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『星を紡ぐ右腕 〜追放された魔導技師、壊れた右腕で世界を繋ぐ〜』  作者: 鍼灸師いのぴー


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第6話:鉄の仮面、激怒する

「神の定めた魔力のことわりを歪め、機械に魂を売った不浄の異端者。大教会の名において、同行願おうか」


三人組の異端審問官が、僕の行く手を完全に塞いでいた。

差し出された黒い鎖――触れた者の魔力を強制的に霧散させ、精神を磨耗させる『禁魔の黒鎖』が夜の闇の中でジャラリ、と嫌な金属音を立てる。


「……待ってください。僕は、ただ時計を直しただけです。壊れていた回路を整えただけで、呪いなんて使っていません!」


必死に訴える僕の声は、白い法衣をまとった神父の冷酷な目には届かなかった。

彼らは街の職人たちのように、ただ未知を恐れて騒いでいるわけではない。この国を裏から支配する絶対的な規律の守護者として、明確な危機感を持って僕を睨みつけていた。


「言い訳は不要だ。お前がローゼンベルク家の時計に施した『調律』とやらの残滓ざんしを大教会が感知した。……その右腕から微かに漏れ出ている魔力波形は、もはや正気の人間が放っていいものではない」


神父の一人が、僕の右腕を指差す。


「魔法とは、神の言葉を紡ぎ、世界の理に従って奇跡を顕現させるもの。だがお前のそれは、理そのものを内側から書き換え、簒奪さんだつする、世界への叛逆はんぎゃくだ。そのような歪みを放置すれば、いずれこの国の魔力循環そのものが崩壊する。お前という存在は、世界にとって危険すぎるのだ」


その言葉は、冷徹なまでに正論だった。

だからこそ、僕の心に深く、重く突き刺さる。

彼らもまた、この世界を守るために僕を排除しようとしているのだ。実家が僕を捨てたのも、マルコさんが僕を拒絶したのも、僕が『世界のルールを壊しかねないバグ』だから。


「……くっ」


審問官の一人が、躊躇ちゅうちょする僕の右腕を乱暴に掴み、黒い鎖を力任せに巻き付けた。

その瞬間、真鍮の義手の表面にドス黒い火花が走り、神経の接続部に、これまでにない激痛が走る。


「あ、が……あああああああっ!!」


激痛と共に、右腕の感覚が急速に冷え、消えていく。

脳からの信号が遮断され、さっきまで僕の意志でカチカチと愛おしく動いていた歯車の駆動音が、ぷつりと途絶えた。

その瞬間、僕の脳裏を埋め尽くしたのは、あの実家の地下室で右腕を切り落とされたときの、圧倒的な『絶望の再体験』だった。


(また……失うのか……?)


せっかくクロムさんが作ってくれた、もう一度世界を掴めるはずだった僕の右腕。

それだけじゃない。やっと見つけた、僕の居場所。油臭くて、うるさくて、不器用だけど、あの工房だけは僕を必要としてくれたのに――その温かい日々まで、また僕の体から引き剥がされ、暗闇の奥へと奪われようとしている。

