試験
本日の投稿はここまでです。
「んー…なるほ…っくしゅんっ!うっくしゅん!」
どうも作業部屋でくしゃみを連発する僕です。
「暖かい紅茶です」
「ん…ありがとう」
時刻は16時…『嵐の谷』から帰って来たもう一人の僕と情報共有を終え、転移の魔法陣の画像を眺めながらユアという人物に思考を回しつつグリムの技術を習得する為の熱対策をしている最中です。
「…部屋の温度は変わってないし、明日はこれで試してみるか…」
氷みたく冷たくなった体を白雪が淹れてくれた紅茶で温め、吐いた息が白くならなくなれば体の震えも自然と収まっていく。
僕が編み出した熱対策はとても簡単で、体の中を循環する魔力を冷たくするというとてもシンプルなもの。
感覚的には冷たい血が全身を駆け巡る感覚だ。
魔法に昇華しない純粋な魔力に変化を付けるのは魔気を習得する為に練習済み…実行するのはとても簡単でもその発想に思い至るまでが難しかった。
【直感】さん様様過ぎる。
ちなみに魔気で同じ事をして指先が凍傷で落ちそうになったけど…そこは白雪に治してもらったし、魔力での冷却が足りない時の奥の手としてカードを増やせたのは上々だ。
「んで…ユアの事だな」
もう一人の僕が撮って来た転移魔法陣の画像をピンチイン、ピンチアウトを繰り返して細部まで観察しながら偶然出会ったユアの事を考える。
遂に見つけた魔導義肢の被験者…僕の手を取ったユアは僕の二つ上の12歳で、十分な栄養が摂れていないからか身長は140㎝程度の僕より少し低かった。
そのユアは今まで使っていた宿を引き払ってそろそろこの場所に来る予定になっている。
魔導義肢の調整は既にしているけど、すぐに動かせるはずが無いからしばらくは魔導義肢の調整に付き合ってもらう必要があるし、その調整が終わって問題が無い事を証明すれば報酬として金貨200枚とユアのお母さんと弟の石化を解く事になっている。
その後は魔導義肢をプレゼントしてもいいし、神聖魔法で腕を生やしてあげてもいい。
冒険者を続けるというのであれば『渡り鳥』みたいにスポンサー契約をしてもいいかな…Dランクで格上のモンスター相手に自衛出来るぐらいだしね。
元パーティーに復讐をしたいって言うのなら…手伝ってあげてもいいかな。
「となれば…そろそろ『渡り鳥』は卒業かな…」
デバイスを閉じ、グローブと一緒に【空間収納】に投げ込んで動きやすい服に着替え『渡り鳥』の訓練風景を覗き見る。
(おー…もう問題なさそうだね)
アルトは欠点だった気力のムラ、戦闘を継続する為の体力が改善されてかなり速く力強い安定した走りで訓練場の周りを走っている。
リウは僕が作った両手斧にまで気力を纏わせ風圧を撒き散らしながら素振りをしているが、体幹がしっかりしたからか全くブレず鋭く重い一撃を丁寧に振り下ろしている。
セーラは両手槍を右に構えて流れる様な動作で槍を振り、すぐに左でも同じ様に流れる動作で槍を扱って左右の拙さは存在しなくなっている。
レーネは無詠唱で火、水、風、土、雷、氷、光の球を空中に浮かべてグニャグニャと様々な形に変えていて、扱える属性の拡張、魔力操作が上手くいっている様だ。
そして『渡り鳥』の中で頭一つ抜けているエインとリリカは全身に気力を纏ってハイレベルな組手を交わしていて、ルナティアに一撃入れたのがまぐれでは無いと納得出来る光景が広がっていた。
