女神の指先、女神の口
本日の投稿はここまでです。
「え…ここ…私が学生時代住んでた寮だ…」
どうも新しい家を建てる土地に来た僕です。
僕は今、魔導列車を敷設する為の模型を作ってくれているチアラさんとエルルさんを連れてその場所に来たのですが、エルルさんの呟きに驚いている最中です。
「え…そうだったんですか?」
「うん…懐かしいね」
僕が買った土地にはまだ学園の生徒が使っていた古い寮…廃寮がそのまま残っていて、解体をこちらでするからと言って少し値引きしてもらったのだ。
だけど…エルルさんの声色からは懐かしいという古き思い出に浸る感じではなく、嫌な事を思い出す様な哀愁の様なものを感じる。
「…解体前に中を見ます?」
「んー……別にいいかな」
「そうですか…」
…そういえばちょっとだけエルルさん言ってたなぁ…嫌がらせされてたって。
ユニコードを名乗る様になってからその嫌がらせも止まって掌を返してゴマを擦って来たとも言ってたっけなぁ。
…でもまぁ、こう言っておこうかな。
「じゃあ、僕がその嫌な思い出を今ここでぶち壊します。師匠、周囲に結界をお願いします」
「うん…?」
『黒金の杯』を三連ブレスレットから杖の姿に戻し、エルルさんが周囲に結界を張ったのを感じて全力全開の魔力を注いでいく。
「っ!?ちょ、何するつもりっすか!?」
「師匠の嫌な思い出を弟子がぶち壊そうとしてるんです。チアラさんはエルルさんの後ろに」
「う、うっす!」
魔力によって煽られた白髪が自然と黒に染まり、僕は【混沌】の権能を意識して赤黒く色付いた魔力が雷光の様に爆ぜ走るのを感じながらイメージする。
エルルさんの嫌な思い出を封じ込め、二度とその箱が開けられない様に。
その箱に鍵なんていらない、もう二度と開く事も誰かの手に触れる事も無いのだから。
その箱なんていらない、もう二度と誰の目にも触れる事も無いのだから。
全てを飲み込む、全てを消し去る、全てを無かった事にする。
「…見ててください師匠」
「…うん」
「いきます」
エルルさんの心に陰りを落とすものに『黒金の杯』を向け───
「飲み込め───『崩壊』」
メルクリアさんが与えてくれた生み出す『創造』と対を成す全てを飲み込み無かった事にする『崩壊』を放つ。
「な…なんっすか…これ…」
「わぁお…」
僕達の目の前には光を飲み込む漆黒…まるでその部分の空間が抜け落ちていると錯覚する程に黒い箱が僕が買った土地を飲み込む様に生み出されている。
「……うん、こんなもんですかね」
そう言って『黒金の杯』で舗装された石畳を小突けば視界を埋め尽くしていた黒い箱は中心に向かって縮小し、飲み込まれた廃寮も、手入れがされず伸びっぱなしだったり葉を落としっぱなしの草木も何もかも消え去り、目の前には人三人分の高さまで綺麗に抉られ陥没した真っ新の土地があった。
「どうです?エルルさんの嫌な思い出、一つは消せました?」
「…うん!流石私の弟子!ありがとー!」
僕を抱きしめ黒髪を混ぜる様に撫でるエルルさんは空元気じゃない…よかった。
「ゆ…ユニコード、マジ恐ろしいっす…」
「えー?こんなに可愛いのに?」
食らえ、満面の笑みアタック。
「うっ…その可愛さが恐怖の落差を更に酷くしてるっす…」
ちっ…ダメか。
「まぁ…僕は敬意には敬意、悪意には悪意を向けるって決めてるんで、チアラさんが僕に対して酷い事をしない限りしないので安心してください」
「いや…そんな事しないっすけど……まぁ、ユニコードっすもんね…私の常識じゃ測れないっすよね…」
自分を落ち着かせる為に何度もユニコードだからを連呼し、大きく息を吸い込んで表情を改めるチアラさん。
「ふっ…にしても広い土地買ったっすねぇ。いくらしたんっすか?」
「白金貨30枚です!」
「うぇ!?そんなしたの!?」
「ほえぇ、結構安かったっすね?」
「「…え?」」
チアラさんとエルルさんの貴族と庶民の差、建築家と魔法師の差が出てしまった。
「広大だとしても王都っていう限られた土地でこれだけの広さなら滅茶苦茶安い方っすよ?」
