第32話:開店の祝祭と、閃光の闖入者
デヴォンの街に、かつてない旋律が響き渡っていた。それは数千人の民衆が館を取り囲み、その「香り」を求めて発する期待のざわめきだ。
レストラン「天龍の食卓」、ついにグランドオープンの日である。
厨房では、昨日まで高慢な態度を崩さなかったバルカスら美食ギルドの面々が、まるで戦場を駆ける兵卒のように動いていた。レンの麻婆豆腐に胃袋を焼かれ、その技術の深淵を見せつけられた彼らは、今や一秒の遅れも許されないレンの「厨房の掟」に従い、必死に下準備をこなしている。
「バルカス、ソースの煮込みが甘い! あと三秒だ!」
「はっ、申し訳ありません、シェフ!」
かつての重鎮が、年下の若者に怒鳴られながらも至上の喜びを感じている。これが「真の戦場」を知った料理人の顔だ。
招かれざる「神速」
開店の鐘が鳴ろうとしたその瞬間、広場を真っ白な閃光が駆け抜けた。
「……あーあ、なんだよこの行列。NPCが群れすぎだっての」
不遜な声と共に、客たちの間を文字通り「すり抜けて」現れたのは、光り輝く軽装の鎧を纏った一人の少年だった。腰には二振りの小太刀。周囲の人間を石ころか何かのように見下すその瞳。
ギルガデス王国の第二勇者、ケンタである。
「お、タカシじゃん。お前、何してんの? そんな汚いエプロンしてさ。勇者のプライド、ネットスーパーに売っちゃったわけ?」
タカシはジャガイモの皮を剥く手を止め、顔を青くした。
「ケ、ケンタ……。お前、なんでここに……」
「王宮のメシが不味すぎて耐えらんねーんだよ。レンがなんか美味いもん作ってるって噂を聞いてさ。……おい、レン。俺はタカシみたいな雑魚とは違う。神速の勇者様に相応しい、最高のジャンクフードを出せよ。あ、コーラもな」
ケンタは厨房のカウンターに土足で飛び乗り、不敵に笑った。彼の権能「神速」は、この世界の時間軸を無視する。彼にとって、レンや周囲の料理人はスローモーションの置物に等しい。
「……客なら列に並べ。あと、そこは飯を出す場所だ。足をどけろ」
レンは包丁を止めることなく、冷徹に言い放った。
「は? 俺に指図すんの? 嫌だよ、腹減ってんだ。今すぐ出さないなら、この店、音速でバラバラにしてもいいんだぜ?」
調理:背徳のダブルチーズバーガー・タワー
レンは溜息をつき、万象市場の画面を弾いた。相手は現代日本の豊かさを当然と思い込み、この世界の食材を「ゲームの素材」としか思っていない傲慢な少年だ。ならば、彼が最も飢えている「文明の毒」を叩きつけるしかない。
レンが取り出したのは、超高脂肪の牛合挽き肉、濃厚なチェダーチーズ、そしてアメリカ直輸入の極厚ベーコン。さらに、秘蔵の「コカ・コーラ(瓶)」をキンキンに冷えた状態で呼び出した。
ジューッ!!
巨大な鉄板で肉厚のパティが二枚、同時に焼き上げられる。溢れ出した脂でバンズを焼き、その上にトロトロに溶けたチーズと、カリカリのベーコンを積み上げる。仕上げに、フライドポテトにはこれでもかと塩とガーリックパウダーを振りかけた。
「……ほらよ。お望みのジャンクフードだ。神速だかなんだか知らねえが、味わって食え」
ドサリ、とケンタの前に置かれたのは、高さ二十センチを超える「ダブルチーズバーガー・タワー」。
ケンタは鼻で笑いながら、それを鷲掴みにした。
「……ふん、どうせ見た目だけだろ。この世界の食材じゃ、日本の味は再現――」
ガブリ。
「ッ――――!!!」
ケンタの思考が、文字通り「停止」した。
口内に広がる、圧倒的な肉の暴力。チーズの背徳的な塩気。そして、バンズに染み込んだバターの香りと、ジャンク特有の「あの味」。
彼は無言で、瓶のコーラをラッパ飲みした。
ゴキュッ、ゴキュッ……プハァッ!!
「……これ、これだよ……。この身体に悪い味が……欲しかったんだ……っ!」
神速の勇者は、周囲の目も気にせず、涙を流しながらバーガーに食らいついた。レンの料理バフが発動し、彼の「神速」の魔力が、さらに異常なまでの高揚感を伴って活性化していく。
「……あー、もう、どうでもいい。王国とか、魔王とか……。俺、ここで毎日これ食えるなら、もう戦わなくていいわ……」




