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新グライフトゥルム戦記~運命の王子と王国の守護者たち~  作者: 愛山 雄町
第十章:「奮迅編」

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第四十一話「ヘルマン、魔神の脅威を目の当たりにする」

 統一暦一二一七年六月十七日。

 ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、南城壁。ヘルマン・フォン・クローゼル男爵


 私は南城壁の上、城門の西側で指揮を執っている。

 眼下にはこの城壁に手が届くほどの巨人、一つ目巨人(クークロープ)が二十体以上闊歩し、その足元には三十体近い合成獣(シメーレ)が突進する姿があった。


 これだけの魔獣(ウンティーア)がいれば、国が滅んでもおかしくない。

 その魔獣たちの脅威が霞むほどの存在がいた。


(あれが魔神……)


 悪魔と同じく蝙蝠のような翼を持つが、大きさ自体は普人族と大して変わらず、巨人の膝にも届かない。

 しかし、その存在感は他を圧倒していた。


 圧倒的な存在感を持つ鷲獅子(グライフ)様を見ているから恐慌に陥らずにいられるが、人が勝てる相手じゃないと慄くことしかできなかった。


 それでもここで逃げ出せば大賢者様が戻られるまでの時間を稼ぐことができない。そのため、勇気を振り絞って、バリスタで攻撃を行った。

 その結果、五体の魔獣を無力化した。


 敵を倒せたことで、兵たちも恐怖の呪縛が解けた。

 その勢いに乗ってもう一度攻撃しようとした時、魔神が予兆も何もなく唐突に城壁の上に現れた。


 私が指揮している場所から五十メートル以上離れているが、勝てないことは明らかで、即座に撤退の命令を出す。


「撤退せよ! 城壁を放棄する! すぐに逃げろ!」


 臆病者が出す命令のようだが、今はそんなことを気にする余裕もなく、城内に降りる階段に走る。


 勇敢な兵士が魔神に斬りかかる様子が見えたが、剣が届く前に身体を両断され、血飛沫が上がるだけだ。


「城内に退避! 間に合わぬ者は身体強化を掛けて飛び降りろ!」


 高さ十五メートルの城壁から飛び降りれば、身体強化を掛けていても死ぬ可能性はある。しかし、魔神に近寄られれば確実に死ぬのだ。それならば生き残れる可能性がある方を選択すべきだと思ったのだ。


 階段を駆け下りた後、城壁を見上げると、何人もの兵士が飛び降りている姿が見えた。

 しかし、魔神に斬り飛ばされた無残な死体も少なくなく、その無力感に苛まれていた。


「総司令部に連絡せよ。ヘルマン隊は城壁下で待機中、命令を請う」


 すぐにグスタフ・フォン・ヴェヒターミュンデ中将から命令が届いた。


『南城壁は放棄する。ヘルマン隊は総司令部付近に移動し待機せよ。負傷者については治癒魔導師が派遣できるようになるまで、その場で待機。以上』


 普段ならすぐに治療が行われるのだが、今回の作戦では治癒師たちも魔導師隊に組み込まれており、部隊にはいない。また、治癒師がいない場合でも通常なら負傷者を後方に送るのだが、その余裕すらないようだ。


「ヘルマン隊は総司令部まで移動する! 負傷者はその場で治癒魔導師を待て! 戦いは一時間以内に終わる! それまで耐えてくれ!」


 移動しようとした時、上からバリスタが破壊されるバリバリという音が聞こえてきた。

 あの頑丈なバリスタを魔神が叩き壊しているらしい。


 更に城門からはドンドンという音が響いている。一つ目巨人たちが門扉を叩き壊そうとしているのだ。


 兵士たちは表情を隠しているが、不安に思っていることは明らかだった。


「総司令部におられる兄上をお守りする! 気合いを入れ直せ!」


 私の言葉で兵士たちの表情に生気が戻った。


 総司令部までは百メートルほどしか離れていないため、すぐに到着する。


「ご無事でしたか」


 副師団長であるエレン・ヴォルフ第一連隊長が安堵の表情を見せながら話し掛けてきた。


「そっちは無事のようだな」


 ヴォルフ隊は城門の東側に配置されており、魔神が我々を攻撃している間に退避できたようだ。


「運がよかっただけですよ。それよりもこれからのことの方が不安です。あのような存在にどう対処したらよいのか……」


「同感だが、ラザファムさんの命令に従うしかない。兄上なら最善の方策を考えてくださる。それを信じよう」


 いくら兄上であってもあの魔神を相手に有効な策を思いつくとは思えないが、彼の気持ちが楽になるならと口にしたのだ。


「そうですね。我々はマティアス様の策通りに動く。それを部下たちにも徹底しておきます」


 すっきりとした顔でそれだけ言うと、部隊に戻っていった。

 私も同じように部下たちに伝え、戦場を見守っていた。


■■■


 統一暦一二一七年六月十七日。

 ゾルダート帝国南部エーデルシュタイン、総督府軍本部屋上。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵


 城壁の上の戦いは一方的だった。

 勇敢な兵が魔神に斬りかかったが、身体に届くことはなく、斬り殺されている。


「彼らでも全く歯が立たないのか……」


 ラザファムが唖然とした表情で呟いている。

 私も同じ気持ちだ。


(災厄と呼ばれる理由が分かった気がする。人族最強と言われているケンプフェルト閣下でも傷すら付けられないだろう。人が戦える相手じゃない……)


 更に魔神はその巨剣でバリスタを破壊し始めた。

 その破壊音が響いている。


「ラズ、南の城壁は放棄だ。第二段階に移行を命じてくれ」


 呆然としているラザファムに次の作戦に移行するよう助言する。


「そうだな……ヘルマンに連絡! 南城壁は放棄! 戦闘可能な者は総司令部付近で待機し命令を待て! 負傷者はその場で治癒魔導師を待て! ハルトに連絡! 敵が城門を抜けてくる。迎え撃て!」


「「了解」」


 城壁を担当するグスタフと城内を担当する妻が同時に硬い声で応える。

 グスタフはすぐに通信兵にその旨を伝えたが、妻は直接ハルトムートに連絡していた。

 恐らく彼のところから城壁の上の状況は見えないから、そのことを伝えるためだろう。


「ハルト、一つ目巨人たちが城門を突破してくるわ。何体か倒したらその場を離れるのよ……」


 妻が連絡している間も攻撃は続いているが、魔神の力を見せつけられた総本部の要員たちの動きが鈍い。


「作戦は順調だ。あと十五分くらい我慢すればいいだけだ」


 私はあえて陽気な声を出す。

 そろそろ大賢者が気づいて戻り始めているはずで、それを気づかせたかったのだ。


「そうだな。北の方も煙は盛大に上がっているが、屋根の上だけだ。まだ奴らは君の策に気づいていない」


 ラザファムは私の意図に気づき、力強い口調でそう言ってきた。

 そんな彼に私は作戦変更を申し出た。


 元々の作戦ではある程度城壁で敵を引き付けて時間を稼ぎ、更に城門を突破された後にハルトムート率いる突撃兵旅団が敵を食い止めるというものだった。

 しかし、魔神が前線に出てきたため、その策は使えないと判断したのだ。


「今後なんだが、恐らくあの魔神が先頭に立つはずだ。そうなると、ハルト隊が攻撃しても時間はほとんど稼げない。突破されたまま放置すれば、巨人たちが北の住居地区に入ってしまうだろうから大きな被害が出る」


「そうだな」


「そこで一部作戦を変更したい。ハルト隊はそのまま魔神以外の巨人たちに攻撃を仕掛け、突破されないようにしているように見せかける。しかし、魔神に抗し得ず撤退し、魔神と巨人たちを城内に引き込む」


「あえて引き込むのだな」


 彼にも私の策が何となく見えたようだ。


「そうだ。引き込んだ後、ラウシェンバッハ師団は魔神をやり過ごし、巨人たちの側面に回って、注意を引き付けるように攻撃する。巨人たちは足元の兵士を攻撃するだろうから動きは止まるはずだ。ここで注意すべきは魔神を今以上に苛立たせないこと」


「魔神を苛立たせない……大賢者様に気づかれてもいいから強力な魔導を使うことになるからか?」


「その通り。巨人たちは倒さず、動きが鈍るくらいで留めておけば、すぐに大魔導を使うことはない。ラウシェンバッハ師団なら目的をしっかりと伝えておけば、やれるはずだ」


 ラウシェンバッハ師団は獣人族にありがちな戦いに酔うことはない。そのため、こういった緻密な策でも使えるのだ。


「それでいこう。グスタフ、今の話をヘルマンとエレンに伝えてくれ」


「了解です。マティアス殿の意図もしっかりと伝えておきます」


 グスタフはすぐに通信の魔導具を使い、連絡を始めた。


(思惑通りに行ってくれればいいんだが……問題はグレゴリウス殿下がジークフリート陛下のことをどの程度意識しているかだろうな……)


 力を得るために虐殺を行うだけなら、大賢者に見つからずに実行しようとする。しかし、感情に支配されれば、無謀な攻撃も辞さないだろう。

 私はそのことが気になっていた。


下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。

また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。


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