(エインとリリカは合格…他の四人がどれだけ成長したか確かめるか)
手を叩いてパンパンと音を鳴らしながら訓練場に入れば皆の視線が僕に集まる。
「えー…十二月から五月、皆さんが僕に鍛えて欲しいとお願いしてからほぼ半年が経ちました。既にエインさんとリリカさんにはそれとなく伝えていましたが、お二人はティアに一撃を届かせて僕が求める基準に達したのでそろそろ冒険者業に戻ってもらいます」
そう言うと一気に皆の雰囲気が緊張する。
「そして今からアルト、リウ、セーラ、レーネの四人には僕と一対一で戦ってもらい、僕に一撃を届かせられるか確かめさせてもらいます。もちろん魔法は常識的な範囲でしか使いませんが…もし、僕に一撃届かせられなかった人が居ればその人を抜きで『嵐の谷』の踏破を目指してもらいます」
エインとリリカは二人で話し合ってたのか僕の話を聞いて頷き合い、組手で占領していた中央を譲ってくれる。
「アリア、ユアが来たら対応してもらっていい?」
「分かりました」
「多分お腹も空いてるしお風呂も入ってなくて汚いからその辺もお願いしていい?」
「分かりました」
「後…傷は全部治していいけど左腕だけは戻さないでね?」
「はい」
白雪にこれから来るであろうユアの対応を任せた僕は黒い手袋を嵌めた手で木製のナイフを弄びながら笑みを浮かべる。
「さて…誰からやりますか?」
「…なら僕からいいかな」
僕の前に最初に立ったのはリウ。
「ちゃんと手を抜かず訓練してたみたいですね?」
「そりゃあね…それに鍛えたから分かる様になったけど、シオンがどれだけ強いか…肌で感じるよ」
そう言うリウも訓練をする前の頼りない雰囲気は無く、鍛え上げられた心身から発せられる存在感の圧が強くなっている。
「別に強者を気取ってる訳じゃないですよ?」
「いや、正直今でも一目見ただけじゃ強そうには思えないよ。だけど…そうやって雰囲気を完全に偽って悟らせない時点で僕より格上なんだなって」
「買い被りですよ。だって僕はテイマーですから」
「…だからより一層強いって感じるんだけどね」
リリカの【空間収納】から木製の両手斧が投げ渡され、リウが手に取るととても様になった構えを取る。
「いい集中力ですね?」
「……」
「…不意打ちの警戒もバッチリ。前回の訓練が効いてますね」
僕を殺す気満々の目つきに僕も殺意を当てればリウの喉がゴクリと動き───
「…エインさん、合図を」
「分かった…試合…開始!」
「「ッ!!」」
エインの掛け声と共に腕が振り下ろされ、僕は地を這う様な低姿勢で接近し、リウは両手斧を背負う様にして瞬発する。
(まずはどう対応するか見させてもらうか)
「…!」
ナイフを持っていない方の手で指を鳴らせば僕の背後に現れた三本の『ファイヤーランス』がリウに襲い掛かるが、リウは左腕に気力を集めて盾にしてそのまま突進する。
(そのまま突っ込む気か?)
「ぐっ…!?」
リウに『ファイヤーランス』が突き刺さり火炎が広がった時、【直感】さんが横に飛べと告げてきた。
(【直感】さんの言う通り…!)
それに従う様に横に大きく飛び退けば数舜まで僕が居た場所に両手斧が回転しながら通っていった。
「っ…当たらないか…!」
(あっぶな…!?)
