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魔法が使えない魔女見習い、前世の医学で薬屋を始めます  作者: ゆっきー
第2章 街の小さな薬屋

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第12話 開店の日

 看板がかかってから、三日後。


 ついに、「ミミの くすりや」を開ける日がやってきた。


 前の晩は、ほとんど眠れなかった。


 新しい棚に、小瓶を一本ずつ並べる。

 熱冷まし。傷薬。毒消し。お腹の薬。ヒダマリ草の貼り薬。

 どれも、この一か月、少しずつ作り直してきたものだ。


 一本一本に、札をしっかりとひもで巻きつける。


『のむ くすり。いちにち 二かい。こどもは はんぶん』


 がたがたの字。でも、これが、私の字だ。


(……よし)


 私は、深く息を吸った。


(だいじょうぶ。いつもと、同じ。お客さんに、薬を渡すだけ)


 *


 朝。


 窓の外が、やけにざわざわしていた。


(……?)


 そっと、カーテンのすきまからのぞく。


 店の前に、人がいた。


 一人。二人。五人。……十人。……もっと。


 通りの向こうまで、ずらりと列ができていた。


「郊外の魔女さまの娘さんの店って、ここかい?」

「侯爵さまのお命を救ったんだってね」

「あの子の毒消しは本物だって、冒険者が言ってたよ」

「うちの子の咳を診てほしくて……」


(…………)


 頭の中が、真っ白になった。


(む、む、む、むり……)


 私はカーテンから飛びのいて、棚の陰に飛びこんだ。


(むりむりむりむりむり……! ひと、多すぎる……! こんなの、きいてない……!)


 *


 コン、コン。


「ミミちゃん、開店の時間だよー!」


 裏口から、レインさんの元気な声がした。


 続いて、ハンナさんも入ってくる。


「あらまあ、すごい行列だねえ。……ミミちゃん?」


 棚の陰で丸くなっている私を見て、二人は顔を見合わせた。


「……む、むり、です……」


 声が、ふるえた。


「ひ、ひとが……おおすぎて……か、かお……みれない……こえも、でない……」


 薬屋を始めるって、決めたのに。

 みんなが、この家を建ててくれたのに。


 なのに、足が、動かない。


(……やっぱり、わたしには、むりなんだ)


 ぎゅっと目をつぶった、そのとき。


「ねえ、ミミちゃん」


 レインさんが、私の前にしゃがみこんだ。


「お客さんの顔、見なくても、薬って渡せるよね?」


「……え……?」


「だって、前のおうちのときも、ずーっと棚の陰から薬渡してたじゃん!」


(……あ)


「ふむ」


 ハンナさんが、ぽんと手を打った。


「だったら、隠れたまま薬屋ができるようにすればいいんだね」


 *


 それから、半刻ほど。


 ハンナさんの家から持ってきた、厚手の布。

 レインさんが、どこからか借りてきた、金づちとくぎ。


 お店のカウンターの上に、木の枠が立てられた。

 枠には、小さな窓が一つ。

 窓には、ハンナさんの布で作った、カーテンがかかっている。


「できたー!」


 レインさんが、得意げに胸を張った。


「ミミちゃんは、カーテンの内側にいて、声だけでお客さんとお話しするの。薬は、この小窓から渡せばいいよ!」


 私は、おそるおそる、カーテンの内側に座ってみた。


 カーテンの向こうは、見えない。

 お客さんからも、私は見えない。


 小窓の下から、カウンターの上だけが、ほんの少し見える。


(……これなら)


 胸の奥が、少しだけ、軽くなった。


(これなら……できる、かもしれない)


「……あ、ありがとう、ございます……」


「どういたしまして!」


「さあ、開けるよ」


 ハンナさんが、店の扉に手をかけた。


「『ミミの くすりや』、開店だよ!」


 *


 最初のお客さんは、小さな女の子を抱いた、お母さんだった。


「あの……この子、三日前から咳がひどくて……」


 カーテンの向こうから聞こえる声。


 顔は見えない。だから、声だけに集中できる。


「……ね、ねつは……ありますか……?」


「少しだけ。でも、ごはんは食べてます」


「……い、いき……くるしそう、ですか……? ひゅー、ひゅー、って……」


「いいえ、そういうのは……」


 小窓の下から、女の子の小さな手が見えた。

 お母さんの服をぎゅっと握っている。


(熱は少し。食べられてる。息は苦しくない。……咳をやわらげる薬で、様子を見られる)


