第六十五話「ジークフリート、軍師らに報告する」
統一暦一二一七年六月十九日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍兵舎内。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
深夜、ジークフリート王が戻ってきた。
予め町の外に影を待機させていたため、ほとんど気づかれることなく、王国軍の宿舎となっている総督府軍兵舎に入っている。
「行ってよかった。まだ完全に納得したわけではないが、四聖獣様のことをもう一度信じてみようと思っている」
行く時には強張った表情をしていたが、思ったよりスッキリとした顔だ。
「分かりました。詳しいお話は夜が明けてからお聞かせください」
まだ話したそうにしていたが、睡眠時間のことを考えて提案する。
私も自分の部屋に戻ったが、妻のイリスが聞いてきた。
「陛下の様子はどう?」
「気持ちは切り換えられたようだね。意外にスッキリした表情をされていたよ」
「それはよかったわ。なら、とりあえず問題はないということね」
四聖獣と揉めたのではないかと不安に感じていたようだ。
翌朝、朝食の後、国王に私とイリス、ラザファムが部屋に呼ばれた。そこには国王と共に大賢者マグダと叡智の守護者のシドニウス・フェルケ大導師が待っていた。
国王から昨夜の話が簡単に説明される。
「大賢者殿と共に四聖獣様と話をした。四聖獣様には今のままでは信用できないと正直に伝え、次の大陸会議までにしっかりと考えていただくようにお願いした……」
淡々とした口調だが、割ときついことを言っていたようだ。
「……四聖獣様がどのような結論を出されるかは分からないが、私が得たこの力は封印する。封印の方法だが、大賢者殿には申し訳ないが、マティアス卿と二人だけで決めるつもりだ」
まだ大賢者も完全には信用しないつもりらしい。
私たちの表情は変わらないが、シドニウスは僅かに顔を曇らせていた。
「儂はそれで構わぬ」
大賢者は特に気負ったところもなく静かに頷いた。
私としては封印の方法を相談されても困るのだが、言い出せる雰囲気ではないので、いつも通りの表情で見守っている。
「大賢者殿と四聖獣様には魔素溜まりを封じる方法と、魔獣の効率的な対処方法を伝えた」
魔素溜まりの封じ方は私が考えたいい加減な方法だが、大賢者が確認したところ、完璧に魔素の流出を止めていたそうだ。
また、魔獣の効率的な対処方法は、魔神たちを倒した時に国王が使った魔獣から直接魔素を吸い出す方法のことだ。
「うむ。どちらも有効な方法じゃ。魔素溜まりについては儂か代行者しか対処できぬが、魔獣についてはもう少し研究すれば、上級魔導師でも対応できそうじゃ。これで魔獣による被害を抑えることができるじゃろう」
「それについては、我が国は大賢者殿に全面的に協力する。もちろん、人族全体の協力が必要であれば、私から各国に協力を依頼するつもりだ」
大賢者が満足そうに頷いた。
「よろしく頼む」
「魔素溜まりと魔獣が減れば、我ら人族が住む場所が増える。その前提で今後の国造りについても考えていきたい。もちろん、これについては帰国してからゆっくりと考えるつもりだ」
その言葉に全員が頷く。
「今回のことだが、大賢者殿の弟子であるマティアス卿が方法を発見し、大賢者殿が実行したと公表したい。実際にマティアス卿が発見した方法だから偽りはないが、実行した私は力を封印するし、強い力を持っていたと公表することは今後の国際政治に大きな影響を及ぼすから避けたい。このことについて、卿らの意見を聞かせてほしい」
最初に私が発言を求めた。
国王が頷いたので、考えを話していく。
「私が関与したことも公表しない方がよいでしょう」
「それはなぜだろうか? 卿の発想力の凄さは誰もが知るところだ。おかしなことでもないし、卿の功績を正当に評価できないのはどうかと思うが」
国王の問いに大賢者も頷いている。事前に二人で話していたらしい。
「理由は二つあります。一つには人族の私に対する依存が強くなりすぎる恐れがあることです。ラウシェンバッハが考えたことなら問題ないと思考を停止する恐れがあります」
