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第5話 決意

セイルーズの中央広場。

街の外から続くすべての道がここに集まり、祭りともなれば多くの出店と人が集まって賑わいを見せる場所。


ユーグの姿をしたニコラは目立たない場所からその広場を見ていた。


昨日。

森から近くの集落へと移動し、ラスカータ帝国が国境を侵犯している恐れあり、との内容の書状をしたためると、王都へ送り出した。


その書状を見送った後、ニコラは夜中にセイルーズへとつながる街道を進んだのだが、すぐにその街道からそれることを余儀なくされた。

各所に篝火とラスカータ兵が配置され、人の行き来を監視していたためだ。

明らかに帝国がアンジェ伯領の一部を支配下に置いている。


ただ、ニコラもこの領土を任されて三十年近くを過ごしている。

裏道を使うことによってラスカータ兵に見つかることなく、夜明け前にはセイルーズの街に入ることができた。


占領は進めてはいたが、交易都市でもあるセイルーズの人の出入りは多く、完全に統率できているわけではなかったのが幸いした。


ニコラは商人の集団に紛れてセイルーズの街中へと入り、中央広場についた。


そこで今、衝撃とともに立ち尽くしている。


……あの時の白昼夢。


夢で見たそのままの光景がそこにあった。


群衆。

その中心の台座。

二本の槍が突き立ち、そこに手を縛られ、うなだれている。


……これだったのか。


太陽が昇りつつある中、中央広場にある噴水を背景にニコラ自身が晒されていた。


人の背丈ほどの高さ、十数人ほど乗れる広さの木製の台座に二本の長大な槍が立てられ、そこに膝を付いた姿勢のニコラの遺体が両手と首をくくりつけられている。


腹と肩の傷は血が黒く変色し、酷く無残に映る。


その台の周りをラスカータ兵が固めており、周囲を警戒していた。


街の者も先日まで領主であった男の亡骸を遠巻きに見ることはあっても、あえて近づこうとするものはいないようだ。


突然、眩暈のような感覚に襲われ、その場を離れた。


帝国兵から見えない位置まで来ると、ほっと息を吐く。

ニコラほどではないが、ユーグも領主の長男として人前には出ている。

その姿を見知った者がどこにいるとも限らず、誰かが通報するかもしれない。


その時、視線の先でざわめきが起こった。

ニコラも視線を向ける。


兵が数人、領民を押しのけるようにして、道を開いている。

誰か身分が上の者が来るのであろう。

見つからないように用心しながら見ていると、兵に囲まれて軍人らしき男が現れた。


……見たことがある。


口ひげをたくわえた目の鋭い顔立ち。

背が高く痩せてはいるが、さりとて軟弱な印象はない。

鋭さと知性を感じさせる。


……アーネストとか言ったか。


帝国はこの十年、西方諸国との争いを続けていたが、その戦いの中で頭角を現し出世をしたという男、と聞いている。

以前、王国で行われた平和条約の更新手続きに際し、帝国の皇帝リチャード・ハノーヴの後ろに控えていたのを見た。


ニコラたちとは違う、若い世代の将軍。

条約の調印中、何度かアーネストと目が合ったのを覚えている。


まだ四十を過ぎたばかりか。

その年齢で将軍位を得ているということは、間違いなく有能。


そのアーネストが今、晒されたニコラの遺体に向かって歩みを進め、止まった。

さらにその後ろからアーネストを守るように張り付いている男。


その横顔。


息を呑んだ。


あの白昼夢の時はわからなかった。

しかし、今ははっきりと顔が見える。


……ダニエル。


レモンドの息子。

この男と帝国の将軍であるアーネストが一緒にいる。


どういうことか。

考えるまでもない。


……裏切りか。


留守を任せたその者が裏切った。

それならセイルーズであろうと、簡単に落ちて当然だ。

怒りというより、どうしてだという思いが沸き起こる。


そのときさらに大きなざわめきが群衆から起こった。

これまでとは違うざわめき。


アーネストとダニエルの前に女性が引き立てられてきた。

その姿を見たとき、今度は本当に声を出すところであった。


……レティシア。


あの白昼夢の通りだ。

記憶にある紺色のロングドレス姿だが、後ろ手に縛られている。

ダニエルはアーネストの護衛をしており、レティシアは明らかに拘束されている。


強引にニコラの遺体の前に押し出された。

途端、レティシアの一切の動きが止まったのがわかった。

アーネストとダニエルが何かをレティシアに言っているが、反応はない。


ショックを受けているのだろうか?

