第四十八話「ジークフリート、奇跡を起こす」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部上空。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
私は不思議な空間にいた。
白い光に満ちた温かい空間で、無重力のようにふわふわとしている。
(階段から落ちて頭に強い衝撃を受けたことは何となく覚えているんだが……ここは死後の世界なのか?)
そんなことを考えていると、強い力に引き寄せられた。
そこにはジークフリート王が困惑した表情で浮かんでいた。
そこで何が起きているのか理解できた。
(陛下は管理者として覚醒したようだな)
私でもはっきりと認識できるほど強い力を感じたのだ。
(どうして困っているんだろう?……なるほど、ご自身が管理者となったことを理解していないということか……)
彼の考えが何となく伝わってきた。
管理者として覚醒したものの、どうしていいのか分からずにいる。恐らくだが、無意識のうちにこの世界を作り、現世から自らを隔離したのだ。
そこで私は彼に近づき、管理者として覚醒したことを伝え、今後どうしたいのか聞いた。
しかし、明確な答えを返してこなかった。
更に世界を滅ぼしかねないと脅しを入れつつ覚悟を聞いたが、それにも彼は不明確な答えしか返さない。
(外の時間の流れとここが同じとは限らないが、このままではここに居続けることになる。それに覚悟も知識もなく管理者として世界に顕現すれば危険だ。世界を滅ぼすようなことはしないと思うが、彼自身が責任の重さに耐えかねて自ら命を絶ちかねない……)
私はそう考えて、話を始めた。
「陛下は期せずして、管理者として目覚められました。ですが、陛下も管理者がこの世界に生きる者すべてに対して、そして未来永劫責任があることは理解されていると思います」
「そうだな。大賢者殿や四聖獣様との会話で何となく理解している」
まだ表情から困惑の色が消えない。自分が得た力が大きすぎるためだろう。
「陛下にはそのお覚悟がおありですか?」
苦渋に満ちた表情で首を横に振る。
「私には無理だ。王国五百万の民だけでも責任が重すぎると思っているくらいだ。この大陸に住むすべての者に対し、将来にわたって責任を持つなど重すぎる」
予想通りの答えが返ってきた。
「しかし、管理者が不在の状況がよくないことも理解されておられると思います」
「そうだな。この世界が徐々に狭くなっていることは知っている。このままではいずれ世界がなくなることも。それを防ぎ、世界を取り戻すには管理者の力が必要だ。だが、私には……」
「力があるのに世界が崩壊するのを、指を咥えて見ているのですか?」
少し強い言い方で問い詰める。
「そうだが……どうしたらよいのだろうか?」
「これは力を得た陛下の問題です。ご自身でよく考えてください」
まだ経験が少ない彼にはある程度選択肢を示してやるべきだが、この問題は自分自身がきちんと納得しないと後で大変なことになると考え、突き放した。
「目的と目標、手段をしっかりと認識すれば、おのずと答えは出るはずです」
そう言ったものの、私にも答えはない。
国王は私の問いに考え込み始めた。
そんな彼を見ながら別のことを考えていた。
(私がこの世界に来たのはこのためだったのだろうか?)
しかし、その問いに答えてくれる者はいなかった。
■■■
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部上空。国王ジークフリート
マティアス卿が現れ、私に管理者として生きる覚悟があるかと聞いてきた。
もちろん、私にそんな覚悟はない。
しかし彼はこの世界を守る力を得たのに、それを使わず滅びを待つのかと、いつになく厳しい表情で聞いてきた。
彼を招聘するためにグライフトゥルム市の魔導師の塔に行った時のことを思い出していた。
(そう言えば、彼を招聘する時、国を守るという話になったな。あの時は国が何かというところから、フリードリッヒ兄上が暴君になったらどうするのかという話になって困った記憶しかない……あの時、マティアス卿は結論よりも考え抜くことが大切だと言った。今回も同じなんだろうな……)
大陸会議の時のことを思い出し、自らの不甲斐なさが悲しくなる。
(マティアス卿は世界を守るために、四聖獣様を動かした。それも喧嘩を売るような強い調子で。一歩間違えば命を落とすことになるかもしれないのに、彼は全く揺らがなかった。それなのに私は……私に力があるのなら世界を守るために尽くすべきだ。しかし、私が持つ力とはどの程度のものなのだろうか? マティアス卿やグレゴリウス兄上は四聖獣様に匹敵すると考えているが、私にその実感はない……)
そこでマティアス卿に聞くことにした。
「四聖獣様に匹敵する力を私が持っていると卿は言うが、私自身実感がない。どうしてそう考えたのか、教えてもらえないか」
そこでマティアス卿は小さく頷いた。
「なるほど。力を行使した時の記憶がないのですね……まずその証拠ですが、私がここにいることですね」
「卿がいることが?」
「ここがどこか私にも分かりませんが、ここに来る前、私は総督府軍本部の階段から落ちて大怪我をしているはずです。それにこのような服装でもありませんでした。だから最初は死後の世界ではないかと思ったほどです。恐らくですが、陛下が強く願ったことで、私の魂がここに呼ばれたのでしょう」
「なるほど。強く願ったから叶ったということか」
「一度試してみてはいかがですか?」
「試す?」
彼の言葉の意味が理解できずに聞き返す。
「エーデルシュタインでは我が領の兵士たちの多くが負傷しています。しかし、魔神に対抗するため、放置せざるを得ませんでした。彼らを救うために力を使ってみてはどうでしょうか。これならば危険はありませんし、陛下の願いとも一致するはずです」
「確かにそうだが……どうやればいいのか……」
「まずは町の様子を見るところから始めましょう。町がどうなっているのか、意識してみてはいかがですか?」
「確かに気になっている」
そう言われて町がどうなっているのか気になり始めた。
次の瞬間、光が弱まり、外の風景が忽然と現れた。
私がいる場所はグレゴリウス兄上に引き上げられた空中のようで、本部の屋上ではラザファム卿が指示を出している姿が見える。
更に意識を動かしていくと、大通りや城門付近に多くの兵士が倒れている様子が大写しになった。
兵士の中には見知った顔も多く、暗澹たる思いが心を占める。
倒れている者の多くが事切れているようだが、まだ息のある兵士もいた。しかし、近くに治癒魔導師はおらず、戦友が応急処置をしようと焦っている姿が見えた。
更に城門近くに城壁を背にしてぐったりとしているハルトムート卿の姿があった。こと切れていると思ったが、微かに腕が動いたことに気づく。
「ハルトムート卿が! すぐに治癒魔導師を!」
マティアス卿にも見えたようで、表情から笑みが消える。
「陛下、彼を助けることはできませんか! 治癒魔導師が到着するのにまだ時間が掛かります! 私の友を助けてください!」
マティアス卿が先ほどまでの冷静さをかなぐり捨てて懇願する。
私としても助けたいがどうしていいのか分からない。
(強く願う。それでいいのだろうか……いや、これまで奇跡は起きてきた。願えば叶うと信じるしかない……ハルトムート卿や兵たちを助けたい。私に力を……)
私から何か力が抜けていった気がした。
そして、ハルトムート卿の身体が微かに光っていることに気づく。
それに構わず、私は願い続けた。
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