痛い。怖い。誰か、誰か助けて――。


「大人しくしろ、不浄の機械人形が。これ以上、我らの世界を汚すな」


冷酷な神父の言葉に視界が白む。僕は地面に膝を突き、再び訪れた世界の終わりのような絶望に、ただ目を瞑ることしかできなかった。


――その時だった。


カツン、と。

ひどく場違いな、のんびりとした足音が一つ、静まり返った路地に響いた。


「おいおい。大教会のお偉い様方が、寄ってたかってうちの薄汚いガキをいじめてんじゃねえよ」


夜の闇を引き裂いて現れたのは、見慣れた鉄の仮面を被り、肩に巨大な魔導レンチを無造作に担いだ、僕の師匠――クロムさんだった。


「何者だ。我らは聖教国大教会の異端審問官である。大教会の執行を妨害する者は、誰であれ同罪――」


クロムさんは神父の言葉を無視して、僕のそばまで歩み寄ると、その場に屈み込んだ。

そして、僕の右腕に巻き付けられ、黒い火花を散らしている鎖と――そこから生じた負荷で、黒く焼け焦げ始めた『神経接続部』へと視線を落とした。


ギリ……と。

クロムさんの大きな手が握った、魔導レンチの柄が、軋むような鈍い音を立てた。


その瞬間。

夜風すらピタリと止まり、路地の温度が一気に氷点下まで下がったかのような錯覚が僕を襲った。

声すら発していない。だが、鉄の仮面の奥から漏れ出たその“静かな怒気”の凄まじさに、僕の隣にいた審問官が思わず短い悲鳴を上げて一歩飛び退いたほどだった。


「大教会が、なんだって?」


クロムさんが、ゆっくりと立ち上がり、一歩、足を踏み出した。


その瞬間。

――ゴ、オオオオオォォォォ……ッ!!!


物理的な風ではない。圧倒的な、剥き出しの魔力圧プレッシャーが、クロムさんの身体から濁流のように溢れ出していた。


「……っ!? な、なんだ、この魔力は……!?」


先ほどまで冷酷な表情を崩さなかった神父の顔が、一瞬で驚愕に歪む。

周囲の『現象』が、次々と悲鳴を上げ始めた。

路地裏に設置されていた蒸気機関のパイプがガタガタと恐怖に怯えるように震え、審問官たちが着ている最高級の防魔法衣の銀ボタンが、圧力に耐えかねてキィィ、と高い音を立てて軋み始める。


ジャララッ!!


そして、僕の腕を縛り付けていた『禁魔の黒鎖』が――魔法を霧散させるはずのその絶対の鎖が、クロムさんの放つ絶対的な魔力量に耐えきれず、まるで悲鳴を上げるように激しく火花を散らして、その場にボロボロと砕け散ったのだ。


「ひ、う……あ……っ」


訓練されたはずの審問官二人が、その圧力だけで息を吸うことすらできず、地面に膝を突き、激しく咳き込んだ。

戦う必要すらない。ただそこに居るだけで、世界のルール側の法具を粉砕し、すべてを跪かせる。それこそが、かつてこの国の魔法技術の頂点に君臨した、伝説の男の格だった。


クロムさんは、顔を覆う鉄の仮面をゆっくりと上へとずり上げた。

露わになったその素顔は、いつもの偏屈な親父のものではない。大教会の権力など微塵も恐れない、傲慢で、不敵な、本物の天才の顔だった。


「世界が危険だ? 理が崩壊する? 笑わせるな、大教会のいぬどもが」


クロムさんは、傷ついた僕を背に庇いながら、這いつくばる神父の頭上から冷たく言い放つ。


「その程度の生ぬるい論理で、俺が命を懸けて作った右腕と、それを必死に乗りこなして生きようとしてる俺の弟子に触れてんじゃねえよ」


神父は、その顔に滴る冷や汗を拭うこともできず、目の前の男の顔を凝視していた。

その脳裏に、かつて大教会を震撼させ、十年にわたって歴史から抹消されていた『ある怪物』のデータが、戦慄と共にフラッシュバックする。


「ま、まさか……お前、十年前、教会の最高禁忌に触れて歴史から消された、あの……元・宮廷技師長、クロム・アルベリヒ……っ!? なぜ、なぜあの男が、まだ生きている……!?」


神父の声が、恐怖でガタガタと震えていた。

王国の, そして教会の歴史にその悪名を刻む、伝説の異端技師。

クロムさんはそれを鼻で笑うと、巨大な魔導レンチの先端を、容赦なく神父の鼻先に突きつけた。


「お前らの神様が定めたお利口なルールなんざ、俺の工房じゃただのゴミだ。アレンの腕が世界を壊すっていうなら、壊させてみろよ。その時は、俺がもっと面白い世界にハッキングして書き換えてやるからよ」