初手で武器を手放すなんて奇襲を考えていなかった僕の心臓が強く脈打つ…これは相当期待出来そうだ。
「武器を投げるなんて随分思い切ったね!」
左腕に軽い火傷を残したリウの背後に氷の槍、『アイスランス』を浮かばせ挟撃を仕掛けるが、
「っ…っらあ!」
脚に気力を集めて回し蹴りで『アイスランス』を蹴り砕き、僕の振ったナイフの更に内側…僕の手を肩で防ぐ様に潜り込んで───
「っしゃあっ!」
「…!」
気力を集めた右拳を僕の顎目掛けて振り抜き、僕は顔を逸らして間一髪で避けて大きく距離を取る。
「はぁっ…これでも当たらないか…!」
悔しそうに拳を構えて投げた両手斧を拾いに行く隙を伺うリウ。
そんなリウに僕は構えを解いて笑みを浮かべる。
「…合格です」
「え…?」
髪を退けて顎下から目の下まで縦に鈍い痛みを主張してくる頬を見せればリウの表情が徐々に笑みに変わっていく。
「避けたつもりだったんですけど、気力を纏っていたからか掠りましたね」
短い攻防だったけどさっきのアッパーは本当にギリギリの回避だったし合格でいいだろう。
ルナティアも両手斧での攻撃に意識が向き過ぎてって言ってたし、それが改善されて体術も使う様になってるのなら大丈夫なはずだ。
「あ、あんまり実感ないけど…でも当てれたんだよね?」
「ええ、リウはエインさんとリリカさんと一緒に『嵐の谷』の攻略に参加してください」
「…!やった…!!」
体で喜びを体現する様に何度もガッツポーズをするリウから視線を逸らして残りの三人に視線を向ける。
「次は───」
「私」
リウの次に僕の前に立つのはレーネ。
「レーネさんですか。なら同じ魔法使いとして今のレーネさんに合わせますか」
レーネが僕が作った杖をクルリと回して床を小突くと火、水、風、土、雷、氷、光の槍が二本ずつ浮かび上がる。
「無詠唱の七属性並行詠唱…大分腕を上げましたね?」
僕も爪先をコンコンと鳴らして火、水、風、土、雷、氷、闇の槍を二本ずつ背後に浮かばせる。
「…あれだけキツイ訓練をしてようやく扱える属性も増やして無詠唱、並行詠唱まで出来る様になったのに…」
「まぁ、僕はユニコードなんで」
軽いショックを受けつつも気を取り直して杖を僕に向けるレーネ。
「…もう不意打ちは受けないから」
「それを確かめさせてもらいますよ」
ナイフを咥え、クラウチングスタートの体勢を取る僕。
「試合……開始!」
「「ッ!!」」
エインの号令が響いた瞬間、僕とレーネの後ろに浮いていた魔法の槍はお互い打ち消し合う様に僕達の中間で爆ぜる。
(魔法の威力は申し分ないけど…これはどうだ?)
爆ぜた煙幕に紛れて口に咥えていたナイフを投げつけ『シャドウダイブ』でナイフの影に潜む。
「…!ナイフだけ…いない…」
そのナイフは割と様になった棒術によって弾かれるが、ナイフと杖が触れた瞬間にレーネの影の中に移り潜む。
(レーネが僕に一撃当てる事は出来ないだろうけど…これを防げたら合格にしよう)
「…!?どこから…!」
影からレーネに向けて魔法の槍を連続で嗾け、レーネはそれに対応する様に魔法の槍で迎撃し始める。
この光景だけで戦闘中に詠唱をしていた未熟な魔法使いの面影は無く、立派な魔法使いになったのだと分かる。
そしてこれから冒険者を続ける中で後衛の魔法師が絶対に避けては通れない道…奇襲を仕掛ける。
「何時までつづ───」
レーネが新たに生み出された僕の魔法の槍に対応しようとした瞬間、僕はレーネの影から飛び出し背後からナイフを突き───
「ッ!!」
込もうとしたが、下から迫り出した氷の壁が僕のナイフを防ぎ弾き飛ばされた。
「このっ!!」
そしてレーネが追撃として距離を取った僕に魔法の槍を嗾けるが、全身に分厚く魔力を纏って何もせずにレーネの魔法を霧散させた。
「嘘…これでもダメなの…」
100本以上魔法の槍を放った所為で魔力が尽きかけているのか青白い顔で大量の汗を垂らし、悔しそうに奥歯を噛み締めている。
ここまで来れば十分魔法師としては合格だろう。
だけど…レーネの目はまだ死んでいない。
「……」
「クソ…!だったら…!!」
何も言わずただ笑みを浮かべていればレーネは最後の力を振り絞って巨大な火の玉を作り上げ、
「クリムゾン───」
魔法を放つ前に意識を落とし、火の玉も霧散した。
