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十日の眠り王子

本日の投稿はここまでです。

 Side.白雪



「……おはようございます、マスター」



 もう一人のマスターが帰って来て一日目、私はマスターと同じベッドで目覚め、蛇から人の姿になって小さく寝息を立てているマスターの顔に掛った前髪を梳いた。



「まずは着替え…」



 ぶかぶかで寝やすいシャツからマスターが新しく作ってくれた服を鏡の前で着ていく。



「……変な所は無し」



 黒のタンクトップ、袖の膨らんだ白いワイシャツ、黒のタイツ、黒のショートパンツ、最後に薄い黒の飾り布を腰に巻けば完成…ってマスターが言っていた。



「時間は12時…お昼…お昼ご飯」



 お腹が痛む様な空腹を感じながらエプロンを付けて自分のお昼ご飯を作っていると、リビングの扉が開いて一人入って来る。



「あ…おはようございます『アリア』さん」


「はい、おはようございます」



 首に白いタオルを掛けたピンク髪の女、『渡り鳥(ウルグス)』という冒険者の集まりでマスターを悩ませる集団の一人、リリカだ。



「シオン君は…まだ部屋に籠ってるんですか?」


「ええ、シオン様は変わらず魔道具の製作に集中されています。集中の妨げになる様な事は控えて頂けると助かります」


「そ、そうですか…」



 そう言って冷蔵庫という物を冷やす箱から飲み物を取り、一度頭を下げてからリビングを出ていった。


 今の私は白雪ではなく、ルナティアというマスターと親しくしていた少女の部下、王城から派遣されたメイド、アリアという事になっている。


 何故王城からメイドが?となったが、以前ルナティアが魔法が使えなくなったマスターを護衛していた事もあるし、マスターは王家からとある魔道具を作ってくれと依頼を受け、その作業中の身の回りの世話をする為に私が付けられたと説明すればすんなりと受け入れられた。


 だから『渡り鳥(ウルグス)』は難なく受け流せるが…問題なのは私が白雪だと知っている冒険者ギルドのギルドマスターとサブギルドマスターのジゼル・クリシア、ミミ・クローゼン、レクトフォーナーの会頭フォリア・セレステ、マスターの師匠であるメルクリア・ユニコード、エルル・ユニコード、そしてマスターの母君であるリベーラ・ラザマンド様とその部下のアンリ・アルレシア、ユウリ・アルレシア。


 殆どマスターの家に訪問する事が無い人達だが、万が一にも訪問して来ればマスターの現状を伝えないといけなくなってしまう。



(マスターが気を掛けている方々、特にメルクリア・ユニコード、エルル・ユニコード、リベーラ・ラザマンド様には嘘を吐く訳にはいかない…魔導義肢の開発がいい所まで進んでいてと言うしかない…)



 実際、もう一人のマスターがリテュアリス神聖国という所に行ってから帰って来るまでの二ヶ月間、マスターの魔導義肢はほぼ完成と言っていい段階になっているらしく、後は実際に四肢を無くした人に試してもらうだけと言っていた。


 ここ最近はその人物を探す為に一緒に王都を散策したけどなかなか見つからないし、見つかったとしても素行が悪そうだったりと最終段階に踏み切れて無いそうだ。



(魔導義肢を試してくれる人を探しに行きたいけどマスターの護衛がある…今はマスターが目覚めるまで何事も無く過ごす事に専念しよう)



 自分が焼いたレッドカウの厚切りステーキ10枚にマスターが作ってくれた特製ソースを掛け、お米と一緒にナイフとフォークで綺麗に食べていると、またもリビングの扉が開かれ誰かが入って来る。



「お、おはようございます…アリアさん…」


「はい、おはようございます」



 茶髪の男でマスターを悩ませる集団の一人、リウだ。



「いつも思いますが凄い量食べますね…?」


「何か問題でも?」


「いえ、そういう訳では無くよく食べるなぁと…」


「そうですか」


「……」


「……」


「く、訓練に戻らないと…!」


「はい」



 また冷蔵庫から飲み物を取ってリビングを出ていった。


 こうして私が白雪だと悟らせずアリアとして問題なく振舞えているのもマスターが人の事や街の事、生活の事とか色んな事を教えてくれて、家では喋り方の練習の為に一杯お話もしてくれたからだ。


