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『星を紡ぐ右腕 〜追放された魔導技師、壊れた右腕で世界を繋ぐ〜』  作者: 鍼灸師いのぴー
第3章:設計思想編

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第88話:『盾』

 静まり返った平原に、風の音だけが吹き抜けていた。


王国軍・第3独立魔導機兵大隊の陣地跡。

そこに並んでいた二十機以上の制式魔導機兵は、どれも駆動系と武装の基部を精確に機能停止させられ、巨大な鉄の残骸のように大地へと座り込んでいた。


致命傷は一切ない。

パイロットたちも、誰一人として命を奪われることはなかった。


先頭の指揮官機から這い出た若き中隊長は、動かなくなった自機のコックピットを見上げ、呆然と息を呑んでいた。


「……殺されなかった……」


部下の一人が、震える声でそう呟く。

圧倒的な物量差を誇り、一斉射撃ですべてを焼き払うはずだった自分たち。しかし、目の前の化け物は、そのすべてを無傷で受け止めながら、ただ武装だけを奪い去った。


「あれだけの力があったのに……俺たちを殺す必要なんて、最初からどこにもなかったんだ……」


恐怖の底で味わったのは、奇妙なまでの無力感と、そして――逃れられないほどの「格の違い」だった。

王国軍が「排除すべき災厄」として恐れたその巨人は、彼らにとっての脅威ではなく、ただ圧倒的な理の壁としてそこに在ったのだ。


一方、アイン・ソフのコックピットのなか。


すべての戦闘が終わり、周囲の気配が遠ざかっていくのを確認したアレンは、深く息を吐き出して操縦桿から手を離した。


左腕の魔導炉が静かに熱を冷ましていく。

その静寂の中で、アークが無機質な合成音を響かせた。


『戦闘終了を確認。周辺の敵性反応、全員退避および機能停止』


アレンはスクリーンに映るアイン・ソフの外観を眺めながら、ふと疑問を口にした。


「なぁ、アーク。お前はさっきから、俺の命を優先し、相手の致命傷を避けるように出力を制御していた。……それはお前の判断か?」


アークの青い光が、わずかに明滅する。


『肯定および否定。本機体のアイン・ソフは、旧文明が生み出した、最後にして唯一の完成型魔導機兵に分類されます』


「やっぱり、戦闘兵器なんじゃないか」


アレンの言葉に、アークは即座にデータベースの深部からデータを引き出した。


『――訂正』

『本機は戦闘兵器ではありません』

『正確には――防衛型魔導守護機ぼうえいかたまどうしゅごき


「防衛型……?」


アレンが眉をひそめると、アークは過去の破損した古いログを紡ぎ出すように、淡々と語り続けた。


『旧文明の末期、世界は終わりのない戦争に焼かれていました。あらゆる兵器が都市を消滅させ、すべてを奪い尽くした。その最終段階において、開発者たちは「最強の破壊兵器」ではなく、「もう二度と同じ悲劇を起こさないための最後の守り」を創造しました』

『それが、アイン・ソフです』

『本機は敵を殲滅するために作られたのではない。守るべきもののために、ただ耐え、不必要な殺戮を行わずに敵を無力化するためのシステムとして設計されました』


タイトルの意味が、アレンの胸にストンと落ちてくる。

アイン・ソフは、失敗作の化け物などではない。人間がその構造を理解できず、ただ「恐れて封印した」だけの、最強にして究極の――成功作だったのだ。


さらに、アークの光が一段階強く輝き、別の古い登録情報をスクリーンに映し出した。


『――登録者情報照合』

『識別名:クロム・アイゼンベルク』

『旧文明技術継承者、および最終調整者』


「……っ!?」


アレンは目を見開いた。


「……師匠が? あの偏屈で、いつも酒ばかり飲んでいたじじいが、旧文明の技術を……?」


『クロム・アイゼンベルクは、失われた旧文明の技術の断片を独力で発掘し、数十年をかけて本機の修復と「最後の調整」を行いました』

『彼がこの機体に込めたのは、ただ一つの意志です。「誰かを殺すための腕ではなく、誰かを守るための盾を継がせること」――それが、彼の遺言でした』


アレンは言葉を失い、自分の左腕を見つめた。

不器用で、口が悪くて、すべてを一人で抱え込んで逝った老人の顔が、鮮やかに蘇る。


「師匠……あんたは、そんなものを俺に残して……」


そのころ。

王都、王立魔導局本部庁舎の緊急司令室。


第3独立魔導機兵大隊の敗走と、その「無傷での無力化」という信じがたい報告を受けたドミニク・シルヴェストルは、苦い表情で窓の外の王都を見下ろしていた。


「……殺さずに制圧した、か」


側近の魔導士が緊張した面持ちで進言する。


「局長、もはやあの機体は通常の魔導機兵部隊では制圧不十分です。特務騎士団の精鋭を投入するか、あるいは――」


「待て」


ドミニクはそれを手で制し、鋭い光を宿した目を細めた。


彼の心にあったのは、単なる恐怖や怒りだけではない。国家の頂点に立つ者としての、底知れぬ危機感だった。


「あれほどの力が、もし我が国への明確な敵意を持って暴れ狂うなら、まだ対処のしようもある。だが、あの巨人は王国軍の命を奪わず、ただ『通さない』ためにあの場に立った」


「では……?」


「あれが善意や、個人の気まぐれな正義感の元に動いているという保証など、どこにもない。もし次に、あの力を持つ者が王国そのものを敵と認識したら……あるいは、別の国があの機体を手に入れたとしたら……」


ドミニクの拳が、硬く机を叩いた。


「あれは兵器を超えている。だからこそ危険だ。……方針を変える。あの巨人は『排除』するのではなく、『回収』し、我が王国の管理下に置く。そのためなら、どんな手段も選ばん」


ただの「異物狩り」から、国家の覇権をかけた「奪取計画」へ。

王国の歯車が、より不気味で重苦しい音を立てて動き出そうとしていた。


一方、現場の工房跡地。


アレンはコックピットから降り、静まり返った平原の中でアイン・ソフの巨大な装甲にそっと手を触れた。


ひんやりとした金属の感触の向こうで、魔導炉の温もりが心地よく脈打っている。


アレンは巨大なアイン・ソフを見上げた。

かつて自分は、この右腕を呪った。魔導義手となったこの腕を、誰かを傷つけるだけの異形だと思っていた。

だが違った。

この力は、奪うためではなく。憎しみを返すためでもなく。

誰かが泣かないために、最後まで立ち続けるためのものだった。


「……俺が、この盾になる」


そう呟いた瞬間。

アイン・ソフの黄金回路が、まるで応えるように静かに輝いた。


(――当たり前だろうが。俺が何年かけて、お前みたいな馬鹿でも使えるように調整したと思ってやがる。……だから、ちゃんと守れ)


脳裏に響いた懐かしい声に、アレンは小さく苦笑する。


世界が敵に回ろうとも、自分が守るべきものは変わらない。

次なる嵐が迫る中、少年と「盾」は、静かにその佇まいを崩さなかった。




(第88話:『盾』・完)

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