「魔力欠乏を恐れず全力を出しましたか。前じゃ考えられ無いですね」
「…シオン君、レーネは…」
リリカが悲痛な面持ちで語りかける所為で皆の雰囲気も暗くなるが、僕は笑みを浮かべて指で輪っかを作る。
「合格です」
「え…?」
「元々僕の奇襲を防いだ時点で合格にしようと考えてました。なのにその後も油断せず追撃して、力の差を見せても折れずに最後の力を振り絞ろうとしてたので何処までやるのか試しただけです。今までの慎重で考え過ぎて何もしないという欠点も改善されてますし、気が付いたら合格と伝えておいてください」
その言葉で一転、皆は笑みを浮かべて胸を撫で下ろしまた一人僕の前に立つ。
「次は俺だ」
「アルトですか、分かりました。では───」
レーネに弾かれた木製のナイフを拾うとするが、アルトはセーラから託された魔剣を抜いて切っ先を僕に向ける。
「シオン、それじゃなくて本物を使ってくれ」
「本物…いいんですか?どんな事になっても治すつもりではいますけど、相当痛いですよ?」
「痛いからって今更ビビるかよ。自分が手も足も出なかったシオン相手に何処まで出来るのか確かめてぇんだ」
「…そうですか。なら僕も真剣を使いますね」
【空間収納】からナイフではなく黒鞘の刀を取り出し居合の構えを取る。
「それ…王都のギルマスの『双迅龍』と同じ武器…刀だっけか?」
「ええ。まぁ、ジゼルさん程扱える訳じゃありませんけど」
正眼に構え魔剣に炎を灯すアルト。
「二人共準備はいい?」
「「……」」
「それじゃあ…試合開始!」
「ッ!!」
エインの声でアルトは炎を棚引かせて真っ直ぐに突っ込み、僕は更に深く腰を下ろし親指で鞘から刀を浅く抜く。
「行くぞシオン!」
「……」
気合の咆哮を上げて気力によって強化された脚で一歩、また一歩と近づいて来るアルトに殺気を孕んだ冷たい視線を返した僕は、
「はあっ!!」
「ッ!!」
間合いに入ったアルトの振り下ろした魔剣を打ち据えて弾き、そのまま首を浅く斬り付け様としたが、
(っ!?受けれない…!)
「うおらッ!!!」
振り下ろされた魔剣は抜刀した刀が当たっても揺るがず、そのまま筋力で押さえつけられ堪らず後方に飛び退く。
「逃がさねえ!!」
「っ!?」
だが、僕の足が床から離れたタイミングで魔剣の炎が鋭く伸びて僕に襲い掛かる。
(『空爪駆』なら簡単に避けれるけどっ…!)
普通ならここで終わり…だけど僕は刀を床に突き刺し、刀を支点にして飛び退く軌道を90度変えて躱す。
「っ…マジかよ…あれを避けんのかよ…」
「…正直ヒヤッとしました」
右手を見れば硬い物を棒で殴った時の様な強烈な痺れで震えていて、このまま打ち合えば刀が握れなくなると容易に想像出来る。
ここからは剣を交えず躱す必要があるが…炎の魔剣がとても厄介だ。
紙一重で避けても炎で焼かれるし、刀からナイフに持ち替えてもリーチの差がキツイ。
本当に僕は真正面からの戦闘に弱い…でも…
「…?もう刀は使わないのか?」
「ええ、居合ぐらいしか技が無いですし、刀で受け続ければへし折れますしね。受け流すとかの高等技術も持ち合わせて無いのでここからは僕も力で対抗します」
鋼鉄魔法で僕の身長の二倍はある両手斧を作り出し、全身で持ち上げる様に担ぐ。
「なかなかすげぇ迫力だな…」
「見掛け倒しじゃ無い事を証明しますよ」
頭からダイブする様に両手斧を担いでアルトに急接近し、
「受け止めるつもりなら歯を食いしばった方が良いですよ?」
体を軸に両手斧に筋力、速度、遠心力、重量を乗せた回転の一撃を振り抜いた。
「っ!?ぐあっ!?」
アルトは僕の渾身の一撃を剣を盾にして受けた所為で床を何度も何度も跳ねながら吹き飛び、床を跳ねる度にくごもった声を漏らした。
「まだまだ行きますよ?」
「っ!?うっ!?」
立ち上がろうとしたアルトに向かって跳躍し、縦回転を加えて両手斧を振り下ろせば間一髪で避けたアルトが風圧でまたもゴロゴロと転がっていく。
「反撃しないんですか?」
「ぐっ…!?」
斧を一振りすれば面白い様にアルトは転がり、反撃しようと魔剣を構えれば弾かれ、回避しようとすれば風圧でよろけてしまう。
「これじゃあ、アルトは不合格ですかね」
「っ…」
無慈悲に、冷酷に、淡々と両手斧を振るい続けていればアルトの気力が徐々に高まり、
「ふざけんな…!」
