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使命と忠告

本日の投稿はここまでです。

「…!シオン君!?」


「ん…エルルさん…?帰って来たんですね?」



 どうも金鎖だらけの黒い空間から血相を変えたエルルさんに揺すられ現実に戻された僕です。



「はぁっ…よかった…滅茶苦茶心配したんだよ!?」


「心配?」



 僕が『黒金の杯(くろがねのさかずき)』と対話している間に何かがあったのかと周りを見てみるが何もなく。



「…僕、どうなってたんですか?」


「赤黒いパチパチした球体浮かべて金の鎖でグルグル巻きだったよ!」



 何という奇天烈状態…『黒金の杯(くろがねのさかずき)』が無防備な僕を守ってたのかな?



「…それで?神託は受けれたのかしら?」



 僕の対面でお茶を飲みながらそう問いかけてくるメルクリアさん。


 …傍に杖が出てるって事は何とかしようとしてくれてたんだろうな。



「いえ、神託は受けれなかったんですけど…この杖、『生者喰らい』もとい『黒金の杯(くろがねのさかずき)』と会話しました」



 そう言うとエルルさんはギョッと目を見開き、メルクリアさんは興味深そうに杖に視線を向ける。



「どうだったかしら?」


「んー…『黒金の杯(くろがねのさかずき)』が言うには白雪が居れば何とかなるらしいですよ?」


「何とかなる…?具体的な方法は?」


「いやぁ…聞こうとしたんですけど、目覚めちゃって…」



 苦笑気味に言うとメルクリアさんのジットリした視線がエルルさんに向く。



「えっ!?それって私の所為!?ごめんね!?」


「いえいえ。でも、白雪が行けば神霊樹ユグドラシルは枯れないらしいですよ?」


「それは何処まで信用していいのかしら?」


「んー…神霊樹ユグドラシルが僕が持つ『黒金の杯(くろがねのさかずき)』と同じ、生の女神ルミナの御神体らしいんです」



 するとメルクリアさんは一瞬息を詰めてこめかみに指を添えて深く考え込む。



「神霊樹ユグドラシルが原初の神の御神体…?そんなの聞いた事無いわ…でも、生の女神と神霊樹ユグドラシル、同じ生を司っている…生誕の女神ヘイルミナの加護じゃなく、原初の生の女神ルミナの加護を受けた白雪ならあるいは───」



 それからもぶつぶつと独り言を零しながら床に落とし始めた視線がふと、僕の顔よりちょっと上を見つめる。



「…あら?シラユキは連れてないのかしら?」


「ええ、自宅で人型状態でお留守番してもらってます」


「そう…まぁ、明日に全部枯れるって訳じゃ無いでしょうし、今すぐ対応する必要は無いわね…もう一度やり取りして見るけれど、その時はシラユキと一緒に協力してくれるかしら?」


「大師匠の頼みなので全然協力しますけど、周りはどうするんですか?絶対敵対されますし、信じてもらえるんですか?」


「最悪の場合は私とエルルで里を制圧して黙らせるわ」



 え、えぇぇ…?『叡智(アーカイブ)』が全く頭を使わない脳筋な解決方法を提示してきてビックリしちゃったな?



「私はあんまり乱暴したくないんですけどー…?」


「じゃあ、エルルはあの枯れ木共に言葉だけで理解させられるのかしら?」


「……そうですね、そうしましょう」



 え、えぇぇ…?次期『魔導書(グリモワール)』が本の角で言う事聞かす気になっちゃったよ?


 てか、そんな気はしてたけどやっぱりエルフって頑固者が多いのか…。



「まぁ、そう言う事よ。エルルも帰って来た事だし、リテュアリス神聖国について話をしてもいいかしら?」


「…はい」



 少し緩んだ気を引き締めるとメルクリアさんが机に残った封筒を差し出してくる。



「これ、シルヴィからのユニコード宛ての謝罪文よ」


「シルヴィ王妃から…?」



 封筒の裏を見れば王家の紋章が入った赤いシーリングがあり、下にはシルヴィ・フォン・ローゼンと名が記されている。


 ユニコード宛てという事で内容は既にメルクリアさんもエルルさんも読んでいるのであろう、ペーパーナイフで開けられていた封筒から中を取り出して内容を読んでみれば前回の僕への師匠達を通さない猜疑応答、僕に対するちょっかいを防げなかった事等を正式に謝罪する旨と、不甲斐ない結果となったが今後もローゼン王国に残ってもらいたいという内容だった。