 だけど私が人型になっているとマスターの髪を纏める事が出来なくなってしまうし、いつも傍に居た白蛇の白雪が居なければ余計な詮索をされてしまう。


 だから家族の誰かをこっちに連れて来た方がいいとマスターに言おうとしたけど…何故か口から言葉が出なかった。


 マスターの髪を纏める楽しみと、私の特等席を家族の誰かに任せたり譲ったりする事が出来なかった。


 もちろんマスターが同じ事を考えて家族を呼ぶのならそれに従うけど…それでも自分から言い出す事は出来なかった。



「…ご馳走様でした」



 昼食を食べ終えお皿を洗えば次にやる事は洗濯だが、昨日マスターが出した衣服は汚れどころか血の臭いすらしない程清潔だった。


 だから洗濯はやめ、掃除…と行きたいが、この家が目に見えて汚れる事は無い。


 マスターがそうなる様に魔法陣というもので自動的に綺麗にしているらしいから。


 そうすると私のする事は───



「マスターの作業場の整理…」



 こうして私の一日目の護衛は平穏に終わる。





 ■





「来客…?」



 眠っているマスターの護衛を始めて七日目、後三日で目覚めるという所で家に来客を知らせるベルの音がなった。



「マスター、少しお傍を離れます」



 まだベッドで安らかな寝息を立てているマスターを一撫でし、マスターが買ってくれた本を枕元に置いて下の階へ降りて来客を確かめる。


 そこにはメイド服を纏ったダークエルフという種族の女、マスターが助けたリオンが居た。



「はい、何か御用でしょうか?」


「…事前の連絡も無く訪問する事になり申し訳ございません。私は王城で侍女をしておりますリオンと申します。本日はルクス・フォン・ローゼン国王陛下からシオン・ユニコード・ラザマンド様にお渡しする物がございまして訪問させて頂いたのですが…失礼ですが、あなたはシオン・ユニコード・ラザマンド様とどの様なご関係でございますか?」


「シオン様の従者、アリアと申します」


「従者…」



 従者という言葉が気になったのかリオンの表情が変わるが、すぐに表情を戻して私を見る。



「そうですか…シオン・ユニコード・ラザマンド様にルクス・フォン・ローゼン国王陛下より賜った召喚の書状をお渡ししたいのですが、シオン・ユニコード・ラザマンド様はいらっしゃいますか?」


「申し訳ございません。ただいまシオン様は体調が芳しく無い様でして、ここ七日程床に臥せっております。召喚状を預かりお渡しする事は可能ですが、すぐに召喚命令に従う事は難しいと思われます」


「…!し、シオン様が床に臥せられているのですか…!?」


「はい。ですので緊急の召喚命令であればお断りさせて頂きたいのですが、それは可能でしょうか?」


「っ…しょ、少々お待ちください…!」



 乗って来たであろう馬車に戻り、誰かと会話しているのかしばらく待っていると見覚えのある人と一緒に馬車を降りて来た。



「お手間を掛けて申し訳ありません。私はリオンと共に王城で侍女をしているルナティアと申します。アリアさん、シオン様が床に臥せていると言うのは本当でしょうか?」



 黒髪の少女、マスターと親しくしていたルナティアだ。



「はい、本当です」



 私の事をジッと見つめるルナティア。



「…夜更かしして寝不足とか、面倒だから居留守を使っているのではなく、本当に床に臥せているのですか?」


「はい、よろしければお顔を見ますか?殿方の眠っている寝室に入る事になりますが」



 更にルナティアの視線が鋭くなる。



「…そんな事をすればシオン様の傍にいるシラユキという白蛇の従魔に襲われると思いますが、あなたはその状態でシオン様の傍で身の回りの世話を出来るのですか?」


「はい、可能です」



 まだルナティアの視線は鋭いままだがその視線が喋る私の口元に下がった時、ルナティアの目が見開かれた。



「……リオン、馬車の中で待機していてください」


「し、しかし───」


「これは命令です」


「…分かりました、失礼致します」



 リオンが馬車に戻り、この場に私とルナティアだけになるとルナティアは溜息を吐きながら頭を押さえる。



「マジ…?そんな事ある…?」


「…?どうされましたか?」


「アリアさん…いえ、シラユキ…魔人化したの…?」



 私が白雪だとバレた…?何故…?



