第4話 襲撃
完結済み。
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「……緊張いたしました」
馬車の中、向かい側に座るユーグが息を吐いた。
「国王の前は久しぶりだったか?」
「はい。父上と違い、戦後の世代ですので。気安くお声掛けなどできません」
「確かに。国王と戦地で血と泥にまみれて一緒の飯を食った仲だからな。そうでない者とは違ってくるであろうな」
「それはもう。やはり雲の上の方という印象です」
興奮冷めやらぬといった体で再び息を吐きながら、ユーグは馬車の背もたれに身体を預けた。
「しかし、これからはそうも言っておられまい。すでにその身はアンジェ伯なのだから」
「まだ右も左もわかりません。父上にはまだまだ活躍していただきませんと」
「先日も伝えたとおりだ。そなたの好きにやるといい」
「そのようなことを……。困ります。私もそうですが、レティシアも寂しがります」
訴えるような表情。
確かにまだまだ領主としての自覚が薄いようだ。
「そのような顔を見せるのは最後にしろ。不安であっても顔に出さず、平常心を保つことが必要になってくる」
「はっ」
一瞬たじろぎながらも表情を元に戻す。
「私とてあと十年は生きられまい。独り立ちはいつかせねばならぬ。それが多少早いか遅いかの話だ」
「父上……」
「最初だけだ。すぐに慣れる」
「そのようなものでしょうか」
「ああ、そなたならやれる。……それより、ダニエルはどうなのだ?これからは一番の身近な相談相手となる男だ」
あの表情のない顔を思い出しながら声をかける。
「言われたことを忠実にこなしております。ただ、何を考えているのかはわかりませぬな。何より無駄な口を一切利きませんので」
「もし、どうしてもというのであれば、レモンドからも外していいとは言われている」
「ま、そこまでではございませぬ」
「……多少の物足りなさは感じるが、まあ及第点といったところか」
「ええ、今後の伸びしろも含めて。それは私自身にも言えることですが」
苦笑交じりの表情を作るユーグ。
「探り探りやることだ。大きな失敗をした記録は残してある。それは目を通しているな」
「はい。幾度となく」
「であるなら、私たちより良い始まりを迎えることができたということだ。私もすぐにいなくなるわけではない。相談したければ、いつでも来るがよい」
「ありがとうございます」
ホッとしたのか、表情を和らげる。
「これまでも民の治め方については、いろいろと学んでいたのだろう?」
「それはもちろん。しかし、机上でのことです。実践をしたことがありませんので、やはり不安です」
「フフ、なるほどな。剣と同じというわけだ。稽古をしていても、実戦でその力が発揮出来るわけではない」
「そうですね。こうしたいという思いはありますが、それを実現できるかはやってみないとわかりません」
馬車の揺れの中で背もたれに身体を預けるユーグ。
それを横目で見つつ、
「これからはそれが実践できるのだ。むしろ楽しみであろう?」
「父上は、初めて剣での実戦、楽しみでしたか?」
「フフ、震えあがっていた」
「でしょう?それが今の私です」
「言うようになったな」
先ほどまでの緊張が薄れてきて、対応が柔らかくなってきている。
……意外と……。いや、意外でもないか。良い領主になる気がする。
息子の姿を見て、そう思えるのは幸せなことかもしれない。
後の懸念は一つだけ。
「ユーグ」
「なんでしょうか?」
「レティシアと結婚して何年になる?」
「二年ほどですが」
「ふむ。二年か。その……子はまだなのか?そろそろ孫の顔を見せて欲しいものだが」
「それは……」
一瞬戸惑ったようだが、再び笑顔を取り戻すと、
「おいおい、と言ったところでして」
「ま、授かりものだからな。とはいえ、後継ぎは必要だ」
「ええ。わかっています」
「そうか……。それならばいい」
親子でするには微妙な話題に、こちらもユーグを見ないまま言う。
「……父上は側室をもたれませんでしたな?」
しばらくして、ユーグが口を開いた。
「戦に忙しすぎたのさ。そんな余裕がなかった」
「母のせいですか?」
「それもあるが、言ってしまえば煩わしかったから、という理由が一番かもしれない。家がもめるのを見たくなかった。だったら、妻は一人でいいと判断した」
「そうですか……」
ユーグは両の手を合わせ、指を落ち着きなく動かしている。
「ま、孫についてはブロワ伯も心配していた。今後、ブロワ伯を頼ることも増えるだろう」
「父上は仲良くしておられますな?」
「戦友でもある。ただ、政治という意味では遥に私より秀でておられる。城の備えについても様々教えを頂いている。頼りにすることだ」
「であるなら、此度のこと、すぐにでもあいさつをした方がよさそうですね」
「無論だ。私からは今回の件は手紙で伝えてあるが、レティシアとともに直接出向いた方がいいだろう」
「かしこまりました」
大きくうなずく。
その様子を見ながら、自分にも孫が生まれるのかもしれないという思いに、感慨深いものを覚える。
……ユーグとレティシアの子、か。
そう思った時、馬車の窓の外に人影が見えた気がした。
意識しないままわずかに腰を上げる。
その刹那、小さな破裂音が響く。
「ユー……」
声をかけようとした、まさにその時。
襲い掛かってきた大きな衝撃。
ニコラは馬車の中で跳ね飛ばされた。
上下がひっくり返るような感覚と身体を突き通る痛み。
それでも狭い中で受け身を取ると、体勢を立て直す。
馬車は横倒しになったようだ。
割れた窓の外からは焦げたにおいの他は、動くものが感じられなかった。
……襲撃?