「…シルヴィ王妃の謝罪は受け取りました。それで僕に聞きたい事とは?ほぼこの手紙と変わらないと思いますけど…」



 そう言うと僕の耳元に微弱な魔力が生まれてメルクリアさんの声が二重になって聞こえる。



「別に見れば分かる様な内容を問いたい訳じゃないわ」

『シオン、エルルにあなたが課せられた使命を明かす予定はあるのかしら?』



 僕が開発して教えた『ダイレクトコール』で告げられた内容に僕は息を詰めた。


 エルルさんに僕の使命を明かす…既にメルクリアさんには明かしているからそこまでハードルは高くないし、メルクリアさんはフェイルがただの殺人鬼じゃない事も知ってくれているみたいだけど…それでも覚悟のいる話だ。


 なのに…



(…エルルさんに隠し事したくないって感情がある…はぁ、もう僕も『俺』も殺すだけの暗殺者じゃないんだな…)



 メルクリアさんの言葉に苦笑しつつ、耳元の魔力を手で払って言う。



「見れば分かる様な内容を問いたいのでなければ…エルルさん」


「うん?」


「僕が『記憶持ち(リスタート)』で死の女神ヘイルと生の女神ルミナの神印(メモリア)…眷属である事はもう伝えましたよね」



 僕の言葉に目を見開きながらも深く一息吐いて静かに首を縦に振るエルルさん。



「……僕が主神達から授けられたものが二つ…いえ、三つあります」


「三つ…?」


「一つはこの杖、『生者喰らい』…真名を『黒金の杯(くろがねのさかずき)』と言います。死の女神ヘイルの御神体として祭られていたもので、死の女神の眷属である僕にしか扱えない杖です」



 抱えていた『黒金の杯(くろがねのさかずき)』を三連ブレスレットに戻せば髪の色が黒から白に変わっていく。



「その力は何もかも、どんな生命体であろうが等しく殺せるソウルイーター。リオンとシエラに憑りついていた悪魔はこれで殺しました」


「ふむ…」



 この辺りはチアラさんが居たからふんわりとしか伝えて無かったけど、その事を思い返しているのかエルルさんは深く頷いてくれる。



「二つ目は神の眷属として与えられている権能。仮主神である生の女神ルミナからは【光】【治癒】【精神干渉耐性】。【光】は光属性の魔法が凄く簡単に扱える様になる。【治癒】はそのまま。多分ですけど、初めて大師匠と会う時に幻惑に嵌り切らなかったのは【精神干渉耐性】の権能があったからです」



 仰々しく見せる為に背中から光の翼を生やしたり天使の輪を頭に浮かばせて見れば、エルルさんだけでなくメルクリアさんも興味深そうに見つめてくる。



「そして主神である死の女神ヘイルからは闇属性の魔法が凄く簡単に扱え、夜闇でも昼間と同じ明るさで周囲が見える【闇】という権能を与えられてます。だからリオンとシエラが襲撃して来た時に暗くても見つけれたんですよね。試しに何かして見てもらっていいですか?」



 そう言って指を鳴らして部屋の中を闇で満たすとエルルさんが指を立てたり立ち上がって変なポーズを取り始める。



「右手の人差し指と中指を立て…急いで薬指も立てて…立ち上がって…ジャンプして、右回転でクルリと一回転…両手を上にあげてバンザイしてます」


「す、すご…本当に見えてるんだ…」



 闇を消し去ればバンザイ状態のエルルさんが露わになるが、僕は一度深呼吸して───言う。



「そして三つ目…これは二つ目の権能と同じところがあるのですが、【魂視】という悪人の魂を黒、善人の魂を白、悪に染まりそうな人、引き返せそうな人を灰色として認識出来る権能を貰っています。…その権能を使って二代目フェイルとして魂が黒い悪人を殺してくれと使命を受けました」



