第82話:『管理者』
『――第一管理者、クロム・アイゼンベルグの死亡を確認』
格納庫の天井を這う無数の魔導灯が青白く明滅する中、アークの合成音声が静かな空間に響き渡った。
「死亡を……確認、だと……?」
アレンは息を呑み、目の前に片膝をつく巨大な機巧兵を見据えたまま、硬直した唇を開いた。
師匠であるクロムがこの世を去ってから、すでに数ヶ月が経つ。その死はアレン自身の目で確認したはずだった。
だが、目の前の巨大な人工知能――中央管制人格は、淡々と、まるで昨日まで生きていた主人のことのようにその事実を告げる。
「待て……! お前は、師匠のことを何を知っている……ッ!」
アレンが声を荒らげたその時だった。
スッ、と、アレンの左腕の魔導炉が不自然なほど静かに、しかし強力な熱を帯びた。
拒絶ではない。それは、目の前のアークと波長を合わせようとするかのような、奇妙な共鳴だった。
『応答:第一管理者の生体データ、および魔導炉の適合シグネチャを検出。接続者アレン・ヴァルハイトの権限を「仮管理者」から「正式継承者」へ一時承認します』
『――対象照会』
『第一管理者:クロム・アイゼンベルグ』
『登録期間――四十二年七ヶ月』
『評価:歴代最高適合者』
『人格解析結果:不器用、短気、非効率』
『しかし――』
『守護者として、唯一無二』
冷徹な機械音の中に、どこか人間染みた「敬意」の色が混じる。
アレンは固唾を飲み込み、返答に詰まった。
隣では、エレノアが青ざめたまま、格納庫の壁面に刻まれた無数の魔導回路とアークの投影する光の軌跡を見上げていた。
「……嘘……でしょ……」
エレノアの震える声が、微かに響く。
「これほどの規模の地下工廠……しかも、国家の魔導局ですら把握していない自律型管制人格……。アレン、これ、ただの兵器じゃないわ」
「……じゃあ、何なんだ」
「……文明の切り札よ。これが存在しているなんて事実が知れ渡ったら、歴史そのものがひっくり返るわ」
エレノアの言葉は、まさに今アレンが抱いているものそのものだった。
いつも不愛想で、酒と煙草とガラクタに囲まれながら、片田舎の工房で細々と義手の調整をしていた老人。
それがどうして、これほどの超兵器を従える施設の第一管理者であり得たのか。
(師匠は……ただの職人じゃなかったのか……?)
脳裏を過る無数の疑問を断ち切るように、アレンは右手の拳を強く握り締めた。
知るべきだ。ここで背を向ければ、師匠の遺した真実も、自分の左腕に隠された意味も、永遠の闇に消えてしまう。
アレンはわずかに息を整え、アークの青いセンサーアイへと視線を戻した。
「……再生しろ」
『――了承』
アークの駆動音が低く唸る。
次の瞬間、アレンとエレノアの目の前の空間に、幾重もの青白い光の障壁――立体投影の記録映像が展開された。
そこに映し出されたのは、アレンが知る「老いたクロム」ではなかった。
傷だらけの重装甲服に身を包み、今よりもずっと若い、しかし変わらず無愛想な鋭い目をたたえたクロム・アイゼンベルグの姿だった。
背景にあるのは、この巨大な第七工廠ではなく、見渡す限りの荒野と、燃え盛る巨大な要塞の残骸だった。
『……おい、これを再生しているということは、俺はもうくたばった後だな』
映像の中のクロムは、面倒くさそうに頭を掻きながら、カメラ――あるいは、未来の接続者を見据えて吐き捨てるように言った。
『驚いてるか、アレン。お前がその左腕をぶら下げて、この扉の前に立っているなら、まあ、俺の目論見通りってわけだ』
「……っ!」
アレンの喉が鳴った。
映像の中のクロムは、まるで今まさにアレンの目の前に立っているかのように、核心を突いてくる。
『いいか、よく聞け。お前に託したその左腕……そしてこの第七工廠のすべては、かつて世界を敵に回してまで俺が封じ込めた「厄災の遺産」を管理するための鍵だ』
映像の背景で、クロムの背後に立つ無数の機巧兵装が一斉に起動の光を放つ。
『俺が死んだということは、世界はまた「あの時」と同じ狂気に向かって動き始めているってことだ。……アレン。お前はただの修理屋の弟子じゃない。この世界が再び燃え上がるのを防ぐための、唯一の「防波堤」だ』
「ふざけるな……!」
映像に向かって、アレンは思わず叫んでいた。
「勝手に死んで、勝手に秘密を抱えて……挙げ句の果てに、俺を世界の防波堤にするだなんて……そんなの、聞いてないぞ……!」
工房でのぶっきらぼうだが穏やかな日々と、目の前の狂気じみた現実が噛み合わない。
(俺を利用していたのか……? 最初から、このために俺の左腕を……)
怒りと疑念が胸を駆け巡る。だが、その怒りを拒絶するように、左腕の魔導炉が熱を帯びてジンジンと疼いた。
まるで、何かを否定するように――
何かを訴えるように。
映像の最後で、クロムはふっと、皮肉げでありながら、どこか不器用な優しさを宿した笑みを浮かべた。
『……ま、重荷に思うなよ。お前がどう使おうと、その腕とこの工廠はお前の自由だ。せいぜい、好きに暴れてきやがれ』
――プツン。
記録映像は、それきり途切れた。
静まり返った巨大格納庫に、アレンの荒い息遣いだけが響く。
「世界を敵に回して……封じ込めた、厄災……?」
エレノアが絶句し,足元から崩れ落ちそうになるのを必死に踏みとどまる。
その言葉の持つ意味の重さに、研究者としての知性が恐怖へと変換されていた。
アレンは唇を噛み締め、荒い息を整える。
怒りも、戸惑いもある。だが、映像の最後に見せた師匠の不敵な笑みを思い出し、アレンはゆっくりと左手を開閉させた。
(……最後まで、勝手な野郎だ)
だが、不思議と恐怖は消えていた。
師匠が託した意味が何であれ、ここで逃げ出す気はない。
(師匠が俺に押し付けたんじゃない。俺を信じて、残したんだ)
そう思えた瞬間、左腕の熱が静かに、しかし力強く収まった。
『――第一管理者の記録再生を終了しました』
『これより、第七工廠の全権限を、正式継承者アレン・ヴァルハイトに移譲します』
アークの合成音が、静寂を切り裂くように告げた。
『補足します、接続者アレン』
『第一管理者クロム・アイゼンベルグの行動記録を解析』
『あなたへの処置、魔導義手の設計、継承経路――それらに「利用目的」の兆候は検出されません』
『むしろ――あなたの生存を最優先した行動パターンが確認されています』
AIの客観的なデータ提示が、アレンの胸の奥の澱みを静かに洗い流していく。
ガキィィィン――!
百を超える機巧兵装。
かつて世界を震撼させた兵器群は、誰にも使われることなく眠り続けていた。
その理由はただ一つ。主が存在しなかったからだ。
彼らは戦うために造られた。だが、彼らが初めて認識したのは、破壊すべき敵ではなく、守護すべき存在だった。
そして今――長き眠りを終えた軍勢が、一斉に敬礼の姿勢をとる。
それは、新たな主の誕生を告げる、世界で最も静かで、最も巨大な目覚めだった。
(第82話:『管理者』・完)
次回「第83話:『始動』」へ続く