僕の渾身の一撃をまた剣で防ぐが今度は吹き飛ばず、更に気力で強化された脚で踏ん張り、更に強化された両腕で僕の両手斧を弾く。
「まだ終われねぇ!!!」
簡単に言ってしまえばアルトは激情型…気持ちが昂れば昂る程気力が溢れ強固なものになって鍛え上げた肉体の潜在能力が引き出されていく。
今では開始前の二倍…いや、三倍にも気力が膨れ上がり、僕の両手斧と互角に打ち合える程の膂力が引き出されている。
こうなってしまえばここまで一度も気力を纏っていない僕の体では真っ向からの力勝負に勝てる訳も無く───
「っらあああああああ!!!」
「…!」
剣と両手斧による重苦しい鬩ぎ合いは僕の両手斧が断ち切られ、腕に浅い傷を作り終了した。
「はぁっ…!はあっ…!」
「…ふぅ、問題無いですね。アルトも合格です」
「…っ!っしゃああああああああ!!!!」
今まで溜まっていたものがこみ上げて来たのか感情のままに咆哮するアルト。
さて、最後は…
「真打登場ですかね?セーラさん」
「……」
無言で木製の両手槍を構え僕に対峙するセーラ。
「…余計な言葉は必要ないですね」
【空間収納】から木製のナイフを取り出し薄い殺意を漂わせる僕。
「…ふぅっ…頑張ってねセーラ」
「……」
エインの言葉に無言で頷き───
「試合…開始!!」
「「ッ!!!」」
号令が響いた瞬間、僕達の中間ではなく僕に近い距離で槍とナイフが交わり、目で追うのが精いっぱいな速度で打ち合いが始まる。
(っ…もう真正面の力比べじゃ勝てないな…!)
僕の防御を掻い潜って伸びてくる槍の穂先をギリギリで躱し、距離をとっても気力で強化された脚によってたった数歩で追い詰められてしまう。
「…ッ!!」
(やばっ───)
そして連戦の疲労か、アルトとの試合が思ったより体力を使っていたのか…いや、そんな負け惜しみじゃなく、セーラの洗練された猛攻を捌き切れず喉元に穂先を突き付けられ僕は呆気なく敗北した。
「…ふぅ、どうです?双剣より槍は馴染みますか?」
「……ムカつくぐらい馴染むししっくりくる。きっと双剣じゃシオンの喉元に切っ先を突き付けられなかった…そう思うぐらいには」
「そうですか。合格ですし、これからは両手槍でも双剣でも自由に使っていいんですよ?」
「…シオンは本気どころか気力すら使ってないのにそれではいそうですかって双剣を使うと思ってるの?」
「さぁ…?そこはセーラさんが自分の意思で決めてください」
「…ふん」
忌々しそうに鼻を鳴らして僕から離れて行くセーラ…これで『渡り鳥』の皆を鍛え養うのは終わりだ。
…本当に、ほんっとうに長かった。
「では…専属採集者出資支援契約書で契約を結んだ『渡り鳥』の皆さん」
僕がそう声を掛けると全員の合格を喜びあっていた皆の視線が向き、緩んだ空気が一気に引き締まる。
「実力の伴った今、スポンサーとしてもう一度『嵐の谷』の踏破を命令します。何か質問があれば答えますが」
するとエインの手が勢いよく上がる。
「はい!期限はありますか!」
「いえ、ペースは任せますが…まぁ、ずっと待たされるのもあれなので半年以内に踏破してください。これぐらいの期間があれば余裕を持って攻略出来ますよね?」
「んー…半年なら失敗したとしても何回かアタック出来るし問題無いかな?じゃあ、何か採取して来て欲しい物とかの指定はあるの?」
「特定の物は無いですけど、攻略中に見つけた採取物を一通り持って来てください」
「それはドロップも?」
「そうですね。数が多い物に関しては数個頂いて他は売ってもらってもいいです」
「マジックアイテムとか見つけたらどうする?」
「自身で使えそうな物はそのままパーティーの所有物にしてもらって構いません。使わない物があるなら受け取ります」
「階層主の討伐証明は?」
「それもパーティーの所有物にしてもらっていいです。ランクを上げるのに必要でしょうしね」
「ふむふむ…後は───」
それからエインの入念な確認に答えを返し、『嵐の谷』に挑む日取りを決めたりこの家から出ていく準備をすると言うので僕もお別れ会を開く為にキッチンに向かう…。
■
Side.ユア
「こ…ここ…?」
突然僕の前に現れた子供に言われて訪れた家…その家はとても豪華で綺麗でこんな格好で行ってもいいのか戸惑ってしまう。
というか…あの子供は何だったんだろう…?