「そ、そうなの?」
「っす。私の家を建てた所なんて聖金貨2枚…白金貨200枚っすよ?」
目を見開く僕とエルルさん。
「まぁ、貴族街区なんでそんなもんっすけど…どうするっすか?どんな家にするんっすか?」
ナチュラルに金持ちアピールされたけど、こっちもナチュラルに恫喝紛いな力を見せたしお相子だ。
「そうですね───」
瞬間、僕の後ろに凝縮した魔力が生まれて怒られる事を確信する。
「…何やってるのかしら?」
「あ、師匠」
「だ、大師匠…」
エルルさんの結界、更に僕の『崩壊』で二度も強力な魔力が膨れた事でメルクリアさんが転移して来た。
「これは…簡単に言えば僕の新しい家を建てようかなと…」
「新しい家…?」
「はい…あ、ちゃんとこの土地買ったんですよ?」
「買って無かったらマズいに決まってるでしょう?」
「あ、あはは…」
「…はぁ」
正論に苦笑しているとメルクリアさんは『世界樹の枝』を呼び出して石畳を小突き、陥没していた地面を一瞬で元通りにしてしまう。
「まずは周囲が騒がない様に配慮しなさい。一旦幻惑魔法で大穴は隠しておくわ」
「あ、はい…」
「で?どういう家にするのよ?」
「それはチアラさんと今から相談して…」
「…はぁ、先に決めてから行動しなさい」
「はい…」
そう言って僕を叱ったメルクリアさんは傍に椅子を作って座る。
…僕が変な事をしない様に監視…?とにかくここからはメルクリアさんも参加か。
だったら割と無茶な施工でも何とかなりそうだな。
「…怒られたっすね?」
「怒られましたね」
「で、どうするっすか?」
「そうですねえ…」
【空間収納】から筆記用具を取り出し、エルルさんとチアラさんの分の椅子とテーブルを鋼鉄魔法で生み出す。
「まず外側から決めたいんですけど、今僕が住んでる家って馬車が止められないから徒歩、もしくは道に停めるしかないじゃ無いですか。だから───」
【空間認識】【描画】【精密操作】を意識して図面を手早く描き起こしていく。
「こんな感じで昇降置換式の立体駐車場を作りたいんです」
イメージはエレベーター式の立体駐車場…地下に巨大な空間が必要になるけどメルクリアさんが居ればどうとでもなる。
本当に出鱈目だぁ…。
「また凄いものを考え…あ!前の家にも付けた昇降機能っすね!」
「です!地下に仕舞ってしまえば馬車を荒らされる心配も無いですし、外から見た時の外観もかなりスッキリすると思うんですよね!」
「なるほどっす!これマジいいアイディアっす!…けど、馬も地下に入れるんっすか?流石にそれは…」
「馬は普通に厩舎にしますけど、もしかしたら魔獣が引いてるかも知れないですし、そもそも馬じゃないのかも知れないのでそれに合わせて大きめにしたいですね」
イメージは平屋の長屋で、大き目の小屋に両開きの自動ドアを取り付け中をメルクリアさんの空間魔法で拡張。
拡張された中に設置する温度調整の設備等を詳細に描いていくとチアラさんがどんどん前のめりになって来る。
「おお…!かなり豪華っすね!」
「それにちょっとした温室…薬学で使用する薬草や花を育てる設備も欲しいですし」
「うんうん!」
「鍛冶場とか薬品製造の施設も欲しいですね?」
「おー!いいじゃないっすか!」
思いつく限り庭のレイアウトを考えていき、次は家となる部分に取り掛かる。
「上から見た図はこんな感じで、東館を招待した客人、西館を使用人に使ってもらう感じにして───」
Hを描いて真ん中部分に主要な設備等を集める感じで図面を引いていく。
その後も地下やら何階建てにするやら、終いには本屋(エルルさんの希望)だったり、森林浴が出来る場所(メルクリアさんの希望)だったり、太くて立派な樹(ワイズの希望)だったり…何でワイズまで希望出すんだよ。
そんな感じでアイディア通り図面を引き続け───
………
……
…
「っすねぇ…総額…聖金貨1枚と白金貨10枚って所っすね」
「「「………」」」
チアラさんが弾き出した施工費に僕達は現実を見た。
「それは…魔法陣とかの施工を僕が請け負った場合の金額ですよね?」