御者はおそらく駄目だろう。
馬もおそらく。
「……ユーグ」
隣でうつぶせに倒れている息子に小さく声をかけた。
「ぅ……」
かすかなうめき声。
……死んではいない。
安堵したが、どこまでの怪我をしているのかもわからない。
馬車の外から近づいてくる何者かの気配がした。
この状況で味方ではないだろう。
猶予がない。
腰の剣を確認した。
痛みはあるが、動ける。
あちこち出血はしているようだが、少なくとも骨折はしていない。
……馬車の中で待つか、外に出るか?
こちらに近づいてくる複数の者たちは、馬車の中のニコラがどういう状況なのか見えていないはずだ。
中にこもって、外から槍で突かれたら対処できない。
瞬間の判断。
ニコラは思い切ってドアを蹴破り、外へ飛び出した。
視界に入る人影。
……四人。
正面に一、右二、左一。
迷わず、目の前の一人に踏み込んだ。
驚き対処が遅れた相手に、鞘走った逆袈裟の一撃。
抜いた剣で受けたようだが、その剣ごと断ち切る。
崩れ落ちる相手を確認することなく、左手の二人目に向かって短刀を投げる。
吸い込まれるように短刀は胸へと突き刺さり、二人目も崩れ落ちた。
一息に二人。
残りは右手の三人目、四人目。
が、その三人目が目前にまで迫っている。
踏み込みと同時に、振り上げられた剣が振り下ろされる。
剣で受けては間に合わない。
咄嗟に身体ごと三人目にぶつかった。
肩に剣が食い込むのがわかったが、剣の根元。
大した傷にはならない。
そのまま三人目を押し込め弾き飛ばしながら、剣を突き出した。
喉をえぐられ、絶命する三人目。
三人とも悲鳴を上げずに死んでいる。
……手練れだ。
考える間もなく四人目に備えようとしたが、こちらには向かってきていない。
……ユーグか。
目の端に四人目を捕らえると、馬車に向かっている。
この襲撃の狙いは自分ではなく、ユーグなのかもしれない。
このままではユーグが確実に殺される。
レティシアの涙が見えた。
四人目は馬車に取り付き、ユーグを見つけたのだろう。
剣を振りかぶった。
こちらも剣を突き出しながら、身体ごと四人目にぶつかっていく。
馬車からもつれるようにして転がるニコラと四人目。
左腕に鈍い痛み。
折れたかもしれない。
が、四人目もニコラの剣が腹に突き刺さっている。
即死ではないにしろ、致命傷。
……止めを。
そう思って体勢を立て直して四人目の喉を切り裂いた時、背中から伝わる強い衝撃。
身体の中を熱いものが突き抜けていた。
腹から異物が突き出している。
必死に振り向くと血まみれの二人目。
胸に短刀が刺さっているが、致命傷ではなかったか……。
「……ぐっ……」
かすかに息が漏れる。
勝利を確信したのか、二人目は笑っているようだった。
……くそ。
力が抜けていく。
だが、かすれていく視界に右手に持つ剣が映った。
「っぁあ!」
それを力任せに振り回した。
剣技もなにもない。
残った力でただ剣を振り回しただけ。
右手に衝撃が伝わってきた。
斬れたのか、弾かれたのかも判らない。
痛みも次第に薄れていく。
ずるずると力なく崩れる。
何かが抜けていく。
……これが、死か。
息と一緒に血がこぼれた。
もう何も見えない。
力も入らない。
暗く深い沼に沈んでいくような感覚。
もっといろいろ振り返りたい。
思い出したい。
しかし、駄目だ。
感じられるのは右手に持つ剣だけだった。
思考が薄れていく。
その時、柔らかく温かいものに包まれた気がした。
ゆっくりと身体を離れる感覚。
どこかに引かれていき、それとともに何かとすれ違う。
それはニコラとは逆の方へ、静かに遠ざかっていった。
そこでニコラの意識は途切れた