僕の希望になるとか、運命の分岐路とか、協力したら金貨200枚とお母さんと弟の石化を治すとか言ってたけど…やっぱり貴族…?
あの時は色々訳分からなくて好待遇に飛びついちゃったけど本当によかったのかな…?
「ど…どうしよう…いいのかな…?」
そのまま敷地に入っていいのか悩んでいると、家から真っ白な髪に赤い瞳をした美人なメイドさんが現れた。
「…もしかしてユア…さんですか?」
「っ…は、はい…」
「何か証明できる物はありますか?」
「え、えっと…ギルドカードが…」
「見せて頂いても?」
「はい…」
ギルドカードをメイドさんに渡せば僕がユアだと証明出来たのかギルドカードを返してくれる。
メイドが居るって言う事はやっぱり貴族なのか…?
「シオン様から話は聞いてます。どうぞこちらに」
「は、はぁ…」
あの子供はシオンって名前なのか…それすらも聞かないで話を受けるなんて僕も相当追い詰められてたみたい…。
そんなメイドさんに案内されるまま家の中に入れば深呼吸したくなる程の良い匂いがしていて、家の中なのに靴まで脱ぐなんて…こんな汚い格好なのにいいのかと思いながらメイドさんについて行くと、
「まずは傷を治します。防具と服を脱がしますね」
「えっ…」
連れていかれたのは木で出来た大きなお風呂がある場所で、いきなりの事で戸惑っていると僕の防具が掴まれた。
「ちょ、ちょっと…!?」
「シオン様から指示されていますので。それにその左腕では上手く脱げないのでは?」
「い、いや…自分で出来るので…」
「そうですか、なら早く脱いでください」
「は、はい…」
いきなり初対面で服を脱ぐのはあれだけど…ずっと汚いままで家を汚す訳にはいかないし……
「ぬ、脱ぎました…」
「そのままジッとしていてください」
「は、はい…」
渋々脱げばメイドさんは僕の貧相な体をじっくりと見つめて顔に右手を翳し、メイドさんの右手が白く光ると僕の体が熱くなって今まで感じていた全身の怠さや痛みが無くなっていく。
「っ…!?な、なお───」
「次はお風呂です。左腕が無ければ難しいでしょうから洗わせてもらいます」
「えっ、ちょ!?」
メイドさんに抱えられ風呂場に連れていかれる僕。
ちょっ…このメイドさんあり得ないぐらい力が強い…!全然抜け出せない…!!
………
……
…
「あ…あの…」
「何でしょうか?」
「こんな上等な服…いいんですか?」
「はい」
強制的にお風呂で洗われ着せられた服は上等な布が使われている長袖の黒いシャツと赤と黒の短めのスカート…スカートなんて故郷でも着た事無かったけど、これは少し恥ずかしい…凄いスースーする…。
「…ユア…さんの髪はご自分で?」
…さっきからメイドさんが僕の名前を呼ぶ時に変な間が開くのは何でだろう…?言い慣れないとか?
