↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独身のおっさんだけど転生したら子持ち子爵でした~息子と領地のために賢い妻を所望します~  作者: 灯坂 しお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

第二話 新しい妻を所望します

 芽月が終わり、花月(かげつ)、青月(せいげつ)と続き、もうすぐ雨の多い雨月(うげつ)となる。いわゆる梅雨だ。

 この間、レオンハルトは一心不乱に体を鍛えてきた。おかげで体つきは別人のように変わり始めていた。

 以前の線の細い貴公子然とした面影は鳴りを潜め、しっかりと筋肉がついている。

 もちろん、長い髪の毛もさっぱりと切った。レオンハルトの身支度を仕切るクラウスには少し残念そうにされたが、長髪でいるメリットを見出せなかったからだ。


 雨月に入る前から、雨の日は各段に増えた。

 新しい月に入っても相変わらず雨の日は多く、まさに雨月という名前の通りだ。

 そんな日がもう二週間になろうとしている。


「旦那様、平年より降水量が増えています。これまでにはない雨量です」


 マティアスが深刻な顔で執務室にやってきた。

 街道や遊歩道は排水が追いつかず地面がぬかるんだり、一部では崩れたりしているという報告も上がっている。

 シルヴァ川に架かる大橋より向こう、南側は農業地帯だ。

 麦はまだ収穫前だが、この長雨の影響は必至だった。


「水位もずいぶん上がっているな」


 シルヴァ川は普段は穏やかで水もきれいだ。だが降り続く雨にすっかり濁り、流れは勢いを増している。

 大橋は老朽化の影響もあって修繕が必要だが、この大雨では作業に取り掛かれず、費用の捻出も頭の痛い問題だった。


 麦畑の広がる穀倉地帯の手前には、川沿いにミューレという小さな村がある。

 シルヴァ川から分岐した細い支流がいくつも流れ込んでいて、そこに水車小屋を建てて収穫した麦を挽き、小麦を生産している場所だ。

 領内でも比較的大きな水車があるが、川の増水や土砂、流木による破損の恐れがあった。

 それに加え、村があるのは川沿いにある平地だ。氾濫した場合に備えて村人たちの避難が必要になるだろう。


「教会や役所に掛け合って受け入れ態勢を整えさせろ。毛布や水、食料なども倉庫から出せるだけ出すんだ」


 レオンハルトの指示が飛び、マティアスをはじめとする使用人たちが一斉に動き出す。


 その間にレオンハルトは、隣領の子爵リチャード・メレルズを訪問することにした。

 ヴァルデン家とは昔から交流があり、二歳年上の彼は子どものころから知っている。

 お互いに爵位を継ぐ前には酒屋に行ったり、狩りに行ったりもした関係だ。

 記憶はあるものの会うのは転生してからは初めてで、少しばかり緊張感がある。


「突然すまない。相談があるんだ」


 雨が小康状態のうちに馬を走らせ、急な訪問を詫びた。


「おまえ、レオなのか。少し見ない間にずいぶん雰囲気が変わったな」


 驚きを隠せない様子のリチャードは、それでも快く迎えてくれた。

 レオンハルトは自領の危難を素直に打ち明け、今にも底をつきそうな備蓄のこともすべて話した。

 これまでのレオンハルトの領地運営は、こういった緊急事態に備えられていなかった。だが今すぐ備蓄を増やすことはできない。足りない物資をかき集めるにも誰かの力を借りるしかないのだ。