「何故私が白雪だと?」


「その舌の二連ピアス…それに白い髪に赤い瞳、まんまシラユキでしょ」



 認識阻害と早着替えのマジックアイテムでバレたのか…それなら仕方ない、マスターが起きたら報告しよう。



「…はい。白雪です」


「…っはぁぁぁぁ…こんな大事を隠してたなんて…まぁ…シラユキが魔人化しても問題ないのは分かるけど…まさか喋れるなんて思わなかった…」



 さっきまでの態度を崩して玄関の柱に凭れながら腕を組むルナティア。



「それで?本当にシオンは具合悪いの?」


「ええ」


「何で?」


「何が原因かは分からないですが、体調が悪いと言って七日程ベッドで寝ています」


「あのシオンがぁ…?」


「ええ」


「それ、医者に見せた方がいいんじゃないの?」


「いえ、問題ありません。もう三日程安静にしていれば目覚めると思います」


「…何で分かるの?」


「マスターがそう言っていたので」


「シオンがぁ…?寝込む前に十日後に起きるって自分で?」


「ええ」


「何それ…」



 答えれば答える程眉が寄っていくが、大きな溜息を吐くと封筒を渡される。



「まぁ、いいや。今更シオンの事で深く考えても何考えてるか分かんないし…これ、シオンに渡しておいて。本当はすぐに登城して欲しいけどルクス陛下には三日後なら登城出来るって伝えておくから」


「分かりました。目覚めたら召喚状と一緒にお伝えしておきます。それと、私が白雪だと言う事は他言無用でお願いします」


「分かった…じゃあ、お願いね」



 そしてメイドらしくお辞儀をしてルナティアは馬車に乗り込み去っていった。



「…バレた」



 舌に付いたピアスを口の中で転がしながら渡された封筒を見つめる。



「王城からの召喚状…マズい…でもマスターは寝てる………なら仕方ない」



 そうして王城からの召喚状をマスターの寝室に置いて七日目の護衛が終わる。





 ■





「…来客」



 寝ているマスターを護衛し始めた九日目の夜、もう少しでマスターが目を覚ます時に来客を知らせるベルが鳴った。



「マスター、少し離れます」



 また本を閉じ、下の階に降りて来客を確かめて見れば見覚えのある背の低い筋肉質な男が居た。



「おん…?誰じゃ?ここはシオンの家じゃなかったのか?」


「確か…ゴゴルク・グリム…さん」



 敬称と言うのを付け忘れそうになったが、そう言えば目の前の男は髭を弄りながら頷く。



「そうじゃが…シオンはおらんのか?」



 確かゴゴルク・グリムはマジックアイテムで姿を変えたリオ・グラムという女で、鍛冶師という剣を作ったりする人だった気がする。



「居ますが、どの様なご用件で?」


「儂の名前は伝えておるのに要件は伝えとらんのか…あの騎士団の小童共の剣を打ち始めるから知らせに来たんじゃ。そういう約束じゃったからな」


「そうでしたか」



 フンっと鼻を鳴らして腕を組むゴゴルク・グリム。


 マスターから買ってもらった懐中時計を見ればもう少しで十日目、マスターが起きる筈だ。



「なんじゃ?もう寝とるんか?」


「いえ、もう少しで目覚めると思います。お会いになりますか?」


「目覚めるって寝すぎじゃろ…まぁいい、明日から始めるから来いと伝えてくれればいい」


「明日…ですか」



 明日は王城からの召喚に答えないといけない日だ。


 それに今思い出したが、マスターはこの人の鍛冶技術を見たいと弟子入りする為に色々していた。


 だったら最初から剣を作る作業を見られないとなると落ち込むはず…どうしたらいいんだろう。



「…なんじゃ、明日じゃマズいのか?」


「実は…明日は王城に登城する予定がシオン様にありまして…シオン様もゴゴルク・グリム…さんの作業は見たいと言っていましたし…」


「……はぁ…仕方ない奴じゃのぅ…なら儂は隣の酒場で朝まで酒でも飲んどるから起きたら店に来いと伝えろ」


「…分かりました、その様に伝えます。ありがとうございます」


「全く…手間を掛けさせる小僧じゃわい…」



 そう言ってゴゴルク・グリムは血の滲んだボロボロの包帯を巻いた右腕で乱暴に頭を掻きながら隣の酒場に入っていった。



「…マスターが起きたら伝えないと」



 そうして私はマスターが眠る寝室で目覚めると言っていた十日目を迎えた。





 ■





「んっ…くぅ~…」



 どうも十日の眠りから覚めた僕です。



「おはようございます、マスター」


「ん…おはよう白雪…」



 白雪から差し出された常温の水を飲み干しガンガンと痛む頭を落ち着け、徐々に痛みが無くなって来た頭で記憶を整理してみれば…どうやらこの二ヶ月、もう一人の僕は魔導義肢を完成一歩手前まで開発を進めただけでなく、四級薬剤師と三級薬剤師の資格まで取っていた様だ。


