第五十二話「ジークフリート、疑問を抱く」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部屋上。国王ジークフリート
マティアス卿と共に奇跡を起こした後、私は総督府軍本部の屋上に降り立った。
ラザファム卿ら王国軍と叡智の守護者の魔導師たちが片膝を突いて私を出迎える。
「無事なご帰還、心よりお慶び申し上げます」
ラザファム卿がそう言って頭を下げると、他の者たちも同じように頭を下げた。
「皆には苦労を掛けた。帝国軍を襲っていた魔神も消滅し、脅威は去った」
私の言葉に皆が安堵の息を吐き出す。
「私が見ただけでも多くの者が命を落としていた。また負傷者も多い。すべての負傷者に治癒を施したつもりだが、漏れている者がいるかもしれない。疲れているところ済まないが、大至急、確認を頼む」
「現在、詳細は確認中ですが、負傷者につきましては全員治療済みと報告を受けております。兵たちを助けていただいたこと、感謝申し上げます」
どうやら上手くいったらしい。
「分かった。では、どこか落ち着ける場所で今後について話したい」
「西の兵舎が比較的被害を受けておりませんので、そこでいかがでしょうか」
「了解した」
ラザファム卿の言葉に頷く。
叡智の守護者の大導師シドニウス・フェルケが発言する。
「マグダ様がお戻りになり次第、お話があると思います。後ほどお時間をいただければ幸いです」
「マティアス卿からもそのことは聞いている。大賢者殿が戻り次第、時間を作ろう」
「マティアス君が?」
シドニウスは驚いている。
マティアス卿はここから脱出しようとして階段を落ち、意識を失ったと報告を受けていたからだろう。
「そのことを含め、大賢者殿が来られてから話す」
そう言うと彼は頭を下げて引き下がった。
屋上から下りようとしたが、階段がある物見塔が破壊されていた。
「少しお待ちください。瓦礫を撤去すれば、階段自体は使えますので」
ラザファム卿がそう言ってきたが、私は首を横に振った。
「ここからなら飛び降りた方が早そうだ」
「十五メートル以上あります。陛下では怪我をしてしまいます」
私の剣の師でもあるラザファム卿が驚いて止める。確かに以前の私なら骨折では済まない大怪我を負っただろう。
「先ほど上から降りてきたのを見たのではないか? 問題ない」
そう言って上空を指差す。
屋上に降り立った時は三十メートル近い高さを降りている。
ラザファム卿もそのことを思い出したようだが、納得した様子がない。
「下にいるマティアス卿に顔を見せておきたい」
それだけ言うと、屋上から飛び降りた。
「「陛下!」」
ラザファム卿らの声が響いているが、私はふわりという感じのゆっくりとした速度で地面に降り立った。
すぐ横に護衛であるヒルデガルトが飛び降りてきた。
「驚かさないでください、ジーク様」
そう言いながらも笑みを浮かべている。問題ないと思っていたようだ。
「さっきは済まなかった。心配を掛けたな、ヒルダ」
「もったいないお言葉です」
そう言って頭を下げた。
ヒルダを従えてマティアス卿とイリス卿のところに向かう。
未だに立ち上がることなく、イリス卿と座って話をしていた。
「マティアス卿も無事に目覚めたようだな。怪我の方は問題ないのだろうか」
二人は慌てて立ち上がった。
「この通り問題はありません。陛下も無事に力を制御できるようになられたようですね」
「卿のお陰だ。これから西の兵舎に総司令部を移す。回復したばかりで済まないが、卿らも一緒に来てくれ」
マティアス卿は頷くが、会話についていけないイリス卿が不思議そうな顔をしていた。
「詳しい話は大賢者殿が戻ってから話す。まずは今後のことを協議したい」
自分の変化を受け止めきれず、今は他のことを考えられない。そのため、マティアス卿たちの知恵を借りたいと思ったのだ。
「そうですね。兵たちを休ませてやりたいですし、帝国軍のことも気になります。ですが、その前に陛下にお願いしたいことがございます」
「それは何だろうか?」
「脅威が去ったことを宣言していただきたいのです。未だに事情が分からない者も多いでしょうから」
「そうだな。ではどこに向かったらよいだろうか」
「南の城門に向かってはどうでしょうか。壊れていなければ、あそこに拡声の魔導具があったはずから」
彼の提案に頷く。
マティアス卿は参謀であるディアナ・フックス大佐に総司令部の移動の準備を命じ、私と共に南門に向かった。