「そうっすよ。それも外注したら間違いなく聖金貨5枚は掛るっすね」
こんな豪邸より魔法陣の施工の方が高いってどういう事だよ…でも、僕が扱えるからこの金額で済んでるんだよなぁ。
「払う当ては全然あるんですけど…さ、流石に一括は無理です…」
「逆に一括で払われたらビビるっすよ…分割でいいっすよ?」
「本当ですか?」
「っす。ユニコードが無責任に飛ぶなんて思えないっすしね」
「よかったです…」
ホッと胸を撫で下ろして笑みを浮かべるが、チアラさんは空を見上げて悩まし気な声を漏らす。
「んー…まぁ…でも、施工を始めるにしても手持ちの材料も全然ないっすし、流石にこの時間からは無理っすかねぇ」
空はオレンジの色が強くなりもうじき黒が支配する17時…懐中時計を胸元に仕舞った僕は皆に笑みを浮かべる。
「それなら今日は───」
うちに泊まりに、そう言いかけて言葉を止めた。
出来る事ならばここに家が建った時、新居披露の一環でユアの存在を明かして皆を驚かせたいな…そんな悪戯心が芽生えた。
もしかしたらもっと早く言えとか、先に伝えるべきじゃないかしら?とか、こんな大事な事を何で…!とか、各方面から色々言われるかもだけどね。
…こうしたサプライズを考えるのも人間らしくなったなぁ。
「お開きですかね?」
「っすかね?…あ、そうそう、さっき伝えるつもりだったんっすけど、模型の方はもう少し掛かりそうっす…」
「別に急いでないので大丈夫ですよ。無理なく精巧にお願いしますね?」
新居披露兼魔導義肢の公開、もしくは完成タイミングが合えば同時に公開してその後に魔道列車の開発って感じかな?
そうすれば僕のやらなきゃいけない事は鍛冶の修行、薬学の修行、魔法の修行、魔道列車の開発敷設だけになる。
…ようやく身軽になる道筋が見えた気がするなぁ。
「とりあえずは明日…13時頃でいい感じっすか?」
「ですね!」
「うっす!それじゃあこれから準備しとくっす!」
「お願いします!」
「あ、じゃあ私はチアラさん送って来るね~」
エルルさんがそう言うとチアラさんはエルルさんの転移魔法で姿を消した。
「…さて~、僕も帰ろ───」
「待ちなさい」
…ですよねー。
「何ですか?大師匠」
「我慢してちょうだい」
「え?」
そう言って差し伸べられたメルクリアさんの手が僕の肩に触れると視界が一瞬で外からメルクリアさんの学園長室に変わり、
「うっぷ…!きもぢわるい…!」
【魔力耐性】の才能が付いたのにも関わらず莫大な魔力に晒された所為で魔力酔いが僕を襲った。
「少し話したい事があるから気分が落ち着いたら座ってちょうだい」
床に四肢を着いてえずく僕にそんな言葉を投げてお茶を用意し始めるメルクリアさん。
この魔力酔いは本当に何とかなんないかなぁ…?
「うう……話したい事ってなんです…え?何ですかこのお茶。おいしっ」
よろよろとソファーに座って透き通った緑色のお茶を飲むとさっきまで感じていた魔力酔いがスッと良くなっていく。
色からして緑茶っぽいが、味が何だか青い…若葉をろ過したみたいな青くも美味しい味がする。
「世界樹…『神霊樹ユグドラシル』の葉の煮出したお茶ね」
神霊樹の葉!?と、驚いているとテーブルに二枚の手紙が置かれる。
「それだけ驚けるなら調子は良くなったみたいね。要件は三つ、リテュアリス神聖国の事、魔法術学会の事、エルフの隠れ里の事…どれから進めて欲しいかしら?」
もう問うな、本命を早く進めたいとばかりな強引な話の流れに苦笑する僕。
今言われた三つの要件の内、リテュアリス神聖国はかなりバットな話、魔法術学会は前回の『環境耐性』の魔法陣の事だからフラット寄り、エルフの隠れ里はインビジブルフォレストの事だろうからグッド寄りな話しな気がする。
結局は全部聞く事になるからどれから聞いてもいいんだけど…出来るなら話し終えた時に少しでも気分がいい方がいいよね。
「じゃあリテュアリス神聖国の事からで」
「エルルも聞きたいって言ってたからそれは後にしてちょうだい」
だったら最初に提案しないでくださいよ…!!
