第四十六話「大賢者、状況の変化に驚く」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、上空。大賢者マグダ
儂は襲撃を受けたという合図を受け、エーデルシュタインに急行していた。
帝国軍の救援に向かう時とは異なり、魔神に取り込まれたグレゴリウスに悟られぬよう力の放出を可能な限り抑え、低空を飛んでいく。
エーデルシュタインから十キロメートルほどのところに来たところで、マティアスの思惑通りに進んでおると安堵していた。
(魔素の放出量もさほどではないの。マティアスが言っておった通り、グレゴリウスは儂を警戒して強い魔導を使わずにおるようじゃ。あと十分も掛からぬ。このまま近づけば、エーデルシュタインは救えるの。さすがはマティアスじゃ)
更に近づいたところで、儂の考えが甘かったと思い知らされる。
「何じゃ! 今になってこれほどの魔導を使うつもりか! なぜじゃ!」
急速に膨れ上がる力に焦り、抑えていた力を解放して全力で飛ぶ。
しかし、間に合わないことは明らかじゃった。
(今から全力を出しても間に合わぬ……これほどの力では下水道程度では耐えきれぬな。また友を失うのか……あとはグレゴリウスが完全に力をものにする前に消滅させるしかないの……)
放たれる魔導は恐らく第八階位。山すら吹き飛ばすことができる威力がある。地上にある建物はおろか、数メートル程度の深さの下水道では爆風が入り込んで中にいる者を焼き殺すことになるじゃろう。
儂は長年の盟友シドニウスやカルラたち影、そしてマティアスらが生き残れる可能性はないと考えていた。
それでも一縷の望みを賭けて全力で飛ぶ。
儂がエーデルシュタインの上空に達する直前、臨界に達した魔素が爆発した。
真っ白な光に包まれ、地上に太陽が生まれたかのようじゃ。
この儂ですら、その爆発の余波を受けて進めなくなったほどで、爆発の下にいた者が生き残れるとは思えぬ。
(やはり間に合わなんだか……グレゴリウスはどこにおる! 奴を仕留めねば、死んでいった者たちに顔向けできぬ!)
強い意志で悲しみを捻じ伏せ、元凶であるグレゴリウスを探す。
(どこにおるのじゃ! まだ力は集束しておらぬ。早く見つけねば……)
魔素溜まりができるまでには僅かじゃが時間差がある。そのごく短い時間で決着を付けねばならぬと焦っていた。
そのため、儂はあることを見逃していたことに今更ながら気づいた。
(なぜじゃ? なぜ町が残っておるのじゃ?)
町の上空に達した時、眼下に街並みが残っていることに気づいたのじゃ。
(あの爆風で家が壊れぬなどあり得ぬ。何が起きておる……もしや、ジークフリートが覚醒したのか?)
その可能性に気づき、気配を探る。
(強い力がある……魔神とは違うの……もしやジークフリートか……それにしても何という力じゃ……)
魔神などとは比較にならないほど強大な力を持つ存在を見つけた。
急ぎ近づくと、そこには大きな光の繭があった。
(何じゃ、あれは……ジークフリートを包み込んでおるのか?)
儂はそこに近づき、声を掛けた。
「ジークフリート王よ。マグダじゃ。聞こえておるか?」
しかし、光の繭の中から返事はない。
下を見ると、総督府軍本部の建物の屋上にシドニウスを始めとした魔導師たちとラザファムら王国軍の者たちが気を失って倒れておった。
更に建物の近くにはマティアスを抱きしめながら倒れているイリスの姿もある。
先ほどの衝撃で意識を飛ばしたようじゃ。
ジークフリートのことが気になるが、マティアスの額から血が流れているため、すぐに舞い降り、治癒魔導を掛ける。
心臓が止まっていたようじゃが、調べた限りでは異常は見当たらぬ。まだ意識は戻っていないものの、浅く呼吸を始めており、何とかギリギリ間に合ったようじゃ。
「大賢者様? どうして……」
イリスが目を覚ました。
「とりあえず、危険はない。ないと思う……」
状況が分からぬ故、言い切れぬ。
「マティアスにも治癒魔導は掛けておいた。意識は戻っておらぬが、異常は見当たらぬ。彼の意識が戻るまで、そなたは付いておれ」
そう言ってから屋上に上がる。
シドニウスが意識を取り戻し、頭を振っていた。
「マグダ様……何が起きたのでしょうか……」
「恐らくジークフリートが覚醒した。あそこにおる」
そう言って光の繭を指差した。
「ラザファムらを見てやってくれ。儂はあれを見ておかねばならぬ。万が一、暴走すれば、魔神とは比べ物にならぬほどの脅威となるからの」
管理者の力を得た状態で感情に任せて暴走すれば、儂や代行者たちでも止められぬ。
