運命の分岐路
本日の投稿はここまでです。
「…ん…?」
どうもベッドで目を覚ました僕です。
「起きましたか?マスター」
「え、ああ…うん…起きたけど…あれ…?」
「…?」
首を傾げれば傍に居た白雪も首を傾げる…可愛い奴め。
…確か僕はリオさんの鍛冶の技術、神匠グリムの鍛冶を見させてもらってて、リオさんの両腕に神印が浮かび上がって髪が黒から赤に変わって…気を失ったのか?
「僕ってリオさんの鍛冶の見学をしてたんだよね…?」
「はい。でも、鼻血を出しながら熱で気を失ってリオ・グラムの胸に巻いた包帯を血で染めながら抱えられて鍛冶場から出てきました」
そ、そんな事になってたのか…無理言って見学させてもらったのに足を引っ張っちゃったな…。
「そっか…ちなみに気を失ってどれくらい経った?」
「一時間程です」
「また何日も寝て無くてよかった…リオさんは何処に?」
「お風呂に」
「なら上がったら謝るか…」
それにしてもあの熱気は凄まじかった…息を吸うだけで喉が焼ける様で、そんな熱せられた空気を吸い込むから肺が熱を持って体の芯に熱が溜まり、更に汗が蒸発して全身が渇き皮膚がジリジリと焼かれていく感覚…僕が魔気で生み出した炎でマンティコアの爪とかを溶かした時の五倍以上の苦痛だった。
リオさんの忠告通り魔法陣で対策した服を着ていなければ今頃僕の体はレアを通り越してウェルダン、もしくはミイラ化していたかも知れない。
「甘く見たつもりは一切無いけど、僕の想像以上だった…どうにか対策しないと見学すら満足に出来ないぞ…」
リオさんは作業中に素材以外の一切の液体を持ち込み、生み出すなと言っていた。
それは常軌を逸した高温の物質が水に触れて水蒸気爆発が起きるからだろうけど…だったら氷魔法と風魔法を合わせた温度調節の魔法を生み出せば何とかなるか…?
いや、もしかしたら鍛冶場内の温度を少しでも変えたらマズいかも知れないし…リオさんに相談してそれが無理なら諦める…
「諦めたくないな…となれば慣れるしかないか…」
神の眷属だとしても体は人間だという事を再認識した僕は全く不快感の無い体を確かめる。
「それにしても白雪も魔法が上手くなったね?いい匂いもするし何処も濡れて無いし」
「ありがとうございます」
最初はビチャビチャだったし全裸でベッドに放り込まれてたのに…今では僕と同じレベルで体も服も綺麗に出来てる。
成長早いなぁ…。
「…はぁ~…次の見学の為に一応魔法陣を開発しとくか…」
次の見学の為に少しでも出来る事を…そう思って机に向かった時、ふと思い出した事がある。
「そう言えば『嵐の谷』の転移魔法陣…デバイスをもらった今なら【思考加速】をしても一瞬しか見えなかった魔法陣の写真を撮って解析出来るのでは…?」
そう思って【生死の輪舞】でもう一人の僕を生み出し、操作する為のグローブとデバイスを渡せば問題なく僕だと認識して操作が出来る。
「ふむ…機械ですら僕達を同一の僕だって認識するんだね?」
『だね。だったら僕の姿を別人に変えれば───』
そんな事を言いながらもう一人の僕が適当に別人になって触れば本人確認が取れず操作出来なかった。
『やっぱり完全な別人として認識されるね』
「だよねー…なのに疑われるなんて…って、ここで愚痴っても仕方ないか」
『まぁね?』
お互い苦笑を浮かべるとデバイスのホログラムの向こう側に興味深そうに首を傾げている白雪が透けて見える。
「…マスター、これは何ですか?」
「ああ、これはデバイスって言ってね…そこでジッとしててね?」
「はい」
デバイスに興味を持った白雪をパシャリと撮って見せてあげれば目を丸くする。
「これは凄いですね」
「でしょ?今度は白雪もココロの所に連れてってあげるからその時白雪の分も貰えるか聞いてみるよ」
「ありがとうございます」
そのまま撮った写真をチャットでココロに“僕の家族の白雪だよ”と送り付ければすぐに返信が返って来る。
ココロ:あまり似ていないが、白雪という名前は日本の響きに似ている…シオンと同じ迷い人なのか?