「え、えー…じゃあ、魔法術学会の方から」
「ならこれね」
こちらに押し出してきた封筒を取り、【空間収納】から銀のペーパーナイフを取り出し丁寧に開いていく。
すると封筒から“魔力的な何か”を切った…いや、解放?何かを解き放った様な感覚があり、その封筒の中の紙にはこの様に書かれていた。
「…?…えー、この度、シオン・ユニコード・ラザマンド氏が提出された『環境耐性』の魔法陣は前例と重複する内容が見受けられなかった為、『歴史魔法図書館』に記される事になりました。技術と発想の提供、魔法の深淵に歩みを進め、未知を既知へ、不可能を可能へ、0を1へと変えた事に感謝を申し上げると共に、『完全中立空中国家 揺蕩う大図書館』への招待を致します…?」
「選ばれた知恵者しか踏み入る事の出来ない『揺蕩う大図書館』。その招待状よ」
完全中立空中国家揺蕩う大図書館…?そんな国、初めて聞いた。
『俺』の記憶にすらない国…いや、殺しが全てだった『俺』の知識が全てじゃないし、むしろ他の人より殺しに傾倒していた分知識は乏しいだろう。
だからその国について問おうとしたが、
「それにしても…本当に魔力に対して感受性が高いのね?」
「それはさっきの転移魔法じゃなく…この封筒を開けた時のですか?」
「そう。その封筒には開いたという事を差し出し人に知らせる魔法が掛かっていたのよ」
手紙を抜き取った封筒をヒラヒラさせながらそんな事を言うメルクリアさん。
メッセージの既読みたいな魔法だけど…魔法で再現するとなるとかなり高度な魔法だよなぁ。
それが施されているって事は相当魔法技術が高い国なのか…ちょっと行ってみたくなるな。
「…この招待に応じるにはどうしたら?」
「あら、応じるのね?」
「ええ。手紙一つに高度な魔法が使われてるぐらいですし、相当な魔法技術がそこら中に散りばめられているんじゃないかと」
「なら、裏面の署名欄に訪問する日時と名前を書いて掌を手紙に押し当てて魔力を込めなさい」
言われ裏面を見れば下部分に名前と日付を記す様な下線が引かれ、上部分には掌を置く為の黒線の枠がある。
ただ…日付がネックだ。
「日付…今すぐには決められないですね」
「ならその招待状は取っておきなさい。その紙に魔力を込めれば転移門が指定日時に目の前に現れるから…一人で行くのなら相当な覚悟を持って行くといいわ」
はぁ…?名前と日付を書いて魔力を込めれば転移出来るって…そこまで凄いのか揺蕩う大図書館は。
というか相当な覚悟って…粗相したら殺されるとか、情報漏洩したらとか?
「そんな覚悟が必要な場所なんですか?」
「魔力に対してここまで感受性が高いとね。あそこは常に魔力で溢れているからもしかしたら狂い死ぬかも知れないわ」
こわっ!?一気に行きたくなくなったんだけど!?