「言わんとすることは分かるが、今でも同じではないか? それにイリス卿やラザファム卿なら卿の考えに問題があれば指摘すると思うのだが」
その発言にイリスとラザファムが頷く。
「そうよ。他の人はともかく、私と兄様、それにハルトは自分の意見を必ず言うわ」
「それは分かっているよ。でも、私たちだけでは見落としがあるかもしれない。特に現場はすべてを把握できるわけじゃないから、そこから意見が上がってこないようだと失敗に繋がりかねない。今でもそんな風潮があるんだ。更にそれが酷くなるのは避けたい」
私は軍制改革と国政改革を主導している。
原案を作り、ロードマップを整えて、実行段階の計画にまで落とし込んでいるが、それでもすべては把握できない。
今なら実情と合っていないことがあれば指摘してくれる人はいるが、私が神格化されたらそんなこともなくなるだろう。
「それは確かにあるかもしれないな。参謀たちだが、君が考えた計画に修正を加えることをためらうことが多かった。千里眼のマティアスの名は既に大きいからな」
ラザファムの指摘に国王とイリスが頷く。
「もう一つの理由は帝国が過度に警戒することです」
「今でも卿は充分に警戒されていると思うのだが?」
「確かにその通りですが、何か不都合なことがあれば、すべて私が引き起こしたことと言って責任逃れをする可能性があります」
「ありそうな話だが、今でも君の謀略で帝国は苦境に陥っている。強ち間違いともいえない気がするが」
ラザファムが笑いながら指摘する。
「責任を逃れるだけならいいんだが、私がすべての元凶だと民衆を扇動し、戦争を引き起こすという可能性も否定できない。内政の失敗を対外戦争で糊塗しようとすることは独裁者の常套手段だからね。マクシミリアン帝が強い危機感を持てば、落ち着きつつあるレヒト法国を煽ることも充分に考えられる。負けるとは思わないけど、危ない橋を渡る必要はないと思っているよ」
「今の法国なら戦争を起こそうという人はいないでしょうけど、十年後二十年後なら分からないわ」
イリスの言葉に国王が頷く。
「なるほど」
「ですので、方法についても叡智の守護者が発見し、シドニウス様が大賢者様に提案したことにしていただいた方がよいでしょう。普段、塔から出られないシドニウス様がここまで来られたのは、魔神を倒すために大賢者様に伝えるためと公表すれば、違和感はありませんから」
「私たちの手柄になるのですか……複雑な気分ですね」
シドニウスが苦笑する。
「神霊の末裔が消滅し、魔導師の塔は叡智の守護者と真理の探究者しかありません。叡智の守護者が能力的に圧倒的に優位にあると知らしめれば、真理の探究者も無視できないでしょう。今は大賢者様だけを警戒しておけばいいと思っているでしょうが、そこに叡智の守護者も加われば、些細なことでも発覚すると思うはずです。無謀な実験の抑止力になることを期待しています」
「そうじゃな。神霊の末裔が暴走したのじゃから、我が配下でもある叡智の守護者が真理の探究者を監視したとしてもおかしくはない」
大賢者が納得すると、シドニウスも真面目な表情で頷いた。
「それでは封印の方法などは叡智の守護者が発見し、実行したのは大賢者殿と公表する。ラザファム卿、総司令部要員には緘口令が敷いてあるが、今一度この方針で進めることを徹底してくれ」
国王が魔神を倒したと知っているのは総督府軍本部の屋上にいた、叡智の守護者の魔導師隊と総司令部要員だけだ。総司令部要員はラウシェンバッハ師団の参謀たちであり、口が堅いので問題はない。
「御意」
ラザファムが頷く。
「では、マティアス卿。この力の封印の方法を考えよう」
国王はそう言いながら立ち上がった。
私はある方法を考えていた。
その方法は素直な国王ならではの方法だった。
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また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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