 瞬間、エルルさんは息を詰める。



「…待って、それってシオン君がフェイルを継ぐ…なるって事…?」


「はい、この世界の現状を聞いてしまったんです…この世界は善人が多く死に、悪人が多く生き残ってしまうと。前提としてこの世界は死の女神ヘイルの手によって生きて汚れてしまった死者の魂を漂泊して輪廻の輪に戻し、その輪廻の輪から生の女神ルミナが魂を掬い上げて生を与えてこの世界に戻し循環させているんです。ですが、その中でも悪事に手を染めて汚れ切ってしまった魂は、どれだけ漂白しても転生した時に魂の形が変質してしまって何の疑問を抱くことなく再度必ず悪事を働き魂を黒く染めるんです。ですからそういった魂は漂白せずにこの世界を保つエネルギーに変えるんです。ですが───」


「悪人が死なず善人ばかりが死ぬ所為で世界のエネルギーが枯渇して…最終的にはこの世界が滅びる…だから第二のフェイルとしてシオン君が使命を受けて…って事…?」


「……はい、その通りです。今まで隠していてごめんなさい…」



 深く頭を下げているから分からないが、エルルさんがかなり戸惑っていて、メルクリアさんは何も言わず静観しているのは分かる。



「……何でシオン君はその使命を受ける事にしたの?」


「…もし僕がその使命を受けなければ神々の作り出した使徒が善悪区別なく世界を蹂躙して世界を保ち、それが成されないのであれば世界そのものを崩壊させると聞いたからです」


「…何それ…シオン君に全部背負わせるみたいな…」



 憤ってくれているのか声色に怒りが滲むエルルさん。


 そういう風に思って貰えるのは素直に嬉しい…けど、実際は違うんです。



「いえ、死の女神ヘイルは僕にそんな事をさせたくないと最後まで反対してくれました。だからこそ僕はこの使命を受け、死の女神の眷属になったんです」


「だからこそ…?どう言う事…?」


「だって、こんな使命を背負わせたくないと世界よりも僕の事を考えてくれる神様ですよ?仕事の効率ばかりを押し付けて体調も事情も考慮してくれない鬼上司より、体調とか事情を考慮して心配してくれて一緒に頑張ってくれる優しい上司の方が遣り甲斐があると思ったから力になってあげたいなって思ったんです」


「そ、それだけで…?」


「はい、それだけです。両女神から初代フェイルの功績…って言っていいのか分かりませんが聞きましたけど、16万人越えの大虐殺をしろと言われたのではなく、僕が普通の人として生活しながら法を犯さない程度に使命を遂行すればいいと言ってくれました。簡単に言えば移動中に襲って来た盗賊を討伐したりとか、僕が目障りで殺そうとしてきた奴等を正当防衛で返り討ちにしたりだとか…その程度なんです。二代目フェイルと言ってもただ善人か悪人か分かるだけって感じで、街中で見つけたからと手当たり次第に殺すなんて事はしません」



 だけど…本当は、



「だけど、本当は使命の為に生きて、初代フェイルよりも多く虐殺して世界を維持し続けようと思っていたんですよ」



 そう、しようとしてたんだ。


『俺』の『虚無繰(からくり)』、『飛穿(とびうがち)』、『空爪駆(あまがけ)』に、長期間潜伏する為の水魔法と【空間収納】、更に夜闇でも昼間の様に見えて手足の様に扱える権能の【闇】と驚異的な回復能力の【光】と【治癒】の権能…これだけあればこの命を全て使い切ればこの世界から一時的に黒い魂を全収穫出来ると思った。


 でも…



「でも、僕はエルルさんと出会って考え方を改めたんです」


「私と出会って…?」


「はい。…最初、エルルさんと出会った時、僕としてはただの本屋のお姉さん、エルルさんからしたらちょっと変わったお客さん程度の関係だったと思います」


「うん…」


「その時のエルルさんの魂の色は灰色でした。これが黒くならなければいいなと思ってましたけど…エルルさんは僕に何度か聞きましたよね?“私に魔法を使って魔獣を退治したり、みんなの為に使った方がいいと思う?”って」


「…うん」


「それに対して僕の気持ちを伝えた時、エルルさんの魂が白くなったんです」



 そう言うとエルルさんはハッした表情を浮かべた。


 そう…それが僕が考えを変えたきっかけであり、始まりだ。



「僕は誰かを殺す為だけの存在でした。黒い魂を刈り取って世界を存続させるのが僕の使命で、その使命だけを全うする為にエルルさんの技術を吸収して、自分の糧にしようとしていた…エルルさんを利用しようとしていました。…だけど、エルルさんの魂が白くなった時…僕は誰かを殺す為だけの存在じゃなく、誰かを救う事も出来るんだって気付けたんです」



