第27話:欲望の都デヴォンと、黄金のフライドチキン
荒野の果てに、陽炎に揺れる巨大な城壁が見えてきた。自由貿易都市デヴォン。魔界と人界の結節点であり、あらゆる種族の欲望が渦巻く、この大陸最大の市場だ。
「……着いたな。あそこがデヴォンか」
レンは琥珀の翼号の速度を落とした。車の前後を固めるのは、すっかりレンの「チョリソーの虜」となった冒険者集団、鋼鉄の牙の面々だ。彼らは誇らしげに槍を掲げ、まるで王族のパレードを護衛しているかのような顔で進んでいる。
「主よ、あの門に集まる視線……ただの好奇心ではないな。貪欲な商人の濁った魔力が混じっている」
助手席の琥珀が、不快そうに鼻を鳴らす。
門の前には、入城を待つ長蛇の列ができていた。巨大な荷馬車や、魔獣に引かせた隊商がひしめき合い、衛兵たちの怒号と家畜の鳴き声が混ざり合って、むせ返るような熱気を生み出している。
「……おい、そこの不審な箱車! 止まれ!」
案の定、重厚な鎧を纏った門番の兵士たちが、琥珀の翼号の前に立ちはだかった。彼らは王国の騎士とは違い、その装備の随所に商会の紋章が入っている。ここは王の法ではなく、金の法が支配する街なのだ。
「見たこともない乗り物だな。積荷は何だ。通行税は金貨十枚、それと中身を改めさせてもらうぞ」
あからさまな吹っ掛けだった。横にいた鋼鉄の牙のリーダーが「こいつは美食の神様だぞ!」と凄もうとしたが、レンはそれを手で制した。
「金貨十枚ね。……生憎、今は手持ちの金がないんだ。代わりに、これでどうだ?」
レンは車を停めると、またしてもダッシュボードのスイッチを叩いた。
ギギギィン!!
周囲の商人が悲鳴を上げて飛び退く中、琥珀の翼号のサイドカウンターが勢いよく展開される。レンは既に万象市場から「ある食材」を呼び出し、下準備を済ませていた。
調理:秘伝のスパイス・黄金フライドチキン
レンが取り出したのは、大振りにカットされた鶏のモモ肉。それに数種類のハーブとスパイス、そして大量のニンニクを揉み込み、特製のバッター液と粉を二重に纏わせる。
「……何をするつもりだ。料理だと? ふざけるな、我々が求めているのは――」
ドプン、という音と共に、レンが肉を高温の油に沈めた。
シュワァァァッ!!
その瞬間、荒野の乾燥した空気に、脳を麻痺させるほど官能的な「揚げ物」の香りが爆発した。スパイスの刺激、鶏脂の甘い匂い、そして小麦粉が揚がる芳ばしさ。
門の前にいた数百人の人々の動きが、ピタリと止まった。
「……な、なんだ。この、魂を揺さぶるような匂いは」
「油で、何かを揚げているのか? こんな贅沢な匂い、王都の晩餐会でも嗅いだことがないぞ」
レンは黄金色に染まったチキンを次々と引き上げていく。余熱で肉汁を閉じ込め、衣を最高にカリカリな状態に仕上げる。仕上げに、岩塩と黒胡椒をパラリと振りかけた。
「ほら、兄さん。役人の仕事も腹が減っちゃできねえだろ。……サービスだ、食ってみな」
レンが揚げたてのチキンを一塊、串に刺して衛兵に差し出した。
衛兵は抗うことができず、震える手でそれを受け取ると、思い切りかぶりついた。
バリッ!!
「ッ――――!!!」
肉汁が噴水のように飛び散り、衛兵の口内を支配した。
ザクザクとした衣の歯応え。その奥から現れる、信じられないほど柔らかくジューシーな肉。そして、スパイスの波が次から次へと味覚を叩き伏せていく。
「……合格だ。合格どころか、神だ! 通れ! いや、通ってください! 税金なんていりません、その代わり、街のどこで店を出すか教えてくれ!!」
衛兵は涙を流しながら、自ら門を押し開けた。
周囲の商人たちも、その香りに理性を失い、琥珀の翼号に向かって殺到し始める。
「おい、その肉を売れ! 金貨ならいくらでもある!」
「頼む、一口だけでいい! 匂いだけで死にそうだ!」
レンは狂乱する群衆を琥珀の威圧感で抑えながら、不敵に笑ってアクセルを踏んだ。
「商売は街の中でだ! 最高の食材を持ってる奴は、後で店に来い! 特別な一皿と交換してやるよ!」




