表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『星を紡ぐ右腕 〜追放された魔導技師、壊れた右腕で世界を繋ぐ〜』  作者: 鍼灸師いのぴー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/35

第21話:選択

闇の上空に、それはあった。


上下左右の概念すら失われた漆黒の深淵。その遥か高みから、アレンとエレノアを冷徹に見下ろす「何か」が存在していた。

それは巨大な『眼球』のようでもあり、蠢く幾何学模様のノイズの塊のようでもあった。世界OSのシステムログすら、その存在の周辺では恐怖に歪むように激しく明滅している。


《UNKNOWN OBSERVER DETECTED》

《権限照合中……》

……

……

……

《権限確認:ROOT AUTHORITY》


最高管理者。

世界OSという絶対のシステムすら、その上位に君臨するこの『観測者』の、一端末に過ぎない。その残酷な世界の構造(仕様)が、無機質なログによって証明されていた。


『観測者』の視線が、まずはエレノアへと向けられる。


《削除対象確認》

《対象:ELEANOR》


次いで、その少女を背に庇うように立つ、少年の姿を捉えた。

少年の真鍮の右腕は、狂ったようにエラーを吐き出し続けている。


《保護行動を確認》

《競合を検出》


《──これより、対象の役割変更を実行します》


《DEBUGGER》

  ↓

《SYSTEM ERROR》


真鍮の右腕に、血のような赤文字が刻まれる。

世界の正解を導くはずだった「修復者デバッガー」は、その瞬間、世界を脅かす最大の「不具合システムエラー」へと、公式に分類を書き換えられた。


「逃げて、アレン……!」


エレノアが、アレンの背中にすがりつきながら悲痛に叫んだ。

「もういいの。私はいいから……。ここで私を選んだら、世界全部があなたの敵になる!」


世界そのものから拒絶される恐怖。

神に等きシステムから、害悪として排除される絶望。

普通の人間に耐えられるはずのない圧力がアレンにのしかかる。


しかし、アレンは思い出せない頭で、それでも確かに、自分の意志で、真鍮の拳を強く握りしめた。


「それでも、嫌だ」


それが、少年の紡いだ『選択』だった。

たとえ世界を敵に回そうとも、この胸に宿る「消しきれなかった感情」だけは、絶対に裏切らない。


その選択を呼び水にするように、上空の『観測者』が、冷徹にそのシステムを行使した。


緊急再起動エマージェンシー・リブートを開始します》

《世界構造を復元中……》

《記憶整合処理──開始》

《因果チェーンの再接続──実行》


バグだらけの白い空間が、激しい光と共に爆砕した。


バラバラに破損していたソースコードが、超高速でパッチを当てられ、元の形へと組み直されていく。

反転していた重力が元に戻る。

剥がれ落ちていた建物のテクスチャが、一瞬で石造りの街並みへと描き直される。

セピア色の文字列に変わっていた男の腕が、瑞々しい肉体へと巻き戻る。


王都に、空が戻った。

太陽の光が降り注ぎ、風が吹き抜け、教会の鐘の音が、高らかに響き渡る。


世界は、完璧に救われたのだ。


しかし、その奇跡の演算の最後尾に、あまりにも残酷な一行が付け足されていた。


《再起動条件:異常因子の隔離》

《対象──アレン》




「──おい、嘘だろ」


アレンは、王都の賑やかな広場に立ち尽くしていた。

人々は笑顔で行き交い、何事もなかったかのように平和な日常を謳歌している。


アレンは、近くにいた見知らぬ兵士の肩を掴んだ。

「助かった……! 助かったんだね! みんな無事んだ!」


しかし、兵士は不審そうにアレンの手を払いのけた。その瞳には、親しみも敵意もなく、ただ純粋な困惑だけがあった。

「……えっと。君、誰?」


「え……?」

アレンは息を呑み、慌てて市場へと駆け出した。顔馴染みの店主たちに必死に声をかける。

「アレンだよ! ほら、いつも右腕の修理をしてた、アレンだ!」


「アレン? 聞かない名前だな。坊主、うちの常連かい?」


誰も、彼を知らない。

共に戦った仲間の元へ走っても、結果は同じだった。向けられるのは、見知らぬ不審者を見る冷たい視線だけ。


世界は修復された。

だが、アレンという存在のデータだけが、人々の記憶からも、世界の因果からも、完全に『隔離』されていた。


広場の片隅で、アレンは膝をついた。

自分の真鍮の右腕を見つめる。それはもう、修復の光を放つことはない。ただの物言わぬ機械の塊だ。


その時、沈黙していたはずの真鍮の表面に、かすかな電子ノイズと共に、最後の一刺しのような無機質な文字列が明滅した。


《ユーザー認証失敗》

《存在データが見つかりません》


他人から忘れられただけではない。

世界そのものが、彼の存在を「ないもの」と判定している。


「僕は……」


ぽつり、と。

誰にも届かない震える声が、陽光溢れる王都に消えていく。


「僕は……本当に存在していたんだよね?」


世界から切り離され、幽霊のようになってしまった少年が、己の存在証明を見失いかけた、その時だった。


「それを調べるのが、あんたの次の仕事でしょ」


賑やかな通りのすぐ脇。薄暗い路地裏の影から、場違いなほど軽薄で、けれど妙に理知的な少女の声が響いた。


アレンが弾かれたように振り向く。


そこに、一人の少女が壁に背を預けて立っていた。

服装は町娘のようだが、何かが決定的に狂っている。

彼女の左目──そこには瞳などなく、バグった電子回路のような、不意味な赤いエラー表示がチカチカと明滅していた。


世界でただ一人、隔離されたアレンを正確に「観測」している少女は、エラーの左目を細めてニヤリと笑った。




(第21話:選択 ・ 完)

(次回「第22話:存在整合性」へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