第26話:荒野の無頼漢と、燻る挑発の香り
アイアンフィスト炭鉱街を後にした琥珀の翼号は、乾燥した岩場が続く難所、通称「蛇の背骨」へと差し掛かっていた。自由貿易都市デヴォンへ続くこの道は、商人の往来が激しい一方で、それを狙う野盗や質の悪い冒険者が跋扈する無法地帯でもある。
「……ねえ、レン。さっきから後ろを付いてくる馬の集団、あれ絶対に堅気じゃないわよ」
助手席のゼナが、退屈そうに爪を眺めながら告げた。彼女の言う通り、後方の土煙の中には、十数騎の騎馬集団が獲物を定める鷹のような鋭さで追随してきている。
「だろうな。こんなド派手な車が荒野を走ってりゃ、カモがネギ背負って走ってるように見えるんだろうよ」
レンはハンドルを握り直し、バックミラーを確認した。追手は加速し、琥珀の翼号の左右を固めるように並走し始める。彼らは毛皮の端切れを纏い、錆びた大斧や長槍を掲げた、絵に描いたような荒くれ者の冒険者たちだった。
「おい、そこのデカブツ! 止まりやがれ!」
先頭を走る、顔に大きな傷跡のある大男が怒鳴り声を上げた。
「ここは俺たち『鋼鉄の牙』の縄張りだ。通りたければ、その珍しい箱車を置いていきな。中身と、そこに座ってる女共もまとめてな!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、琥珀の瞳が黄金の殺気を孕んで細められた。
「主よ……。この羽虫ども、まとめて灰にしても構わぬか?」
「待て待て、琥珀。せっかくの新しいキッチンカーが返り血で汚れるのは勘弁だ」
レンは苦笑いしながらブレーキを踏み、琥珀の翼号を道の真ん中に停車させた。
「……なんだ、物分かりがいいじゃねえか」
大男が馬から降り、下品な笑いを浮かべながら近づいてくる。その後ろでは、タカシが震えながら「俺、勇者なんだけどな……」と小声で呟いているが、冒険者たちは一瞥もくれない。彼らにとって、勇者とはお伽話の住人であり、目の前の豪華な車の方がよほど現実的な財宝に見えていた。
「おい、店主。さっさと降りて――」
大男がドアノブに手をかけようとした瞬間、レンはダッシュボードのスイッチを叩いた。
ギギギィン!!
「……っ!? なんだ、動き出したぞ!」
ガルウィングが跳ね上がり、巨大な鉄板が冒険者たちの目の前で展開される。威嚇するように立ち上る蒸気と、魔力駆動の駆動音。腰を抜かした大男の鼻先、わずか数センチのところで鉄板が固定された。
「……脅かすなよ。挨拶代わりのサービスだ」
レンは平然と車から降りると、エプロンの紐を締め直した。万象市場の画面を弾き、この場の空気を支配するための「毒」を呼び出す。
調理:荒野の処刑・インフェルノ・ガーリックチョリソー
レンが鉄板にぶちまけたのは、真っ赤な唐辛子を練り込んだ極太のチョリソーと、粗く刻んだ大量のニンニクだ。
ジューッ!!
瞬間、暴力的なまでの香ばしさと、鼻を突く辛味成分が荒野の風に乗って拡散した。
「……っ、げほっ! な、なんだこの匂いは!」
「目が、目が痛ぇ! だが……なんだ、この腹の底から湧いてくるような……!」
レンは無言で、チョリソーの表面をカリカリに焼き上げ、仕上げに黒胡椒をこれでもかと振りかけた。さらに、昨夜の残りのパンを鉄板の端で炙り、溢れ出した肉の脂を吸わせる。
「おい、大将。縄張り料だ。食うか?」
レンがトングでチョリソーを一切れ、大男の口元へ突き出した。大男は毒気を抜かれたように、反射的にそれを齧り取った。
パリッ!!
「……っ!? ……あ、熱っ! 辛ぇ!! ……っ、でも……うめぇええええ!!」
大男の叫びが荒野に響き渡った。
舌を焼くような激辛の刺激。それを追い越してくる、豚肉の圧倒的な旨味とニンニクのコク。炙られたパンがそのすべてを受け止め、暴力的なまでの「満足感」を脳に送り届ける。
「……なんだこれ、なんだよこれ! 俺たちが今まで食ってた干し肉は泥だったのか!?」
「おい、俺にも食わせろ!」
「ずるいぞ、親分だけ!」
殺気立っていた冒険者たちが、今や餌を待つ雛鳥のようにレンの屋台を取り囲んでいた。
「……ふん、安い連中ね」
ゼナが鼻で笑い、ミナも呆れたように肩をすくめている。琥珀に至っては、レンの料理がもたらした「食欲による支配」を当然の結果として受け入れ、威厳たっぷりに翼を休めていた。
「よし、全員分あるぞ。ただし、タダじゃない。デヴォンまでの安全な裏道を教えろ。それが代金だ」
レンの言葉に、大男はチョリソーを頬張りながら、涙目で何度も頷いた。
「教える! 教えるどころか、俺たちが先導してやる! だから……おかわりだ! その真っ赤な肉をもう一本くれ!」
かつての荒くれ者たちは、今やレンの「毒気」に当てられた熱狂的な信奉者へと変わり果てていた。
美食の王国の宣伝活動は、思わぬ形で私設の護衛団を味方につける結果となった。
琥珀の翼号は、チョリソーの香りをたなびかせながら、欲望の街デヴォンへと力強く進み続ける。




