第六十四話「ジークフリート、四聖獣に抗議する:後編」
統一暦一二一七年六月十八日。
ゾルダート帝国南東部、ツィーゲホルン山脈北側、森林地帯。大賢者マグダ
ジークフリートの怒りは想像以上だった。
神狼だけでなく、すべての代行者に対して強い不信感を抱いておる。
(マティアスを連れてくるべきであったの。彼ならばジークフリートの怒りを抑えられたはずじゃ。怒りを抑える必要はないと言ったが、しくじったの。このままでは暴走しかねぬ……)
ジークフリートは怒りを抑えきれず、管理者としての力が漏れ始めている。そのことに危惧を覚え始めていた。
「ここで怒り狂っても死んでいった者たちが生き返ることがないことは理解している。だけど、この怒りは嘘偽りのない気持ちだ!」
何とか怒りを抑えようとしている。
(十八の若者には難しいかもしれぬの……)
儂を含め、代行者たちは声を掛けることもできずに見守ることしかできない。
「大賢者殿」
ジークフリートは涙を湛えた目で儂を見た。
「何かの?」
「これからのことを聞かせてほしい。大賢者殿と四聖獣様はこれからどうするつもりなのか。答えによってはグライフトゥルム王家の血を途絶えさせることも考えなければならない」
「血を途絶えさせる……そなたが子を作らぬということかの」
その言葉に驚き、声が震える。
「フリードリッヒ兄上にも子を作らぬように頼むつもりだ。我が王家の血は呪われていると言って。管理者などという存在が多くの不幸を生み出したのであれば、それを断ち切ることも選択肢の一つだろう」
現状ではジークフリートと長兄であるフリードリッヒの二人がグライフトゥルム王家の直系じゃ。彼らの父であるフォルクマーク十世には妹がいるし、フォルクマークの従兄弟もいるから完全に断絶するわけではないが、血はかなり薄くなる。
もっとも管理者候補は血が流れていればいいわけではない。前管理者の正統な後継であるグライフトゥルム王家には管理者の魂が引き継がれている。それが断絶すれば候補者が生まれる可能性は著しく下がるじゃろう。
そのことに儂も代行者たちも危機感を持つ。
『そ、それは……』
『そのようなことを……』
神狼と聖竜が狼狽える。
『管理者の復活が正しいことではないと言いたいのだろうか?』
鷲獅子が冷静に尋ねる。
「それは分かりません。ですが、大きな不幸を生み出した原因が管理者の覚醒であり、今後も起き得るのであれば、断ち切るべきだと考えたのです」
先ほどより声のトーンは落ちているが、怒りの炎は更に強くなっている気がした。
『僕たちが暴走して世界を不幸にするなら、原因を取り除けばいいと考えたということかな?』
鳳凰の問いにジークフリートは小さく頷く。
「その通りです」
『このようなことは二度と起こさぬと誓う』
神狼がそう言って頭を下げるが、ジークフリートは納得した様子がない。
「私は師から考えて考えて考え抜くことが大事だと教えられました。今の神狼様のお言葉が考え抜かれた結果とは思えません」
鋭い指摘に神狼はたじろぐ。
「そうじゃな。儂らはまだ考え抜いておらぬ」
代行者たちは何を言いだすのかという顔をしている。
「王の気持ちは理解できたであろう。その上でどうすべきかを今一度考えるべきであろう」
『管理者の覚醒に干渉せぬ。魔獣を逃すような愚かなことはせぬ。これでは不足ということか?』
聖竜が聞いてきたが、あまりに短絡的な考えに頭が痛くなる。
「そなたら四聖獣は管理者に代わって世界を管理する代行者なのじゃ。そのために大いなる力を与えられておる。その力をどのように使い世界を守るのかと、王は問うておるのじゃ」
儂の言葉にジークフリートは頷き、代行者たちは困惑している。
『どうすればよいとそなたは考えておるのだ? 我らに助言してくれぬか』
神狼が困惑した表情で聞いてきた。
「それを考えよと申しておる。それに儂は世間から大賢者などと呼ばれておるが、力を持った魔導師に過ぎぬ。マティアスと初めて会った二十五年前から特に強くそのことを感じておる。適切な助言などできぬ」
正直な思いじゃ。
以前からこの呼び名は儂には合わぬと思っておった。フリーデン建国の時に贈られたから広まっただけで、自分が賢者などとは思ったことは一度もない。
そもそも“助言者”という名も合っているとは思っておらぬ。
もっとも助言者は管理者や代行者と人族の間で双方の考えを伝えるために存在しておるから、助言をすると言っても軍師のような役割ではない。
『ならば、マティアスに聞くべきであろう。あの者はそなたも認めた知者だ。大陸会議などという我らでは思いもつかぬものを考えたのだ。我らに適切に助言してくれるのではないか。すぐに呼ぶべきだ』