シドニウスは儂に頷き、ラザファムや導師たちを起こし始めた。
それを見届けた後、再び光の繭の横に戻る。
何度か声を掛けたが、反応がない。
(そう言えば他の魔獣たちはどうしたのじゃ? 姿が見えぬが……)
どのくらいの数の魔獣がグレゴリウスの配下として攻撃に参加していたのかは分からぬが、全く反応がない。
(先ほどの爆発で全滅したのかもしれぬが気になるの……)
そう思い、再び屋上に戻った。
「ラザファムよ。この町を襲ってきた魔獣がおらぬが、そなたらが倒したのか?」
意識を取り戻したラザファムに尋ねた。
「いえ、グレゴリウス殿下を乗っ取った魔神と一つ目巨人、合成獣の攻撃を受けていましたが、防戦することもできず、死を覚悟していました。私にもどうなったのかは……」
「そうか。とりあえず魔獣どもの気配はない。怪我人を助けるよう命じた方がよいの」
「ありがとうございます。直ちに治癒魔導師を派遣します」
それだけ言うと、ラザファムはシドニウスに声を掛けるため離れていった。
「シドニウス殿、魔導師隊にも協力していただきたい……」
その姿を見ながら何が起きたのか考えてみたが想像もできぬ。
そんな時、ジークフリートの陰供、ヒルデガルトが現れ、儂の前で平伏する。
「ジーク様をお守りすることができませんでした。申し訳ございません」
常に感情を消している影である彼女が涙を流して謝罪してきた。
「ジークフリートはあそこにおる」
そう言って光の繭を指差す。
「ジーク様があそこに……生きておられるのですか!」
「生きておることは間違いない。儂の声には全く反応せぬがの。そなたは何が起きたか見ておったかの?」
ヒルダは滂沱の涙を流していたが、儂の質問に答え始めた。
「何が起きたのかは分かりません。ただ、グレゴリウス王子に憑依した魔神がジーク様に町を焼き尽くすさまを見せようと自らの横に連れていきました。それから魔素が膨れ上がり、爆発したように見えました。ただ、爆発の瞬間にジーク様の声が聞こえた気がします」
「ジークフリートの声? 何を言っておったのじゃ?」
「はっきりとは聞き取れなかったのですが、みんなを守る力がほしいとおっしゃっていたような気がします」
「守る力がほしい、か……」
その言葉で状況を理解できた気がした。
ジークフリートは絶望的な状況でマティアスらを守ろうと強く願った。そして、それが覚醒の引き金になり、グレゴリウスが放とうとした魔導の力を上に行くように捻じ曲げたのじゃろう。
しかし分からぬこともある。
あの光の繭じゃ。
「あの光の繭ができた様子は見たかの?」
「いいえ。ただ、一瞬だけ強い力がジーク様に集まっていく気がしました。魔象界からではなく、直接集まった気がしますが、はっきりとは……」
それで儂には何となく分かった。
「魔象界から取り出すのではなく直接か……魔獣たちが消えた理由がこれか……」
「どういうことでしょうか?」
「恐らく魔獣たちの力を強引に引き寄せたのじゃ」
魔獣たちはある意味、魔素の塊と言える。
その証拠に倒されれば、魔素を封じた魔石を残す。
第八階位の魔導を捻じ曲げるためには同程度の力がいるが、儂が見た限り、グレゴリウスが発動しようとした魔導しか魔象界から魔素を取り出した形跡はなかった。
本能的に魔象界から魔素を取り出すことの危険性に気づき、手近な魔素を使おうとしたのじゃろう。
おおよそのところが分かったが、やれることがない。
命令を出し終えたラザファムと話をする。
「指示は出し終えました。魔獣たちはやはりいないようです。大賢者様には理由がお分かりでしょうか」
「うむ。おおよそのところはの」
そう言って儂の推論を話した。
ラザファムは驚きのあまり目を見開くが、すぐに状況を理解する。
「では、陛下が私たちを守ってくださったということでしょうか?」
「恐らくの」
「陛下はどうなるのでしょうか?」
不安そうな表情で聞いてきたが、儂にも答えはない。
「儂にも分からぬ。それより帝国軍が気になる」
最大の脅威は去ったとはいえ、まだダグマーが憑依した魔神がおる。このまま放置すれば、リヒトロット市や帝都が奴の餌食となり、巨大な魔窟ができることになるからじゃ。
「確かに帝国軍に向かった魔神が気になります。連絡網はまだ維持できているはずですので、こちらで何か起きれば先ほどと同じように合図を出します」
「そうか。ならば、儂は帝国軍のところに向かう。あとのことを頼んだぞ」
そう言って儂は北に向かった。
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