第四十二話「グレゴリウス、苛立つ」
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、南城壁。元第二王子グレゴリウス
俺はこの状況に困惑していた。
(炎は順調に上がっている。ラウシェンバッハの獣人たちも手も足も出ないで右往左往している。だが、魔素が一向に増えん。住民が死んでいないということだが、どういうことなのだ?)
上級悪魔たちが町中に火を放ち、盛大に上がる炎が南からも見えている。
更に南の城壁の上に設置されたバリスタにより数体の一つ目巨人と合成獣が倒されたが、俺自身が城壁に乗り込み、抵抗する獣人を殺し、バリスタもすべて破壊している。
今は一つ目巨人たちが城門を破壊しようと体当たりを掛けているところだ。
奴らが町の中に入れば、一気に片が付くはずだが、ペテンに掛けられている気がして苛立ちが募る。
(すべてが順調なのだが……違和感がある……)
城壁の上から北の方を見ていると、あることに気づいた。
(通りに人の姿が見えぬ……火事になれば、普通は逃げ出すはずだが、獣人どもしかおらん……)
普通自分の家が火事になれば、我先に逃げだすはずだが、通りには兵士らしき武装した者の人影しか見えない。
(屋根の上しか燃えていないのではないか? 何が起きているのだ……)
確かに上から炎の魔導をぶつけているから、二階より上だけが燃えていてもおかしくはないが、不自然な気がした。
(まあいい。人の気配は消えていないのだ。巨人たちが突入すれば、それで終わりだ……)
俺は楽観していた。
人の気配が残っていることから密かに逃げ出したわけではない。それに大賢者が気づくほどの魔導は使っていないから、奴が戻ってくる心配もない。
攻撃開始から十分後、城門のうち、外側の鋼鉄製の門扉を破壊した。
まだ巨人十九体、合成獣二十六体が健在だ。それだけの数の大型魔獣が突入すれば、一キロメートル四方の町などすぐに破壊し尽くせる。
(残りは内門だけだ。巨人たちなら簡単に破壊できる。門を突破したら合成獣を送り込むべきだ。奴らの方が速いからな……)
そのことを魔獣たちに命じる。
「門を破壊したら合成獣たちが先に雪崩れ込め! 兵士たちを殺しながら進むのだ!」
そして、内側の門扉の閂が折れる音がした。
「突撃せよ!」
俺の命令を受け、巨人たちの足元を合成獣たちが駆け抜けようとした。
しかし、すぐに合成獣たちの足が止まる。
獣人兵が城門の内側に待機しており、側面から攻撃を受けた合成獣たちが傷を負ってのたうち回っているため、狭い城門を通れないのだ。
「忌々しい!」
その場に降りていこうとした時、巨人たちが咆哮を上げて倒れる姿が見えた。
城門からまっすぐに伸びた中央大通りに十基ほどのバリスタが設置されていたのだ。
「最初から城門を突破させるつもりで罠を仕掛けたのか? それにまんまと嵌まったのか!」
俺の苛立ちは最高潮に達した。
■■■
統一暦一二一七年六月十七日。
ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、南門付近。ハルトムート・フォン・イスターツ男爵
俺は南門のすぐ近くに待機していた。
俺の指揮下には突撃兵旅団の猛者たちが息を潜めている。
『そろそろ城門が破壊されるわ。いつでも行けるわよね。以上』
通信の魔導具からイリスの声が聞こえている。
「もちろんだ。注意事項だけ、もう一度教えてくれ。以上だ」
『分かったわ。一番注意すべきは城壁の上にいる魔神よ。さっき第二連隊が戦ったけど、全く歯が立たなかったわ。そこで巨人たちを食い止めたら、奴が舞い降りてくるはず。近寄ってきたらすぐに逃げて。人が勝てるような相手じゃないから。あなたやアレク殿でも絶対に無理。それにあの人の作戦ではあなたたちが撤退することは織り込み済みよ。だから絶対に無茶はしないで。以上よ』
俺は直接見ていないが、イリスがそう言うのであれば、戦えるような相手じゃないのだろう。
もっともここでも奴の威圧感はひしひしと感じている。好戦的な突撃兵たちですら黙るほどだ。
「了解した。大賢者様が戻られるのは最短であと十分ほどだな。以上」
『そうよ。だから生き延びることだけを考えて。以上よ』