 しかも白雪が今はアリアという王城から派遣されたメイドという立場で『渡り鳥(ウルグス)』の皆の前に出ている事も驚きだった。


 それからも他の記憶も探ってみるがアルナのちょっかいも特になく、『嵐の谷』の噂も聞いて無い事からも異変は起きなかった様だ。


 だから僕が寝ていた間に何かが起きていなければもう一人の僕がやろうとしてた実験に協力してくれそうな人を探しに行くんだけど…



「僕が寝てた間に何かあった?」


「二件あります。一つは王城からの召喚状が届きました。もう一つはゴゴルク・グリムが訪問して来ました」


「ゴゴ爺に関しては嬉しいけど、召喚状か…」



 白雪から封筒を受け取りペーパーナイフで丁寧に開ければ“聖女問題についてリテュアリス神聖国から使者が来た。その使者がアルナ・アーチ・アラライズがして来た事の状況説明と謝罪、直接被害にあったローゼン王国の聖女に謝罪とお願いをしたいと言っている”という内容だった。



「やっぱりそうなるよね…これっていつ届いたの?」


「三日前です。届けに来たのはリオンで、マスターは体調不良で床に臥せていると伝えて断ろうとしたのですが、その後にルナティアが来て三日後に登城という事になりました」


「なるほどねぇ」


「それと…ルナティアに私が白雪だとバレました」


「えっ…バレたの?」


「はい…舌に付けた認識阻害と早着替えのマジックアイテム、目の色と髪の色で魔人化したと…ごめんなさい…」


「あー…それは仕方ないし謝らなくていいよ。追々は白雪だって事を伝えるつもりだったし気にしないでね」



 白雪の頭を撫でてあげれば緊張して力が入っていた肩がスッと下に下がる。



「んじゃあ、今日は登城するか。それでゴゴ爺は何て?」


「ゴゴルク・グリムは先程訪問して来たのですが、明日…今日から騎士の小童共の剣を作るから伝えに来たと言っていました」


「うげ…こんな時に限って被るのか…」


「それですが、マスターが今日登城すると伝えた所、隣の酒場で朝まで酒を飲んでるから起きたら店に来いと言っていました」


「…え?」



 隣の酒場で朝まで飲んでるって…今何時だ?



「25時…それって何時に来たの?」


「22時頃です」


「そっか…んじゃあ行くか」



 三時間なら出来上がってないだろうし、ゴゴ爺が出来上がる姿も想像出来ない…そんな事を思いながらベッドから降りると、十日前と同じ黒のぶかぶかシャツと下着のままなのに一切の不快感が無かった。



