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第23話 再開

並んで馬を走らせている。

レティシアの後ろでまとめられた長い髪がなびいていた。

白いブラウスにぴったりとした脚衣、膝までのブーツというさっぱりとした格好。


「ニコラさま」

「何かあったか?」

「いえ。レモンドは来るでしょうか?」

「わざわざ敵国に手紙まで届けさせて、何もないってことはないと思う。悪戯にしては手が込みすぎているし」

「そうですね。一人で来るでしょうか?」

「そこは……どうだろうな」


答えながら、気が付いた。

自分のレティシアへの話し方が変わってきている。


以前はもっと師が弟子に話す話し方をしていたはずだ。

それが、今は友人とは言わないまでも、同年代と話す話し方になってきている。


これもユーグの身体の影響なのだろうか?


実際、なじんできている感覚はある。


剣を振った時の距離感。

微妙なずれの修正ができてきている。

反応速度の感覚も、今は違和感がなくなった。


……レモンドは何かを知っているか。


そんなことを考えながら森の中に入ると、速度を落として交差路をめざす。

裏街道であり、人の往来が頻繁な道ではない。

戦争が始まった今では、人影はなかった。


「……もうすぐですよね?」


レティシアが少し馬を寄せてくる。


「そうだな。念のためだが、少し警戒を強めていこうか。突然矢が飛んでくることもないわけじゃない」

「はい」


緊張の面持ちでうなずく。

木々で覆われた道は左右にうねっていて見通しが良くない。

会話が途切れると、聞こえてくるのは鳥の鳴き声と馬蹄の音。

速度を落とした馬で警戒しながら進むと、木々の間から交差路が見えた。


「……いた」


交差路の中央。

馬に乗った男の姿が目に入ってきた。


「一人、のようですね」

「ああ。周りに隠れているかもしれないが……。あの男も、見たところレモンドのように見える」

「どうされます?」

「そうだな。……ここで止まっていても仕方がない。行こうか」


少し迷ったが、馬を進めた。

ゆっくりと騎乗のまま近づくと、レモンドがこちらに気が付いたらしい。

馬首をこちらに向けて、馬を降りる。


ニコラとレティシアも周りを警戒しつつ馬から降りた。


お互いの距離が縮まる。

しっかりと顔が確認できる距離。


「……その姿をニコラ様と呼ぶのは、違和感がありますな」


いつもの低い声。


「レモンド。約束の時間より少し早いか」

「招いておいて、遅れるわけにはいきませんからな。しかし、お一人ではないようで」


隣のレティシアに視線を向ける。


「一人で来いとの文言はなかったのでな」

「フフ、書き忘れておりました」

「レモンド……」

「レティシア様。セイルーズでの捕縛の際は、大変失礼をしました」

「裏切った理由。手紙にあった通りなのですか?」

「はい。その思い、死が迫っていると感じましたら、止められませんでした」


絞りだすような声。


「戦いたいか……」

「はい。軍を率いて」


静かな目でこちらを見る。


……この男は三十年後ろに控えていた。


後ろにいて、こんな目で自分を見ていたのだろうか。


「……レモンド」

「はい」

「私の戦に対し、思うところがあったか」

「はい。私ならばこうした。こうすれば、もっと損害は少なかったのではないか。そんな思いが募っていった結果が今でございます」

「……私は仕えるに足らぬ主であったか?」

「まさか。仕えた三十年に後悔はありませぬ。なれど、私も先が見えております。ニコラ様より引退の旨を伝えられた時、ふと芽生えた思い。なれど、捨てきれぬ思いでした」

「軍を率いての戦いか……」

「自らの力の限界を知りたいのでございます」

「叶えてやりたいが、難しいこともわかっていよう」

「もちろんでございます」

「戦は生き物。彼我の軍が都合よくぶつかることなどほとんどない。かといって、模擬戦闘では満足はしまい」

「当然」

「では、どうするつもりだ?」

「……ニコラ様。帝国の動きがわかっていたら?いかがでしょうか?」


驚かされた。


「まさか。教えるというのか?」

「ニコラ様。私はなにも帝国に忠誠を誓ったわけではございません。私の望み、ニコラ様と戦えると思ったからこそ、帝国についたのです」


淡々とした口調。

変わらぬ表情。


騙す、というつもりはなさそうだ。

しかし、レモンドがそのつもりはなくても、周りは分からない。

特にアーネスト。

あれはレモンドをどう扱っているのか……。


「そのこと、アーネストは気が付いていないのか?」

「さて、分かっているようであり、そうでないようでもあり。あの方は私の考えの及ぶところではございません」

「奴は分かっていて、その上で利用するようなところがある」

「はい。私にはアーネストの思いは分かりかねます。そこはニコラ様に判断をしていただくしかございません」


あのアーネストである。

レモンドの行動を読み、レモンドの知らないところで罠を仕掛けてくる可能性もある。


しかし、レモンドがここまで賭けているのである。


「……ニコラさま。どうしましょう?」


レティシアがこちらを見た。

ゆっくりとうなずき、答える。


「帝国の動き、聞かせてもらおう」


レモンドもうなずく。


「かしこまりました。では……」


少しだけ間をあけ、再び口を開く。


「……帝国は王国南部に主力を集めております」

「ああ。それはこちらも情報を得ている」

「アーネストはブロワ伯領を自分で攻略するつもりのようです」

「主力は南部に張り付かせたままか?」

「はい」

「しかし、いくらアーネストといえども攻城戦では数が必要になる」

「そのあたりは私にはわからぬところです。少なくともアーネストは寡兵をもってブロワ伯領を破り、そのまま王都レントを目指すようです」

「にわかには信じがたいが……」

「少なくとも現在、帝国軍は援軍を含めた主力は南部に集中させ、アーネスト本人は直属の部隊をまとめ、ブロワ伯領への進軍の準備を進めております。これが現時点での帝国の情報です」

