第五十話「ジークフリート、更に奇跡を起こす」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン北東、街道上。元大導師ダグマー
私は計画通りに進んでいることに満足していた。
(エーデルシュタインであれほどの魔導が使われたのだ。グレゴリウスが力を得たことは間違いない。今頃、大賢者がそれに対応しているはずだ。だとすれば、少なくとも一時間は戻って来ぬ。それだけの時間があれば、ここにいる者たちをほぼ殺せるな)
エーデルシュタインで第八階位と思しき魔導が使われた。
あれだけのエネルギーが放出されたということは、あそこの住民たちが皆殺しになったということだ。
そして、グレゴリウスは管理者の血を引く優良な素材だ。
さすがに大賢者を倒せるとは思わぬが、奴と互角に近い戦いができるはずだ。そうであるなら、大賢者がすぐに来ることはない。
「手加減は無用! 帝国兵どもを殺し尽くせ!」
私の命令を受け、魔将が第七階位の魔導を森に叩き付け、魔竜が膨大な熱量のブレスを放っていく。
深夜の森が激しく燃え、夜空を赤く染めている。
(思ったより力が入ってくる。魔窟ができつつあるようだ。これならば早い時期に撤収できる……)
大賢者が戻る前にリヒトロット市に向かうつもりでいた。
それも安全マージンを充分にとってだ。そのため、中途半端な力しか得られないと覚悟していたが、いい意味での誤算に満足している。
帝国兵の半数以上は殺したはずだ。森も天を焦がすほど燃えている。
既に魔素溜まりが多数生まれており、大量の魔素が放出されている。我々がいなくなれば、大量の魔獣が生み出されることになるだろう。
「殺せ、殺せ! もっと私に力を与えよ! フハハハハ!」
私は冷静であるべき魔導師でありながら、魔神の破壊衝動に支配されていた。そのため、異変に気づくのが遅れた。
南側でブレスを放っていた魔竜の存在が突然消えた。
「何が起きている?」
戸惑いながらも探ると、魔竜だけでなく魔将や悪魔たちも消えていく。
(大賢者が戻ってきたのか? いや、そんなはずはない。奴の気配はまだ感じぬ。それに奴が魔導を放った形跡はない……何だ、この力は!)
強い力が私に向かっていることに気づいた。
(大賢者ではない! 四聖獣を超える力だ! グレゴリウスが力を得たのか? いや、魔神の力は一切感じぬ。何が……)
私は全く想定していない事態に困惑していた。
そのため、判断を誤った。
危険を感じたのであれば、即座に逃げるべきだったのだ。
眩い光の塊が私に向かって飛んでくる。それも円を描くように追い込みながら。
(あ、あれは危険だ! すぐに逃げなくては……)
そう思って翼を翻し、北に逃げようとした。
しかし、その光の塊は私の飛ぶ速度の十倍以上というとんでもない速度で、あっという間に追いつかれる。
そして、その光の塊から強い力が放たれた。
「や、やめろ!」
叫びながら防御魔導を発動するが、私は魔導ごとその力に取り込まれた。
その直後、力を急速に失っていくことに気づく。
「やめろ! 消えてしまう! やめてくれ!」
無駄だと思いながらも無様に叫ぶことしかできない。
かつて魔導師の塔の最高責任者であり、魔神の力を得て世界を得ようとしていた矜持など、どこにもなかった。
それでも力の喪失は止まらなかった。私は萎むように力を失っていく。
存在が消える直前、残滓だけの私の眼に地上の様子が映った。
(火が消えている……魔素溜まりもない。奴が消したのか……)
そんなことを考えたが、すぐに私の意識は溶けていった。
■■■
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン北東、街道上。大賢者マグダ
帝国軍を救うため、エーデルシュタインを出た後、絶望しながら現場に向かっていた。
既にいくつもの魔素溜まりが発生し、魔窟になることは防ぎようがない。
あとはどれだけの帝国兵を助けられるかと考えていた時、後方から猛烈な速度で飛翔する存在に気づいた。
(ジークフリートじゃと! 帝国軍を助けにいくつもりか?)