通信を切るが、一つ目巨人や合成獣ですら命懸けで戦う相手なのだ。それが五十体近くいる。
イリスから無茶はするなと言われたし、撤退も織り込み済みだそうだが、突撃兵旅団が命令通りに動けるとは思えない。
(兵を置いて逃げるわけにはいかないからな。これは詰んだな……帝国軍なら正規軍団の精鋭が相手でも生き残る自信はあったんだがな……)
口には出さないが、生き残れる気がしない。
(ラズとマティ、イリスには何としてでも生き残ってもらわないと。国のために必要なのは彼らなんだから……)
俺は戦場でしか役に立たないが、マティたちは違う。王国の繁栄のためには絶対に必要なのだ。
陛下を脱出させることは決定事項だが、彼らにも生き残ってもらわないといけないと気合を入れ直す。
そんなことを考えていたが、城門の門扉がバリバリと言い始め、今にも割れそうな感じになった。
「敵が入ってきたら何でもいいからぶった切れ。そうしたら一気に下がるんだ。分かったな」
近くの兵士にそう声を掛ける。
「りょ、了解」
勇猛さが取り柄の突撃兵が委縮している。
「確かに怖いよな。だが、あの上にはマティとイリスがいるんだ。あの二人に無様な姿は見せられんだろ?」
そう言って総督部本部の建物を指さす。
「は、はい!」
こういう言い方は嫌いだが、二人の名を出した。無謀な攻撃を行いかねないが、委縮したまま攻撃するよりマシだと考えたのだ。
内門の閂が耐えきれずに折れた。
巨大な人型が浮かび上がる。
「バリスタ隊! 発射! ハルト隊! 突撃せよ!」
俺は命令を出した後、門に向かって走り出す。
巨人の足元から獅子の頭と体を持つ合成獣が現れた。しかし、巨人の足が邪魔で勢いはない。
バリスタの矢が頭上を飛んでいく。
「巨人は無視しろ! 合成獣を狙え!」
叫びながら俺も二本の剣を振るう。
合成獣の顔を斬り付けると、尾の部分の大蛇が襲い掛かってくる。それを斬り飛ばし、巨人の足元を駆け抜けて城外の合成獣に攻撃を掛ける。
「動きは鈍いぞ! 叩き切れ!」
味方を鼓舞しながら、剣を振るい続ける。
巨人の足が大きく動き、それを避け切れずに兵士が吹き飛んでいく。
しかし、我々の奮闘により城門で渋滞が起きていた。
(これで五分は時間を稼げた。このままいけば大賢者様が戻って……何!)
城門近くで禍々しい気配を感じた。
(やはり来たか……)
目の前にいたのは蝙蝠のような翼を持つ魔神だが、別のことで驚いていた。その顔に覚えがあったためだ。
「グレゴリウス殿下? なぜ?」
「貴様はイスターツと言ったな? ジークフリートはどこにいる?」
冷え冷えとした声だ。
自分が震えているのに気づくが、ふてぶてしい表情を無理やり作る。
「陛下に何のようだ?」
「陛下だと……グライフトゥルムの王は俺だ!」
その直後、俺の身体は吹き飛ばされていた。
「ガハッ!……何が……」
肺の中の空気が全部なくなったと思うほどの衝撃を受けたが、最初は何が起きたのか分からなかった。
どうやらグレゴリウスが剣を振り、それを奇跡的に二本の剣で受けたものの、壁まで吹き飛ばされたらしい。
しかし、無傷というわけにはいかず、動くことができない。
グレゴリウスは俺が死んだと思ったのか、無視して城の中に入っていこうとする。
「邪魔だ」
グレゴリウスは苛立ち交じりに傷つきのたうち回る合成獣を斬り伏せる。合成獣は身体を維持できず、黒い霧になって消えていった。
その怒りに合成獣だけでなく、一つ目巨人も怯え、道を開けようと藻掻いていた。
一体の巨人も斬り殺し、グレゴリウスはそのまま進む。
門の中から兵たちの断末魔が響き始めた。
(まずい……陛下が危ない……)
そう思うものの、死に掛けている俺は動くことができない。
(陛下だけじゃない。奴がマティを見つければ、必ず殺す。マティ、逃げるんだ……)
俺は立ち上がろうとして激しく咳き込む。
その直後、大量の血が鎧を染めていることに気づいた。
(内臓もやられたようだな。もう少し役に立てると思ったんだが、ここまでか……)
俺は壁に身を預け、意識を失った。
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