「おろ…白雪が洗濯してくれたの?」


「洗濯…というより体の汚れと一緒に浄化しました」


「おお…聖女の力の無駄遣いって感じだけど…ありがとね」



 白雪の頭を撫で、黒のズボンを履き、護身用のナイフを左腕と左太腿に吊るし、白雪に髪を纏めてもらい外に出る。



「四月の深夜…まだまだ冷えるねぇ」


「そうですね」



 温まってた寝起きの体がひんやりとしていく感覚を感じながら隣の酒場に入れば、僕達の姿を見た一人のウェイトレスがタタタとパンプスを鳴らして近づいて来る。



「にゃにゃ!?お子様がこんにゃ時間に酒場に来るにゃんて将来不安にゃ!?」



 猫型獣人のチェルシーさんが僕を見ればそんな事を言うが、僕はチラホラと席を空けている店内を見渡して木のジョッキを傾けるゴゴ爺を見つける。



「あはは…実はあの人との待ち合わせなんですよ」


「待ち合わせにゃ?…にゃ~それにゃらさっさと言うにゃ!」


「あ、あはは…」



 チェルシーさんは白雪にチラリと視線を向ければ何かしらに頷き、



「てんちょー!レッドカウの串焼き20本にゃ!」



 なんて言いながらカウンターの奥に消えた。



「注文はしてないんだけど…まぁいいか」



 そして僕は白雪と共に一人でお酒を飲んでたゴゴ爺のテーブルに着けば、ゴゴ爺は空になったジョッキをテーブルに置き乱暴に口元を拭った。



「お~…やっと来たか小僧」


「お久しぶりですね師匠」



 そう言うとゴゴ爺は眉をギュッと顰めて僕を見ずに新しいジョッキを傾ける。



「師匠って呼ぶんじゃねぇ」


「いいじゃないですか師匠~」


「だから師匠って呼ぶんじゃねぇ」


「まぁまぁ…それより師匠、さっき来てくれたのに寝ててすみません。ちょっと魔道具を作るのに夜更かしして…」


「魔道具ぅ…?それが呼ばれた理由なのか?」


「あぁ、アリアから聞いてたんですよね。そうなんですよ…朝一から行かないといけなくて…だから僕が帰って来るまで待って欲しいなぁ~…なんて?」


「儂は気分が乗った時に打ちたいんじゃ」


「ですよねぇ~…」



 んー…待ちに待った鍛冶作業だし最初から余す事無く見たい…どうしたら───【直感】さん?



「…あ!そうだ師匠!」


「だから師匠じゃねぇ」


「師匠の為に用意したのがあるんですよ!」



 そう言って【空間収納】から【直感】さんに従ってある物を取り出せばゴゴ爺の目はまん丸に見開かれる。



「小僧…それ…」


「ふっふっふ…尊敬する師匠の為に可愛い弟子が用意していたお酒…通称、ドワーフ寝かしと言われてる蒸留酒『ドワーフの命雫』です!」



 リテュアリス神聖国のクォールにあった違法賭博場のバーから持ってきたキラキラと輝くダイヤモンドカットが施された酒瓶…素人目からでも高級そうで、その酒瓶に入っている薄茶色の液体が揺れる度に酒瓶の複雑なカットがキラキラと薄茶色の光を放つ。


 本当はパトラさんかネロさんのお土産にしようと思ったけど、こんな度数の高いお酒はドワーフしか楽しめないし、他にも色んなお酒を手に入れたからそっちをお土産にしよう。



「ど…何処で手に入れたんだ…?」


「何処だったかなぁ?でも、手に入れるのすーっごく大変だったんですよ?師匠に喜んでもらいたいな~、何が喜ぶかな~っていっぱいいっぱい考えて…あぁ、大変だったなぁ~」


「ぐっ…」



 酒瓶に頬擦りしながらニヤリと笑えばゴゴ爺の表情がギュッと歪み、ジョッキを持っていない手を握り締めて震わせている。



「師匠が僕の用事が終わるまで作業を待ってくれるならこれをお渡ししてもいいんですけど~…どうしようかなぁ~…」


「……」



 最後にニコッと笑みを浮かべればゴゴ爺は特大の溜息を吐いて項垂れた。



「…分かった、小僧の用事が終わるまで待ってやる…」


「わー!師匠大好きですー!」


「師匠って呼ぶんじゃねぇ」



 諦めた様に呟くゴゴ爺だが、僕からドワーフの命雫を受け取れば嬉しそうに髭に塗れた口元を綻ばせる。



「ドワーフの命雫…まさか手に入るなんてな…んじゃあ、儂は早速家に帰って寝る」



 そう言ってテーブルに銀貨を三枚置いて帰ろうとするが、僕はゴゴ爺の右腕に巻かれた血の滲むボロボロの包帯に視線を向けた。


 剣を作る素材採取の時に傷を負ったのか右腕中心に【真眼】と【診察】を掛ければ骨に三ヵ所の罅と、右腕の内部に微弱な毒を出し続けている小さな棘?の様な物が残っていると分かる。


