第28話:至高のジャンク
「……耳を貸してくれ、旅人よ。この自由貿易都市デヴォンの大広場には、絶対の『序列』が存在する」
広場の隅、古びたリュートを爪弾きながら、吟遊詩人は静かに語り始めた。
「一番下には泥に塗れた端た金で残飯を売る者。その上には、銀の塩を扱う商人。そして頂点には、金よりも重い『香辛料』を独占し、王侯貴族の舌を支配する美食ギルドの重鎮たちが鎮座している。ここでは、成功を掴むには十年の下積みが、序列を一つ上がるには一国の国家予算に匹敵する金が必要だと言われてきた」
詩人は一度言葉を切り、広場を埋め尽くす異様な熱狂に視線を投げた。
「かつて、一人の商人がいた。彼は魔界の毒草を極上の香草へと変え、一代でこの広場の覇権を握った。またある時は、北方諸国の氷菓子を持ち込み、一夜にして金貨の山を築いた若者がいた。……だが、そんな数多のサクセスストーリーも、今日この瞬間に色褪せた。古き序列は、たった一つの『匂い』によって、木っ端微塵に砕け散ったのだから」
詩人の指が弦を強く弾く。その音は、広場を支配する熱狂にかき消された。
人々の視線は、もはや老舗のスパイス商にも、宝石のような高級果実にも向いていない。広場の中央に陣取った、黄金の装飾を纏う巨大な鋼鉄の獣――「琥珀の翼号」へと、全ての欲望が収束していた。
「……ふぅ、注文が止まらねえな。ミナ、チキンの追加、間に合ってるか?」
視点は、戦場と化した厨房の真っ只中にある。レンは額の汗を拭う暇もなく、巨大なフライヤーと鉄板の間を舞うように動いていた。
「はい、レン様! 下準備はバッチリです! でも、行列が隣の区画まで伸びちゃってて……衛兵さんたちが整理に困ってます!」
ミナが山盛りのポテトを揚げながら叫ぶ。彼女の動きはもはや猫族の限界を超え、残像が見えるほどの速度に達していた。
「主よ、屋根の上に登ろうとする不届き者が絶えぬ。我の威圧でも、食欲に狂った人間を止めるのは限界があるぞ」
車体の上で小さな天龍の姿になった琥珀が、呆れたように告げる。彼女の周囲には、フライドチキンの匂いに誘われて理性を失った商人たちが、金貨の袋を掲げて群がっていた。
「おい、レン! 俺、さっきからポテトの袋詰めしかしてないんだけど! もっと勇者っぽい仕事ないのかよ!」
タカシが涙目でシャカシャカとポテトを振る。彼が勇者であることに気づく者は誰もいない。今の彼は「あの美味しい芋を袋に詰めるお兄さん」でしかなかった。
デヴォンの大広場における「序列」は、今や完全に崩壊していた。
豪華な絹の服を纏った大商人が、路地裏の浮浪者と肩を並べ、油の染みた紙袋を握りしめてチキンを頬張っている。
「……ありえないわ。この街の連中、金よりもこの肉の一切れを優先してる」
ゼナが屋台の隅で、押し寄せる群衆を冷ややかに見守っていた。だが、その手にはしっかりと自分用のフライドチキンが握られている。
「美食ギルドの連中が青い顔をしてこっちを見てるわよ、レン。あなたいつの間にか、この街の王様より影響力を持っちゃってるわ」
「王様になるつもりはねえよ。俺はただ、美味いもんを作って、この馬鹿げたポイントを稼ぎたいだけだ」
レンは笑いながら、次々と揚がる黄金のチキンを網に上げた。
通知:ポイント獲得
デヴォン大広場での独占的熱狂:+15,000ポイント
既存の経済序列の破壊(文明的衝撃):+10,000ポイント
継続的なリピーター発生率:98%
累積ポイント:プラス38,000ポイント
「よし……! これだけあれば、次の段階へ行けるな」
レンの視線の先には、高級な香辛料や見たこともない魔界の食材を抱えた商使たちが、必死に交渉の順番を待っている姿があった。
「さあ、デヴォンの皆さん! 序列なんて関係ねえ、腹が減ってる奴から順に並べ! 世界一美味いジャンクフードを食わせてやる!」
レンの声が広場に響き渡り、新しい時代の「味」が、古びたデヴォンの街を根底から塗り替えていった。