「あー…白雪、一回白蛇の姿に戻ってもう一回人の姿になってくれる?」
「分かりました」
論より証拠…説明するより動画で見せた方が良いと思った僕は動画を撮り、その動画と一緒に魔獣である事を説明して送り付ける。
ココロ:何!?蛇が人になるなんてあり得るのか!?
シオン:外の世界は不思議でいっぱいだよ~?今度白雪も連れてそっちに行くからね?
ココロ:あ、ああ…分かった…
「…こんな感じで離れた人ともやり取り出来るんだよ?」
「凄いですね…」
「じゃあ、後はお願いしていい?ついでにその体で何処まで戦えるかも確かめておいて」
『おっけー、んじゃ行って来るよ』
一連のやり取りを終えてデバイスとグローブを渡せばもう一人の僕は寝室の窓から飛び出て『嵐の谷』へ向かう。
「さてと、もう一人の僕が帰って来るまで熱に耐えられる魔法陣の開発でもしてようかな」
そして白雪にお茶を淹れてもらいながら新しい魔法陣を開発していると無遠慮に寝室の扉が開かれる。
「ん?もう意識戻ってたのか。意外と頑丈じゃねえの」
「あ、リオさん…」
昨日通りのタンクトップにショートパンツ姿のリオさんが濡れた黒髪をタオルで拭きながら現れた。
「…あ?あんだけ呼ぶんじゃねぇって言っても師匠って呼び続けてたのに何だ?」
「…甘く見てた訳じゃないんですけど…対策が足りなくてぶっ倒れて作業の邪魔をしちゃってごめんなさい…」
素直に謝れば一歩引いて顔を歪ませるリオさん。
「…んだよ、しおらしくなりやがって気持ち悪ぃな」
「そこまで引くのは酷くないです…?」
「ハッ…まぁ、最初にしちゃよく我慢した方じゃねーの?」
そう言いながらまたも遠慮なしに僕のベッドに腰を下ろすが…何か優しいな…?
もっとこう、“こんなんも耐えらんねぇなら弟子何て百年早ぇよガキ”ぐらい言われると思ったんだけど…。
「…で?なんか聞きてぇ事はあったか?」
「え、あ…えっと…」
「んだよ、あんだけ見てたくせに何もねえってか?」
「いや、そうじゃないんですけど…弟子なんざ百年早ぇよぐらい言われるかと…」
「やる気は本物みてぇだからな、しばらくは見学させてやる。…んで?質問はそれだけでいいか?」
お、おお…少しは認められたって事か…鼻血出るぐらい我慢した甲斐があったな…。
「…じゃあもう少しだけ。素材を全部溶かしてもう一度固めて一つの合金にする為に砂で消化し温度を下げましたよね?あの状態で氷魔法の冷気を当てて急速に冷やすのはダメなんですか?」
「ダメだな。早く冷まし過ぎるとムラが出来て完全に一つにならねぇってのと、次の鍛錬の時に焼き入れすんだが、そん時に合金が脆くなって崩れたり素材の効果が無くなったりって感じで使い物にならなくなんだ。だから砂をぶっかけてゆっくり時間を掛けて温度を下げて一つの物体になる様に馴染ませんだよ。後、魔法でどうにかすんのも止めた方がいいな。素材によっちゃ魔力を吸って性質が変わっちまって仕上がりが変わる事があっからな」
例えるならブラックコーヒーに牛乳を入れてカフェオレを作りたいけど、入れた直後は完全に混ざらないから時間をおいてカフェオレにするって感じか。
で、魔法は砂糖みたいなものでカフェオレ自体の味を変える…みたいな?
「そうなんですね。なら冷気繋がりで聞くんですが、対策の時に僕の周りを冷気で冷やすのはどうですか?もし鍛冶場の温度も重要ならマズいと思ってさっきは我慢したんですけど…」
「ダメだな。炎の温度が変わっちまう」
やっぱり駄目かぁ…となると環境耐性みたいに周囲に冷気を漂わせる事は出来ないか。
「だから言ったろ?人間じゃグリムの技術は学べねぇ。それは手先が器用か技術が覚えられるかの問題もあるが、前提として熱に対して耐性がねえから、種族が違えからだ。生まればかりはどうしようもねえだろ?」
「そうですね…一応【耐暑】の才能はあるんですけど、魔法陣で耐火、耐熱、環境耐性を重ね掛けしても貫通しましたし…てか、リオさんも人間ですよね?どうして耐えられるんですか?」
そう言うとリオさんは溜息を吐き、胡坐を掻いた膝に頬杖を突いて呆れた様に言う。
「はぁ…ウチは人間じゃなくてハーフドワーフだ。それに必要なのは魔法陣や付与を施した防具じゃなくて【耐火】と【耐熱】の肉体の才能だ。【耐暑】は自然環境に対する耐性で、純粋な炎による人工的な熱への耐性を得るのは【耐火】と【耐熱】。生まれたばかりの赤ん坊に全身鎧を着せても中身が守れない様に、ガワだけ耐性を付けたって中身が貧弱じゃ貫通した熱が蓄積してくに決まってんだろ。ドワーフは種族的にそんな才能が無くても耐えられるっつー事だ」
「な、なるほど…」
リオさんの的確な例えにぐうの音も出なくなり苦笑するしかない。
ハーフドワーフなのはビックリだけど…だったら白雪に火魔法をぶっ放してもらって【耐火】と【耐熱】の才能を得るまで修行するしかないか?
