第7話 戦い
「……このようなところに連れてきて、何をしようというのですか?」
艶のある女性の声。
心臓が跳ねた。
……レティシア。
姿はカーテンで見えないが、その声を間違えるわけがない。
「ここは何の部屋ですか」
低い……ダニエルの声。
「ユーグ様との部屋です」
「その通りだ。しかし、ユーグの命はすでにあのニコラと同じだ。捕まるのも時間の問題でしかない。この部屋はユーグとの部屋ではなくなる」
「……何が言いたいのです」
「私に協力しなさい。そうすれば、悪い扱いはしない」
飛び出すか迷ったが、会話が続く。
「国を裏切ったあなたの言葉に従うとお思いですか?」
「レティシア様。よく考えてお答えすることだ。ユーグがどうなったのか、お知りにはなりたくないと?それにニコラをあのまま晒し者にしておいてよいのか?」
ダニエルの小さい冷たい声。
「……取引をするつもりはございません」
「ユーグは捕まる。いや、今はもう捕まっているかもしれない。そのユーグがどうなるか。お分かりか?」
レティシアが息を呑んだのがわかった。
迷っていたようだが、口を開く。
「……義父も夫も覚悟の上のことです」
その返事にダニエルは多少間を開けてから答えた。
「ニコラはそうでしょう。ユーグにもその覚悟があるかどうか?」
「夫にはないというのですか?」
「平和の時代を生きている者に、死の覚悟は簡単ではない。しかも、無残な死だ」
レティシアの迷いの雰囲気が伝わってくる。
しばらく沈黙が流れた後、レティシアが口を開いた。
「……私にどうせよと?」
「私に従うことだ。今の状況で貴女が頼れるのは……私だけだ」
少しの間。
「……あなたに従ったとして、夫が助かるという保証があるのですか?」
「私自身が保証だ。それは貴女の態度ひとつにかかっている」
レティシアの返事がなかなか出てこない。
が、しばらくして口を開いたようだ。
「……私は何をすればよいのです」
その返事に、ダニエルが動いた気配がした。
満足げにうなずいたのだろう。
「良い返事だ」
ダニエルの感情が入り混じった声。
よほどうれしかったと見える。
「この部屋が何の部屋なのかはわかっているはずだ」
返事をしながらダニエルが動く気配。
我慢できようはずがなかった。
ニコラはカーテンの裏から飛び出した。
剣を抜きながら、二人の姿を確認し、踏み込む。
驚く二人。
そのダニエルに向かって剣を突き出した。
不慣れな身体ながら、十分にニコラの技量が乗った突き。
が、ダニエルは迷いなくレティシアを突き飛ばす。
伸ばそうとした切っ先に、レティシアの身体が入り込んだ。
剣を引き、レティシアを支える。
その間に、転がり距離を取るダニエル。
みっともなくも、確実に自分の安全を保っている。
……こいつ。
思っていた以上の反応。
この不意打ちでここまでの反応をするとは思わなかった。
既に膝をついた姿勢ながらすでに剣も抜いている。
「……ダニエル」
驚いた表情のレティシアを背中側に促すと、構えた剣を対峙する男に向ける。
裏切りの張本人。
筆頭家老レモンドの息子、ダニエル。
「……ユーグ。まさかすでに城にいるとは思わなかった」
こちらも驚いた表情をしているが、声に余裕がある。
ゆっくりと立ち上がって構える。
その構え方が堂に入っていた。
「……裏切ったか、ダニエル」
「裏切りとは心外だ。私はこの領土が生き残る最善の方法を選択しただけだ」
「それが帝国につくということか」
「その通り。ニコラであるならばともかく、ユーグ。お前の代になれば、この国境沿いの領土は確実に帝国に奪われる。だったら、今のうちに奪わせたほうがいい」
当然だが、ダニエルはニコラをユーグだと思っている。
「……ダニエル。それを裏切りと言わずして何と言う?」
「知らない。言ったとおり、私は最善の選択をしたまでだ。女一人も守れぬ者に国を守ることなどできないし、そんな者に従ういわれもない」
「私の剣の腕を言っているのか?」
「そういうことだ」
ダニエルが笑う。
これまで無表情だった男が、表情を見せている。
「では、お前が私を斬ることができるか。私がレティシアを守れるかどうか、やってみるがいい」
それを挑発ととらえたらしい。
「面白い。……覚悟しろ。レティシアをお前から奪ってやる」
「やってみろ」
返事をしながら、ニコラは鋭く踏み込んだ。
そこから流れる動きの逆袈裟の切り上げ。
同時に金属が噛み合う音が響く。
……止められた?