儂の飛ぶ速度の十倍以上で、音もなくあっという間に通り過ぎていった。
そして、その直後に強烈な衝撃波と音が襲ってきた。
(音の速度を超えたのか……)
古代文明時代、音よりも早く飛ぶ船があり、その飛翔で強い衝撃波が生まれると書物に書かれていたことを思い出す。
(帝国兵を助けるために向かっておるのであろうが、見届けねばなるまいの……)
儂は急ぎ後を追った。
追いながら帝国軍がいる森の方を見ていると、魔将らの反応が消えていくのを感じた。
(力を吸収しておるのか?……魔将も魔竜も消えたの……あれはダグマーじゃな。ジークフリートに驚いて逃げることができなかったか。これで大きな懸念の一つが片付いたの……火も消え始めておる。雨も降らさずにどうやって消しておるのじゃ?)
ジークフリートが近づくと激しく上がっていた炎が一瞬にして消えていく。それだけではなく、燻っている煙も立ち昇らなくなった。
そのことを不思議に思いながら近づいていく。
(まあよい。これで火が消す手間が省けたのじゃからの……帝国兵がどの程度生き残っておるかは分からぬが、助けてやらねばなるまいて……)
エーデルシュタインではジークフリートが大規模な治癒魔導を発動したため負傷者はいなくなったが、話ができぬ以上、敵である帝国兵まで助けるとは限らぬ。
(これ以上魔素溜まりは増えぬが、この辺りに人は住めぬな。エーデルシュタインは魔獣狩人の町になるかもしれぬの……)
魔素溜まりから顕現する魔獣を放置すると、大規模な魔獣の氾濫が起きる可能性がある。そのため、常時間引く必要があるが、それを担っているのが魔獣狩人たちじゃ。
グランツフート共和国の南部にはフォルタージュンゲルという魔窟があり、それを抑えるための狩人たちの町がある。エーデルシュタインがそれと同じようになるのではないかと思ったのじゃ。
更に近づいていくと、不思議な感覚に囚われた。
(魔素の流れがおかしい。あれほど激しく噴き出ておったものがずいぶん減っておる。既に魔獣に変わり始めておるのかの?)
ダグマーらが魔素を吸収していた時には新たにできた魔素溜まりから、激しく魔素が吹き上がっていた。
そのため、ダグマーが魔素を強制的に吸い上げており、それがなくなったために地上に滞留し、魔獣に変換されて見た目上、減ったのではないかと思ったのじゃ。
しかし、疑問があった。
(それにしては早すぎる。少なくとも数日は魔素が流出し、近くを汚染するはずじゃ。これもジークフリートが何かしておるのかもしれぬの……)
そのジークフリートじゃが、ダグマーらを排除した後、帝国軍がいたであろう場所の上空をゆっくりとした速度で旋回していた。
(分からぬことばかりじゃが、まずは帝国軍を落ち着かせた方がよいじゃろう。皇帝が生きておればよいのじゃが、まずは儂が来たことを知らせてやるべきじゃろうな……)
マティアスの考えで帝国軍は深い森の中を散り散りになって逃げている。
恐らく魔神たちの魔導で恐慌状態に陥っているであろうから、通常の方法では儂の存在に気づかぬと考え、念話を使うことにした。
『儂は助言者のマグダじゃ! 魔神たちはもうおらぬ! 街道に戻るのじゃ!』
強い念を発しながら、森の上を飛んでいく。
下からは人の気配を感じ、全滅したわけではないことに安堵していた。
(さて、ジークフリートとどうやって意思疎通を行うかの。マティアスがおってくれればよい知恵をくれたのじゃろうが、ここにはおらぬからの……)
儂はそんなことを考えながら、上空をゆっくりと旋回する光の繭を見ていた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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