…あれ?種族的にって事は【生死の輪舞】で僕の種族をドワーフにすればいいのでは…?
てか、もう一人の僕は【混沌】の権能で作られた体で純粋な肉体じゃないから環境を無効化するんだし、もう一人の僕にやってもらえばいいのでは…?
これはちょっと要検証だな。
「で?もう質問は終わりか?」
「そうですね…」
後聞きたい事は二つある…けど、これは聞いていい事なのだろうか?
そんな事をグルグル考えて時間を使っていると、リオさんはもう一度大きな溜息を吐いてまだ濡れたままの髪で僕のベッドに寝っ転がる。
「髪と両腕の事が聞きたいんじゃねーのか?」
「…いやー…そういうプライベート的な事を聞いてもいいのかなと…」
「余計な気遣いしてんじゃねぇ、気持ちわりぃ」
「あはは…」
「…自分語りが長くなっけどそれでも聞くか?」
「聞かせてもらえるなら是非聞きますよ」
苦笑して流しているとリオさんが僕に背を向けゆっくりと語り始める。
「まぁ…なんつーかよ、あの赤髪は元々の髪色なんだわ」
「そうなんですか?」
「ああ。まだ鍛冶が楽しくて楽しくて仕方なくて、至高の一振りを追い求め続けてた頃の髪色だ。どれだけ師匠に怒鳴られて頭に鉄みてぇに硬え拳が降って来ても、どれだけ炎の熱で意識を飛ばしたとしても師匠に並びてぇ、師匠を超えてぇって一心不乱に武器を鍛え続けてたんだが…ある時、事件が起きた」
「事件…?」
「簡単に言うと他の弟子、兄弟子だった奴等の僻みだ。ドワーフの鍛冶職人っつーのは自身の技術、作品の良し悪しで格が決まるんだけどよ、それは純粋なドワーフで男だった場合だ。ウチみたいに半分人間の血が入ったハーフドワーフは物作りの分野においては目の敵にされるし、ドワーフ自体が屈強な男は鍛冶、力が無くて手先が器用な女は細工みたいに自然と分かれっから女のウチが鍛冶をすんのは神聖な工房を荒らす何かに見えてたんだろうよ」
「典型的な男尊女卑ってやつですか。僕は男より凄い女の人とばっかり知り合いなんでそんなの一切無いですけど」
「んだな。だけど師匠は男だとか女だとか関係なく、本当に学ぶ気があるなら女でも子供でも教えてくれる変わった人だった。…まぁ、その分容赦とかは一切無くてマジで死にかけた事もあったが…そのお陰でウチは何十年も弟子をやってる兄弟子だった奴等を五年とか十年ぐらいで抜いて一番弟子になって、遂にグリムの名を継ぐ後継者としてグリムの神髄と言われる魔剣作りの技術を継承する所まで来たんだ。…だが…」
そこまで言うと【空間収納】からドワーフの命雫を取り出し、一口飲みながら忌々し気な声色で続ける。
「ウチに魔剣の作り方を教える為に師匠が魔剣の素材集めで工房を留守にした時、ウチはいつも通り鍛錬の為に炉に火を入れて炎を育てようとしたんだが、突然その炉が爆発して火災事故が起きた」
「え…?」
「どうしてもウチがグリムの後継者になるのが気に食わなかったカス共がウチの炉に細工してたんだよ。純粋なドワーフからすりゃお遊び程度の火力だったかも知れねぇが、ハーフドワーフのウチからしたら十分致命的な火力でな、両腕が吹き飛んで全身に回復魔法が意味を成さないレベルの火傷を負ったんだ。あり得ねぇだろ?」
「あり得ないですね…」
「んで…証拠隠滅の為か工房にも油を撒いてたみたいで火が回っちまって、目の敵にされてたウチは当然助けられない…辛うじてあった意識でこのまま死ぬんだなって思ったら…奇跡が起きた」
火傷跡のある左腕を見せる様に天井に伸ばせば神印が浮かび上がる。
「なんか一瞬真っ白な光っつーか、真っ白な空間に居た様な気がして…次に意識がハッキリした時はまだ工房の中で炎に包まれてたんだが、炎に包まれているのに全く熱くねぇ。黒焦げになった全身も元通り。吹き飛んだ両腕も今までの研鑽の痕を残したままそのまま生えた。マジで意味が分からなかったぜ」
真っ白な光、真っ白な空間…それに両腕に神印が刻まれているなら神域に行ったって事か?
