第四十七話「グレゴリウス、語り合う」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部上空。元第二王子グレゴリウス
俺は何が起きたのか理解できなかった。
温かく柔らかな光に包まれていたためだ。
(何が起きた? 魔導を放ったはずだが……)
魔導を放った手を見た。そして、その変化に驚く。
魔神の青い肌ではなく、以前の人の肌に戻っていたからだ。
(どういうことだ? 力を得た感じはないが……)
エーデルシュタインの住民が死んで大量の魔素が流入して力を得たのかと思ったが、魔神の時より力は感じない。
そのため、何が起きたのか疑問を感じているが、不思議と焦りなどはなく、いつになく穏やかな気分だ。
(魔導を放つ時にジークフリートが何かをしたような気がするな。あれは何だったんだろう……)
弟のことを考えた時、近くに人の気配を感じた。
「兄上、ご無事ですか?」
ジークフリートが穏やかな表情で聞いてきた。
「ああ。無事だと思う。それより何が起きたのだ?」
ジークフリートは少し困惑気味に首を振る。
「私にもさっぱり分かりません。ここがどこかも、なぜここにいるのかも……兄上はどうですか?」
「俺にもさっぱりだ。だが、一つだけ言えることがある。俺は力を手に入れ損なった」
これだけははっきりと分かっている。
そして、もう一つ分かったことがあった。
「俺はこのまま消える運命にあるらしい。数万の命を奪おうとしたのだから、その報いだろう」
俺の言葉にジークフリートが悲しげな表情を浮かべる。俺が消えつつあるのを感じ取ったらしい。
その顔を見て慰めたいと思ったが、素直に言葉にできない。そして、別の方法を思いついた。
「そう言えば、お前とじっくり話したことがなかったな。まだ時間はありそうだ。少し話をしないか」
完全に消えるまでにはまだ時間があると何となくだが分かっていた。
「そうですね。長い間離れ離れでしたし、私が王都に戻った時もほとんど話をする時間はありませんでした。その後も会う機会はありませんでしたね」
ジークフリートは王都に戻ったがすぐにグランツフート共和国に向かっている。その後、俺は叔父マルクトホーフェン侯爵に担がれて国王になり、挙句に帝国の間者に捕らえられて帝都行の船に乗せられてしまった。だから、顔を合わせることすらなかった。
「そう言えば、ネーベルタール城というのはどういうところなのだ? どんなことをしていたのだ?」
「厳しいところですけど、美しいところです。夏には海で釣りをしていましたね……兄上は何をされていたのですか?」
「俺はマルクトホーフェンにいることが多かったな。お爺さまにいろいろと教えてもらい……」
そんな他愛のない話をした。
時間の感覚がないため、どのくらい話をしているのかよく分からない。しかし、思いの外楽しかった。
「兄上はオストインゼルに流れ着いたのですか。そこで武芸を学んだと」
「そうだ。師匠と毎日修行をした。素潜りで魚や貝を獲っていたな。それに料理もできるようになったんだぞ。あの時が一番楽しかったな……」
「素潜りで……楽しそうですね。それに羨ましいです。私は一人でそんなことをしたことがありませんから」
「そうだな。王族というのは思った以上に不自由なのだと実感したものだ……」
話は弾んだが、そろそろ俺という存在が消えると直感した。
「もっと前にこうして話ができていたらよかったな。そうすれば、父上や兄上と一緒に国のために働けたかもしれないからな……いや、以前の俺には無理だろう。王になることに執着していたのだからな」
そう言って苦笑する。
「兄上……」
ジークフリートは悲しげな表情を浮かべている。
「そんな悲しそうな顔をするな。あのまま馬鹿げた力を得て世界に仇なすより、ここで消えることができてよかったと思っているんだから」
正直な思いだ。
確かに魔神の力に溺れている時には高揚感があったが、今は虚しさしかない。
神になると思い込んでいたが、どう考えても邪神だ。そんな存在になり果て、世界を破壊し尽くしたら後悔しか残らないだろう。
「俺が言っても説得力はないかもしれんが、お前ならよい王になれる。いや、神にすらなれるかもしれんな」
「私が神に?」
「お前は気づいていないかもしれないが、強い力を放っている。俺が魔神に取り込まれていた時より遥かに強い力を。あの四聖獣すら凌駕しているんじゃないか」
さっきからずっと強い力を感じていた。
「四聖獣様を凌駕する力……」
ジークフリートは驚きのあまり目を見開いている。
そのことがおかしかったが、俺の足が消えつつあり、残された時間は僅かだと悟る。
