第83話:『遺された記録』
『――管理者認証、完全完了』
アークの無機質な合成音が響くと同時に、広大な格納庫を覆っていた青白い魔導灯が一斉に黄金色の光へと切り替わった。
「……起動したのか」
足元に走る無数の魔導回路が脈打つように明滅し、地下深くに眠っていた第七工廠全体が、まるで一つの巨大な生き物のように深い眠りから覚めていく。
冷え切っていた空気が、魔導炉の稼働に伴う心地よい熱を含んで微かに揺らいだ。
「……完全に、制御下に置かれたわね」
エレノアは床に膝をついたまま、呆然と周囲を見回した。
彼女の眼に映るのは、先ほどまでの「起動した恐怖の兵器庫」ではない。主を失い、ただ眠っていた巨大な防衛機構が、正当な血脈と意志によって目覚めたという確かな事実だった。
アレンはゆっくりと息を吐き出し、黄金色の光に照らされた自分の左腕を見つめた。
ジンジンと熱を持っていた魔導炉の鼓動は、工廠全体の起動と同時に嘘のように静まり、今はまるで自分の肉体の一部であるかのように馴染んでいる。
(師匠……アンタは、こんな場所を一体いつから……)
工房の片隅で、酒を飲みながらガラクタをいじっていた老人の姿が脳裏をよぎる。
それがどれほど意図的に隠された姿だったのかを思い知らされ、アレンは苦笑を漏らすしかなかった。
「アレン、感傷に浸るのは後にして。あそこの中央コンソール、何かデータを吐き出してるわ」
エレノアが立ち上がり、格納庫の中央にせり出した巨大なホログラム端末を指差した。
二人が歩み寄ると、アークの光が宙に立体的な文字と映像のリストを次々と描き出していく。
そこにあったのは、戦闘記録でも、兵器のスペック表でもなかった。
『第一管理者クロム・アイゼンベルグ:個人私信ログ』
「……個人の、記録……?」
アレンが呟くと、アークが無機質なトーンのままそれに応じた。
『応答。第七工廠のメインアーカイブには、兵装データの他に、第一管理者が遺した音声および映像ログが全142件保存されています。接続者アレン・ヴァルハイトの権限において、任意の閲覧が許可されています』
「見せてくれ」
迷うことなくアレンが告げると、最古のタイムスタンプが刻まれたログが静かに展開された。
そこに映し出されたのは、今よりもさらに若い、荒涼とした大地でのクロムの姿だった。
だが、映像のクロムは一人ではない。その背後には、まだあどけなさを残した、見知らぬ少年少女たちの姿があった。
『……ちっ、また物資が足りねぇな。あいつら、どこで油を売やがってるんだか』
映像の中のクロムは、悪態をつきながらも、手際よく簡易的な魔導義手を組み立てていた。
その手つきは、アレンが工房で見慣れたものと全く同じ、だがどこか焦燥感を帯びたものだった。
『第42区画の防衛線が突破された。これ以上は、この子供たちを連れて逃げ切るのは無理だ』
『――アーク。計算しろ。全員を逃がすための生存確率は』
映像の外――おそらくアークに向かって話しかけているクロムの横顔は、いつもの不敵な笑みではなく、歯を食いしばるような苦渋に満ちていた。
『……ゼロか。ふざけた演算しやがって』
映像はそこでプツリと途切れ、次のログへと切り替わる。
――時は進み、荒野の景色は消え、見慣れた片田舎の風景へと変わっていた。
小さな工房を建て、一人で酒をあおる老いたクロムの姿がある。
『……一人くらい、救えたっていいだろ』
誰に言うでもなく、クロムはぽつりと呟いた。
『世界を救う? 厄災の遺産を防衛する? 馬鹿馬鹿しい。そんな大層な看板を背負えるほど、俺は人間のできが良くねぇよ』
『だが――俺の手から零れ落ちていった連中の代わりに、せめて目の前で泣いているガキ一人くらい、俺の手で最後まで面倒を見てやらなきゃ割に合わねぇからな』
その言葉を聞いた瞬間、アレンの胸の奥が激しく波立った。
(俺を拾ったのは……あの時、救えなかった奴らの代わりだったのか……?)
怒りではない。胸を突いたのは、あまりにも不器用で、あまりにも人間臭い、老人の孤独な覚悟だった。
『おい、アレン。もしお前がこの映像を見ているなら、言っておくことがある』
『お前にこの左腕を嵌めたのは、世界を救う英雄になれなんて高尚な理由じゃねぇ。お前が、俺の目の前で死ななかったからだ。それだけだ』
『……せいぜい、自分のためにその腕を使え。世界がどうなろうと、お前が生き延びるための盾になれば、それでこの工廠の元は取れる』
映像のクロムは、最後にふっと悪戯っぽく笑い、消えていった。
静まり返った第七工廠に、アレンの足音がコツコツと響く。
エレノアは何も言わず、ただ静かにアレンの背中を見守っていた。
クロムが何と戦い、どんな過去を背負ってきたのか。その過去の断片が、少しずつアレンの中で一つの答えへと変わっていく。
「……勝手な野郎だ本当に……」
アレンはふっと息を吐き出し、自嘲気味に口角を上げた。
英雄でもなければ、世界を救う使命感に燃えているわけでもない。ただ、不器用な師匠が遺してくれた生き様と、この左腕の本当の意味を知った。
『接続者アレン』
静寂を破るように、アークの合成音が響く。
『個人ログの閲覧は以上です。なお、第七工廠の最深部、第04区画より「専用機」の起動シグネチャを検知。接続者アレンの生体データと完全一致する機体が、あなたを待っています』
「――俺の、専用機……?」
アークの言葉に、アレンの目が鋭く光る。
これまで自分でも理解できなかった左腕の力が、初めて「自分のために遺されたもの」だと実感できた。
(行こうか)
アレンは左手の拳を強く握り締め、第04区画へと続く重厚な扉を見据えた。
第七工廠の本当の心臓部へ――アレンの物語が、ここから本格的に始動する。
(第83話:『遺された記録』・完)
次回「第84話:『専用機』」へ続く




