第90話:『白銀の檻』
夜の闇を切り裂くように、無数の青白いサーチライトが辺境の工房跡地を照らし出した。
音もなく展開した漆黒の特殊戦術車両群は、まるで巨大な蜘蛛の巣のように、アイン・ソフが眠る広場を完璧に包囲していた。
その中心、最前線に立つ一台の重装甲指揮官機から、冷徹な気配を纏った一人の男が降り立つ。特務魔導騎士団『白銀の檻』隊長――レオン・アルヴェルト。
彼の灰色の瞳は、夜闇の中にそびえ立つアイン・ソフの巨大なシルエットを、感情を一切交えずに捉えていた。
「――包囲完了。対象の逃走経路を完全封鎖」
レオンが低く呟くと、背後から狂気的な笑みを浮かべた男が歩み寄ってきた。白銀の檻の副隊長にして、王立魔導局から派遣された主席旧文明研究者だ。
「素晴らしい……! モニター越しとは比べ物にならない存在感だ。見ろ、あの装甲の密度、魔導炉の脈動……あれこそが、我が国の科学力を数百年先へと押し上げる至宝だ!」
研究者はよだれを拭うのも忘れた様子で、興奮に震える手で端末を叩いていた。
「隊長、早くコックピットを破壊して回収しろ! 傷でもついたら一大事だ!」
「……静かにしろ」
レオンは冷ややかに一瞥をくれてから、前方に視線を戻した。
その手には、通信用の魔導マイクが握られている。
一方、工房のなかの作業スペース。
突如として鳴り響いた警報音と、外を包み込む尋常ではない魔導波長に、エレノアは息を呑んで顔を青くした。
「アレン……すごい数の部隊が、この工房を囲んでるわ……!」
アレンは手元の工具を静かに置き、床に置いた魔導義手の調整を終えると、まっすぐな足取りで立ち上がった。その表情には迷いも恐れもない。
「あぁ、分かってる。……外の連中は、俺たちを力ずくで引っ立てる気だ」
「一人で行く気!?」
「まさか。あいつらはアイン・ソフごと俺を狙ってる。ここで俺たちが引いたら、すべてを奪われるだけだ」
アレンはエレノアの肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。
「大丈夫だ。約束したろ? もう逃げないって」
「……バカ。無理しないでよ、本当に……!」
震える声で引き止めるエレノアを背に、アレンは工房の裏口から広場へと飛び出した。
轟音とともに、アイン・ソフのハッチが開き、アレンがコックピットへと滑り込む。
『システム起動。操縦系統、正常』
『全回路、リンク開始』
アークの冷静な合成音が響く中、アイン・ソフの巨大な巨体がゆっくりと起き上がり、大地を踏みしめた。その全身の黄金回路が、夜の闇の中で眩い光を放ち始める。
広場を包囲していた白銀の檻の部隊が一斉にざわめいたが、レオンは微動だにせず、魔導マイクを通じて冷徹な声を響かせた。
――『そこまでだ、少年』
アレンのコックピットのスピーカーから、レオンの声が直接響いてくる。
『我が名は王立魔導局特務魔導騎士団「白銀の檻」隊長、レオン・アルヴェルト。その機体は王国の管理下に置かれる。無用な抵抗はやめろ。直ちにコックピットを開き、投降せよ』
アレンは操縦桿を握り締め、マイクを通じて強く言い返した。
「断る! この機体も、俺の生き方も、誰かに勝手に檻に入れられる筋合いはない!」
通信の向こうで、レオンが小さく息を吐いた。
『……やはり、話し合いの余地はないか』
レオンの雰囲気が一瞬で変わる。冷徹な命令を下す、非情な軍人のそれに。
『全機、展開――! 対象を殺さず、行動不能に追い込め! ただし、機体の損壊は最小限に抑えろ!』
その瞬間、白銀の檻の特務部隊が動いた。
これまでの王国軍とは一線を画す、圧倒的な練度と戦術。
一斉射撃で力任せに撃つのではなく、特殊な拘束索や重力制御フィールドを展開し、アイン・ソフの四肢の動きを一歩ずつ、確実に奪いにかかる。
「くっ……! 動きが読まれている……!?」
アレンが焦りを滲ませて回避行動をとろうとするが、周囲の特殊フィールドがアイン・ソフの機体を重く縛り付ける。今までの敵とは桁違いの「押し返し」に、アレンは冷や汗を流した。
「これが、王国最強の特務部隊……!」
『警告。敵部隊の連携により、機体出力に微小な干渉を検知。回避機動を推奨します』
アークの警告が鳴り響く中、レオン自身の搭乗する漆黒の特務機が、驚異的な速度でアイン・ソフの懐へと肉薄してきた。
アレンが迎撃態勢を取ろうとしたその時――レオン機の背後に控えていた、巨大な特務輸送コンテナの群れの中から、突如として異質な気配が漏れ出した。
レオン機の背後、そのコンテナの隙間から、アイン・ソフと同じ――いや、どこか歪んだ、冷たい黄金色の回路の光がチラリと明滅し始めたのだ。
アレンには見えなかったが、アークのセンサーだけはそれを正確に捉えていた。
『――ッ!?』
アークの音声に、これまで聞いたこともない「揺らぎ」が走る。
『警告、警告。周囲の空間波長に異常。旧文明試作機……波長一致』
アレンが目を見開く。
「なんだ……!? この異質な魔力反応は……!」
レオン機が剣を振り上げ、アイン・ソフの装甲へと迫るのと同時に、背後のコンテナを内側から引き裂くように、狂おしいほどの黄金の光が爆発的に溢れ出した。
その光を見た瞬間、アークの音声が初めて恐怖にも似た震えを帯びる。
『識別完了――』
『……プロトタイプ・零号機』
『封印プロトコル……最上位対象』
(第90話:『白銀の檻』・完)
次回、第91話:『同位体』へ続く




