第33話:王宮の激震
デヴォンの大広場が揚げ物の香りと歓喜に包まれていたその頃、ギルガデス王国の王宮は凍りつくような緊張感に支配されていた。
第一勇者タカシに続き、第二勇者ケンタまでもが行方不明となって三日が経過した。王国の最高戦力である「兵器」を二つも失ったという事実は、もはや隠し通せるものではなかった。
「……説明せよ、アリウス。我が国の誇る勇者たちが、揃いも揃ってどこへ消えたというのだ」
玉座から放たれる国王の怒声が、謁見の間に響き渡る。内務大臣アリウス・ヴァン・ノードは、床に額を擦り付けんばかりに平伏し、全身をガタガタと震わせていた。
「も、申し訳ございません陛下! 直ちに捜索隊を増員し、国中の酒場から裏路地まで……」
「黙れ。貴様の無能には反吐が出る。内務省の予算を三割削減し、貴様の爵位も一つ下げさせてもらう。……次はないぞ」
国王の冷徹な宣告に、アリウスは顔を真っ白にして絶望の淵に沈んだ。かつての権勢は見る影もなく、周囲の貴族たちからも蔑みの視線が突き刺さる。
その様子を列の端から静かに見つめていたのが、外交大臣ベルナルド・サックスだった。彼はいつものように胃の辺りを押さえながら、冷や汗を流していた。
(アリウスはもう終わりだ。次は間違いなく、私の番が来る……)
ベルナルドは確信していた。勇者たちが向かった先は、間違いなく相良レンの元だ。ヴェイルからの定期連絡が途絶えている現状、もはや現場の報告を待っている時間はない。レンの「二重権能」が完全に開花し、他国や魔王軍の手に渡る前に、直接交渉して王国への帰還、あるいは独占的な協力を取り付けなければならない。
ベルナルドは足早に自室へ戻ると、重厚な本棚の奥から「隠し通信機」を取り出した。これは王国の検閲を潜り抜けるための、外交部秘蔵の魔導具だ。
「……レン殿。聞こえるか。私はギルガデス王国のベルナルドだ。単刀直入に言う、君の安全と――」
「そこまでです、ベルナルド大臣」
背後からかけられた冷ややかな声に、ベルナルドの心臓が跳ね上がった。振り返ると、そこには国王直属の近衛兵たち、そしてベルナルドが最も信頼していたはずの秘書官が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていた。
「……密告か。やってくれたな」
「陛下への忠誠心ですよ、大臣。追放者である相良レンと私通しようとするとは……明らかな国家反逆罪です」
近衛兵たちが一斉に踏み込んでくる。ベルナルドは咄嗟に護身用の魔導杖を抜き、抵抗の構えを見せた。
「どけ! 私はこの国の破滅を止めようとしているのだ! あの料理人を敵に回せば、ギルガデスは飢えと怒りで滅ぶぞ!」
だが、多勢に無勢だった。魔法の爆発が室内に響き、数秒の激しい抵抗の後、ベルナルドは取り押さえられた。通信機は粉々に砕かれ、彼の身分を象徴する官服は無残に引き裂かれた。
「……連れて行け。陛下より、地下深くの独房へ送れとの仰せだ」
冷たい石畳を引きずられ、ベルナルドは暗い地下へと落とされた。光の届かない独房の隅で、彼は血の混じった唾を吐き出し、虚空を見つめた。
(……詰んだな。王は、自分が何を手放し、何を敵に回したのかをまだ分かっていない)
彼が最後に脳裏に浮かべたのは、かつてレンが作っていた、温かな湯気を立てる素朴な汁物の味だった。




