第22話 手紙
いくつかの稽古場をのぞくうち、外の庭で剣を振っているレティシアの姿を見つけた。
その周りを取り囲むように兵たちがその姿を見ている。
というより、見とれている。
近づくと、その理由はよくわかった。
型通りの動きをなぞっているレティシアだが、無駄がなく美しい。
振りかぶり、振り下ろす。
身体を移動させながら剣を引き、突き出す。
流れるような動きが続き、ゆっくりと剣を収めた。
皆の息がこぼれるのがわかった。
ニコラは一歩前に出た。
「……見事なものだな」
「ニコラさま」
こちらに気が付く。
稽古着のレティシアの額に汗が光っていた。
「まったく衰えてはいないようだ」
「しっかりと型をやるのは久しぶりでしたので、疲れました」
「いや、以前と変わらない動きだ。それ以上に思える」
「そんな。錆びついております。昔はこの程度で息が上がりませんでした」
「体力はすぐに戻るだろう。ただ、剣技は以前に比べるとより研ぎ澄まされている。続ければ、さらに上を目指せそうだ」
「ニコラさまにそう言っていただけると、自信になります」
レティシアは笑ってそう言ったが、すでに抜かれているかもしれない。
経験では上回っているが、それも長くはないだろう。
「またいずれ、稽古をつけてください。今のままではルイーゼには敵わないと感じておりますから」
「ルイーゼか。すさまじい身体能力だったな」
「はい。剣技以前に速度で追いつけませんでした」
「ただ、今のところは動きが直線的だ」
「そうですね。だからこそかろうじて対処できましたが、あれで剣技まで身に着けられたら、手に負えません」
「さすがにあの速度で曲線的な動きができるとは思いたくないが……」
そう言って、ニコラは館に視線を移した。
「戻られますか?」
「そのつもりだが……」
「だったら、私も戻ります。少し待っていただけますか?」
「わかった」
うなずくと、レティシアは木刀をしまい、手荷物をもって目の前まで来た。
そのレティシアを促し、注目の中、館に戻っていく。
「……そろそろ帝国が動き出すようだ」
「今度は守りの戦いになりましょうか?」
「そうなると思う。北はここ。南はベルダ公の城で守りを固めることになるだろうな」
「アーネストは攻城戦も得意なんでしょうか?」
「西方諸国の城もいくつか落としているらしいからな。好き嫌いはあるだろうが、苦手というわけではないと思う」
「……厄介ですね」
うなずきながら、自室の前に戻る。
その部屋の扉。
開けようとしたときに、何か挟まっていたものが落ちた。
拾い上げると……手紙。
「どうされました?」
「いや。ここを出るときにはなかったものだ。誰かが手紙をはさんでいったらしい」
手に取った手紙をひっくり返した。
封蝋。
手紙を蝋で封じたもの。
そこに家紋をあしらった印が押されてある。
見覚えのある家紋。
「レモンドからだ……」
うめくような声。
「まさか」
「三十年の付き合いだ。間違えようがない」
封蝋部分をレティシアに見せた。
「……確かに。でも、どうして?」
「とりあえず、中に入ろう」
レティシアと一緒に部屋の中に入り、扉を閉めた。
「……レモンドから手紙を受け取り、この城に入り込んでいる帝国の手の者がここに差し込んだ」
「間者、ということでしょうか」
「もしくは協力者か」
「では、ある程度の情報は伝わっていると?」
「だろうな。おそらくは昨日今日のことではないだろう」
「探しますか?」
「いや、すぐには無理だろう。とりあえず開けてみる」
ニコラは封蝋を解くと中の手紙を取り出し、そのまま目を通した。
『ニコラ様。
久しいというほどにはまだ時間が経っておりませぬな。
あなたにお仕えして三十と数余年。
満足いく時間であったものの、願いが一つだけ生まれておりました。
ニコラ様と正面から軍を率いて戦ったらどうなるか。
息ダニエルに引きずられる形ではあったものの、貴方を裏切り、帝国側についたことは心苦しく思っております。
しかし、後悔はしておりません。
帝国と王国の戦いの中で、貴方と対峙できることを願っております。
ただ、その前に一度だけでよい、お会いしたく思っております。
この手紙が届けられた日より二日後の正午。
ブロワ伯領西の森、交差路にて。
それでは。
レ』
「……何が書かれてありましたか?」
「これだ」
ニコラは手紙をそのまま渡した。
レティシアがそれを読むと、
「……ニコラさま。これはアーネストの罠なのでは?わざわざ相手の指定する場所に呼び出して、というのはあまりに危険です」
「レモンドの字ではあるな。最後のレ。よくこう書いていた。まあ、アーネストの指示で書いたということも考えられるが……。それより気になるのが、ユーグではなく完全に私宛の内容だということだ」
「それは……あっ!」
「ニコラが生きていることを知っているのは私とレティシアだけだろう?」
「どうしてレモンドも知っているのでしょう?」
「ニール平原での戦いでも、アーネストにニコラと呼ばれている。どうやら、あちら側には私の事情を知っている者がいるらしい」
「どういうことでしょう?」
「わからない。ただ、今にして思えば、アーネストは剣を奪えと命じていた。あの剣には単に壊れたら修復する以外の能力もあったのかもしれない」
「身体を乗り移る、ような?」
「ああ。何かしら、アーネストは古代王国の遺品について知っていたのだろう」
そう答えると、レティシアが思いつめた顔をする。
しばらくの沈黙。
「……どういたしましょう?」
「危険は承知だが、レモンドの誘いには乗ってみようと思う」
「私はやはり罠の可能性が高いと思います。行くべきではないと思いますが」
「無論そうだが、乗り移りについて何か知っているのなら、聞いてみたい。ユーグの意識がどうなっているのか。どうにかして元に戻せるのか」
その言葉に、レティシアがこちらを見た。
じっと見る。
「……ニコラさまはユーグ様にその身体を戻し、消えることをお望みなのでしょうか?」
「消えることは望んではいないが、ユーグに返さねばならないとは思っている」
「私は……」
言いかけて、途切れた。
「レティシアはどう考えている?」
「私は……わかりません」
小さく首を振る。
「もちろん、ユーグ様が戻ってくることは望んでいます。それは間違いありません。でも、それと引き換えにニコラさまがいなくなることは望んでいません」
「しかし、それは同時にはもう成り立たない。私の身体はもうない」
「わかっています。わかっていますが……」
レティシアがこちらを見た。
深い瞳の色。
「どうすればいいのか、私もわからなくなっている。それを確認するためにも、もしレモンドが何かを知っているのなら、それを聞きたい」
「私も連れて行ってください。一人で来いとは書いてありません」
「それは……。そうだな。……わかった。一緒に行こう」
「良いのですか?」
「レティシアにとっても、ユーグのこの身体のことは他人事ではあるまい。人伝てに聞くより、直接聞きたいだろう」
「……はい、ありがとうございます。では、ご一緒させていただきます」
「二日後か」
その日が、自分でいられる最後なのかもしれない




