第四十三話「グレゴリウス、王国軍を追い詰める」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部屋上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
戦いが始まって二十分ほど経った。
想定している戦闘時間の半分を過ぎているが、状況はあまりよくない。
これまで策を弄して何とか町の中への侵入を防いでいたが、遂に門が破られた。それだけではなく、最も警戒すべき魔神が自ら戦い始めてしまったのだ。
「ハルトと連絡が取れないわ! ハルト隊への指示を!」
妻のイリスが叫ぶ。
ハルトムートは城門で戦っていたはずだが、その後連絡が途絶えた。
総司令部の要員たちは絶望的な状況に表情が暗い。それでもパニックに陥るような者はおらず、各自の任務に集中すべく情報収集に当たっていく。
「ハルト隊は一つ目巨人と合成獣を攻撃。魔神が現れたらすぐに撤退せよ」
総司令官のラザファムが冷静に命令を出す。親友の安否が不明だが、そのことをおくびにも出さない。
「ヘルマンとエレンに連絡。巨人たちが町の中に侵入してくる。足止めを開始せよ!」
二十体ほどの一つ目巨人と二十五体ほどの合成獣が残っているため、予定通りに遅滞作戦を実行する。
「ハルト隊より連絡! 魔神はグレゴリウス殿下の模様! 指示を願うとのことです!」
「グレゴリウス殿下だと……」
意外な名前が出たと思ったのか、ラザファムは一瞬驚く。
「本物かどうか分からないよ。こちらの動揺を誘おうとしているのかもしれないから」
私がそう言うと、ラザファムもすぐに冷静さを取り戻した。
「姿が似ているだけだ。敵であることに変わりない! その旨を各隊に周知せよ」
これまでグレゴリウスが魔神に取り込まれたことは伏せており、私と大賢者しか知らない事実だった。
イリスやラザファムにも伏せていたのは万が一ジークフリート王に伝わり、彼が王家の不始末に対処するために前線に立つといいかねないと思ったからだ。
「偵察大隊より連絡! 大賢者様は第二小隊上空を通過! 北東三十キロの位置です!」
その言葉に安堵の息が漏れる。
「あと十分で大賢者様は到着される! それまで敵に悟られることなく、時間を稼げ!」
ラザファムの言葉に参謀たちにも余裕が生まれた。
「魔神がこちらに向かっています! それに巨人たちも続いていますが、止められません!」
屋上から見ると、大通りを悠然と歩く一つ目巨人たちの姿があった。その前には兵士たちを斬り捨てる魔神の姿があった。
指揮官であるハルトムートを失った突撃兵旅団では足止めできず、ラウシェンバッハ師団の遅滞作戦もまだ上手くいっていないようだ。
「このままではすぐにここに辿り着く。総司令部の場所を変えるべきだ」
私の助言にラザファムは首を横に振る。
「あと十分だけ粘ればいい。だから私はここで指揮を執る。君は参謀たちと避難してくれ。私との連絡が途絶えたら、君が指揮を執るためだ」
「無駄死にだ! すぐに全員で退避すべきだ!」
「イリス、マティを連れて地下に行け! これは命令だ!」
「兄様……」
「議論している時間はない! 司令部が全滅するわけにはいかないんだ! 早くしろ!」
ラザファムの言葉に妻は頷くと、私の手を引く。
「兄様の言っていることが正しいわ」
私はそれに頷くことしかできなかった。
「参謀五名は私と共に下水道に入る。その後、別の建物で司令部を立ち上げる。急げ!」
予め副司令官付きの参謀は決まっており、すぐに通信兵と共に動き始める。
「ラズ、死ぬなよ! リーゼル殿とフェリックスが待っているんだ! 絶対に諦めるな!」
私が彼の妻と長男の名を出したが、彼は爽やかな笑顔で片手を上げる。そして、命令を出し始める。
「陛下に下水道に向かうよう連絡せよ! アレク隊は悪魔への攻撃を中止し、護民官公邸前に移動! 急がせろ! ラウシェンバッハ師団は巨人たちの後方に回り込んで足止めするんだ!……」
私は断腸の思いで彼から意識を引きはがし、階段を駆け下りていく。
その間にも巨人たちが建物を破壊する音が響いていた。
「時間がないわ。通信が途絶えないように下水道ではなく、地上を行きましょう。総督府軍の練兵場なら通信の魔導具が使えるわ」
通信の魔導具はトランシーバーに近いため、地下はもちろん建物の中でも使えない可能性がある。
「そうだね。移動に時間を使うのはもったいない」
階段を下りる途中で総督府軍本部の建物が大きく揺れる。
「わぁぁ!」
私はその衝撃に耐えられず、階段から転げ落ちていった。
「マティ!」