「んで、そっからはウチを始末したと思い込んでたカス共が何故か生きてるウチの口封じの為に暗殺者っぽいのを送り込んできたが、自分で作った武器もまともに扱えないのはあり得ないっつー師匠の方針で武芸も仕込まれてたから返り討ちにして…師匠が帰って来た時、カス共は未熟だからこんな事故を起こしただ何だと師匠に抗議したが、ウチ以外は全員破門になったんだわ」
「…それでめでたしめでたし、って訳じゃないんですよね?」
「まぁな。…工房の再建とかカス共の処分に時間が掛ったけど、ようやく師匠から魔剣の作り方を教わるって時…最初は奇跡だと思ったこの神印がウチにとって呪いになった」
「呪いですか…?」
「…両腕が吹っ飛んだ時から妙な違和感があったんだ。なんつーかやけに鍛冶の事が理解出来るっつーか…師匠の作業に対しても生意気にももう少しこうした方が良いっつー改善点まで頭ん中に思い浮かんで…そんな違和感を感じたまま次はお前がやれっつうから向き合った時、突然ウチの両腕が光り始めたんだ。師匠も驚いてたけどいいからそのまま続けろって言うから続けたんだが、初めての魔剣なのに師匠よりも完璧な魔剣を打っちまった…打てちまったんだ。師匠に並んで師匠を超えるつもりが簡単に追い抜かしちまった…」
なるほど…それで呪いか。
今までの努力が報われたと言えば聞こえはいいが、明らかに初めて知る歴史によって積み上げられた技術を一瞬で理解した上に改善点まで見つけ、更にそれ以上の作品を何の苦も無く作り上げてしまった…今までの努力や歴史を否定する様な現実がそこにあったわけだ。
何度も失敗を繰り返して最高傑作を生み出そうとする物作りからしたら最高の力であり最悪な力になったって事ね…。
「その時点で師匠はウチにグリムの名を受け継いで引退した…もうお前に教える事は無い、お前は俺を超えたっつってな。…本当はもっと師匠として色々教えて欲しいって言いたかったが…もう知識でも技術でも抜いちまった師匠にワザと馬鹿のフリして教えを乞うのは違ぇだろ?」
「…そうですね」
「確かにこの力のお陰でウチは生きてるし、感謝はしてる。だけどよ…こんなぽっと出の訳分かんねぇ力の所為でウチの生き甲斐だった鍛冶はどれだけ力を抜いて適当にやっても最高傑作が出来ちまうつまらなくてくだらねぇ物に成り下がっちまった。生きてても生き甲斐を失ったウチは絶望して…気付いたら熱を失った鉄みてーに髪の色が黒くなってたっつー訳だ」
リオさんの努力の結晶は神印が刻まれた事で鍛冶が権能に成った、成ってしまったのか。
そりゃ挑戦する事が生き甲斐だった鍛冶が手を抜いても師匠を超える傑作が出来る様になったら人生つまらないんだろうけど…
「でも、髪が赤くなってたって事は…」
「……ハッ、質問に答えんのはもう終わりだ。ウチは寝る」
「い、一応ここ僕の寝室なんですけどね?」
「……」
照れ隠しなのかワザとらしくいびきを掻くリオさん。
「…作業部屋に移動しようか、アリア」
「はい、マスター」
リオさんの思い掛けない過去を聞いた以上、【生死の輪舞】でズルするんじゃなく僕の肉体で僕が蓄えた魔法陣知識、魔法知識を総動員して人間じゃ習得出来ないグリムの技術を身に付けたい。
「人の数だけ歴史がある…って感じだねぇ」
僕はそんな事を考えながら作業部屋で熱に対する対策を模索し始める…。
■
Side.もう一人の僕
「んー…移動に『空爪駆』使い過ぎて移動が億劫だなぁ…」
どうも鋼鉄魔法のなんちゃってローラーブレードで移動してる僕です。
もう一人の僕が熱対策をし、僕が『嵐の谷』にあった転移魔法陣の写真を撮るという事でダンジョンに向かっているのですが、
(てか、この体なら熱とか関係ないんじゃね?)