「そうならない様にもシオンが行く時は私もエルルも同行するわ」
「あ…ありがとうございます…」
………揺蕩う大図書館に行くのは覚悟が決まった後にするか…。
「じゃあ…次は隠れ里ですかね?」
「そうね」
次を促せばもう一つの封筒が差し出されるかと思えば、メルクリアさんは膝に肘をつき手の上に顎を乗せる。
「…拒否されたわ」
「…えっ?」
まさかの答え…唯一いい話だと思っていたエルフの隠れ里行き、インビジブルフォレストとの出会いが無くなってしまった。
「理由は世界樹と呼ばれる神霊樹ユグドラシルが徐々に枯れ始めていて、その対処で手一杯なのに余計な手間を増やしたくないって所かしらね」
神霊樹ユグドラシルが枯れ始めている…?それは世界のエネルギーが枯渇しているのと関係…あるんだろうなぁ。
でも、この前リテュアリス神聖国で悪党を殺しまくって世界のエネルギーに還元しまくったよね?それでも枯れ始めてるのか?
だったらもっと殺さないといけないけど…でも、殺して世界のエネルギーにすれば枯れるのを止められるって訳でも無いか。
実際見て見ないと分からないし、見た所で分からないかも知れないけど…ヘイルに聞いたら分かるかな?
「…?シオン?何か心当たりとか気になるのかしら?」
「…何で枯れ始めたんだろうなぁと考えてました。対処を試みるとしても現状がどうなっているか調べないと推測すら満足に立てられないって感じです。でも…」
「でも?」
「僕の主神様に聞いたら分かるんじゃ無いかなーと」
「主神に聞く…そんな事が出来るのかしら?」
「主神様曰く、神の遺物に触れている時に神託を下ろせるらしいんですけど…ちょっと試してみていいですか?」
「別にいいけれど…ここに神の遺物なんて───」
メルクリアさんに左腕にある三連ブレスレットの『黒金の杯』を掲げれば納得した様に腕を組む。
「神の遺物じゃなくても御神体なら出来るかも知れないって事ね…いいわ、やってみてちょうだい」
「じゃあ…やってみます」
パチンと指が鳴らされると僕とメルクリアさんを囲む様に魔力が広がり結界が張られた事が分かる。
そんな結界の中で『黒金の杯』を杖に戻し、全身で抱きしめ我が主神様を想う。
「……本当に大丈夫なのかしら」
目を閉じている僕にはどうなっているかは分からないが、結界の中を何かが漂い爆ぜる感覚がある。
後でどうなってるか聞こうと思った僕はメルクリアさんの声が遠退く感覚を得て、深い闇の中に感覚をゆっくりと沈めていく…。
………
……
…
「───出来た…のかな?」
目を開けた僕は真っ白な空間じゃなく金の鎖が張り巡らされた真っ黒な空間を漂っていた。
暖かい水の中を漂う様な感覚…神域ではない感覚に失敗を感じるが、無力に漂っている僕の体を抱き留める感覚が来た。
「よく来たね」
「ヘイ───」
瞬間、僕は抱きしめられた体を引き剥がした。
「ヘイルじゃない…誰だ…?」
「別に危害を加えるつもりはないからそう警戒しないで欲しいんだけど」
そう言う何かの姿は全く見えない…もしかして、
「…『黒金の杯』?」
「まぁ、この状況を考えれば辿り着くよね。そう、何百、何千、何万、何十万と喰い殺した『生者喰らい』であり、死の女神への祈りの触媒となった『黒金の杯』だよ」
聞こえてくる声は中性的で男とも女とも感じるが、声色は喜怒哀楽を一切感じさせない平坦なもの。
簡単に言ってしまえば僕にどういう感情を向けていて、味方なのか敵なのか一切判別できない様な声だ。
だけど…今まで力を貸してくれてた事もあるし味方なんだろう。
「…そっか。いつも助けてくれてありがとね?」
「別にお礼なんていいよ。僕…私…俺……小生?我?一人称は何がいいかな?」
「小生、我って…その言い方だと姿形も無いって事?」
「姿形ならいつもシオンが決めてるじゃないか」
「…?僕的には『黒金の杯』が僕に合わせて変わってくれてると思ってたんだけど」
「まさか。それは僕…私…一人称は何がいい?」
一人称が無いと意外と話が進まないんだな…そんな事を思いながら『黒金の杯』の事を考える。
