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『星を紡ぐ右腕 〜追放された魔導技師、壊れた右腕で世界を繋ぐ〜』  作者: 鍼灸師いのぴー
第3章:設計思想編

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第87話:『衝突』

 平原の境界線上。


漆黒の巨影――アイン・ソフが敵陣の前にただ「立ちはだかった」その光景は、進撃を続けていた王国軍の第3独立魔導機兵大隊に、奇妙な動揺をもたらしていた。


先頭を進む指揮官機のコックピット内で、若き中隊長は困惑に眉をひそめていた。


「……なぜだ?」


ディスプレイの向こうに映るアイン・ソフは、武器を構えているわけでも、突撃してくるわけでもない。ただ両腕に巨大な盾を掲げ、じっとこちらを見据えているだけだった。


「あの化け物は……なぜこちらを攻撃してこない?」


「中隊長殿! 敵機は我が軍の包囲網の真ん中に、自ら壁を作るように陣取っています! 一体何を考えて――」


部下の焦燥を含んだ声が無線越しに響く。

未知の脅威を前にして足を止めてしまった兵士たちを前に、指揮官の男は恐怖からくる焦燥感を振り払うように、怒号を飛ばした。


「怯むな! あれは王国に存在してはならない禁忌の遺産だ! 人間が理解できないものを恐れるな、撃て!! 撃ち滅ぼせ!!」


その命令に突き動かされるように、包囲陣を組む二十機以上の制式魔導機兵が一斉に魔導プラズマ砲の引き金を引いた。


轟音――!


二十機分の高出力エネルギーが一斉に放たれ、平原の空間そのものが眩い光と熱量で埋め尽くされる。都市の区画すら焼き払うほどの集中砲火が、アイン・ソフの巨体を文字通り飲み込んだ。


すさまじい爆風と土煙が天を衝く。


「……やったか?」


兵士たちが息を呑んで視線を凝らす。しかし、煙が晴れたその場所に広がっていたのは、彼らの予想を完全に見下ろす絶望的な光景だった。


爆煙の向こう。

アイン・ソフは一歩も引いていなかった。


『防御機構展開』

『アイン・ソフ、第一障壁起動』


機体の前面に展開された重層的な黄金の魔法陣が、すべてのプラズマ弾を完璧に受け止め、霧散させていた。機体の装甲には、焦げ跡ひとつ残っていなかった。


「……無傷……?」


「あんな一斉射撃を浴びて……あれだけの魔力を一滴も通さず、立っているだと……?」


兵士たちの間に、恐怖を通り越した絶望的などよめきが広がる。


一方、アイン・ソフのコックピットのなか。


外の猛烈な衝撃と熱量は完全に遮断されていたが、コックピットの床を伝わる振動はすさまじく、アレンの左腕の魔導炉が激しい高熱を上げて唸りをあげていた。


『警告。防御出力、一時的に七十八パーセントを消費。長時間同等の弾幕を維持することは危険です』


アークの冷静な合成音が警告を告げる。

アスファルトすらない地表が割れ、アレンの額には薄っすらと汗が滲んでいた。呼吸がわずかに荒くなる。


(強いっていうのは……ただ耐え続けられることじゃない)


脳裏に蘇るのは、かつて無愛想に酒をあおっていた老人の背中だ。

――力ってのはな、振り回すためにあるんじゃねぇ。守りたいものを守り抜けることだ。


アレンはぐっと操縦桿を握り締め、機体の出力を再調整した。


「ああ、分かってるよ、師匠」


敵が怯え、再び次の攻撃に移ろうとするその隙を、アークのセンサーが正確に捉える。


「――反撃する。だが、命までは取らない」


アレンが左腕の魔導炉に意識を集中させると、アイン・ソフが動いた。

それは敵を粉砕するための暴力的などよめきではない。驚異的なまでの精密機動だった。


一瞬にして先頭の制式機兵の懐へと踏み込み、その腕を切り飛ばす――わけではない。


キィィィン……ッ!


アイン・ソフの巨大な手が振るわれたのは、敵機のコックピットでも頭部でもない。機体の駆動を司る両腕の関節部と、武器を固定するマウントアームだけだった。

魔導炉の出力を極限まで絞った手刀が、制式機兵の武器のエネルギー供給基部を正確に捉えていた。


キィィィン……ッ!


静かに、しかし絶対的な精度で「機能停止」に追い込んでいく。


「なっ……なんだこれ……!?」


「操縦系が……! 魔力炉は動いているのに、腕が、武器が動かない……!?」


一機、また一機と、王国軍の先陣を切っていた機兵たちが、次々にその武装と駆動を奪われ、その場に膝をついていく。

致命的なダメージを受けていないため、パイロットの命は完全に安全圏にあった。


「……生きている……?」


「俺たちは……殺されていない……?」


敵兵たちが恐怖と困惑の入り混じった声を上げる中、アレンはコックピットの中で小さく息を吐き出し、自らの両手を握り締めた。


(……怖かった)


もし、この圧倒的な力に飲まれていたら。

もし、一歩でも踏み外していたら、自分もまた、師匠が恐れた「ただ破壊するだけの兵器」になっていたかもしれない。


『確認。敵パイロット、全員生存。機能停止のみを確認しました』


アークの報告を聞き、アレンはふっと緊張を解いて小さく笑った。


「……よかった」


かつて自分自身でさえ忌み嫌った、この右腕。


「この腕は……誰かを傷つけるために作られたんじゃない」


アレンの呟きは、アークの低音と共にコックピットのなかに深く響いた。


「誰かを守るために、師匠が残してくれたものだ」


一方そのころ。

王都、王立魔導局本部庁舎の緊急司令室。


巨大な魔導スクリーンに映し出された現地の映像を前に、ドミニク・シルヴェストルは自分の目を疑っていた。


「……なんだと?」


周囲の側近たちが息を呑む。

二十機もの精鋭独立魔導機兵大隊が投入されたというのに、スクリーンに映る王国の機兵たちは、誰一人として命を奪われることなく、まるで子供があやされるかのように次々と武装を無力化され、大地に座り込んでいこうとしていた。


「破壊ではなく……制圧しただと……?」


ドミニクの顔から血の気が引いていく。

彼の脳裏に、かつて古文書で読んだ「旧文明の兵器の仕様」がよぎる。旧文明の遺産とは、すべてを焼き尽くす災厄の象徴だったはずではなかったのか。あんな、人の命を選別し、殺さずにただ盾でいなすような芸技ができる機体など、歴史のどこにも存在しない。


ドミニクは青ざめた顔で、目の前の通信魔導陣へと叫んだ。


「現場の映像を拡大しろ……! あの巨人を動かしている者を調べろ……!」


スクリーンに映し出されたアイン・ソフの胸部、その微小なコックピットの向こうに、一人の少年の姿がうっすらと透けて見える。


ドミニクは唇を噛み締め、震える声で呟いた。


「……あれは兵器ではない……。意思を持った、力だ……!」


平原の風が、静かに戦場の熱を冷ましていく。

王国軍の包囲網は、たった一機の「盾」の前に完全に崩壊しつつあった。




(第87話:『衝突』・完)

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