 困っている、助けて欲しい、色んな事を頼めて解決して頼んでよかったってちょっとでも嬉しい気持ちになってもらえる何でも屋…その為に何でも出来る様に今を頑張っている。



「きっとエルルさんと出会って無ければ僕は手当たり次第、黒い魂を見つけ次第虐殺していたと思います。…こんな事言うのも照れくさいですけど…エルルさんが居たからこそ、エルルさんとあそこで出会えたからこそ僕は思考停止の殺人鬼にならず、人で居られるんです。エルルさんが僕を人に変えてくれたんですよ」



 だから…もし、エルルさんが本当の僕を受け入れられないと言うのなら───



(…いや、ここで僕から言うのはダメだ。きっとエルルさんの事だから僕がエルルさんの答え次第では消えると言えば自分の気持ちを無視して僕を引き留めるかも知れない)



 だから口から出掛かった問いの言葉を強引に飲み下し、笑みを浮かべてこう言おう。



「…これが本当の僕です。エルルさん」



 本当ならずっと隠していくつもりだった真実…僕自身がフェイルだという事以外全ての事を明かしたのだ。


 真実を知っても尚、エルルさんが僕を僕として見てくれるのであればいい、何も変わらない。


 だけど、僕を今までの僕として見れないのであれば僕である事を捨てて、メルクリアさんに僕に関する記憶を全て消してもらって…使命を全うし、この世界を存続させる為だけに生きる。


 だからその判断を、エルルさんの本音を濁す様な問いは絶対にしない。


 エルルさんに拒絶されたらきっと相当に食らう、立ち直るまでかなりの時間が必要になると思う。



(…それだけエルルさんの存在が知らず知らずに僕の中で大きくなっていたって事か…)



 だから…認めよう。


 嫌われなくて安堵し、拒絶されれば食らう。


 僕はもう人を殺すだけの暗殺者なんじゃなく、誰かに嫌われたくないと想える『人間』になったのだと。



「……シオン君」



 エルルさんの声色は落ち着いているのに体がビクリと震える。



「…はい」


「話してくれてありがとね?」



 そう言うエルルさんの表情は…笑みだった。



「…僕が怖くないんですか…?」


「それ、前にも同じ事言ってたね。…でも、こう答えたよね?“このままシオン君が人を信じれなくなって私の前から居なくなっちゃう方が怖いよ”って」



 あ……ヤバい……視界が───



「真実を打ち明けるその決断がどれだけ大変で、どれだけ悩んだかは正直私には分からない。もしかしたら今の関係が崩れると覚悟したかも知れないし、師匠に頼んで記憶を消して消えようとしたかも知れない。…でも、シオン君は私の事を信じて真実を打ち明けてくれた。だったら私は死の女神の眷属でもなく、使命を受けた次代のフェイルでもなく、今まで通りシオン君として接するよ」


「っ…何でそこまでして僕を…」



 自然と口から零れてしまった言葉にエルルさんは笑顔で、



「“シオン君は私の弟子で、私はシオン君の師匠だから”」



 僕は堪えていたのが溢れてしまった…。





 ■





 Side.???



「───出来ればこの拠点に移動してくれれば楽になるんだが…」



 金髪碧眼の男…リーダーのシフトが私の体を上から下まで見ながらそんな事を言う。



「…まだ正式に加入するとは決まってないから」


「…そうだな。とりあえず今日の依頼である程度お互いの実力は分かったと思う。明日は三十層のミノタウロス討伐を目標に『嵐の谷』にアタックを掛けるからカムラもその準備をしておいてくれ」


「……わかった、それじゃあまた」


「ああ」



天の剣(ソル・クラス)』が拠点にしている二階建ての一軒家の前で別れた私は───今日の“合わせ”の内容を思い返して愚痴と溜息を零す。



「…はぁ、本当にあの程度の実力で三十層に行けると思っているのか…」



 まず衝撃だったのは依頼の内容を全く理解していなかった事だ。


 今回はお互いがどれだけ戦えるか、連携はどう取るのがいいかを確かめる為にランクが一つ下のCランク依頼『ロックアーマーベア』の討伐、その討伐対象の毛皮と内臓の納品の依頼を受けた。