「おまえしか思いつかなくてな」


 レオンハルトは領民のために頭を下げて助力を願う。

 リチャードは感心したようにうなずき、「困ったときはお互い様だろう」と援助を約束してくれた。



 長く降り続いた雨は二十日間に及び、ミューレ村は川の氾濫によって、村の大半が大きな打撃を受けた。

 水車は数基を残してほとんどが壊れ、家も多くが浸水被害に見舞われた。

 領民たちの避難が済んでいたことだけが、唯一の救いだった。


「水車小屋と家の修理ができる職人を手配してくれ」


 ミューレ村の先、南側にある農村は被害が軽度で済んだというので、レオンハルトは胸を撫でおろした。

 だがやはり、収穫前の麦には影響が出た。リチャードに支援を要請しておいて正解だった。彼はレオンハルトより優れた統治者で、顔も広く、他領主や、王都にも少なからず人脈がある。持つべきものは有能な隣人だ。


 城館からほど近い大橋にも被害があった。もう少し持ちこたえてくれるかと淡い期待はあったが、すでに修繕の必要性があることは承知していたし、あの大雨では無理もない。崩落ではないことは不幸中の幸いと言っていいのかもしれない。

 だがヴァルデン街道の物流にも影響が出ている。

 この通り以外は、大型の荷馬車が通れる道がほとんどないせいだ。


 被害状況と財政状況の書類を睨み続けても、ない袖は振れない。

 どこの予算を削って絞って割り当てるか、頭を悩ます日々が続いている。

 とりあえず国に支援金の要請を出すことまでは決まった。


「顔色が悪いぞ、マティアス。ちゃんと寝ているのか」

「旦那様こそ」


 マティアスは、レオンハルトが頼りない領主だと噂されていたときも、今も変わらず仕えてくれている。先々代からヴァルデン家に奉公しているとはいえ、レオンハルトなら見限られても仕方がないはずなのに、よくも離れずにいてくれたものだ。