 私は、棚から小瓶を一本取って、札を確かめてから、小窓からそっと差し出した。


「……せき、の、くすり……です……。ふだに、のみかた、かいて、あります……。こどもは、はんぶん……」


「……い、いきが、くるしそうに、なったら……すぐに、ちゆしさんに……」


「ありがとうございます……!」


 小窓の上に、銅貨が置かれた。


(……ひとり、できた)


 *


 二人目は、指を切ってしまった大工さん。

 三人目は、お腹をこわしたおじいさん。

 四人目は、腰の痛いおばあさん——と思ったら、ハンナさんのお友達だった。


 小窓の向こうから、次々と声が聞こえてくる。


 私は、カーテンの内側で、ひたすら声を聞いて、質問して、薬を選んで、札を確かめて、小窓から渡した。


 顔を見なくていい。

 それだけで、こんなにも、言葉が出てくるなんて。


 店の中では、レインさんが行列の整理をしてくれていた。

 ハンナさんは、お代の受け取りと、お釣りの計算。


「はーい、次の人どうぞー! 押さないでねー!」

「はい、銅貨三枚ね。お釣りはこっち」


 二人がいてくれなかったら、きっと、一人目で倒れていた。


 *


 お昼を少し過ぎた頃。


 店の外が、急にさわがしくなった。


「おい! どうなってるんだ、ここの薬は!」


 怒った男の人の声が、小窓の向こうから飛びこんできた。


(ひっ……!)


「昨日、ドルフの店で『ミミの薬』を買ったんだ! 腹痛によく効くってな! なのに、ちっとも効きやしねえ! 高い金払ったんだぞ!」


(……え?)


 ドルフさん。


 あの日、私の薬を安く買い叩いていった、街の薬屋さん。


(ドルフさんの店で……『ミミの薬』……?)


 私は、ドルフさんに薬を渡したことは、あの一度しかない。

 それに、あれからもう、何か月もたっている。


「これだ、これ!」


 男の人が、カウンターの上に、小瓶をどんと置いた。


 小窓の下から、その小瓶が見えた。


 どろりとした、緑色の液体。

 見た目は、私のポーションに、よく似ている。


 でも。


 瓶の首に、札が結ばれていた。


『ミミの くすり。はらいたに よくきく。いちにち 三かい のむこと』


 ——きれいな字だった。


 大人の、すらりとした、整った字。


(……ちがう)


 私の字じゃない。


「あ、あの……そ、それ……わ、わたしの……じゃ、ない……です……」


「なんだと!?」


「……わ、わたしの、ふだは……こ、こっち……です……」


 私は、カウンターの棚から、自分の小瓶を一本取って、小窓から差し出した。


 がたがたの字の、札。


『のむ くすり。いちにち 二かい。こどもは はんぶん』


 男の人が、二本の瓶を、並べて見比べた。


 行列に並んでいた人たちも、身を乗り出してのぞきこむ。


 しばらく、しんとした。


 それから。


「……字が、きれいすぎる」


 誰かが、ぽつりと言った。


「ああ、ほんとだ。ミミちゃんの字は、こんなにきれいじゃない」

「ミミちゃんの札は、もっとこう……がたがたしてて……」

「五歳の子の字だもんねえ」

「こっちのは、どう見ても大人の字だ」


(……ほ、ほめられて、ない……よね……?)