妻の声が遠くに聞こえていた。
■■■
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部前。元第二王子グレゴリウス
エーデルシュタインの町の中に入り、敵兵を蹂躙しながら中心部に進んでいた。
敵の獣人兵は俺に敵わないと分かっていても、引くことなく斬りかかってくる。
「マティアス様をお守りするんだ!」
「一秒でも多く時間を稼げ!」
オストインゼル島で武術を学んだ俺が見ても、彼らの技量は優れており、魔神の力がなければ数合で斬り伏せられていただろう。
しかし、彼らの決死の覚悟は全くの無駄だった。
五人、十人と集団で攻撃してくるが、俺の歩みを遅らせることすらできず、一太刀で斬り伏せられていたためだ。
俺はこの力に酔っていた。
(この者たちも達人と呼ばれていたはずだ。それがこれほど容易く倒せる。それに殺せば殺すほど力が漲ってくる。まだまだ足りぬが、この町の者を殺し尽くせば、大賢者を恐れる必要はなくなるだろう……ククク……)
後ろに続く一つ目巨人が建物を破壊し、合成獣たちが士気の下がった兵士たちを次々と殺している。
(このまま行けば三十分もせずに殺し尽くせるはずだ……)
その様子に満足しながら進むと、目の前にある大きな建物を守るように兵士たちが立っていた。
(ここにラウシェンバッハがいるのか……奴がいるということはジークフリートもいるのではないか? まだ時間は充分にある。奴のところに行くとするか……)
屋上で指揮を執っている可能性を考え、翼を羽ばたかせて舞い上がる。
屋上には百人近い人族がいた。その中に見知った顔を見つける。
(予想通りここで指揮を執っていたようだな。あれはエッフェンベルクか……)
俺が一人で舞い降りると、魔導師らしき者たちが防御魔導を発動した。
淡い色の光がドーム状に広がる。
「笑止! その程度で俺を止められると思うな!」
俺は無造作に前進し、そのドームを愛剣で軽く斬る。
パリンという音と共に光のドームが消滅した。
魔導師たちに動揺が見えるが、それを無視する。
「エッフェンベルク、久しいな」
エッフェンベルクは俺の問いに驚きの表情を浮かべている。
「グレゴリウス殿下なのですか?」
「見て分からぬか……いや、確かに以前とは少しだけ変わっているな。ジークフリートとラウシェンバッハがおらぬが、どこにいる?」
「教えるはずがなかろう!」
エッフェンベルクはそう言うと剣を引き抜いて構えた。
彼の周りにいる白い装備の獣人たちも剣呑な表情で俺を睨んでいた。
「近衛兵に獣人を採用したのか。やるではないか」
父の時代の近衛兵である第一騎士団は見た目ばかりの無能ばかりで不満があった。俺が王になったら実力主義で再編しようと考えていたので褒めてやったのだ。
「今一度聞く。ジークフリートとラウシェンバッハはどこにいる?」
「見ての通り、ここにはいない! それよりもなぜ魔神に魂を売った!」
「失礼な奴だな。魔神に魂など売っていない。この力を利用し、世界を手に入れるだけだ」
エッフェンベルクは俺の答えに激高する。
「世界を手に入れるだと! マルクトホーフェンとは違うと思っていたが、貴様もただの野心家だったのか!」
「叔父のような小物と一緒にするな! ジークフリートの居場所を言わぬのであれば、生かしておく必要はない。死ね」
そう言って剣を振るい、斬撃を飛ばす。
しかし、その斬撃はエッフェンベルクの手前で“キン”という硬い音と共に消えた。
森人の魔導師が彼を守ったのだ。
「邪魔をするな!」
そう言って剣を振ろうとしたが、あることに気づいた。
「なるほど。まだこの建物の中に残っているから、俺の注意を引こうとしているのだな……一つ目巨人よ! この建物を破壊しろ! 瓦礫で圧し潰してやる」
命令を出すと、更に斬撃を飛ばした。
狙いはエッフェンベルクではなく、その近くにある物見塔だ。森人の魔導師もそこを狙うとは思っておらず、二度目の斬撃に対応できなかった。
そして、物見塔がエッフェンベルクらの方に倒れていく。押し潰せるとは思っていないが、物見塔が屋上への出入り口になっているから、動きを封じられる。
そのことに満足し、再び空に舞い上がった。
建物を壊そうとすれば、ジークフリートは慌てて外に飛び出してくるからだ。
五体の一つ目巨人が建物に体当たりを始めたことに俺は満足していた。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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