『黒金の杯』の本来の姿は長杖…それは正真正銘の姿。
その杖を御神体に見立てて不特定多数の信仰が捧げられた結果、意思を持って理性を得て神器に至った。
あの時メルクリアさんと難しく考えたけど、僕風に簡単に言えば付喪神だ。
何かによって祈りや思いが込められた武具が意思を持つ武具になり、その何者かの意思や思いに自身の意思や思いが一致した時に意志が自我へと昇華して理性へと至るのが理性を持つ武具なのだろう。
だから今、僕に話しかけてきているのは『黒金の杯』に宿った意志や思い、理性や人格…すなわち付喪神だ。
その朧げな付喪神を具現化する様に僕の中で形作っていけば───
「……へぇ、やるね?」
「…でしょ?」
金の鎖が張り巡らされた真っ黒な空間であるのは変わらないが、僕の目の前には僕と瓜二つ、違う所をあげるのであれば髪が黒で瞳が赤い美少年が笑みを浮かべていた。
「この姿形なら一人称は僕にしようか」
椅子に腰を下ろす様に何もない空間に腰を下ろす『黒金の杯』。
「そこは君に任せるよ。…で?」
僕も同じ様に腰を下ろせば確かに何かに座る様な感覚と共に『黒金の杯』の声が来る。
「で、さっきの話の続きだね。君は僕に力を貸してもらっていると思っているみたいだけど、僕は何もしていない。現に君は僕の力を一切使って無いんだから」
「え…?形状変化とか、ソウルイーターは君の力じゃないの…?」
「本来神に捧げられる信仰というのは形を持たない物…故に僕はどんな姿にもなる。そして僕は死して無に還り輪廻を遂げるという救済とやり直しを望む者達が蓄えた信仰そのものであり、死の女神の一端なのさ。その存在がその存在として存在している時点でそうである様に、形状変化やソウルイーターは人類から特別な力かも知れないけど、僕からしたら人類の手足が最初から生えているのと同じ事さ」
僕は『黒金の杯』が目覚めた時の事を思い出していた。
最初、『黒金の杯』を通して魔法を行使しようとした時、力を何一つ引き出せていないと感じた。
それは全てを等しく殺せるソウルイーターも、扱いやすく形を変える形状変化も『黒金の杯』にとっては息をする様なもの、人が歩くのと同じただの当たり前の事であり、真の力では無いという事だ。
「…なら僕は君に真の意味で認められていないって事?」
「いや?認めているけど…君自身が僕の力を十全に扱える程の器じゃ無いだけさ。言ってしまえば、僕の力を扱うには君は脆弱過ぎる、実力不足と言った方が分かりやすいかな?」
「き、厳しい評価だね…?世界に汚名を刻んだフェイルだった僕が実力不足なら世界に君を扱える人物はいないと思うけど…流石に傷付くなぁ」
「僕は嘘を吐かないし、事実を言っただけさ。この程度で傷つくのなら君が相当に自惚れているだけだよ」
こうも言われると反論したくなるけど、その通りなんだろうなぁ。
だってヘイルは相手に姿を見せただけで殺せる訳だし。
「まぁ、君が僕を力を全て引き出す事は一生ないだろうね」
「一生って…そこまで断言する?」
「ああ、断言するよ。まず思い出して欲しいんだけど、僕を初めて持った時に魔力を封じたよね?」
「おかげで大変だったけど…」
「大変だなんて言うなよ。あれは君を助けてあげようとしたんだよ?」
「助けようとした?どう言う事?」
「君は試練だ何だって思ってたかも知れないけどさ、僕を持つ器として、君が余りにも脆弱過ぎたから魔力を封じて枯渇させ続け、最低基準を満たすぐらいまで目立たなく穏便に増やしてあげようとしたんだよ?」
「え…と言う事はあの盗賊達を殺さなくてもいつかは目覚めてたの?」
「そうだよ?一年ぐらいジッとしてれば自ずとね。なのに君が我慢出来なくなって獲物を狩り始めた。だったら利用するかと思って君の【生死の輪舞】で獲物の魂を魔力に変換して魔力を増やしてあげたんだ。じゃないと僕を維持しようとするだけで吸い殺されちゃうからね」
「そうだったのか…」