突然、レティシアがフラとよろめいた。


ダニエルがその身体を支える。


その光景に、本当に一歩足が出かかった。

理性が寸断する寸前までいったことが自覚できた。


だが、周囲の群衆により進めなかったことが、状況を自覚させてくれる。

沸騰した血液が、少し落ち着いてくる。


再び台座の上を見ると、ダニエルがアーネストに何かを言っているが、アーネストは取り合っていないようだ。

何かを言うダニエルを無視して、アーネストは木製の台座を降りていった。

レティシアを抱え上げながら、ダニエルはそれを追いかける。

レティシアを引き取ろうとした兵士に激しく何かを言い、先を行くアーネストを追って、ダニエルは群衆の中に消えた。


ニコラはかすかに震える手を自分で押さえて、ゆっくりと息を吐いた。

呼吸を整え冷静になると、周りの声も聞こえてくる。


……アイツが裏切ったらしい。

……レティシア様はどうなるのか。

……レティシア様を手に入れるために裏切ったらしいぞ。

……ユーグ様も逃げているらしいが、捕まるのも時間の問題って聞いた。


ひそひそとした噂話。


断定はできないが、状況からしてダニエルの裏切りは間違いないように思う。

では、レモンドはどうなったのか。

レモンドまで裏切ったとは思いたくないが、一方でダニエルだけでここまで簡単にセイルーズが占拠されるだろうかとも思う。


ダニエル一人ではなく、レモンドも協力したとなればそれは可能だろう。


あとはレティシア。

捕らえられている。

これからどういう扱いを受けるか。

先ほどの噂話。

さすがにダニエルがレティシアを手に入れるために裏切ったなどということはないとは思うが……。

ただ、事実として無理やりな婚姻、だけでなく性の対象となることはある。


後ろ手に縛られたあの姿。

この後、どういう扱いを受けるかわからない。


……家族は絶対に助ける。


その決意はすでに固めているが、そうなるとその一番の障壁はあのアーネストだろう。


……あの雰囲気。


かつての大戦で出会った強敵たちに似た雰囲気を持っている。


このセイルーズ陥落の青写真を描いたのもアーネストだろう。

どのようにダニエルに手を伸ばし、懐柔したのか。


その手が伸びてきたのは、ひと月ふた月前ではなかろう。

ずいぶんと前から、連絡を取り合っていたはずだ。


……だとしたら、油断だ。


六十を前に、まったく牙が抜け落ちていたのを感じる。

剣聖等ともてはやされ、国境を守っているという自負もあった。

そんなニコラをアーネストは無能な老人と見ていただろう。


唇をかむ。


……くやしいが、今の自分では勝てない。


戦いの経験、先を見通す力、計画性、実行力、そのどれをとってもアーネストに劣る。

平和というぬるま湯につかり続けた自分に対して、戦い続け、勝ち続けていた男。

かなうはずがない。


しかし、ニコラは顔を上げた。

勝てないが、負けない戦いはしなければならない。

 

先ほどの台座での様子からして、アーネストはレティシアに興味を割いているようには見えなかった。


……レティシアは救う。


その一点のみであったら、アーネストを出し抜けるかもしれない。

幸運なのはここが自分の城であるセイルーズであること。

ユーグの身体であること。

あきらかに体力は増していた。


不安は、今も感じているユーグの身体への違和感。

視点、手の長さ、歩く速度、全てが自分の感覚と少しずつ異なっている。


普通には動ける。

だが、ぎりぎりになった場合、その感覚のズレは致命傷になりかねない。


特に手の長さ。

というより、間合い。


踏み込み、剣をふるった時にぎりぎり相手に届く距離。

これだけでも早急に修正しておかなければ、戦えない。


……しかし。


あの後ろ手に縛られたレティシアの姿。

自分の遺体を見たときの表情。


すっと頭の中が冷えてはっきりとしてくる。

かつて、戦いに赴く時の感覚。

頭の中でどうレティシアを救い、セイルーズを脱出するかが思い描かれていく。


細い線だ。

だが、つながっている。

 

ニコラは歩き始めた。

向かう先が決まり、動き始めたニコラは脚を止めることはない。


レティシアを救うという結果から逆算し、できることを一つ一つ組み上げていく。


だが、唯一の迷い。

その家族を救うという思いが、息子の妻を救うということなのか、それとも妻を救うということなのか。

その点についてわからなくなっていることをニコラはあえて考えないようにしていた。

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