 このまま放置すれば確実に右腕は壊死するし、普通なら激痛で動かせないはずなんだけど何で普通にしてられるのかなぁこの人は…。


 …とりあえず右腕もげても生やせるけどもげるまで待つ必要無いし、適当に理由付けて家で手当てさせてもらうか。



「…ちょっと待ってください」


「む…まだ何かあるのか?」


「ゴゴ爺が美味しいって言ってくれた肉じゃが、折角なんで食べて行きません?僕の家、隣ですし」


「…いや───」


「どうせお酒ばっかで碌な物食べて無いんですよね?ここでも食べてないみたいですし…美味しい料理と美味しいお酒、両方いっぺんに味わうのが最高の贅沢なのになぁ…?」


「ぐっ…」


「それに家に帰るより僕の家に泊まった方が早くお酒楽しめますよ?」


「……」


「ああ!僕の家、泳げるぐらいお風呂広いんですよ!そこでお風呂に入りながら飲むなんていうのもいいんじゃないかなー?」


「……」


「綺麗さっぱり極楽浄土、最後はふかふかのベッドでいい匂いに包まれてぐっすり…きっと心も体もリフレッシュ出来ていい剣が作れちゃうかもなぁ~」



 煽りながらチラリ、視線を向ければゴゴ爺は…



「………はぁ、もういい…好きにしろ…」


「はい、好きにしますね?」



 僕の押しに負けたのか心が折れた様にぐったりと項垂れる。



「レッドカウの串焼き20本お持ちにゃ~!」



 タイミングを見計らって届くレッドカウの串焼き。



「…目覚めた直後にどんだけ食うんじゃ?」


「食べるのは僕じゃ無いですよ?」


「頂きます」



 ずっと黙っていた白雪が手を合わせて一本手に取れば一口で大きな肉塊を喰らい、手で口元を隠しながら上品に、だけど凄まじい速度でレッドカウの串焼きを食べていく。



「…!?ど、どうなっとるんじゃ!?」



 そうやってゴゴ爺が驚く頃には既に三本のレッドカウの串焼きが消滅した。



「アリアはよく食べるんですよ。ね?」



 コクコクと頷く白雪。



「よく食べるとかそういう問題じゃないんじゃが…」



 そして三分、それだけの時間でレッドカウの串焼きを完食した。



「…ご馳走様でした」


「ん。チェルシーさん、お代テーブルに置いときますね?」


「あいにゃ~!また来るにゃ~!」


「じゃあ、行きますか」


「む、むぅ…」



 そうして自宅にゴゴ爺を招き、靴を脱ぐ事に驚かれながらも風呂場に案内する。



「おお…何じゃこの風呂は…」


「東の方の建築様式にしてあるんですよ。木のいい香り楽しむなんちゃって檜風呂、シュワシュワとする炭酸風呂、ビリビリと体の凝りを解してくれる電気風呂、石や鉱石で体の芯から温めてくれる岩盤浴、高温の蒸気が立ち込めるサウナ。豪華絢爛って訳じゃ無いですけど王城のお風呂よりは心地いいと思いますよ?」


「なんじゃその口ぶり、まさか王城の風呂に入った事でもあるのか?」


「ありますよ。王城の風呂は王都を一望出来る凄い景色が見えますね」


「王城に呼ばれるわ風呂に入った事はあるわ…小僧、何者なんじゃ…?」


「あはは」



 まさか隠し子?なんて疑って来るゴゴ爺に笑みを向け、僕はふんわりした雰囲気を消して真剣な表情に変える。



「それよりゴゴ爺…いや、リオさん」


「な、何じゃ?」


「元の姿に戻って右腕見せてもらえませんか?」



 そう言うとゴゴ爺は視線を逸らしてそっぽを向く。



「…ただの掠り傷じゃ。唾でも付けときゃ治る」


「はぁ…罅三ヵ所に毒を放出する異物を腕の中に入れたままでも治るなんてリオさんの唾はエリクサーですか?」


「何じゃと…?」



 疑う様な視線を向けてくるが、僕はもう一人の僕が取った三級薬剤師の資格証を【空間収納】から取り出し突き付ける。



「僕、これでも三級薬剤師の資格を持ってるんで軽い診察ぐらいは出来るんです。そのまま放置して傷が塞がったり、回復魔法を掛けて傷口を塞げば異物が残り続けてその内腕が壊死してもげますよ?」


「……だったら医者に掛かればいいだけじゃろ」


「いえ、多分普通の医者じゃその異物は取り除けない…取り出せたとしても右腕の神経を傷つけて普通に物を握れなくなる可能性が高いです。下手すれば切り落とすしかないかも知れません」


「なら儂は鍛冶師を引退じゃな」


「だからそうならない為に僕に右腕を見せてください」



 僕の真剣な表情を見て小さく溜息を吐き、首に掛けていたマジックアイテムを外せばドワーフの姿ではなく黒髪長身の両腕に火傷跡を残すタンクトップ姿の美女に変わった。



「…まるでお前なら治せるとでも言いたげだなぁ?普通の医者じゃ無理なんだろ?資格を持っててもお前は薬師、診察は出来ても普通の医者ですらない。そんなお前に治せると?」


