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第24話 それぞれの戦い

「レティシア。弓に対処しながら下がる」

「はい。しかし……」


前を見ると、すでに一人が姿を見せていた。

剣を抜き、こちらに向かって走り出している。

それを援護するようにその後方から矢。


とても後退して馬に乗る時間は与えてくれまい。


レティシアが剣を抜き、ニコラがそのまま矢を払う。


剣を抜いた敵はこちらに向かってきている。

走りこむ勢いそのままに、踏み込み、剣をふるう。


激しい金属音。

レティシアがその剣を受け流し、剣筋をそらした。


「さすがにこれでは倒れぬか」


笑いの含んだ女の声。

記憶にある声。


ルイーゼ・ハノーヴ。

さらにもう一人、弓を持った男が姿を現した。


……ダニエル。


唇をかむ。


「ニコラさま。この者は私が」

「頼む」


その返事にレティシアがルイーゼと対する。


ダニエルも走り出していた。

ニコラは鞘から剣を抜くと構える。


ダニエルはルイーゼと同じく走り込みざまに剣を振り下ろした。


ニコラは正面からその剣を受け止めるが、相当の衝撃。


「っぐ」


声が漏れる。

鋼と鋼がかみ合い、交錯する。

そのまま剣と剣がこすれる嫌な音。


目の前に迫るダニエルの顔。

ニコラはダニエルをにらんだ。


「……親を殺すか」

「裏切ったらそうなる」

「なら、お前も同じであろうに」

「俺は……違う」


ダニエルがさらに剣に力を込めた。


押される。


ニコラは後方に飛び退きながら薙ぎ払った。

それは容易く弾かれ、お互いに剣を構えて向き合う。


そのダニエルの雰囲気。

先日、セイルーズで戦った時とは別人。


……強い。


あれから研ぎ澄ませていったのだろう。


……勝てるか?


