第39話:システム・リブート
アレンの真鍮の右腕と、エレノアの真鍮の杭。
二つのイレギュラーが完全に重なった瞬間、世界OSの演算領域へ、濁流のようなバグ(因果)が逆流した。
【CRITICAL ERROR】
【UNKNOWN CODE INJECTED】
【SYSTEM OVERFLOW】
世界OSが最後の防衛本能として放つ、超高密度の数式の刃。アレンの肉体を、存在を、魂を内側から消去しようと、青白い閃光が暴風となってアレンを切り刻む。
「アレン……っ!」
エレノアが悲鳴を上げる。だが、アレンは真鍮の腕にさらに力を込め、不敵に笑う。
「痛くも痒くもねえな。……神様のお仕着せのルールなんざ、俺の右腕(工具)に比べりゃ、ただの不良品だ」
アレンの因果が、エレノアのハッキングコードと完全に同調する。二人の真鍮が、世界を縛る冷徹なシステムを、二人の色へと強引に塗り替えていく。
──絶え間ない閃光が神域を包み込んだ。
チカチカと明滅していた世界OSの巨大なメインサーバーが、完全にその光を失い、沈黙する。
同時に、エレノアの首筋まで達していた青い数式化の侵食が、静かに、しかし確実に止まった。
「エレノア……!」
アレンの声に、エレノアがゆっくりと目を開ける。
彼女の右半身──指先から肩、それから首筋にかけて、青い数式は消えていなかった。それはアレンの真鍮のエネルギーと混ざり合い、皮膚に深く刻まれた、幾何学的な『真鍮の紋章』へと変質していた。
元には戻らない。世界の理をブチ壊した、消えない傷跡。
エレノアはその身体を見つめ、それからアレンを振り返って、ふっと傲慢に笑った。
「……消えなかった。でも、あんたのせいで、人間を辞め損ねたわ」
その言葉と同時に、世界の天辺が、ガラスのようにパキパキと音を立てて崩壊し始めた。
視界が真っ白な光に染まり、三人の身体が元の世界へと引き戻されていく。
気が付けば、アレンたちはいつもの寂れたジャンク屋の屋上に立っていた。
肌を刺す、冷たい夜明けの空気。
東の地平線から、ゆっくりと厳かな朝焼けの光が街を照らしていく。
「帰って……これたの?」
ミラが自身の両手を見つめ、それから街並みを見下ろして、ぽろぽろと涙を流した。
世界OSは沈黙した。世界の間引きは止まった。エレノアも、ここに生きている。
終わったのだ。誰もがそう確信した、その瞬間。
アレンの脳内に、世界OSが完全に消滅する間際に残した、最後のシステムログが直接流れ込んできた。
【隔離プロトコル解除】
【対象:外界】
【警告】
【人類保護機能終了】
「……え?」
アレンが眉をひそめたのと、ミラが恐怖に声を詰まらせて硬直したのは、ほぼ同時だった。
「……ねぇ。アレン、エレノア……あれ、何……?」
ミラの指差す先。
アレンが空を見上げる。
それからエレノアも、ゆっくりと視線を上げた。
朝焼けに染まる美しい空の、遥か上空。
雲を割るようにして、そこには、逆さまになった『見たこともない巨大な近代都市』が、音もなく静かに浮かんでいた。
アレンは無言のまま、その圧倒的な異常を見上げる。
「……嘘でしょ」
エレノアが微かに声を漏らし、数秒の間、完全にその場に固まっていた。
それは、アレンもミラも初めて見る、彼女の表情だった。
けれど──エレノアは小さく苦笑すると、真鍮の紋章が刻まれた首筋に触れ、ぽつりと呟いた。
「あーあ。最悪。……やっぱり開いちゃった」
空に浮かぶ、逆さまの都市。
世界は救われた。
だが。
誰も知らなかった。
本当に壊れたのは、
世界じゃない。
世界を囲んでいた、
『壁』の方だった。
(第39話:『システム・リブート』 ・ 完)
(第1章:神の玉座編 ・ 完)
(次回「第2章:境界崩壊編」へ続く)




