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『星を紡ぐ右腕 〜追放された魔導技師、壊れた右腕で世界を繋ぐ〜』  作者: 鍼灸師いのぴー
第3章:設計思想編

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第81話:『開扉』

 重く閉ざされていた鉄の扉が開き、その奥へと続く階段が現れた。


アレンは一歩、足を踏み出す。


ひんやりとした冷気が、足元から這い上がってきた。

地上とは違う。まるで何十年、何百年もの間、外界から完全に切り離されてきたかのような、凍てつくような静寂がそこにはあった。


二人は階段を降りていく。


カツ、カツ、と、規則正しい足音だけが地下深くへと吸い込まれていくように響く。

壁に沿って走る古い配管からは、とっくに枯れ果てたはずの冷却水の匂いや、錆び付いた鉄と使い古された油の混ざった空気が漂っていた。


「……っ」


エレノアが小さく息を呑み、思わずアレンの上着の裾を掴んだ。

その指先には力が入り、白くなるほど震えていた。

彼女の顔色は青ざめ、その目は暗闇の奥を見据えたまま動かなかった。

長く閉ざされていた空間特有の重圧が、二人の肩を押しつぶすように重くのしかかっていた。


言葉を交わす者はいない。

エレノアですら、この圧倒的な空間の前に声を失っていた。

階段を十段、二十段と降り、地下深くの巨大な格納庫へと足を踏み入れた時だった。


ガタン――。


地下空間そのものが、わずかに震えた。

次の瞬間、その振動はアレンの左腕の奥底から直接響いたような感覚へと変わった。


ガン。


ガン。


心臓の鼓動とは違う。

アレンの魔導炉が、まるで地下に眠る巨大な何者かに呼び起こされるように、一定のリズムで脈を打つ。


(なんだ……これ……)


熱はない。だが、左腕の神経がチリチリと痺れるような感覚が走り、アレンは無意識に右手で左腕の付け根を押さえた。

嫌な汗が背筋を伝う。

逃げ出すべきか、それともこのまま進むべきか――。

脳裏をかすめた恐怖を振り払うように、アレンは左手を強く握り締めた。

あれほど頑固で、誰にも背中を見せようとしなかった師匠が、最期に自分に託した場所だ。ここで引き下がるわけにはいかない。


まるでアレンの足取りを合図にしたかのように、

格納庫の遥か奥――暗闇の底で、小さな音が鳴った。


……カチッ。

薄暗い青白い光が、広大な格納庫の端から端へと、まるで脈を打つように連鎖していく。


闇の中に浮かび上がったのは、想像を絶する光景だった。

天井の高さはゆうに数十メートルを超え、床一面には複雑怪奇な魔導陣が刻まれている。そして、その広大な空間を埋め尽くすように、幾重もの重装甲に包まれた巨大な機巧兵装の群れが、兵士のように整然と立ち並んでいた。


だが、そのすべてが起動したわけではない。


百を超える巨大な機巧の群れの中で、ただ一台だけ。

中央に据えられたそれだけが、微かに青い光を灯した。


ザシュ、と、長い年月で固着していた関節が外れる重い金属音が響く。

機動の衝撃で、天井の古い梁からパラパラと微細な砂埃が落ちた。


圧倒的な巨体を持ちながら、その動作には一切の淀みがなかった。

機巧はゆっくりと頭部を持ち上げ、首を巡らせる。


そして、重い駆動音を響かせながら、静かに片膝をついた。

その巨体の鋭いセンサーアイが、一直線に階段の前に立つアレンを捉える。


重厚な魔導の駆動音を響かせながら、その機巧はスピーカーを通したような、しかしどこか温かみのある合成音を紡いだ。


『――帰還、お待ちしておりました』


その一言が、静まり返った地下空間にこだまする。

アレンが息を呑み、一歩後じさった。

敵意はない。威圧感すら、この圧倒的な規模の割に抑えられている。

だからこそ、その一言はアレンの思考を凍りつかせた。


「帰還……?」


(俺にか……?)

(それとも、クロムに……?)


隣でその光景を見ていたエレノアは、恐怖を通り越して、もはや言葉を失っていた。

青ざめた唇を微かに震わせ、ただ呟く。


「そんな……自律思考型機巧兵……?」


エレノアの顔から血の気が引いていく。


「違う……これは……ただの自律思考じゃない……」


「対象認識……継承権限確認……忠誠動作……」


「こんな機巧兵……歴史資料には存在しない……!」


エレノアの震える声に答えるように、その機巧の胸部魔導炉が一段と強く青く輝いた。


機巧はさらに言葉を続ける。


『継承者権限――確認』


『接続者 アレン・ヴァルハイト』


『管理権限を移譲します』


冷徹な機械音と、感情を持つかのような滑らかな音声が重なり合う。


《中央管制人格・アーク》


『起動』


その瞬間、格納庫の天井を走る無数の魔導灯が、一斉に青白く灯った。


そして――


百を超える機巧兵装の奥。

誰も乗ることのできなかった巨大な玉座型管制席が、ゆっくりと光を灯した。


そこに表示された文字を見て、アレンの呼吸が止まる。


《第一管理者》

《クロム・アイゼンベルグ》


《権限移譲先》

《アレン・ヴァルハイト》


「……師匠……?」


地下施設は、ただ継承者を迎えたのではない。


クロム・アイゼンベルグが、最後の瞬間まで守り続けた「答え」が――


今、静かに目を覚ました。




(第81話:『開扉』・完)

次回「第82話:『管理者』」へ続く

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