「ええ、僕なら治せますよ」


「その根拠は?」


「僕が僕だからです」


「…んだよそれは」


「そのままの意味です。それにリオさんの技術を学ぶ前に引退されるのはこっちも困るんで、素直に見せてくれないのであれば力尽くで押さえつけますけど」


「っ!?」



 爪先を鳴らしてお風呂の湯を触手の様に持ち上げればリオさんは驚き…盛大な溜息を吐いてドスリと胡坐を掻いた。



「っはぁぁぁぁ…わーったよ…好きにしろ…」


「ありがとうございます。…アリア」


「分かりました」



 渋々差し出された右腕を取り白雪がボロボロの包帯を外すと薄紫に変色した治りかけの切り傷が露わになる。



「これ、素材採取の時に付けられた傷ですか?」


「ああ」


「どんな魔獣ですか?」


「……『ヴェノムモンキー』っつう毒猿だ」


「ふむ…」


「そん時に毒猿の爪が折れたんだが…爪を取り出す為にナイフで抉って取り出した」


「ワイルドな処置ですね…?」


「【自然回復】の才能があっからな。勝手に塞がる」


「ならその時に取り残しがあって、ワイルドな処置の所為で奥に入り込んじゃったんですね」


「…あー、はいはい…ウチが悪かったって」


「別に状況を考えてただけですよ」



 骨や傷に関しては回復魔法でどうにでもなるけど残った異物が厄介だ。



「…どうです?痛いですか?」


「あ?…あー…どうだかな…」



 触診しても痛みを我慢してるのか、それとも本当に痛くないのかリオさんの表情は変わらないし…治す気はあるのか?



(流石に【真眼】と【診察】じゃどうなってるかは分かるけど何処に異物があるかは分からないし、【解析】しても分からない…だから触診であらかたの位置を確かめたいんだけど…)



 それから時間を掛けてリオさんの右腕を満遍なく揉み、異物の位置をある程度確かめ終えた僕は掌に生み出した透明で粘性のある液体を塗りたくっていく。



「あ…?何だそれ?ぬるぬるして気持ちワリィな」


「これは毒です」


「はぁ!?毒!?」


「いいからジッとしててください」



 白雪の舌にピアスを開けた時と同じ痛みを感じさせない麻酔毒を毒魔法で生み出し揉み込んでいけばリオさんの表情が変わる。



「…!み、右腕の感覚がねぇ…」


「これ、痛いですか?」


「全然…痛くねぇ…」


「毒が効いてるみたいでよかったです」



 二の腕、肘、手首、指先と針で皮膚を刺しても痛みが無いのなら問題ないだろう。



「それじゃあ…今から随分と酷い光景になると思うので目をギュッと瞑って別方向向いててもらっていいですか?」


「な…何をするつもりだ…?」


「塞がり始めてる傷を切り開いて中の異物を取り出し回復魔法で解毒しながら塞ぎます。痛みは無くても異物感が相当気持ち悪いと思うので我慢してくださいね」



 鋼鉄魔法でメスとピンセット、傷口辺りに光球を生み出して、



「すぐ終わりますよ」



 魔気を薄く鋭く纏わせて切れ味を上げ、異物目掛けて切り開きながら鋭いピンセットで異物を取り除いていく。



「………………問題なし。アリア、僕が切った傷だけ治して」


「分かりました」



 そして白雪が開いた傷を癒せば薄紫だった皮膚も元の色に戻り、僕が付けた傷も綺麗さっぱり無くなった。



「はい、終わりましたよ」


「…こんなすぐ終わるもんなのか?」


「僕なんで」



 僕に疑う様な視線を向けながらも右手を握って動かして見れば目を見開き、



「…んだよこれ、マジで治ってんじゃねえか…」


「これでまだ鍛冶師を続けられますね、師匠?」


「だから師匠じゃ……はぁ…もういいわ…」


「そうですか、じゃあリビングでご飯にしましょ」


「ああ…………ありがとよ…」



 僕は気恥ずかしそうに呟かれたお礼に笑みを浮かべ、血塗れの風呂場を掃除して肉じゃがを作り始める…。

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