途中で多くの兵士の遺体が横たわっており、そのことに心が痛む。
「よくやってくれた。君たちのお陰で世界は守られた」
マティアス卿は歩きながら遺体を運ぶ兵士たちに声を掛けている。
「そうよ。あなたたちのお陰でこの人は生き残れたの。そのことを誇りに思いなさい」
イリス卿も悲しみを押し殺し、笑みを浮かべながら声を掛けていた。
二人を見て、私も声を掛けるが、このような気遣いができない自分に幻滅している。
(分かっていたことだが、私はまだまだ未熟だな。さっきもマティアス卿がいなければ何もできなかった。力があってもこれでは……)
そんなことが頭を過るが、それを隠して兵たちに声を掛けていった。
南門に到着すると、ハルトムート卿が片付けの指揮を執っていた。
「ハルト! 本当に大丈夫だったのね! よかったわ!」
ハルトムート卿を見つけたイリス卿が駆け寄っていく。
マティアス卿から聞いていたが、信じられずにいたようだ。
「お前たちも無事でよかった。まあ、俺は死んだと思ったんだがな」
そう言って苦笑しているが、私の姿を見て片膝を突く。
「魔神たちを止めることもできず、多くの兵を失いました。これはすべて将である俺の責任です」
「謝罪には及ばない。卿が全力を尽くしたことは分かっているし、散っていった兵たちも無駄死にではなかったのだから」
正直な思いを口にした。
ハルトムート卿が何か言う前にマティアス卿が話し掛ける。
「ここの指揮を誰かに任せて一緒に来てほしい。君の姿を見れば、突撃兵旅団の者たちも安心するだろうから」
その言葉にハルトムート卿が頷いた。
マティアス卿はハルトムート卿が悔やんでいると気づき、これ以上続けても後悔だけが募ると考え、会話を切り上げさせたのだろう。
城門の上に上がっていくと、そこでも戦死者の遺体が並べられていた。
その多くが無残なもので、魔神に乗っ取られたグレゴリウス兄上に斬り殺されたと教えてもらう。
(力に酔っていたと兄上はおっしゃったが、ラウシェンバッハ師団の猛者たちをこのようにできたのなら分からないでもない。私も力に酔わないと言い切れるのだろうか……)
自分が得た力に恐怖を感じ始めていた。
(マティアス卿はこれを見せたかったのだろうな。この惨状を作り出した兄上より遥かに強大な力を得たということを心に刻むように……)
そんなことを考えていたが、ヒルダが声を掛けてきた。
「魔導具の準備が終わりました」
拡声の魔導具は無事だったようだ。
「兵たちにお言葉をお願いします」
マティアス卿がそう言いながらマイクを渡してきた。
頷きながらそれを受け取り、姿勢を正す。
『親愛なるグライフトゥルム王国軍の兵士諸君! 此度の戦いは諸君らの奮闘により大勝利に終わった! あの強大な力を持つ魔神は既にこの世界にはいない! 我々は世界を、故郷の家族を守ったのだ!』
私の言葉に兵たちが安堵の表情を浮かべている。
この町から魔神は消えたが、移動しただけではないかと不安に思っていたようだ。
『我々は多くの犠牲を払った! 私も横たわる遺体の中に何人もの見知った顔を見ている! 彼らを失った悲しみは大きい! それは私も同じだ! しかし、彼らの犠牲は無駄ではなかった!……』
そこまで言ったところで、彼らの犠牲が本当に必要だったのかと疑問が浮かぶ。しかし、今は彼らに感謝を示すべきだとその疑問を頭の片隅に追いやる。
『戦友を失った悲しみを消すことはできないが、今は胸を張ろう! 彼らのために!』
いつもなら万歳という声が上がるのだが、今日に限ってはその声も上がらない。
私もそれでいいと思っていた。今は犠牲者に哀悼の気持ちを示すべきだと思っているからだ。
私が話し終えると、マティアス卿がマイクを握る。
「ラウシェンバッハ領の勇士たちよ、よくやってくれた。陛下がおっしゃられたように諸君らの奮闘で世界は守られたのだ。帝国軍に引き継ぎ次第、故郷に凱旋する。ラウシェンバッハに戻ったら、死んでいった戦友のために酒を酌み交わそう。そして、私たちは前に進む。それが彼らの望むことだからだ。だから、今は悲しみを堪え、任務に当たってほしい。以上だ」
マティアス卿の静かな声を聴き、兵たちから嗚咽が漏れる。
私はそれを見てもう一度思った。
この犠牲は本当に必要だったのだろうかと。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
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