最後に弟に言葉を残してやりたい。そう思った。
「強い力を持つには強い心がいる。お前なら俺と違って間違ったことには使わないだろうが、一人で抱え込むな。俺はそれで失敗したんだからな」
説教じみたことを言ったことに苦笑が浮かぶ。
既に下半身は完全に消え、手も消えつつある。
「これで最後のようだ。それではジークフリートよ、さらばだ。最後に話ができて楽しかった……」
俺はそれだけ言うと、もう一度微笑んだ。
■■■
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部上空。国王ジークフリート
兄グレゴリウスが消えた。
兄弟だがほとんど会話したことがなく、敵対もした相手だ。しかし、兄が消える時、強い喪失感と悲しみが襲った。
「兄上……」
兄の最後の笑みを思い出し、もっと前から話していればという思いが残っている。
兄が消えた後、私はこの空間に一人だけ取り残された。
(ここはどこなんだろう? 兄上が力を得なかったということはみんなを守ることができたのだろうけど、どうすればいいのか分からない……)
真っ白な光に包まれた空間で私は途方に暮れていた。
(兄上は私が強い力を持っていると言っていた。だけど、ここから出る方法が思いつかない。ここにマティアス卿がいてくれたら、こんな心細い思いをすることはなかったんだろうが……)
そんなことを考えていると、懐かしい声が聞こえてきた。
「お困りのようですね、陛下」
確かにマティアス卿の優しい声がしたのだが、姿が見えない。
「マティアス卿か? どこにいる? 姿を見せてくれ」
「私はここにいますよ」
その声がした方を見ると、いつもの文官姿の彼が微笑んでいた。
今日は革鎧を着けていたはずで、そのことに一瞬だけ疑問を感じたが、彼と会えたことですぐに気にならなくなった。
「助かった。ここから出られなくて困っていたんだ」
「いつでも出られるはずですよ。陛下が望みさえすれば」
「私が望めば? しかし、さっきから出たいと思っているんだが、出口が見つからないんだ。卿がここに入ってこられたということは出ることもできるはず。出口を教えてほしい。ヒルダが心配しているだろうから早く戻りたいんだ」
護衛であるヒルデガルトを置き去りにして兄を止めに行ったため、彼女が心配していることは明らかだ。
「本当に望んでおられますか?」
彼の言葉に困惑する。
「どういうことなのだろうか? 早くここから出たいと本気で考えているのだが」
「その力を得たことは認識されていますか?」
微笑みながらも彼の眼差しは真剣だった。
「力とは何のことだろうか? 先ほどグレゴリウス兄上も言っていたが、私には全く心当たりがないのだが」
私が困惑していると、マティアス卿は寂しげな笑みを浮かべる。
「その力を認識するところから始めないといけませんね。今のままでは具象界に戻ることが危険だと陛下御自身がお考えのようですから」
「何を言っているのか分からないのだが……」
「これは私の想像ですが、陛下はその得た力を使って、グレゴリウス殿下に取り憑いた魔神が放った魔導を防がれました。そのお陰で私や妻、ラザファム、我が軍の兵士やこの町の住民は生き残れたのです」
「私が……」
驚きで言葉が出てこない。
「陛下は管理者の力を得たのです。ですが、そのことを認識しておらず、無意識のうちに世界への干渉を恐れ、この空間に篭られているのでしょう」
「神の力を私が……」
「はい。大賢者様から教えていただいたのですが、グライフトゥルム王家には管理者の血が流れているそうです。そして、いつの日か王家から管理者が生まれることを期待されていました。陛下が管理者として覚醒したのは偶然ですが、必然でもあったのです」
「私は神の力を得たと……本当なのだろうか?」
そこで彼は苦笑する。
「正確なところは私にもよく分かりません。ですが、魔神の力を封じることは四聖獣様や大賢者様に匹敵する力がなければ不可能です。そう考えると、管理者を継承するグライフトゥルム王家の血を引く陛下が、その力を得たと考えることはおかしなことではありません」
「卿の言っていることは分からないでもないが……」
「陛下はその力をどうされますか? よい方向に使えば世界をよりよくすることになりますが、一つ間違えば世界を滅ぼしかねません。陛下にそのお覚悟はおありですか?」
「覚悟と言われても困るのだが……」
私は困惑することしかできなかった。
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