第十六話「軍師、魔獣対策の指示を出す」
統一暦一二一七年六月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
大賢者マグダに依頼された魔窟対応について、ジークフリート王の許可を得るべく、王宮にやってきた。
侍従に急ぎ謁見したいと伝えると、すぐに国王の私室に案内される。
「緊急の用件と聞いたが、昼過ぎの異常のことだろうか? アレクとヒルダが大きな揺らぎのようなものを感じたと言っていたが」
王国最強の近衛連隊長アレクサンダー・ハルフォーフと影のヒルデガルトが感じた異常のことを気にしていたようだ。
「その件です。大賢者様がおっしゃるには東の地で魔窟が発生したとのことです。大賢者様はすぐに四聖獣様を招集し、対処されるとのことですが、出発前に私にも対応を依頼されました」
「やはり魔窟か……それで大賢者殿の依頼とは何だろうか?」
国王も魔窟の発生を予想していた。凄腕の影であるヒルダが伝えていたのだろう。
「魔窟が発生した場合、災厄級や天災級のような強力な魔獣に加え、災害級以下の魔獣も大量に発生し、広範囲に拡散します。大賢者様、四聖獣様でも数が多く対応しきれない可能性が高いため、我が領の獣人族戦士の派遣を依頼されました」
「依頼内容は理解したが、東の地だと帝国領になると思うが、問題はないのだろうか」
「大賢者様は神霊の末裔の塔で事故が起きたとお考えですので、陛下のご懸念通り、帝国領内になります。それについては大賢者様に我が軍が対応に当たることについて皇帝の許可を得ていただくようお願いしました。皇帝も自国で魔獣が溢れるような事態は早急に対処したいでしょうから、間違いなく許可してくれます」
国王には言わなかったが、皇帝ならラウシェンバッハ師団の戦力を消耗させるという意味でも認めるはずだ。
「分かった。卿がそう言うのであれば出陣準備を認める。総司令官はラザファム卿だ」
「御意」
ラザファムが頭を下げる。
「イリス卿は一時的に軍に復帰し、ラザファム卿の補佐を頼む。マティアス卿には私の補佐を頼む」
「陛下の補佐ということは、陛下御自身もご出陣されるおつもりですか?」
ラザファムが驚きながら聞く。
「そのつもりだ。帝国領内なら皇帝も出陣するだろう。私がいなければいいように使われかねない。ラザファム卿が十全に力を発揮できるようにするためには私がいた方がいい」
国王も皇帝が我々を使い潰そうとすることに気づいたようだ。
「それには及びません。皇帝が何を言ってきても私が対応いたしますので。陛下には王都で吉報をお待ちいただきたいと思います」
「それはできない。これは大陸の存亡に関わることだ。一国の王が傍観していい話ではない。この件について、これ以上議論は不要。すぐに準備を進めてほしい」
国王にしては珍しく、強引に議論を打ち切った。
確かに一刻を争うため、これ以上時間は浪費したくない。
「では、近衛連隊にも出動していただきます。アレク殿、そちらの準備もお願いします」
「承知した」
話を終え、王の私室を出る。
「ラズは陛下と共に宰相以下の重臣たちに今回の件を説明してほしい。その後はリッタートゥルムに向かってくれ」
「君はどうするんだ? 陛下の補佐を命じられたと思うが」
「私はイリスと共に明日の朝いちばんに、船でリッタートゥルムに向かう。ここにいるよりシュヴァーン河での移動計画を立てた方が時間短縮になるから。それに陛下の補佐はエーデルシュタインに到着してから行うつもりだ。今は一刻も早く現地に向かうべきだからね」
「了解だ。重臣たちに説明したら、陛下と共にリッタートゥルムに向かえばいいのだな」
「それでいい。近衛連隊は準備ができ次第、陸路でヴェヒターミュンデに向かわせ、君と陛下が船でいけば時間短縮になる」
近衛連隊もラウシェンバッハ師団と同様に全員が身体強化を使えるから強行軍が可能だ。
「そうだな」
そこでラザファムと別れ、叡智の守護者の王都支部に戻った。