 互いに目の下にクマを作り、書類に埋もれている。

 どちらからともなく深いため息が漏れた。


「ここも人材不足だな」

「新たな使用人を雇い入れると?」

「……いや、うーん」


 それにも金は要る。

 レオンハルトは背もたれに体を預け、腕を組む。

 マティアスの指示のもと動ける人員は十分足りている。これ以上となると、いくら有能な家令といえど手に余るだろう。

 外部とのやり取りよりは、家の中を取りまとめる人物がいたほうが、マティアスの負担は減る。

 それに今は新人教育に時間を割けない。欲しいのは即戦力だ。

 給料が発生しない即戦力など、虫のいい話だとは十分に分かっているが、喉から手が出るほど欲しいのが現実だ。


 ◇◇◇


「と、いうわけで再婚しようと思う」


 季節は雨月を過ぎ、夏の盛りともいえる陽月(ようげつ)に差し掛かっていた。

 水害の後処理に忙殺されるレオンハルトを激励しにやってきたリチャード・メレルズ子爵と夫人のクララを前に、そんな決意を告げた。


「何がと、いうわけで、なんだ」


 訳がわからないと言いつつも、リチャードはどこか楽しそうだ。

 当然ながら、リチャードもレオンハルトの前妻エレノラの不貞を知っているし、離婚に踏み切れず蔑ろにされ続けたレオンハルトのこともよく見ていた。

 それがある日、人が変わったように悪妻に離婚を突き付けて関係を清算し、無関心だった息子にも領地の問題にも取り組み始めた。興味が出るのは当然だった。


「相手はいるのかい?」

「いるわけないだろ」


 即答されたリチャードは苦笑いだ。

 組んだ手に顎を乗せ、レオンハルトはリチャードをじっと見た。


「……分かったよ、私の方でも探してみよう」


 さすが察しがいい。

 顔の広いリチャードなら任せても大丈夫だと踏んだのだ。他人任せだろうと関係ない。相手が信頼に足る人物なら話は別だし、餅は餅屋だ。

 レオンハルトは自分の決断に満足してうなずき、紅茶を飲んだ。


「どんな条件か、一応聞いておこうか」

「家を切り盛りできて、領地の運営にも詳しければ言うことなし」

「あとは」

「浪費せず謙虚で、何よりアルノーを大事にできる相手だな」


 口に出してみて分かったが、要はエレノラと正反対というわけだ。


「年齢や容姿は」

「とくにないが、心身ともに健康な人がいいな」


 愛し愛される再婚相手が欲しいわけではない。領地の危機を一緒に乗り越えてくれる同志を求めていると言っていい。

 ただし子どもを、家族を大事に考える相手がいい。それくらいは望みたい。


「年頃で家族思いのお嬢さんがいるわよ、あなた」

「ああ、そういえば」


 クララの言葉に、リチャードは思い当たったように手を叩いた。


「本当か」


 レオンハルトは思わず食いついていた。


「ハリソン男爵の娘でね。ブルネットで色白の美しい子だよ」

「ならすでに婚約者がいるんじゃないのか」

「それが、あの子もいろいろあってね。五年ほど前から男爵の補佐をしているんだ。もう二十七だし、行き遅れだなんて噂もあるくらいなんだけど」

「二十七歳なんてまだまだ若いじゃないか」


 リチャードは男爵令嬢の事情を一通り話し終えると、紅茶に手を伸ばした。

 レオンハルトは沈思したあと、忌々しい気持ちを思い出して腕を組んだ。


「婚約は白紙になって、やってもいないことで責められてしまって、あげくひどい噂まで……それ以来あまり社交の場には出てこなくなったの」

「当時はちょっとした騒ぎになったからね。気の毒なことだよ」


 メレルズ夫妻はしんみりと不憫な令嬢のことを思いやった。


「そんな子が今さら結婚を受け入れるのか、しかもこっちは子どももいるんだぞ」

「さあ、それはどうだろうね。だけどおまえの条件に合う未婚の令嬢はおそらく彼女だけだよ」


 と、リチャードが言い切った。

 ハリソン男爵の長女だというその令嬢とは、昔から家族ぐるみで交流があるらしい。メレルズ領の隣なら、レオンハルトの領地とは指呼の間とはいえずとも、さほど離れてはいない。

 先方に話を持ち掛けてくれるというので見合いの話はリチャードに託し、レオンハルトはアルノーのもとへ向かった。


「あっ、パパ」


 育児室では、マルタと絵本を読んでいたらしい。アルノーがレオンハルトに気づいて駆け寄ってきた。小さな体を受けとめて抱き上げると、力いっぱい抱きついてくる。

 ソファに腰を下ろしてアルノーを膝に乗せた。

 マルタたち使用人は下がり、明るい部屋で親子二人の時間となった。


「アルノー、俺は新しい妻を探そうと思っているんだ」

「つま?」

「この家のことを取り仕切れて、領地のことも助けてくれるような人だ」


 レオンハルトの言葉がよく分からないのか、アルノーはこてんと首を傾げた。我が息子ながらあざと可愛いな、という感想が浮かぶ。


「おまえの新しいママになるかもしれない」


 柔らかい髪をくしゃくしゃとかき混ぜると、「ママー?」と首を傾げっぱなしだ。

 エレノラは一日の数時間さえ息子に割こうとはしなかったというのは、離婚を前にマルタから聞き出した情報だった。優しく抱かれた記憶も、もしかしたらないのかもしれない。


「リチャードおじさんが紹介してくれる人でな」

「ふうん」


 アルノーは言いながらレオンハルトの頬を小さな手でむぎゅっと握ったり、ぺちぺちと叩いたりしている。


「近いうちに会ってお話してくるからな」

「ぼくもー」

「まずはパパが会ってくるから」

「いやっ。ぼーくーもー」


 膝の上で駄々をこねるように反り返った。柔らかい体を取り落とさないようにしっかりと抱え、ソファに寝かせた。

 見下ろしながら脇腹をくすぐってやると、仰け反りながらきゃっきゃと大笑いしている。

 それでも、


「ぼくもいくぅー」


 と譲らない。

 レオンハルトは根負けしてアルノーをぎゅっと抱きしめる。赤茶色の髪からは陽だまりの匂いがした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。