「ユアでいいです…髪はナイフで切ったりしてました…」
「そうですか。では私が整えても?」
「え?」
「かなり変なので」
「あ、はい…」
それにこの遠慮なく言ってきたり、問答無用で何かをしようと強引だったり…何だか人間味がないというか…なんかよく分からない人だ。
「…ではこちらに」
「は、はぁ」
床に敷いた紙の上に椅子を置き、その上に座れば首元にタオルと布を撒いてシャキシャキと心地良い音と、紙の上に切られた髪が落ちるパサパサという音が響く。
「…あの」
「はい、何でしょうか?」
「えっと…あなたは何と呼べば…?」
「アリアと呼んでもらえれば」
「アリアさん…もう一ついいですか?」
「何でしょう?」
「その…シオン様…?はどういう人なんですか…?」
「私の主です」
「…それは分かってるんですけど…どういう事をしてる人とか…」
「どういう事…何でも屋『猫の手』の店主でしょうか」
「何でも屋…?それはどういうお店なんですか?」
「何でも屋は何でも屋です。依頼されれば何でもします」
「は、はぁ…」
依頼されれば何でもする…?それってかなり危ないんじゃ…?だって、誰かに殺しの依頼とかされたら殺しもするんじゃ…?
「…こんな感じでどうでしょうか」
僕がそんな事を考えているとメイドさん、アリアさんが一切汚れていない綺麗な鏡を僕の前に翳した。
「…えっ!?これが僕!?」
グチャグチャで顔色も凄く悪く、傷だらけだった顔がとても綺麗になっていて…
「ん、髪まで切ってあげたんだ?」
「はい、かなり変だったので」
「あはは…アリア、対応ありがとうね?」
「はい」
部屋に入って来た僕の希望が僕の顔を見て目を見開いた。
「えっ…ユアって女の子だったの?」
「え、あ…うん…」
「ふむ…」
僕が女だと知ると僕の希望は少し気まずそうな表情を浮かべ、僕の前に椅子を置いて座る。
「んー…マジかぁ…そうだなぁ…女の子だと少し恥ずかしい思いをするかも知れないけど…」
「恥ずかしい思い…」
まさか僕の体目当て…?いやいや、こんな貧相な体を求める理由が分からない…。
「んや、別に君の体を性的に求めている訳じゃ無いんだ。どちらかというと…左腕を失った君を求めていると言った方がいいかな?」
左腕を失った僕を求めてる…?益々意味が分からない…。
「本当は色々詳細を話してお互い納得した上で協力を持ち掛けたいんだけど…詳細を話すには絶対に秘密を守る人じゃないと言えないんだ。その点、色々やりたい事があってもどん底に居て、そこから何が何でも這い出そうとする君なら報酬に釣られて秘密を守ってくれるんじゃないかなって思って君に話を持ち掛けた。だからそこに男だから、女だからという意図は介在しないから安心してくれていいよ」
「…何か危なかったり犯罪だったり…」
「いや、危なくないし犯罪でもない。逆に胸を張って誇れる偉業になるし、君と同じく四肢を失って絶望している人達に希望を与えられるかも知れない。君が協力してくれればね?」
僕の協力があれば偉業になる…?希望を与えられるかも知れない…?この話はそんな大事になる可能性があるの…?
「ちゃんと約束を守ってくれるなら金貨200枚を支払って家族が王都で暮らせる様にするし、君のお母さんと弟に掛かっている石化も解いてあげる。何なら君が冒険者を続けたいというならそのサポートをしてあげるし、君を捨てた元のパーティーに復讐したいというなら手伝ってあげる。…僕にとって君にはそれだけの価値があるんだ」
そう言う僕の希望の表情はとても真剣で───
「僕はこの計画の為に努力を続けてきた。だけどこの計画を完成させるには絶対に誰かの手を借りないといけない。そうやって協力者を探していた時に君と出会い、君の話を聞いて君なら協力者にしてもいいと思えた。でももし、君がここまで聞いて僕を信じ切れない、自分の体を託せないというのなら全然断ってくれていい…ここまで聞いたから殺すって事もしないし、もう一度新しい協力者を探すだけだからね」
「……」
「でも出来るのなら…僕は君に…家族の為に頑張れるユアに協力して欲しいと思ってる。僕の協力者になってくれないかな?」
僕はもう一度差し伸べられた手を、僕の希望に手を伸ばしていた…。




