言うことをきかないという顔をしている。
「おい兄ちゃん。それ、さわったか」
「さ、さわった!なんだこれ、毒か!?」
「毒だ」
ガロンさんは、あっさり言った。
「あんたが触ったやつは、ムラサキツリガネ。別名、死神の鈴……。毒草だ。名前くらいは聞いたことあるだろ。」
男が、青くなった。
「し、死神の鈴!?猛毒じゃねぇか!!し、死ぬのか!? 俺、死ぬのか!?」
「そうだな……死ぬかもな。」
——ガロンがニヤリと言った。
ミミはガロンの横に立ち気がついたら、自然に言っていた。
「目をこすらないでください。絶対に。手も、顔に近づけないで」
「お、おう」
「水、持ってきます。ガロンさん、桶を」
「おう」
私は、井戸の水をくんで、男の手をつかんだ。知らない大人の手だった。ついさっき、私を縛ろうとした人の手だ。
それでも、手は勝手に動いていた。
石けんを使って、指の間と爪の中まで洗う。何度も流す。流しながら、男の顔は一度も見なかった。見なくても、作業はできる。
「しびれは、しばらく残ります。明日の朝まで続いたら、言ってください」
「……お、おう」
「それと、たぶん明日、吐き気が出ます。水をたくさん飲んでください」
「……あんた、俺を捕まえた側だろ」
「そうです」
私は、男の手を布でふいた。
「でも、死なれると寝覚めが悪いので」
*
衛兵が来たのは、それからすぐだった。
二人は縄をかけられた。物置の男は、両手を前に出したまま、ふらふらと歩いていった。
去りぎわ、ライルさんが襟首をつかんでいたほうの男が、唾を吐くように言った。
「……俺たちが悪いんじゃねえよ。金を出したやつがいるんだ」
ライルさんの目つきが、変わった。
「誰だ」
「知るかよ。顔は見てねえ。酒場で声をかけられて、前金を渡されただけだ」
男は、肩をすくめた。
「『あの店の、紫の草を持ってこい』ってな」
衛兵が帰って、通りが静かになった。
店の中は、ひどいものだった。棚が倒れ、瓶が転がり、割れたのが四本。床が緑色でぬるぬるしていた。裏の窓は、枠ごと割れていた。
ハンナさんが寝間着のままで飛んできて、私を見るなり抱きしめて、それから窓を見て、ものすごく怒った。何に怒っていたのか、途中からよくわからなくなった。たぶん全部に怒っていた。
床をふきながら、私は、ずっと手が震えているのに気づいた。終わってから震えるの、やめてほしい。
*
そのときだった。
「——決めた」
レインさんが、割れた窓の枠に腰かけて、言った。
「あたし、今日からここに住む」
「……え」
「ギルドの部屋、引きはらってくる。どうせ荷物、かばん一個だし」
「……え、えっと。でも、へや、が」
「床でいい」
「……ゆ、床は、だめです」
「じゃあ、屋根裏!あそこ、空いてるよね!」
レインさんは、もう決めた顔をしていた。
私は、口をぱくぱくさせた。断りたいわけではない。ぜんぜん、断りたくない。ただ、どう言えばいいのかわからなかった。
「……あ、あの。……迷惑じゃ、ないですか」
「は?」
レインさんが、心底わけがわからないという顔をした。
「あたしが住みたいって言ってるんだよ。なんでミミちゃんが気をつかうの」
「……う」
「いい? よく聞いて」
レインさんは、窓枠から飛び降りて、私の前に立った。背の高さは、ほとんど同じだ。
「今日、あたしが木の上で寝てなかったら、ミミちゃん、どうなってた?」
「…………」
「あたしは、いやなの。そういうの」
レインさんは、ふんと鼻を鳴らした。
「それに、ごはんがおいしい」
「……そ、そっちが、本音ですか」
「半分ね!」
ハンナさんは、話を聞くと、あっさりうなずいた。
「いいじゃないか。わたしも、夜は家に帰っちまうからねえ。ずっと気になってたんだよ」
そして、レインさんの頭を、ぽんぽんと叩いた。
「頼んだよ、用心棒さん」
「まかせて!」
*
明け方近くに、ようやく片づけが終わった。
屋根裏は、ほこりだらけだった。今から掃除する元気は、三人のうち誰にもなかった。だから、その夜だけ、レインさんは店の床に毛布を敷いて寝た。
私はベッドで、レインさんは床で、天井を見ていた。
「ミミちゃん」
「……はい」
「窓、直さなきゃね」
「……はい」
「あと、紫の草、売ってって言われたら、どうするの」
私は、少し考えた。
鍛冶屋のおじいさんの顔が浮かんだ。「待っとるよ」と言ってくれた人。
「……売りません」
「うん」
「……まだ、薬になってないので。……薬になってない草は、ただの毒です」
「うん」
レインさんは、満足そうな声で言った。
「じゃあ、あたしが守るね」
*
朝、ノートに書いた。
『どろぼうが きた。二人。
わたしの こえ、おもったより 大きかった。
ものおきの 男の人、手が しびれた。あしたの あさまで つづいたら みる。
金を 出した やつが いるらしい。
——レインさんが、住むことに なった。やねうら。あした、そうじ』
ペンを置いて、床を見た。
レインさんは、毛布をはみ出して、大の字で寝ていた。頭に、まだ木の葉がついていた。