後ろへ飛び退きながら、ダニエルを見る。
以前にダニエルと話をした時、意外に剣の腕が立つのではないかと思ったことがあったが、それどころではないようだ。
再びダニエルと対峙した。
「……さすがはニコラの息子というわけか。思っていたよりは鋭い太刀筋をしている」
「さて、どうであろうな。……お前はレモンドに鍛えられたか」
「独自だ。私はそこそこ剣の才能があったらしい」
「なるほど」
答えた途端、ダニエルの突きが飛んできた。
ぎりぎりで身をよじってかわし、反撃をしようとしたが、ダニエルにその隙が無い。
距離を取り、再び剣を構えなおす。
そのとき、後ろで動く気配。
「レティシア、動くな!」
後ろを見ないまま叫ぶ。
今のダニエルを前に、レティシアまで守って戦う余裕はない。
なにより、先ほどから感じられる自分の動きの違和感。
やはりユーグは別の身体なのである。
身長も違い、手の長さも違う。
どうしたってこれまでの感覚とのずれが生じる。
久しく感じていなかった焦りと緊張感。
しかし、自然と口元に笑みが浮かぶ。
「笑うなど!」
ダニエルが踏み込んできた。
正面からの切り下げ。
わずかに身をよじりかわすと、肌に剣圧を感じるほどの距離を鉄の塊が通り過ぎていく。
……この距離。
その動きに合わせて剣を切り上げた。
かすかな手ごたえ。
見ると、ダニエルの上腕部分、服だけであろうが一部切り裂かれていた。
……今のは良かった。
もうわずかばかり踏み込めていたら、ダニエルの腕は飛んでいたはずだ。
ダニエルもそれが実感できたのかもしれない。
先ほどまでと比べると、表情が硬くなったように見える。
「貴様、本当にユーグか?」
「……見てのとおりだ」
そう答えるしかない。
「ふざけるな!」
構えから突然の三連突き。
いなし、逸らし、飛びのいてかわす。
と、同時にこちらも踏み込んだ。
再び高い金属音。
ダニエルの剣によって剣筋は止められたが、防ぎきれていなかったようだ。
左腕に血がにじんでいるのが確認できる。
ダニエルの構えが少し緩んでいた。
ニコラはこれまで幾度となく命のやり取りをしてきている。
しかし、ダニエルにとって命を落とすかもしれない戦いというものは初めての経験だろう。
その緊張と恐怖が集中力を乱しているのかもしれない。
だが、それだけにダニエルの実力は本物だ。
初めての命のやり取りで、ここまで動けるというのは才能以外の何物でもない。
正直言って、研鑽を積めばこちらを上回るかもしれない。
六十年近く生きたニコラには、自分の才能の限界は見えている。
対して、ダニエルの底は見えなかった。
さらに言えば、ユーグの身体で動くことの違和感は、限界の動きになればなるほど致命的なミスにつながる。
相対したのが現在のダニエルでよかった。
今ならまだ対応できる。
「……ユーグ。その動き、力を隠していたと、そういうことか」
「それはお前も同じだろう。実力を隠し、反乱の意思を隠していた」
「さっきも言ったとおりだ。より良い選択。それをしただけだ!」
再び踏み込んでくるダニエル。
しかし、それは先ほどまでの鋭さはない。
剣が腕をかすめた恐怖がダニエルの集中を奪っていたのだろう。
三度金属音が響き、ダニエルの手から離れた剣が回転しながら壁に突き刺さった。
その瞬間、ダニエルは背を向けるとそのまま部屋の外へと逃げだした。
あらかじめそのつもりだったのだろう。
思い切りが良すぎる。
さすがにニコラも対応ができなかった。
壁に刺さった剣を見ると、息を吐きこちらも剣を下ろした。