 カーテンの内側で、私は少しだけ、しょんぼりした。


「……おい、待てよ」


 別の客が、声を上げた。


「俺も、この前ドルフの店で『ミミの傷薬』ってのを買ったぞ。全然効かなかった」

「うちもだ! 熱冷ましだって言うから買ったのに!」

「まさか、ドルフのやつ……」


 店の前の空気が、一気に変わった。


「ミミちゃんの名前を勝手に使って、偽物を売ってたってことかい!?」


 ハンナさんの声が、店じゅうに響いた。


 ふだんの、やさしいハンナさんの声じゃなかった。


 *


 ——リンデルの街、ドルフ薬店。


「さあさあ、今日も入荷したよ! あの『ミミの薬』だ! 侯爵さまのお命を救った、魔女の娘の——」


 店先で声を張り上げていたドルフは、通りの向こうから押し寄せてくる人の群れを見て、ぴたりと口を閉じた。


 十人。二十人。

 先頭には、腰の曲がった小柄なおばあさん。

 その横に、とがった耳の小さなエルフ。


 そして、その後ろに、さっきまで「ミミの くすりや」の前に並んでいた、たくさんのお客たち。


「ドルフ!」


 ハンナさんが、偽物の小瓶を、ドルフの目の前に突きつけた。


「これは、どういうことだい」


「な、なんのことだ……そ、それは、たしかにミミの……」


「ミミちゃんの札は、こんなにきれいな字じゃないよ」


 ハンナさんの後ろから、レインが、本物の小瓶を高くかかげた。


「ほら、見て! これが本物のミミちゃんの札! がったがたでしょ!」


 集まった人たちが、二本の瓶を見比べて、うなずき合う。


「ドルフ。あんた、あの子の薬を買い叩いたうえに、水で薄めて売ったんだってね。それで懲りたかと思ったら、今度は、あの子の名前を勝手に使って、偽物を売ってたのかい」


「ち、ちがう……わしは……」


 ドルフの額に、だらだらと汗が流れる。


「全部、返金してもらおうか」

「そうだ! 金返せ!」

「衛兵を呼べ! 人の名前をかたって偽物を売るなんざ、立派な詐欺だぞ!」


 怒った客たちが、店の中に押し寄せる。


 棚に並んだ偽物の小瓶が、次々と、衛兵たちの手で運び出されていった。


 ドルフは、その場にへなへなと座りこんだ。


「……あ、あんなガキの……がたがたの字のせいで……」


 *


 夕方。


 最後のお客さんが帰って、ハンナさんが店の扉を閉めた。


 私は、カーテンの内側で、ぐったりと椅子にもたれかかっていた。


(……つか、れた……)


 声を出しすぎて、のどがひりひりする。

 頭の中が、ぼーっとしている。


「おつかれさま、ミミちゃん!」


 レインさんが、カーテンをひょいとめくって、顔を出した。


「すごかったねー! 今日だけで、何人来たんだろ!」


「数えたよ。四十七人だ」


 ハンナさんが、テーブルの上に、銅貨の入った袋を置いた。


 ずしり、と重い音がした。


「それとね、帰りがけに、みんな言っていったよ」


 ハンナさんは、指を折りながら、ひとつずつ教えてくれた。


「『また来るよ』って。『札、わかりやすかったよ』って。『カーテン越しでも、ちゃんと話を聞いてくれる、いいお医者さんだね』って」


(……おいしゃ、さん……)


 前の人生で、なりたかったもの。

 試験の勉強を、最後までやりきることができなかったもの。


 顔も見られない、声も小さい、五歳の子ども。


 それでも、今日、四十七人の人が、私の薬を受け取って帰っていった。


(……薬屋、始められた……)


 胸の奥が、じんわりと熱くなった。


「……あ、ありがとう、ございます……。はんなさん……れいんさん……」


「なに言ってんの! あたしたち、友だちでしょ!」


 レインさんが、カーテンの内側に入ってきて、私の隣にぎゅうっと座った。


「明日も、手伝いに来るね!」


「あたしもだよ。腰の調子が、ミミちゃんの貼り薬のおかげで、すこぶるいいからねえ」


 ハンナさんが、目を細めて笑った。


 窓の外では、夕焼けが、街の屋根をオレンジ色に染めていた。


 私は、テーブルの上の、銅貨の袋を見つめた。


 それから、カウンターの上の、がたがたの字の札を見つめた。


(……きれいな字じゃ、なくてよかった)


 ほんの少しだけ、そう思った。

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