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第3話 目覚め

完結済み。

毎日20時10分に投稿いたします。

まぶしい。

うっすらと目を開くと、太陽の光が感じられた。


……生きている?


残っている記憶は腹を剣で貫かれたこと。

あれは致命傷であったはずだ。

あの状態で助かるとなると、通常では考えにくい。


徐々に目が光に慣れてきて、周りの状況が把握できるようになる。


……馬車の中?


どのくらい気を失っていたのか。


あちこちが痛い。

が、死につながるような怪我はしていないようだ。

だとすると、やはりおかしい。

腹を押さえる。

ここから剣が突き出していた。


さすってみたが、怪我をした様子はない。

不思議なのは服に穴が開いていないことだ。

というより、着ている服が違う。

それに、手だ。

いつも見ている自分の手ではない。


……なんだ、これは。


ぞっとしたが、自分の心配をしている場合ではないことを思い出す。


「ユーグ!」

 

思わず叫んだ。

この馬車の中にいるはずだ。

だが、横倒しの馬車の中は割れたガラスが散乱しているのみで、ユーグの姿はない。

外にも人の気配はなかった。


急いで馬車の外へとはい出る。

ひどい違和感。

自分の身体が自分ではないかのようだった。

それでも立ち上がり、周りを見回した。

息が止まった。


馬車から少し離れたところ。

折り重なるように倒れている二人の男。

一人は胸に短刀が刺さっており、さらにわき腹に剣が半ばまで入り込んでいる。


記憶にある二人目の男だ。

それはいい。

問題はもう一人。


鼓動がうるさく響き、喉がひりつく。


自分はここにいるのだ。

なぜあの姿を自分が見なければならない?


今ニコラが見ているもの。

それはニコラ自身だった。

腹に剣が突き立っており、肩にも剣による傷がある。


最後の記憶のとおりの光景が目の前にあった。

力任せに振った剣は正しく二人目の男を斬り、絶命させている。


……であるなら、今の自分は誰だ?


わかってはいた。

先ほどから、そうでないかと疑っていた。

着ている服。

いつもとわずかに違う視点。

 

恐る恐る馬車の割れたガラスを手に取り、顔を映す。


……ユーグ。


息子の顔が映っていた。

呼吸が浅くなる。


あってほしくない現実を目の当たりにした大きな衝撃。

今の自分の手を見る。


しわのない手。

剣だこのない綺麗な手。


立ち上がろうとして、わずかにバランスを崩した。

剣聖としてあるまじき動きだが、視点の高さも、手の長さもすべてが違っている。

親子だけあって似てはいたが、それでも微妙に異なる。


その感覚の違和感が、あらためて今の異常事態が現実なのだということを思い知らせる。


何がどうなってこうなったのか。

その混乱が抜けきれない中、遠くから馬蹄の音が響いてきた。

小さな音が次第に大きくなっていく。

瞬時の警戒と同時に、思考が戦闘態勢に切り替わった。


……二騎か三騎。後詰か?


隠れる場所を探すために周囲を確認した時、自身の手に残されたあの古代王国の剣が目に入った。

あれは失いたくない。


飛び出し、自分自身の身体に駆け寄った。

握られた剣を外そうとしたとき、その手こそがいつも見ていた手であった。


一瞬、動きが止まってしまったが、時間がない。

古代王国の剣を自分の手から奪うと、そのまま森の中へと入った。

そこで身をふせ、息を殺す。

違和感はあるが、動けないほどではない。


しばらくすると軽装騎兵が三騎。

馬から下りると、その場を調べ始めた。


自身の動かない身体、倒された四人の刺客、さらにその周囲に馬と御者。

それらの生死を一体ずつ確認しているようだ。

 

その身に着けている鎧には見覚えがあった。


……ラスカータ帝国兵。


思わず息がこぼれた。

あの騎兵はラスカータ帝国の兵だ。


……なぜ、帝国の兵がこんなところに?


ここは王国の内側に入り込んだアンジェ伯領の森の中である。

つまり、帝国は国境を侵犯していることになる。


先年、ラスカータ帝とオレアン国王は会談で平和条約の延長を取り決めているし、ニコラはその場に立ち会っている。


三人の騎兵は周囲をあらかた調べた後に自分と刺客四人の遺体を馬に乗せて走り去った。

森の中から気配を殺して見送るユーグ姿のニコラ。


その消えゆく騎兵の背中を見て、ハッとした。

この先にあるのは領都セイルーズ。

あの騎兵たちはセイルーズに引き上げようとしている。

そもそもがあの騎兵たち、国境側から来ていない。

セイルーズに通じる道側から来ていた。


……帝国兵がセイルーズから来て、セイルーズに帰る……。


あの白昼夢が思い出された。


セイルーズの中央広場で、木製台の上にさらされた自分の遺体。

あれは、これから現実に起こることなのか。


不安が頭をよぎるが、今やるべきは不安に捕らわれることではない。

この状況で考えられることは一つ。

セイルーズがすでに帝国の手に落ちているということ。


だとすると、留守を任せていたレモンド、ダニエル親子が敗北したか。

レモンドは先の大戦も生き抜いた古強者である。

セイルーズの城壁も十日ほどで陥落するはずがない。


しかし、目の前の帝国兵の動きはそれを否定する。


そうなると、何より気がかりなのはレティシア。


……白昼夢。


手を拘束されて、自分の遺体の前に引きずり出されていた。

帝国に捕縛されている。


すぐにも走り出してセイルーズの様子を見に行くという衝動に駆られる。


が、駄目だ。

ニコラは落ち着くために息をゆっくり吸い、吐いた。


領主としての義務。

ニコラは帝国と接する土地を任されている領主なのである。

何が起こっているにせよ、王都にラスカータ兵が国境を侵した事実の報告をしなければならない。

これは一刻を争う事態だ。

となると、ここから一番近い集落に行き、早馬を走らせる。


そこまでは必ずやらなければならない。

ただ、その後だ。


……セイルーズに向かう。


今のニコラにはその目的がレティシア一人に向けられている。

ただ、そのことに気が付く余裕がなかった。

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