「ふむ……。レモンドはどこの所属になる?」

「アーネストとともに」

「軍の指揮は?」

「ある程度の軍を任される予定ではあります」

「なるほど……」


どうするか?


情報と推測通りではあるが、より強く確信が得られたのは大きい。

レモンドと相対するには、ニコラもブロワ伯領に配置されなければならない。


となれば、アーネストとも対峙することになる。

どうするかといったところだが、その前にまだ聞かねばならないことがある。


「もう一つ」


レモンドを見る。

承知しているように、ゆっくりうなずく。


「私がなぜユーグ様の姿であるのに、ニコラ様であることを知っているのか、でしょうな?」

「ああ。それを伝えたのはこのレティシアだけだ。王国でも知る者はレティシアの他はいない。それなのにどうして帝国にいるレモンド、お前が知っている?」


かすかに馬がいななき、手綱を締める。


「ニコラ様。それについては、さして難しいことではございません。私はアーネストより聞いた。それだけのことです」

「アーネストがユーグの身体にニコラが入っていると言ったのか?」

「はい。ユーグ様はニコラ様だと」


簡単に言う。

しかし、そんな荒唐無稽なこと、普通簡単に信じられることではない。


「……お前はそれを信じたのか?」

「いいえ、信じておりませんでした。たわ言だと、思っておりました。アーネストは私がニコラ様と戦いたいという願いを持っていることを知っていて、私を帝国につなぎとめるための方便だと思っておりました」

「では、どうしてここに来た?私がニコラだと信じていなければ、ここには来ないだろう?」

「それはニール平原での戦いでニコラ様が戦う姿を見たからです。もしやと思いました。もしかして、信じても良いのではと」


その返事にため息がこぼれた。


「……レティシアと同じか」

「レティシア様もニール平原での戦いぶりで?」


レモンドが隣のレティシアに視線を移す。


「いえ、私はセイルーズからの脱出の時です。剣技を見て、ニコラさまだとわかりました」

「なるほど」

「しかし、レモンド。何よりアーネストだ。奴はどうして私がニコラであることを知っている?」

「わかりませぬ。しかし、ニコラ様がユーグ様の身体に入った原因は言っておりました」

「原因?」

「はい。ニコラ様の持っていた剣が原因とのことです」


やはり、か。


「あの剣、ニール平原でアーネストにはじかれて、失ってしまったが」

「強い執着を持っていたようです。あの剣を身に着けて死ぬと、近くの身体に乗り移るのだとか」

「それが私か……」

「あくまでも、アーネストが言うには、ですが」


レモンドの表情も半信半疑といったところ。


「それを知っているということは、アーネスト自身も乗り移った経験が……」


そこまで言いかけて、つながった。

先の大戦での騎士。

乱戦の中、ニコラが倒し、その後落ちていた剣を手に入れた。


あの時の騎士が……アーネスト?

混乱する。


「レモンド」


そう口を開きかけたとき、


「ニコラさま!」


レティシアの声とともに鋭い風切り音。

反射的にのけぞる。


身体のあった場所を凄まじい勢いの矢が通り過ぎていく。


「レティシア!」

「はい!」

「鞘のままだ」


うなずくレティシアも鞘のまま腰から剣を外し、構える。

再び風切り音。


正確に狙ってくる矢を払い落す。

レティシアも危なげなく矢を払っている。


しかし、その横。

レモンドがゆっくりと崩れていった。


「レモンド!」

「……っぐ……」


かすかなうめき声。

最初の矢だ。


「ニコラさま。介抱を。私が守ります」


レティシアが倒れたレモンドの前に立つ。


「すまない」


しゃがみ込みレモンドを見ると、胸に矢が刺さっている。


……これは、まずい。


「レモンド」

「これは……油断……でしたな」


苦し気な返事。

呼吸ができていない。

肺がやられている。


もう血が大きく広がり始めていた。

矢を抜くこともできない。


抜けば大量の出血。

それを止める手段がない。


そもそも内臓を傷つけられて、回復するのは非常に難しい。


「……レモンド、これは厳しい……」

「……残念……」


口からこぼれる無念の声。


「ニコラさま。敵が近づいてきています。弓と、もう一人」


となると、こちらも対処せざるを得ない。

しかし、今、目の前でレモンドが死にゆこうとしている。

三十年、一緒に戦った。

伝えたいこと、伝えるべきことは山ほどあるのに、何も言葉が出てこない。


「ニコラさま!」


レティシアの声。


「……いっ……て……くだ……」


身体が痙攣を始めている。


「すまぬ」


振り切り、ニコラは立ち上がった。

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