 戦いに関してはBランク冒険者という事だけあって力強さを感じたのだが…納品する為の毛皮と内臓を悉くダメにしただけでなく、一切の解体技術を持ち合わせていなかった。


 もちろん解体技術が無かったとしても冒険者業はやっていけるし、空間収納の袋に死体を入れて冒険者ギルド持って行けば解体業者が解体もしてくれるが…今回は内臓の納品があった。


 どれだけ質のいい空間収納の袋を持っていたとしても空間収納の袋の中では時間が経過し、新鮮な内臓が痛んでしまい査定も悪くなれば薬の材料にすらならなくなってしまう。


 だから時間が経過しない【空間収納】の才能が重宝されるし、【空間収納】の才能が無ければ場合はその場ですぐに解体して保存効果のある魔道具に保管するのが常識なのだが、誰も保存効果の魔道具を持っていなかったのだ。


 今まで【空間収納】の才能を持っていた者がパーティーに居るのであれば問題ないが、『天の剣(ソル・クラス)』には【空間収納】の才能持ちは居ない。


 それに【空間収納】の才能にも自分自身の魔力量に応じた容量の限界があり、ロックアーマーベアの巨体をそのまま入れればすぐに容量は圧迫する。


 だから解体して容量を削減したかったし、ギルドで解体すると手数料も掛かるからその場で解体してしまいたかったが、私一人で巨体を解体すればその時点で時間が掛り内臓の鮮度が悪くなって依頼は失敗してしまう。


 …結局、状態のいい死体を私の【空間収納】に丸まる放り込んで依頼は達成出来たが、あそこで皆が解体出来ていれば手際が悪すぎて無駄に討伐してしまったロックアーマーベアからも使える部分が採れてもう少し稼げたのに…。


 …次の不満は遠征物資の不足、遠征先での知識不足、環境に対しての配慮が一切ない事だ。


 ロックアーマーベアの生息地は森林の奥で、ポーションの素材になる薬草や高級食材にもなる『キラーホーネット』の蜂蜜が採れる場所を縄張りにしている事が殆どだ。


 なのに…剣を振り回して木を切り倒して薬草を下敷きにするわ、火魔法を使って薬草や木を焼くわ、キラーホーネットの巣を突くわ、毒性の強い花を綺麗だからと無警戒に素手で摘み取るわ、森林進行に適した装備を一切用意していないわ、匂いの強い食事を初めて周囲の魔獣を呼び寄せるわ…細かい事を上げればキリがない程に注意も知識も配慮も足りなかった。


 もしこれが明日のダンジョンアタックでも同じなのであれば───



「…不安しかないな…」



 本心を素直に零し、せめて自分だけでも万全にする為にポーションを買いに行こうと冒険者ギルドに足を向けた時、



「…おや~?にゃにも知らずに外道パーティーに入った無知狐ちゃんじゃ~ん」



 まだ日が高いのにやけに薄暗い細い路地から暢気で不快な女の声が聞こえて来た。



「…もしかして私の事を言っているのか?ゴミ漁りの野良猫」



 そちらに視線を向ければ夜の様に黒い長髪と満月の様に丸く明るい金眼を持つ露出の激しい猫獣人族が壁に凭れて酒瓶をユラユラと揺らしていた。



「ん~?そう聞こえにゃかった~?そんにゃおっきにゃお耳で聞こえてにゃいとか、飾りにしちゃ派手過ぎにゃ~?」



 壁に寄り掛かりながら酒瓶を傾ける黒猫…余りの侮辱に【空間収納】から抜いた刀を首に添え、黙らせる為に殺気を向ける。



「下品で飲んだくれの野良猫は状況も飲み込めないのか?すぐにその口を閉じさせてもいいんだぞ?」



 すると黒猫は一瞬だけ満月の様な目を見開き、すぐにガッカリした様な、失望した様に目を閉じ…瞬間、



「───こんにゃ腑抜けた脅しでビビると思ってんの?」


「ッ…!?」



 開かれた生気の感じない金の瞳に射貫かれた私は直感的に死を感じ、身を引こうとして、



「さっきの言葉、そっくりそのまま返してあげる~。雑魚狐は状況も飲み込めにゃいのかにゃ~?」



 その言葉が聞こえた時、私の首には壁に叩きつけて割った酒瓶が肌を突き破らない絶妙な力加減でピッタリと突き付けられ、黒猫の首に添えていた刀は刃の部分を素手で握り締められピクリとも動かなかった。