クロムさんの瞳に、ギラリと狂気とも言える技術者の誇りが宿る。


「……今日のところは、そのガキの『初仕事』の祝いに免じて、命だけは置いてってやる。二度と俺の最高傑作(弟子)に気安く触るな。……失せろ」


その圧倒的なプレッシャーの前に、異端審問官たちは神の正論すら忘れ、もはや一言も返すことができなかった。彼らは屈辱と恐怖に震えながら、砕けた鎖を拾い集め、夜の闇の向こうへと逃げるように去っていった。




静寂が、再び路地を包み込む。

先ほどの恐ろしいほどの魔力圧は嘘のように消え去り、クロムさんは「フン」と息を吐いて鉄の仮面を元に戻した。

クロムさんが僕の焦げた右肩に大きな手をかざすと、温かい魔力が流れ込み、カチ, カチ、と僕の右腕の歯車が息を吹き返す。生きてる。僕の右手は、まだここにある。


「まったく、仕入れから戻ってみればこれだ。お前は本当に、退屈させないガキだな」


いつもの、口の悪い、偏屈な師匠の声。

僕はその場にへたり込んだまま、震える左手で、取り戻した右腕を強く抱きしめていた。

頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。

世界を敵に回してもおかしくない僕を、大教会を敵に回してまで、どうして。


「どうして……そこまでして、僕なんかを助けるんですか……?」


気づけば、涙が溢れていた。


「僕は、実家からも捨てられた出来損ないです。街の人たちからも、化け物だって拒絶された、世界のバグなんです……。僕に関わったら、クロムさんまで大教会に……」


そんな僕の言葉を、クロムさんは重い足音を立てて近づくと、

ゴツン、と、大きな拳で僕の頭を叩いて遮った。

痛い。でも、信じられないくらい温かい。


「弟子を守るのに、いちいち理由がいるか、馬鹿野郎」


クロムさんは、呆れたように、だけどどこか優しく笑った。


「世界がお前をバグだって拒絶するなら、世界の方が間違ってんだよ。不具合バグがあるなら直せばいい。世界をまるごとデバッグする度港どきょうが、あの右腕には詰まってんだ。……だろ?」


その言葉を聞いた瞬間、僕の胸の奥で、冷たく凍りついていた何かが、音を立てて融けていった。


出来損ないじゃない。化け物じゃない。

僕には、この腕がある。そして、この腕を、僕という存在を、全力で肯定してくれる師匠がいる。

ここが、この油臭い工房の路地裏こそが、僕の、僕だけの居場所なんだ。


「……はい! はい……っ!」


僕は涙を拭い、真鍮の右手を強く、強く握りしめた。

神経の接続部から伝わる熱は、もう恐怖の代償なんかじゃない。世界に抗い、僕たちの論理を証明するための、熱い希望の灯火ともしびだった。




同じ頃――。

月明かりに照らされた工房の屋根の上。

夜風に長い外套を揺らしながら、その路地裏の顛末をじっと見下ろしている人影があった。


手元にある魔導端末が、青く冷たい光を放ち、王都の『最高作戦司令部』への直通回線を繋いでいる。


「……ええ、間違いありません。アイゼンの街の片隅で、十年前の禁忌――クロム・アルベリヒが再起動しました。そして、その傍らには、大教会の『禁魔の黒鎖』すら内側からハッキングして崩壊させた、異常な魔導義手を操る少年がいます」


影は、冷徹な声で淡々と報告書をデータとして送信していく。


「少年の名は、アレン。……世界を書き換える不具合バグの苗床です。これより、第一級監視対象として、王立魔導学園への『強制誘致』の準備に入ります――」


少年のあずかり知らぬ場所で、世界という途方もなく巨大なシステムが、その『異端』を排除すべく、本格的に駆動を始めていた。




(第6話・了 / 次回「第7話:規格外の特待生」へ続く)

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