天啓の様に閃いてしまいました。
(…いや、もう一人の僕が僕である以上この考えに至っている可能性は高いか…)
正に自問自答…もしかしたら僕の事だしリオさんと仲良くなってより一層生身で何とかする事を選ぶだろうし、この思考に意味は無いのかも知れない。
だったらそれ以外の事、折角外に出ているんだから魔導義肢の実験に付き合ってくれる人を探すべきだろう。
(と言ってもなぁ…機密を守ってもらう必要があるし、僕の指示に一切反しない使い潰せる魂が黒い犯罪奴隷が一番都合いいけど…出来るなら困ってる白い魂の人で試したいよなぁ)
ゴロゴロと車輪を鳴らしながら街を眺めてもそんな人が居る訳も無く、後もう少しで魔導義肢が完成するもどかしさにモヤモヤしながらも『嵐の谷』に向かっていると───
「うぐっ!?…待ってください…!僕はまだ───」
「もうお前はクビだ」
建物からボロボロの外套を纏った少年が転がり、笑い声が響く建物から青と白を基調とした鎧を纏った金髪の男が現れた。
「そ、そんな…!皆さんの冒険の準備だって僕がしてたじゃないですか!」
「それだけでパーティーの一員になったつもりか?」
「で、でも…皆さんの荷物だって僕が【空間収納】に入れられるお陰で───」
「お前の代わりに入れたカムラは【空間収納】と【鑑定】、更に四属性も魔法が使える。【空間収納】しか取り柄の無いお前がカムラに勝っているものなんて無いんだ」
「で、でも…!」
「お前が足を引っ張った所為で俺達はAランクに上がれなかったのは事実だろ?」
「っ!?あれは───」
「分かったらこれを持って二度と俺達に関わるな。もうお前の居場所はここにはない」
「ぐっ!?」
ジャラジャラと音がする革袋が少年の顔面にぶつかると大量の銅貨が地面に散らばり、閉まった扉越しから少年を嘲る様な不快な笑いと会話が聞こえてくる。
「何で…どうして…僕は守っただけなのに…僕が守らなかったら…」
そんな少年は周囲の視線に晒されながらも地面に蹲り涙を零し始めるが…何だか面倒な物を見ちゃったなぁ。
これって物語でよくあるパーティー追放系でしょ…?絶対に関わったら面倒な事に巻き込まれるだろうし───
「…くそっ…!」
そう言って少年が立ち上がろうとした時、僕はその少年の外套の中を見て反射的に手を伸ばした。
「なんか揉めてたね?大丈夫?」
「……はい、大丈夫です…」
「そっか」
目元を拭って僕の手を取らず立ち上がる少年。
「拾うの手伝ってあげるよ」
「…ありがとうございます」
革袋から飛び散った銅貨を拾いながらもう一度少年の外套の中を覗き見るが、やっぱり“左腕が無い”。
左腕に巻いた血の滲んだ包帯とさっきの話を繋げれば何らかの依頼で元のパーティーメンバーを庇って失ったのかな?
「はい、これで全部だけど…銅貨しか渡さないとかケチだね?」
「……渡してもらえるだけ…マシです…」
渡してもらえるだけマシねぇ…?相当冷遇されてたのかな?