「覚悟もにゃく、人を殺した事もにゃい奴が武器で脅しを掛けるのは止めた方がいいよ~?私がその気にゃらいつでも殺せちゃうって事、理解出来たかにゃ~?」



 獣の本能で分かる…この黒猫はヤバい、と。


 早く逃げないと何も抵抗出来ず殺されると獣の本能が体に訴えかけてくるのに…体が恐怖で動かない、獣の本能が死を受け入れてしまっている。



「…お前は何者だ?何が目的なんだ…?」



 僅かに残った生きたいという生存本能で震えそうになる声と体を必死に押さえつけ問うが───



「まだ自分の立場が分かってにゃいのかにゃ?」



 どちらが捕食者か、どちらが生殺与奪の権利を握っているのか分からせる様に首筋に押し付けられた酒瓶が皮膚を浅く突き破り、鼻を突く様な濃い液体が首から垂れて胸の間に這って来る。


 この黒猫には…勝てない、少なくとも今は…。



「…うんうん、ようやく理解してくれて嬉しいにゃ~。狐ちゃん…カムラちゃんって呼んだ方がいいかにゃ?」



 私が諦めた事に気付いたのか黒猫は薄く嘲笑する様な笑みを浮かべ、さっきまで感じていた息が詰まる様な殺気を収めてくれる。



「…ちゃんはやめてくれ」


「んじゃ、カムラで」



 首に押し当てられていた酒瓶を投げ捨て、握り締められていた刀も解放してくれる黒猫。


 一応命の危機は脱した様だが…



「色々聞きたい事があるんだけど~…答えてくれるよね~?」


「…出来るだけ答えるが、答えられない事がある事は理解してくれ」


「もちろん。…君はにゃんで『天の剣(ソル・クラス)』に入ったの?」



 そう問われ、一瞬身構えてしまう。



「…ダンジョンを踏破してランクを上げたいだけで、別に深い理由など無い」


「にゃにか隠してるのバレバレ」



 まさか…私の事情を知っているのか…?


 でもそうなら何故ここに居ると聞いて来る筈…なら本当に『天の剣(ソル・クラス)に入った理由が知りたいのか…?



「…まっ、そこまでカムラに興味はにゃいからいいけど…んじゃあ、質問を変えようかにゃ。『天の剣(ソル・クラス)』がどんにゃパーティーか知らずに入ったの?」



 獣人だから身構えたが…どうやら本国の者じゃない様だな。


 それに一貫して『天の剣(ソル・クラス)』について聞いて来るという事は、この黒猫の狙いは私じゃなく『天の剣(ソル・クラス)』という事か。



「…Aランクも間近な実力者が集まったパーティーとしか知らない。なんせ仮加入してまだ一回しか依頼を共にしていないからな」


「ふーん…本当に知らにゃいんだぁ?」


「…喋る気はあるのか?」


「あるある、じゃにゃきゃこんにゃ事しにゃいよ~」



 馬鹿にする様にケラケラと一頻り笑った黒猫は、



天の剣(ソル・クラス)』はねぇ…サポーターを食い物にしてる外道パーティーにゃんだよ~」



 耳を疑う様な事を言い放って来た。



「…どう言う事だ?」


「カムラが入る前、一人のサポーターが『天の剣(ソル・クラス)』に居たんだけど~…そんにゃはにゃし、メンバーから聞いた?」



 私が加入する前…?確か『天の剣(ソル・クラス)』はずっと四人パーティーでやっていたはずだが…。



「…いや」


「だよね~。わざわざ自分達のヤバい所にゃんて暴露しにゃいよね~」



 そう言うと黒猫は私の目を見つめ、笑顔なのに一切笑っていない表情で続ける。



「『天の剣(ソル・クラス)』は家族の呪いを解く為にお金を稼がにゃくちゃいけにゃい【空間収納】の才能を持った12歳の少女を不正契約でパーティーに縛り付けて奴隷の様に扱い続け、【空間収納】に四属性の魔法が使えるどっかの誰かさんと入れ替える為にAランク昇格試験と嘘を吐いてその少女を連れてダンジョンアタックを実行。そのダンジョンアタック中、自分が切り捨てられるとは思ってにゃい少女は危にゃくにゃったにゃかまを助ける為にモンスターの攻撃からその身を挺し、左腕を失にゃいにゃがらも庇ったんだよ。…でもね?落ちた腕もあって、すぐ回復すれば腕は元に戻ったのに…ヒーラーは軽症のにゃかまの回復を優先させて、魔力がもうにゃいからと重症の少女の回復を拒否。そしてその左腕をワザと紛失…最後は左腕を失ってサポーターとしても働けにゃくにゃった少女に向かって手切れ金だって言って銅貨しか入ってにゃい革袋を顔面ににゃげつけ、ゴミの様にパーティーから追放してどっかの誰かさんをパーティーに入れたんだよ~?」



 …は?この黒猫が言った事は真実なのか…?


