第十五話「大賢者、奔走する」
統一暦一二一七年六月三日。
ゾルダート帝国南東部、ツィーゲホルン山脈、神霊の末裔の塔上空。大賢者マグダ
神霊の末裔の塔で大規模な魔素の放出が確認された。儂は鷲獅子と共に直ちに現場に急行する。
塔を監視していた神狼が早期に対応したため、魔窟にはなっておらぬが、危険な状況であった。
儂と同じように集まった鳳凰と聖竜が加わり、四体の代行者が魔素溜まりを抑え込むため、魔素を押し込め始めた。
規模が大きく時間が掛かりそうなため、儂も加わることにした。
「儂も手助けするかの」
しかし、神狼が反対する。
『それには及ばぬ。それよりも多くの魔獣が飛び出している。このまま放置すれば、新たな魔素溜まりができかねぬ。そなたは魔獣の処理に専念してくれ』
魔獣が具象界に顕現しても、通常なら魔素溜まりができることはない。しかし、魔獣が現れた魔素溜まりを抑え込もうとしているため、彼らに十分な魔素が供給されなくなり、強力な魔獣が自ら魔素溜まりを作る可能性があった。
「どの程度が逃げたのじゃ」
『魔神級が少なくとも二体、それより劣るものも十体ほどだ。それ以下は数が多すぎて分からぬ』
その言葉に思わず顔をしかめた。
魔神は災厄級と呼ばれる強力な魔獣だ。儂らには及ばぬものの、一国の存続が危ぶまれるほどの力を持つ。
実際、三千五百年ほど前のフォルガーの反乱の際には、魔神によって多くの大都市が壊滅しておる。
それより劣るということは天災級と呼ばれる存在だろう。それらは身長三十メートルを超える巨人や三つ首魔犬、上級悪魔など、王都クラスの城塞都市でも危ぶまれるほどの力を持っておる。
『もう一つ気になっていることがある』
「何じゃ」
更に何があるのかと身構える。
『実験に使われていた人族が暴走する直前、そなたやジークフリートを憎む思念が放出された。それにその者は自らのことを“グレゴリウス”と言っていた。我の記憶ではグレゴリウスとはジークフリートの兄ではなかったか?』
「何じゃと……」
その言葉に驚きを隠せない。
『奴は魔神程度の力であったが、管理者の血が流れておるなら、力を持てば我らでも危うい。これ以上力を与えぬようにここを抑えたが、自ら魔素溜まりを作り出し、力を得ようとするかもしれぬ』
グライフトゥルム王家の直系には管理者の魂の一部が引き継がれている。万が一、魔素溜まりからグレゴリウスに力が流れ込み、その魂が覚醒すれば大変なことになる。直情的な神狼にしては見事な判断だと感心した。
「よい判断じゃ」
『あの者も我が力を抑え込むことを優先すると分かっていたようだな。ここを離れた直後に力を抑え、探知されぬようにしていたから。そなた一人では厳しいと思うが、我らは手が離せぬ』
「承知じゃ。儂はこれより帝都に飛ぶ」
そこでそれまで黙っていた聖竜が話に割り込んできた。
『帝都だと。あの皇帝ではこの事態に役には立たぬ。無駄な時間を使う必要はなかろう』
「それは分かっておる。じゃから、ここに来る前にマティアスに手を打つよう頼んでおるのじゃ。じゃが、このままでは帝国の民が危うい。それに十日ほでマティアスの手の者がここに到着するはずじゃ。その邪魔をされては敵わぬからの」
十日は最短の想定じゃが、マティアスなら最速で行動するはずだと確信しておる。
『あの者の言った通りになるな』
鷲獅子が呟くような念話を送ってきた。
「何が言いたい」
『我らだけでは足りぬ。この大陸に住む者が力を合わせる必要があるとあの者は示唆した』
「そうじゃの。では、ここを頼むぞ」
儂はそれだけ言うと、全速力で帝都に向かった。
■■■
統一暦一二一七年六月三日。
グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ伯爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ伯爵
帝国軍に対する謀略も成功しつつあり、これで平和な日々がやってくると思っていた。
しかし、大賢者マグダが魔窟の発生を感知した。彼女は大慌てで現地に向かったが、その際に対応について頼まれたため、一旦屋敷に戻る。
「何かあったの? 顔色が悪いわよ」
妻のイリスが私と護衛の影カルラの表情が硬いことに気づき、聞いてきた。
「これから王宮に向かう。君にも来てもらいたい」
「どうしたの?」
「東のどこか、恐らく神霊の末裔の塔で、魔窟が発生した。その対応を大賢者様から頼まれた」
「魔窟……さっきの異変のことかしら? ユーダが何か大変なことが起きたと言っていたけど」
影のユーダが彼女に伝えたらしい。
それに頷くとすぐに具体的な話をする。
「ラウシェンバッハ師団、叡智の守護者の魔導師、影を率いて、湧き出てくる魔獣の処理をしなくてはいけない。ラズにもすぐに来てもらうように連絡してある」
「分かったわ」
そう言うと、すぐに準備に掛かる。
私も軍服に着替えるが、その間にユーダに指示を出す。
「ユーダさんにお願いがあります。これからラウシェンバッハに向かい、ヘルマンに出撃の準備をするよう伝えてほしいんです。可能であれば、ユーダさんに出向いてほしいのですが、大丈夫でしょうか」
影の伝令を使ってもよいのだが、私が信頼しているユーダを送った方が師団長である弟ヘルマン・フォン・クローゼル男爵も危機感を持つと思ったのだ。
「問題ありません」
「ありがとうございます。伝えていただきたいのはラウシェンバッハ師団と突撃兵旅団の出撃準備、それと即応予備軍の招集です。陛下の許可が出たらすぐにリッタートゥルムに、できれば、出陣命令受領後、三日以内にリッタートゥルムに到着してもらいたいと伝えてください。私も陛下の許可が下り次第、船で向かいます」
「承知いたしました」
ユーダはそう言うと、すぐに部屋を出ていった。
(三日でリッタートゥルムに到着か……我ながら無茶を言っている……)
ラウシェンバッハからリッタートゥルム城まで約三百五十キロメートル。碌な道もなく、五千名の部隊をその短期間で移動させることは本来なら不可能だ。
しかし、獣人族で編成されたラウシェンバッハ師団なら一日当たり百キロメートル以上行軍できる。また、リッタートゥルム街道には帝国軍の急襲を想定し、一個師団が移動できるよう補給物資が配備してある。
リビングに降りると、着替えを終えたイリスが待っていた。更にラザファムも慌てた様子でやってきた。
「魔窟ができたと聞いたが、さっきのあれか?」
東方系武術の達人である彼には感じられたらしい。
「そうみたいだ。とりあえず話は馬車の中でする。すぐに王宮に向かうよ」
「了解だ」
そう言って馬車に乗り込む。
馬車の中で何が起きたのか話し、今後の方針を簡単に説明した。
王宮に入るが、休日に我々三人が慌てた様子で入ってきたことに驚く者が多かった。
「緊急の用件で陛下に謁見したい。大至急、陛下に取り次いでほしい」
当番の侍従に命じる。
「承知いたしました!」
侍従も私の表情を見て大ごとだと感じたようで、速足で王宮の奥に向かった。
下に前作のリンクがあります。こちらもご興味があれば、よろしくお願いします。
また、地図や世界設定などを集めた設定集もありますので、興味のある方はご確認ください。
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