聖竜の言葉に儂は怒りを覚えた。
「それでは考え抜いたことにならぬではないか! それにここにマティアスがいたとして、そなたらはあの者の言葉を信じるのか? そうではあるまい!」
ここに来て、マティアスの気持ちが分かってきた。
(強大な力を持つ代行者が考えることをやめておる。特に神狼と聖竜は危険じゃ。そのことを危惧したのじゃろうな、マティアスは。じゃから、大陸会議なるものを作り、我らにも考えるよう訴えた。じゃが、まだまだ足りぬということかの……)
そんなことを考えていたが、代行者たちの話を聞いているジークフリートの表情が硬いことに気づく。
「王よ、不満かの」
「はい。なぜ考えようとしないのかと思っています」
「なぜじゃと思う?」
そこで彼は困惑の表情を浮かべた。
「なぜと言われても……」
そう呟くと考え始めた。そして、何かを思いついたのか小さく頷く。
「考えてみて何となく分かった気がします」
「それは何じゃろうか?」
「管理者がなぜ性格が異なる四聖獣様を代行者とされたのかと考えました。本来は全員で議論を戦わせ、その結果を聞きたかったのではないかと思ったのです。ですが、四聖獣様はバラバラの場所に居て、議論することはありませんでした。その弊害が今出ているのではないかと思ったのです」
「なるほどの。儂も四聖獣が代行者になった理由は知らぬが、ありそうなことじゃの。議論を重ねるためには考えねばならん」
「はい。そこに人族の意見を聞いた大賢者殿が加われば、管理者の負担は減ったのではないか。そんなことを考えました」
その言葉に考えさせられる。
「うむ。いつしか管理者には儂が付き従うだけで、代行者たちはそれぞれの担当地域を決め、滅多に出ぬようになった。代行者たちは管理者の命じたことを実行するだけじゃった。考える必要はなかったの」
「そう考えると、マティアス卿は凄いですね。このことに気づいて、四聖獣様が集まる場として大陸会議を作ったのですから」
目から鱗が落ちる思いじゃった。
「なるほど。この大陸に住むすべての者が集まり世界を守るために議論する。その中に代行者も入る必要があると言っておった。それに代行者たちが自らの考えに固執しておることも危惧しておる。それを正すことも考えておったのじゃろうの」
そこでジークフリートの表情が緩んだ。
「そう考えると、私がここに一人で来たことにも意味がありそうですね」
「それは何かの?」
「管理者とはどのような存在であるべきなのか、代行者との関係はどうあるべきなのかを考えさせるためでしょう。相変わらず凄いものです。彼が管理者になった方が世界のためになると思いますよ」
「儂も似たようなことを思うたことがある。あの者に魔導師としての才能がないことをどれほど残念に思ったことか」
マティアスには魔導師に必要な魔導器がない。
もし魔導器があれば魔導師としての修行を行い、寿命を延ばして管理者候補の指導に当たらせることができたはずじゃ。
気づけば、代行者たちが儂とジークフリートの会話を聞き入っていた。
「そなたらが危険視するマティアスがここまで考えておるのじゃ。儂もそうじゃが、よく考えねばならん。何のために何をすべきか……次の大陸会議まで三年半しかない。それまでによく考えねば、マティアスの厳しい叱責を受けるじゃろうの」
代行者たちは儂の言葉に頷いている。
「マティアス卿が聞けば苦笑するでしょうね。代行者の指導なんて聞いていないと。フフフ……」
先ほどまでの怒りが嘘のように明るい表情になっている。
儂らが見ていることに気づいたのか、ジークフリートはばつが悪そうな顔をする。
「マティアス卿が何を考え、なぜ私一人をここに来させたのか……それを考えた時、前を向くためにここで一区切り付けさせたかったのではないかと思ったのです。もちろん、怒りや悲しみが完全に消えたわけではありません。ですが、それに引きずられていては死んでいった者たちに顔向けできないと思い始めました」
彼の言葉に儂と代行者は大きく頷いた。
それからいろいろな話をした。
魔素溜まりの封印の仕方や魔獣の効率的な対処方法など、驚くべきことが多かった。
日付が変わる頃まで話し合った。
「有意義な時間でしたが、そろそろ戻らないといけません。鷲獅子様、大賢者殿、よろしくお願いします」
ここに来た時とは大きく異なり、明るい表情じゃ。
「では戻るとするかの。鷲獅子よ、手間を掛けるが頼む」
儂らはエーデルシュタインに向けて飛び立っていった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
感想、レビュー、ブックマーク及び評価(広告下の【☆☆☆☆☆】)をいただけましたら幸いです。