 …いや、もしこの話が本当なら今回の合わせで感じた違和感も全てが説明つく…。


 本当にサポーターに雑事を全て押し付け、私の所為で切り捨てられてしまったのか…?



「それは…本当なのか…?」


「さぁ?本人に聞いてもしらばっくれるだろうし、私のはにゃしを信じるか信じにゃいかはカムラ次第じゃにゃい?」



 確かにそうだ…こんな事を『天の剣(ソル・クラス)』に真正面から聞いても答える筈が無い。


 この黒猫の話が本当なのだとしたら…



「…そのサポーターの少女から復讐でも頼まれて来たのか…?」



 力無く下げた刀を構え直そうとするとすぐに黒猫は笑う。



「あの子はそんにゃクズみたいにゃ事しにゃいし、もしそうにゃらわざわざ声にゃんて掛けずに殺してるでしょ」



 それもそうか…これだけの力量差があれば私なんてすぐに殺せる…なのに殺さないのはそのサポーターの少女の慈悲だ。



「…そのサポーターとは知り合いなのか?」


「んにゃ?私は情報屋だからねぇ~。今は凄い人に保護されてるぐらいしか分からにゃいにゃ~」


「…じゃあ、何故お前は私に接触してきたんだ?」



 そう問えば黒猫は壁に凭れていた体を立たせ、



「『天の剣(ソル・クラス)』の悪行を知らずに加入しただけっぽいし、それに巻き込まれにゃい様に親切心で教えてあげる」


「…何?」


「近い内に『天の剣(ソル・クラス)』はダンジョンのにゃかで壊滅するにゃ。巻き込まれたいにゃらそのまま『天の剣(ソル・クラス)』に加入したまま死ね。死にたくにゃいにゃら抜けろ。それじゃあね」



 言うべき事を終えたとばかりに黒い尻尾を振りながら去ろうとする。



「…ダンジョンの中で壊滅するだと…?お前、一体何をするつもりだ?」


「私はただの情報屋だし、別ににゃにも?」


「なら何故…『天の剣(ソル・クラス)』がダンジョンの中で壊滅すると言えるんだ?何かをするつもりなんじゃないのか?」



 そう言うと黒猫は立ち止まり、感情や熱の感じない笑みをこちらに向ける。



「…もし私がにゃにか企むとしても、そんにゃ木っ端に私が直接手を下して手を汚す必要も犯罪者になる必要もにゃいし、ここでお前に抜けろにゃんて忠告しにゃい。『天の剣(ソル・クラス)』はお前がパーティーに入って更に強くにゃった気でいるけど、お前が入った所であの子が抜けたあにゃは埋まらにゃいし、そのあにゃの大きさを自覚出来ていにゃい時点で『天の剣(ソル・クラス)』は遠からず破滅する運命にゃんだよ。お前も感じたんでしょ?本当にBランクにゃのか?って」


「っ…」


「『天の剣(ソル・クラス)』がBランクににゃれたのもあの子の献身あってこその功績。その立役者を切り捨てた『天の剣(ソル・クラス)』に未来はにゃい」


「……」


「忠告したけど雑魚と一緒に死にたいにゃらご自由に。まだ生きていたいにゃら身の振り方を考えておいた方が良いよ?」



 そう忠告した黒猫は今度こそもう用が無いとばかりに私に背を向け、



「…最後にお前の名を聞かせてくれないか?」


「あー…そう言えばにゃのってにゃかったね。私は情報屋………『ヨル』」


「…偽名か?」


「偽名。んじゃね~」



 黒猫…ヨルは建物の影に姿を消した。



「……っはあっ…!はぁっ…生きた心地がしなかった…」



 ヨルの姿が見えなくなった事で噴き出した汗を拭った私は…



「『天の剣(ソル・クラス)』…どうしたものか…」



 体の震えが収まるまで壁に凭れ空を見上げる…。

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