第41話:『外界の言語』
空から降ってきた少女は、それから丸一日、目を覚まさなかった。
ジャンク屋の二階のベッドで、少女は酷い高熱にうなされながら眠り続けている。
ミラが甲斐甲斐しく看病しているが、その顔は暗い。少女の体中にある無数の擦り傷も異常だが、何よりその衣服の『素材』が、この世界のどこを探しても存在しない、未知の合成繊維で編まれていたからだ。
「……おい、アレン。これ、どう思う」
一階の工房。
作業台の上に広げられたのは、少女が身に付けていた数少ない遺物(持ち物)だった。
鈍く輝く未知の金属板。
複雑な基盤が露出した、完全に沈黙している壊れた端末。
ホログラムのような奇妙な細工が施された身分証らしきプレート。
そして、冷たい光を放つペンダント。
どれもが、この世界の技術体系から完全に逸脱している。軍の学者や、高名な鍛冶師が見れば、ただの「解読不能なガラクタ」として放り出す代物だった。
だが、真鍮の右腕を持つジャンク屋の主人は違った。
「……ただのゴミじゃねえな。回路の繋ぎ方が、神域のシステムに少し似てる」
アレンは拡大鏡を覗き込み、極細のピンセットと真鍮の右腕を動かす。
未知の言語で書かれた基盤。普通なら触れた瞬間にショートするか、ロックがかかるはずの機構。だが、世界OSのバグ(因果)をその身に宿したアレンの指先は、吸い付くように端末の「急所」を見つけ出していく。
切れた導線を繋ぎ、歪んだ魔力回路を真鍮のエネルギーで強引に矯正する。
分解、修理、それから──再起動。
カチリ、と。
アレンが最後のネジを締め直した瞬間、完全に死んでいた端末の画面に、青白い光が灯った。
「……嘘。本当に動かしたの?」
背後で見ていたエレノアが、驚愕に目を見開く。
だが、画面に表示されたのは、幾何学的で、見たこともない奇妙な記号の羅列──『外界の言語』だった。
「……読めないわ。世界OSの言語とも違う。完全に独立した、別の文明の──」
その時、エレノアが短い悲鳴を上げて、その場に膝をついた。
「エレノア!」
彼女の首筋。
服の隙間から覗く『真鍮の紋章』が、アレンの修理した端末と同期するように、ドクドクと激しく脈打ち、眩い青光を放ち始めたのだ。
「あ……つ、あ、あああ……っ!」
エレノアは自身の首を掻きむしるようにして苦悶する。
彼女の脳内に、端末から放たれた未知の電波(因果)が、紋章を経由して直接流れ込んでいた。
紋章が時を刻むように激しく明滅し、エレノアの瞳が、一時的にその紋章と同じ青い光に染まる。
その瞬間。
アレンの目にはただの記号にしか見えなかった画面の文字列が、エレノアの唇を通して、歪んだ「言葉」として吐き出された。
「『……管理……都市……』」
「エレノア、お前……」
「『アル……アル……カ……ッ、あ、ガはっ……!』」
ハッと、エレノアの瞳から青い光が消える。
激しく咳き込みながら、エレノアは床に両手をついて這いつくばった。首筋の紋章は、じっとりと冷たい光に戻っている。
「今の、は……」
「分かんねえ。だが、お前のその紋章、あの端末と響き合ってやがった。……アルカ、って何だ?」
「知らないわよ……! 脳みそを直接、別の何かに書き換えられるような感覚だった……最悪よ」
エレノアは青ざめた顔で、激しく脈打つ首筋を抑えつける。
確実に、彼女の身体の中で何かが始まりかけている。
「……ア、レン……?」
不意に、工房の階段の隙間から、弱々しい声が響いた。
いつの間にか目を覚ましていた少女が、壁を伝い、ふらつく足取りで一階へと下りてきていた。
ミラの静止を振り切ってきたのだろう。少女の瞳には、まだ高熱の光が宿っている。
少女は、アレンの真鍮の腕を見た。
少女の小さな身体が、恐怖と、それから縋るような懇願で、小刻みに震え始める。
「おねがい……」
少女はアレンのボルトクリッパーを掴むようにして、涙をボロボロとこぼした。
「……あの人を、さがして……」
「だから、誰をだ」
少女はしばらく黙り込んだ。その虚ろな瞳には、やはり焦点が結ばれていない。
「……わからない」
「は?」
「顔も……名前も……。でも……探さなきゃいけないの」
少女はアレンの肩越しに、開け放たれた扉の向こうを見た。
遥か上空、雲の隙間からのぞく、あの逆さまの都市を。
「……もう、時間がない……」
再び意識を失い、崩れ落ちる少女。
閉じた世界は終わった。
だが、開かれた世界の境界線で、確実に「次の不条理」が秒読みを始めている。
ジャンク屋の主人は、深く溜息をつくと、真鍮の右腕で工具を握り直した。
(第41話:『外界の言語』 ・ 完)
(次回「第42話:壊れた時計」へ続く)