目的は長距離通信の魔導具を使い、各所に指示を出すためだ。
指示を出す場所は軍関係がリッタートゥルムとヴェヒターミュンデ、モーリス商会関係がエーデルシュタインと帝都、そしてヴィントムントだ。
ヴェヒターミュンデとリッタートゥルムにはラウシェンバッハ師団の受け入れとエーデルシュタインへの移動の準備、シュヴァーン河沿いに予め物資を運んでおくよう指示を出す。
エーデルシュタインまでの移動は船を使う予定だが、シュヴァーン河に沿って陸路を使うことも考えている。獣人族の身体能力なら補給物資さえ十分なら一日当たり百キロメートルくらいは進めるから、遡上する船とほぼ同じ速度で移動できるためだ。
緊急連絡ということでヴェヒターミュンデでは東部方面軍司令官のルートヴィヒ・フォン・ヴェヒターミュンデ大将と副司令官のハルトムート・フォン・イスターツ中将が通信機に出た。
概要を説明した後、ハルトムートに別の指示を出す。
「ハルトは草原に行って、ドンナー族に話を付けてもらいたい。シュヴァーン河沿いを王国軍が移動するが、魔窟に対応するためで草原には入らないと伝えてほしいんだ」
『了解した。だが、俺で話が付けられるのか?』
「その点は大丈夫だ。ヘルマンの親友という触れ込みで居留地に行って、腕試しで認められればいいだけだからな」
草原の民は基本的に脳筋だ。そのため、勇者に対しては敬意を払う。
ドンナー族は草原の民の中でも武闘派として有名で、弟は彼らと戦って認められている。
『俺は騎乗の戦いは苦手なんだがな……まあいいだろう。話を付けたら、そっちに合流すればいいんだな』
「ヴェヒターミュンデ大将の許可が出るなら構わない。突撃兵旅団も第二陣として送り込むから、優秀な指揮官は一人でもほしいからね」
すぐにルートヴィヒ卿が話に加わってきた。
『ルートヴィヒだが、ハルトの件は問題ない。それより、ここからも戦力を送り込んだ方がよいのではないか?』
「今回は魔獣討伐ですので、そこまで多くの兵士は必要ないと考えています。逆に数が多すぎると司令部と補給部隊が対応しきれません」
ラウシェンバッハ師団と突撃兵旅団、近衛連隊でも八千人近い数になる。
戦場は険しい山岳地帯や深い森の中が想定されている。それも一個小隊程度の小部隊を広範囲に展開することになるから、数が多すぎると対応しきれない。
また、シュヴァーン河が利用できるとはいえ、輸送部隊の負担を考えれば、これ以上の兵力は足枷にしかならないだろう。
「了解だ。だが、グスタフは連れていってやってくれ。今回のような作戦を経験できる機会は滅多にないからな」
グスタフ・フォン・ヴェヒターミュンデ中将はルートヴィヒ卿の嫡男であり、東部方面軍第一師団長だ。私たちより五歳年下だが、実戦経験が少なく、それを不安に思ったようだ。
「承知しました。こちらとしてもグスタフ殿が加わってくれることは心強いです」
ヴェヒターミュンデとの通信を切ると、リッタートゥルムに連絡を入れる。守備兵団長のユリウス・フェルゲンハウアー中将は私たちの同期であり、簡単な説明で状況を理解してくれた。
モーリス商会のエーデルシュタイン支店には危険が迫っているので、可能な限り速やかに撤退するよう連絡した。
エーデルシュタインはツィーゲホルン山脈から最も近い大都市であり、魔獣の大氾濫が起きた場合、真っ先に狙われる場所であるためだ。
退避先はグリューン河沿いに作る建設準備事務所予定地とした。そこからなら船を使って一気にリヒトロット市まで逃げられるからだ。
エーデルシュタイン支店にはこの他にも、旧リヒトロット皇国軍の非正規部隊にも移動するよう連絡してもらうよう依頼した。彼らの活動拠点はツィーゲホルン山脈に近く、最も危険なためだ。
この他にもいろいろと連絡を行った後、屋敷に戻った。
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