第38話:二者択一
世界OSのサーバー構造体から、感情の一片すら含まない、機械的な電子音声が響き渡った。
【最終承認フェーズへ移行します】
【選択A:世界OSの完全初期化。世界の間引きを停止。代償として、現管理権限の存在および全因果を完全消去】
【選択B:管理権限の強制切断。代償として、対象世界群を含む全平行世界の即時消去】
「そんな……」
ミラがその場にへたり込み、絶望に顔を歪めた。
どちらを選んでも地獄。世界を救えばエレノアが消え、エレノアを救えば世界が消える。世界OSが提示したのは、人間には決して覆せない、絶対的な因果の天秤だった。
「……アレン」
首筋まで数式に侵食されながら、エレノアが静かにアレンを見つめた。その瞳にあるのは、諦めではない。傲慢なまでの、彼女なりの優しさだった。
「私はもう決めたの。だから、あんたまでバカなことしないで。……あんたは『世界』を選びなさい」
あんたには生きていてほしい。そう告げるエレノアの覚悟を、しかしアレンは、ふっと呆れたように鼻で笑い飛ばした。
「世界か、エレノアか、だ?」
アレンはゆっくりと、歩みを進める。
一度だけ、首筋まで青く染まりかけたエレノアを見た。
それから、天を突く巨大な世界OSのサーバーを見上げた。
「……は?」
心底つまらなそうに、アレンは吐き捨てた。
「何だそのクソみてえな選択肢」
壊れたから捨てる。動かねえから諦める。そんなのは素人の仕事だ。使えなくなったガラクタを二つのうちどっちか捨てろだと?
使えるパーツを集めて、動かねえツラしてる大元ごと修理して動かすのが、俺たちジャンク屋の仕事だろ。
「アレン……!?」
ミラの制止の声も、エレノアの驚愕の視線も無視して、アレンは真っ直ぐに突き進む。
エレノアの右半身を侵食する、青白い数式の光。その不気味な輝きの真ん前まで来ても、男の歩調は1ミリも乱れなかった。
「待ちなさいアレン! 近づいたらあんたの因果までシステムに――」
「うるせえ。ジャンク屋(俺たち)をナメるな」
ガチン、と。
重厚な金属音が、神域の空間に鳴り響いた。
エレノアが握り締めていた真鍮の杭。その上から、アレンは自身の『真鍮の右腕』を、躊躇いなくガチリと重ねて掴み取った。
その瞬間、世界が激変した。
ピキピキピキ、と空間が悲鳴を上げる。
これまで理路整然と青白く明滅していた世界OSの巨大なサーバー全体へ、アレンの右腕から溢れ出た『真鍮色の亀裂』が、猛烈な勢いで走り出した。
【UNKNOWN ERROR】
【UNDEFINED CAUSALITY】
【SYSTEM REJECTED】
【ERROR】
【ERROR】
【ERROR】
世界のすべてを管理していた絶対的な神が、初めて理解不能なバグと直面し、狂ったようにエラーメッセージを乱舞させる。世界OSが、明確にパニックを起こしていた。
サーバーが鳴動する。
空間が裂ける。
赤いエラー光が神域を埋め尽くす。
剥き出しのシステムが悲鳴を上げて壊れ始める光の中で。
エレノアは、重ねられた真鍮の温もりに目を見開き――それから、本当に嬉しそうに、ふっと呆れたように笑った。
「……本当に」
「バカなんだから」
(第38話:『二者択一』 ・ 完)
(次回「第39話:システム・リブート」へ続く)




