01_あらすじは、短ければ短いほどいい!
「日本語は、短ければ短いほど美しい。」
そんな金言をくれたのは、子どもの頃に聞いていたラジオ。
お便りで送られた川柳を紹介する番組で発せられたこの言葉は、いまも私の創作活動の指針となっています。
日本には「余白の美」という美意識があります。
あえて何も書かないことにより、文章というのは広がりを持つようになります。
平家物語の冒頭は「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。」と始まります。
そして、その次に続くのは「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。」です。
この名文は、なぜ祇園精舎の鐘の音が聞こえると、人は諸行無常を感じるかとか、なぜ花の色に盛者必衰を感じるかなどを一切説明していません。
だからこそ、平家物語の冒頭は美しい。
これが例えば、寺院の鐘はずっと鳴らない訳でもなく、ずっと鳴り続ける訳でもない。
鐘をつき、鳴り、黙る。
鐘はついては黙りを繰り返し、これすなわち諸行無常である。
なーんて講釈を垂れてしまっていては、せっかくの名文が台無しです。
平家物語の出だしは「祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。」と言い切るからこそ美しい。
必要最低限を語り、あとは読者の心に委ねる。
必要最低限しか語らないため、この名文の美しさの感じ方には個人差が生まれます。
とくに「諸行無常」の部分。
人によっては、夜風にそれをみたり、焚火にそれをみたりするでしょう。
けれど、この冒頭は要するに、諸行無常が美しいということを伝えたいのは分かります。
AI技術が発達した現代風に言うなれば、この「祇園精舎の~~」のくだりは、AIのプロンプトみたいなものです。
そして、人間用のプロンプトは、AIのように事細かに書くのではなく、余白を残した方が上手く機能する。
人は十人十色、個人は色即是空。
人はみんな違うし、個人であっても、個性は常に移ろいゆく不定の存在。
祇園精舎のプロンプトを入力されて思い描く情景は様々です。
だけども、諸行無常の美というのは、多くの人が思い描いて、共感することができる。
人々に「同一の情景」を思い描かせるのではなく、「共通の情景」を想起させるから、この冒頭は美しい。
時代を越えて美しいと思えるのだから、それはもう、すんごい名文です。
――で、ここからが本題。
web小説における「あらすじ」に対する私の持論。
結論から言えば、これもやはり、短い方が良いと思います。
あらすじは、物語の顔とも呼べる部分。
読者さんが一番初めに見て、一番最初に読む部分です。
人は見た目が9割であるように、小説もあらすじが9割だったりします。
現代はみんな忙しいですから、数話読んでから評価しようなんてことはしてくれません。
小説は、読者の目に留まらないのが普通です。
先ほどは「余白の芸術」を語りましたが、そもそも、いまの超エンタメ時代において、個人に与えられる余白はとても少ないのです。
これは小説に限りませんが、エンターテイメントやクリエイティブな作品というのは、人から相手にされないのが普通です。
このことは、動画サイトの実情に置き換えて考えると分かりやすいです。
動画投稿サイトに自分の動画をアップしたからといって、再生数が1万とか10万とかには普通はなりません。
再生回数が千回を超えるだけでも、一般人の投稿からすれば上澄みです。
しかも、せっかく動画を開いてもらっても、視聴者さんが最後まで見てくれるとも限りません。
この理由も簡単。
ユーザーにとって、面白い動画は腐るほどあるからです。
ちょっとつまんないなと思ったら、ユーザーには立ち去るという権利があります。
ユーザーの方は、動画サイトでも小説サイトでも、「選ぶ権利」という超強いカードを持っています。
それじゃあ、どうやってこの超強いユーザーさんに、私のような荒野のタンブルウィードみたいな投稿者がアッピルをするのか?
その方法が、「短く簡潔に。それでいて刺激的に」です。
ここで、私の投稿している「Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク- (N9920KE
)」のあらすじを見てみましょう。
~
聖書にとっての不幸は、それがヘブライ語で書かれてしまったことである。
恐怖と脅威こそが、人類にとっての救済。
――これは、人が自ら招いた終末に、挑む物語。
~
文字数にして、およそ100文字。
読了時間にして15秒。
小説家になろうには、1千万を超える作品が投稿されています。
利用者の立場としては、あらすじなんて最初から最後まで読みません。
私だって読まないし、それが普通です。
だから、一目でユーザーの心を掴みたい。
だから、冒頭でユーザーをファンにしたい。
1千万のなかで、唯一の特別であると思って欲しい。
‥‥創作って難しいですよね。
物語の冒頭って、物語の結末よりも大切な部分なのに、一番最初に書かないといけないんですよ?
例えるなら、レベル1の状態でラスボスを倒すような難易度ですからね?
し・か・し――。
作る側の都合なんて、ユーザーには関係ありません。
作る側は、出来ることを出来るなりにやっていくしかありません。
そのための、あらすじ短文論。
これの効果があるかは、荒野のサバンナみたいな私の作品では把握できません。
しかも、私はこのあらすじの出来栄えに、まだ納得がいっていません。
1文目はまだ許せるけれど、2文目と3文目が許せない。
もっと「ポン! ポン!ポン! ガツン! ガツン! ガツーン!」みたいなテンポと勢いが欲しい!
なので、これを機に改稿してみました。
手直しした結果がこちら。
~
バトル&アクション!
空を突き抜ける摩天楼。銃を背負い、剣を振り回す巨大兵器。
ビルを飛び移り駆けるエージェントが見上げるのは、人智を越えた怒れる龍。
ここは、科学と魔法の終末都市。
~
‥‥‥‥。
う~ん‥‥。
中身が分かりやすくなったけど、文章が増えちゃった。
「ガツン! ガツン! ガツーン!」のテンポと熱量を表現するには難しい。
「ここは、科学と魔法の終末都市」ってなんだよ!?
あらすじの締めで熱量が下がってんだよッ!!
もっと、ガーッとした勢いで文章で締めたい!
ガーッって駆け抜けたい!
でも、思いつかない。
思いつかないから、未来の自分に丸投げします。
頑張れ未来の自分。
‥‥この調子だと、一生あらすじ完成しなさそう。
日本語は、短ければ短いほど美しい。
されど、言うは易く行うは難し。
読者さんの好奇心を刺激して、なおかつ作品の中身がある程度予測できるあらすじ。
これってつまり‥‥、100文字の余白で物語を書かないといけないってこと?
起承転結――。起承転結――。100文字で起承転結。
あらすじって難しい。
――それでは今日はこのへんで!