「そしてここからが君が僕の力を引き出せない理由だけど…僕は死の女神の一端であり、君は死の女神の眷属だからだ。意味が分かるかな?紛いなりにも死の女神と同じ僕と、眷属という寵愛を受けただけの信者の君が同等な訳が無いんだ、格が違う、存在が違うんだ。もし、僕の本当の力を使うのなら死の女神の眷属として使命のみに生きる忠実な指先にならなきゃいけない。諄い様だけど言っている意味が分かるかい?君が望むか望まずか分からないけど形成していく生温い人の繋がりや生活なんて捨てて、姿を見せただけで死を振り撒くだけの存在にならなきゃ僕の真の力は扱えないって事さ」
丁寧に自分の言葉を僕に理解させる様に付け足される現実を混ぜた解釈の言葉を聞いて僕は思う。
確かに今の僕じゃ『黒金の杯』の真の力を使う事は出来ない。
それは『黒金の杯』がまだ認めていないのではなく、僕という存在を認めているからこそ力を貸さないのだろう。
そう思えるのは『黒金の杯』がさっき言った“目立たなく穏便に”という僕の意志を尊重している言葉のおかげだ。
もしその力を解放すれば僕の姿を見ただけで人々が善人悪人関係なく自殺をし始めてしまう…それは僕の望む所じゃないし、一生使う事が無い僕には過ぎた力だ。
だから『黒金の杯』は存在するだけで滲み出てしまうソウルイーターの力と不定形の力という安全な力だけを扱わせ、その矛先を僕の意思に決めさせてくれている。
きっと僕が僕で居る限り『黒金の杯』は僕に力を貸さないし、『黒金の杯』が力を貸す時は僕が見限られた時だろう。
…歪んだ協力関係だ。
「…だったらさっきの言葉は訂正しよう。僕に手を貸さないでいてくれてありがとう」
「…そういう意味ならどういたしましてと受け取っておこうかな」
自嘲気味に笑みを浮かべれば『黒金の杯』は満面の笑みを僕に向けてくる。
「それより、何か聞きたい事があったから意識を持ってきたんじゃないの?」
「あ、そう…君はヘイルの御神体だから君を通じて枯れ始めた神霊樹の対処方法を神託として受けれると思ったんだけど…」
「残念。確かに僕は死の女神の一端だけど、死を齎す指先だからね。言葉を届ける口ではないのさ」
「なるほどね…その口は君みたいな形でこの世界に存在しているの?」
「神は世界に口出しなんてしない。…って言いたいけど、死の女神の膝元で使命を託された眷属の君自身が口になるんじゃないかな?だから僕としては君から死の女神の言葉を聞きたいぐらいさ」
「だったら僕もヘイルの一端じゃ?」
「僕は死の女神としての信仰を蓄えているけど、君はこの世界に来てから何の信仰も得てないじゃないか。格で言ったらただの一般人、狂信者って所じゃないかな?」
「何ともまぁ、嫌な位置付けだね…」
「まぁ、そう言う事さ。でも…これは死の女神の神託じゃなく、僕からの助言として受け取って欲しい」
「…?何か助言くれるの?」
そう言うと『黒金の杯』の姿が足元から崩れ始め、僕の体がふわりと宙に浮く。
「誰かが君を起こそうとしてるみたいだね。時間も無いし簡単に助言するけど、君を守っている守護獣、今は神獣か。白雪を連れて行けば何とかなると思うよ?」
「白雪を?」
「うん。だって、神霊樹ユグドラシルは生の女神ルミナの御神体だからね」
「ええっ!?そうなの!?」
「そうだよ。てか、この世界の生きとし生けるものは生の女神ルミナが創造したと言っても過言じゃない。流石は原初であり最古の神の二柱という事だね」
「二柱…と言う事はヘイルも?」
「そうだよ。始まりがあれば終わりがある。生と死は絶対に切り離せない世界の理であり世界の真理。この世界の全ては始まりと終わり、生と死によって派生し、繁栄し、衰退し、再起を繰り返しているのさ」
胸から下を崩した『黒金の杯』は宙に浮く僕に笑みを向け───
「そういう事だから、今度会う時は死の女神の言葉を一つでもいいから持って来てね」
「…分かった。ありがとう、また来る時はお土産を用意するよ」
感謝の言葉を最後に『黒金の杯』は体を完全に崩し、僕の意識は暗闇から引き揚げられた…。