「手伝ってくれてありがとうございます…それでは…」
そう言って脚も怪我をしているのか脚を引き摺りながら少年はこの場から去ろうとするが…このチャンスを逃すわけにはいかないな。
「ちょっと待って君」
「…何ですか…?」
「今、パーティーを追放されて暇になった所でしょ?ちょっとお話しない?」
「…嫌味ですか?」
「嫌味に聞こえるのは今の君の気持ちが沈んでるからだよ。それに脚も怪我してて左腕も完治してないみたいじゃん?話に付き合ってくれるなら無料で治療するよ?」
物凄く胡散臭そうな視線を向けてくる少年…まぁ、いきなり声掛けられて無料で治療するなんて言われたらそうなるよね。
「んじゃ、こうしようか」
パチンと指を鳴らすと少年は身構えるが、すぐに目を見開いて脚に視線を向ける。
「な…治った…」
この体じゃ神聖属性どころか光属性も使えないから毒魔法で麻酔掛けて痛みを消しただけだけどね。
「信用の前払いって事で脚を痛みを消した。左腕の傷はそうだね…話を全部聞いてくれたら治すでどう?」
脚の痛みが無くなった事で胡散臭さが少しは無くなったのか少年は少しだけ俯き、ずっと閉じていた外套を開き被っていたフードを脱いで素顔を晒す。
「…話を聞くだけでいいんですよね…?」
不揃いの長い茶髪、赤味の強い茶色の瞳、目元は怒りか疲れかできつく吊り上がり、大した装備を与えられていなかったのか継ぎ接ぎだらけの衣服と何度も修繕を繰り返されボロボロになった皮鎧、そして雑な処置をされた生傷だらけの体と失った左腕が痛々しさを引き立てていた。
「うん、その話を聞いてどうするかは君に任せるよ。とりあえず少しここを離れようか、こんな場所居たくないでしょ?」
「…分かりました」
一緒に歩きながらさりげなく【診察】すれば肋骨も一本折れてるし右手の指と左脚の大腿骨にも罅、左耳の鼓膜も破れて軽い栄養失調になっている…どれだけ不遇な扱いを受けて来たんだか…。
「んじゃあ…まず初めに君の名前とランクは?」
そう問えば銅色のギルドカードを【空間収納】から取り出してくれる。
「『ユア』…Dランクです」
「Dかぁ。追放されたパーティーがAランク認定って言ってたし、二個もランクが上のパーティーに居たって事は実力も相当でしょ?」
「いえ…僕はサポーターで…」
「サポーター…そういえばあいつらの冒険の準備も君が全部して【空間収納】で荷物運びしてたんだっけ。という事は非戦闘員?」
「完全な非戦闘員という訳では無いです…一応自衛出来るぐらいで…」
…謙遜気味で話してるけどDランクで格上のダンジョンで自衛出来るって相当凄いのでは?
「なるほどねぇ…なのに追放って事は…やっぱり左腕を失ったのが原因?」
「…左腕を失った事で追放出来る理由が出来た…んじゃないかと…何の理由も無く追放すれば悪い噂も立ちますし…冒険者じゃなくても四肢を失うのは…相当な理由ですし、追放した側も冒険について来れなくなった、僕の事を考えて追放したと美談にも出来ますし…」
「ふぅん…小賢しいねぇ」
それにしても覇気が全くない…これは思った以上に心を折られてるな。
それでも魂を黒に染めていないのは僕的には結構好感触だ。
「ある程度聞きたい事は聞けたんだけどさ、少し踏み込んだ質問していい?」
「…何ですか?」
「君は何で冒険者をしてるの?」
そう問うと少年…ユアの表情は一気に暗くなり足を止めてしまう。
「……故郷に居るお母さんと弟の為に…」
「お母さんと弟の為かぁ。…でも、お母さんと弟の為って一口に言っても想像付かない…具体的にはどうしたいの?」
「…お母さんと弟に掛った石化を解きたい…それから…お母さんと弟を王都に連れて来て…弟を学園に通わせたい…」
おお…僕とあまり変わらない様に見えるのになかなかしっかりした目標があるのか。
「ふむふむ…石化を解く為の薬の素材集め、もしくは石化を解く神官にお願いする喜捨と生活費、学費稼ぎが目的って事か」
「まぁ…」
うん、魔道義肢のテスターはこの子にしよう。
「でも左腕を失った今、冒険者も続けられないし冒険者以外の仕事で稼ごうにも片腕じゃ無理…だからあのパーティーに残してもらえる様に食らい付いた」
「っ…そうだよ…見っとも無くても…意地汚くても…僕はあのパーティーに縋るしか───っ!?」
泣き言を遮る様にユアの体を抱き寄せ人目のない建物の屋根に跳躍した僕は、
「な、何を───」
「もう君はあんなクソなパーティーに縋らなくていい」
真剣であり笑みを浮かべた表情で、
「僕が君の希望になってあげる。このまま左腕だけじゃ無く目標も何もかも失って生きていくか、僕の手を取って全てを手に入れるか…ここが君の運命の分岐路。君は僕の手を取るかい?」
柄にも無く手を差し伸べる…。