正直、分からない。

しかも、レティシア。

ダニエルの肩の向こう。

レティシアが剣を振るっていた。



「……ニール平原では中途半端であったからな」


静かな声。


「ここから先へは行かせません」

「では、押し通るまで」


突然、ルイーゼが剣を振り下ろす。

荒いが、速い。

レティシアは丁寧に受け流したが、反撃まではできない。

それだけの腕がルイーゼにはあった。


「……あの者、中はニコラ・アンジェだな?」

「だったらどうだと言うのです?」

「なるほどな。ほかの者では……初めてだ」

「何を言っている」

「私にとって邪魔だということだ。以前からな」

「……私はニコラさまの盾です。その盾を貫いてあなたの剣がニコラさまに届くことはあり得ません」

「では、やってみせよう!」


その言葉と同時に突きが飛んでくる。

わずかに首をひねってかわしざまに、剣を下から振り上げた。


腕を斬った。


が、すでにルイーゼの腕はそこになかった。

恐るべき反応速度。

あらためて、ここまでの身体能力をもつ相手を見たことがない。

再び対峙。


「危ないな。さすがにニコラに剣を習っただけのことはある」

「あなたは剣を習っているのですか?」

「習ったがな。すぐに教える者を越えてしまうものだから我流だ」

「なるほど」


確かにこの身体能力があれば、大抵の者をすぐに追い越してしまうだろう。

しかし、剣術とは、技術とは、才能を凌駕するものであるはずだ。


もともと強いから超えることができない、というのでは学ぶ意味がない。

レティシアはゆっくり細く息を吐き、止めた。


「っ!」


踏み込み、剣を突き出す。

ルイーゼはのけぞり、かわした。


しかし、それは想定済み。

突き出した剣をそのまま振り下ろす。


が、ルイーゼはその剣すらも身をよじることでかわす。

凄まじい対応能力。


だが、それはもうわかっている。

流れる動きで腰を落とし、身体を回転させながら脚を伸ばすと、体勢の崩れたルイーゼはさすがにかわすことができない。


足をすくわれたルイーゼが尻もちをつき、しかし、すぐに起き上がり体勢を立て直した。

そこでレティシアは止めていた息を吐く。


……ニコラさまに教えていただいていてよかった。


ただの道場剣術だけではルイーゼに対処できなかったかもしれない。

実戦的で、剣だけではない。

手、脚も使った攻撃。


「……貴様」


ルイーゼが値踏みをするようにこちらを見てくる。


「学ぶとはこういうことです」

「面白いな」


再びの突き。

今度は目で追うことができた。

恐ろしく速いが、多少の違和感。

冷静に見ると、動きにぎこちなさも感じる。


ぎりぎりで突きをかわしながら、同時に剣を振り上げる。

今度は、ルイーゼの服がわずかに切れた。

距離を取り、切れた服を押さえる。


「……それもニコラの教えか」

「そうです。ニコラさまに教えていただいたことです」

「では、反応できなければどうだ」


ルイーゼが剣を払い、突く。

息もつかせぬ攻撃を繰り出してくるが、やはり目で追うことができる。


攻撃の間隙を突き、踏み込んだ。

ルイーゼもよけるが、初めての手ごたえ。


わずかにだが切っ先が身体にまで届いたはず。

しかし、油断なく構える。


数歩下がって立て直したルイーゼの肩から胸にかけて服が切り裂かれ、血がにじんでいた。

斬られるなど、初めてのことなのだろう。

驚きの表情から、ゆっくりと笑みに変わる。


「……長く生きているとこんなものにも会えるのだな」

「長く?」

「こちらのことだ」

「……学んでいないあなたの動きは怖くはありません」


対峙しながら、ルイーゼを見る。


……どうするか。


相手は帝国の皇女。

できることなら捕縛したい。


斬ってしまえばそれまでだ。

ルイーゼは帝国民からの人気も高いと聞く。

それを殺してしまえば、帝国全体の怒りが王国に向かうかもしれない。


捕まえられれば……。

その価値は計り知れない。

しかし、それ以上に知りたいことがあった。


切っ先をルイーゼに向ける。


「……これからあなたを捕らえます」

「捕らえる、だと?」

「ええ。ただ、その前に古代王国の剣の能力について答えていただきます」

「やってみるがいい」


まだ余裕のある口調。


「あなたは……剣の能力により乗り移った場合、乗り移られた側がどうなるか知っていますか?」

「捕らえてみよ。答えてやる」


踏み込み、薙ぎ払う一撃。

それをレティシアは柔らかく受け流す。

バランスを崩して地面に手を付くルイーゼ。


「あの方は……。ニコラさまはずっとあのままなのでしょうか。それとも、ユーグ様に戻ってしまうのでしょうか」

「言葉で私は動かないぞ」


立ち上がり、構えるルイーゼ。

傷口からは血が流れ明らかに劣勢なのに、余裕を感じさせる態度。


……知らないのだろうか?


アーネストが他人に剣の秘密を安易に話すとも思えない。

ユーグの身体にニコラが入っていることを知っているようだったから、もしかしてと思ったが、そこまでは聞かされていないのだろう。

レモンドも状況から推測していただけで、アーネストから直接教えられたわけではなかった。


「……その傷。治療が必要でしょう。降伏すれば……」

「いらぬ心配だ」


レティシアの口を遮る。


「……では、決着をつけさせていただきます。ニコラさまの援護に回らなければなりませんので」

「そう言うが、進んでいないぞ?」


そう答え、ルイーゼは探るようにレティシアを見てくる。

ニール平原のときは、良くも悪くもまっすぐな相手だった。

今は違う。

そのルイーゼが口元に笑みを浮かべた。


「……フフ」

「何がおかしいのです?」

「あの男。お前の夫らしいな?」


このルイーゼの雰囲気。

こちらが優勢のはずなのに、それが感じられない。


「……それが何か?」

「だが、ニコラなのだろう?今は」

「だとしたら、どうなのです」

「夫より、ニコラの方がいいのか?」


ルイーゼがゆっくりと横に動き出す。


「……」


答えられなかった。

表情には出していないが、動揺している自分がわかる。


「図星か?」

「何を根拠に」

「お前の反応だ。動揺したな?」

「……」


返事の代わりに、剣を向ける。


「フフ、剣は口ほどにものを言うとはこういうことなのだろうな。先ほどのそなたに隙は感じられなかったが、今のそなたは隙だらけだ」

「だったら、打ち込んでくることです」

「……どうだ?すでに抱かれたか?ニコラ・アンジェに」

「何を!」


踏み込み、剣を横に払う。

ルイーゼは驚くべき速さで身を伏せてかわす。

その時。

突然、ニコラが戦っている方向で、金属が地面に突き刺さる音がした。

一瞬、そちらに目を奪われかける。

ルイーゼもそちらを見たようだが、その場で剣をふるう。

届かない距離。

だが、そのまま手を離した。


回転しながら剣が飛んでくる。

レティシアはすんでのところで体をひねってかわす。


通り過ぎた剣はそのまま後方へと落ちる。


レティシアが視線を戻したとき、すでにルイーゼはニコラ、ダニエルの方へ走り出している。


動揺を隠しきれていない。

いつもだったら、あんな無駄の多い攻撃はかわして反撃ができた。

走るルイーゼ。


……速い。


とても追いつける速度ではない。


考えないようにしていたことを指摘された。


だが、気が付く。

ルイーゼは逃げたのではない。

自分の気になる人が戦っている先に向かっていた。


ならば、助けに行かねばならない。

レティシアは剣を握りなおすと、走り出した。


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