第21話 盤上の遊戯
「王手だな」
ニコラがパチリと音を立てて駒を動かした。
向かい側に座っているベルナールが顔をしかめる。
「いや……ちょっと待った。ここがこうなって、そうなるとこっちがこうで……」
駒をいじくりまわしながら、悩み続けている。
どう考えても詰みだ。
戦場を模した盤上で駒を動かす遊び。
ブロワ伯の館の一部屋でテーブルをはさんで、ベルナールと向かい合っていた。
「どうやっても逃げられないよ」
「まだわからん」
ベルナールは駒を動かしては戻すことを繰り返している。
しかし、しばらく考えていて、ついに駒を崩した。
「ダメだ」
「だから言ったろう?」
「……これで三連敗」
「もう少し全体を見ればもっと強くなるはずだよ、ベルナールも。局地戦にこだわりすぎだ」
「そんなもの当然だ。俺は傭兵だぞ?言われた通りの場所で戦って、目の前の敵を倒せばそれで金がもらえる」
「それでは困るということだ。これからは」
「む……」
言葉に詰まるベルナール。
先日、一通の伝達が届いた。
ロベル王太子からの勅令。
『ベルナール麾下の傭兵隊をオレアン王国の常雇とする。また、指揮官はニコラ・アンジェを任命する』
簡単ではあったが、ニコラにはそれが王国軍を変えるほど大きなものだとわかった。
以前の食事会の際、ロベル王太子が考えているといった内容がこれだろう。
「もう傭兵じゃない。オレアン王国初の常備軍の一員だ」
「常備軍か……。結局は王国に雇われるってことだろ?そいつで何が変わるんだ?正直、わからん」
駒を片付けながら聞いてくる。
「ここ数年で言われるようになった概念だな。これまでの戦争っていうのは、戦争が起これば貴族や傭兵を招集し、終われば解散だ」
「そうだな。だから俺たちは戦争があるところを渡り歩くことになる」
「ああ。だが、常備軍。戦争がない時も国が傭兵を抱える。統一した装備も支給されるし、戦争がない時は訓練に励む」
「戦争がなくっても金をもらえるってことだろ?天国じゃねぇか」
「寄せ集めではない、純粋に戦いをする集団」
その言葉に、ヒクと眉を動かすベルナール。
「……それが?」
「強いだろう?」
「確かに。常日頃から訓練していれば、戦の時の連携はうまくなりそうだな。戦争の質が変わる」
「そういうことだ。国が金を出して、プロの集団を作る。だから、ベルナール。プロがこんな駒遊びで負けていてはな?」
一瞬言葉に詰まったようだが、食い下がる。
「それは……遊びだからだ。本番になれば負けはしない」
「だったら、少なくともアーネストと同じ戦いができなければ話にならない」
「アーネストか……」
小さな舌打ち。
「すぐに帝国は準備を済ませて、再侵攻してくるはずだ。それを何とかしなけりゃならない」
「俺たちだけでか?」
「むろん、そういうわけじゃない。常備軍といったってまだ規模も小さいし、作ったからってすぐに結果を出せるわけじゃない。が、常備軍の創設は王国軍が変わるっていう象徴だ」
その言葉にベルナールが頭をがりがりとかいた。
「……今までただの傭兵だったんだぜ?」
窓の外では元傭兵たちが戦闘訓練を繰り返している。
装備はすべて同じものが支給された。
均質の能力を得ることができるように、馬、槍、剣、弓といったものの訓練が続けられている。
「まったく、戦争しなくても金がもらえるって言葉に、奴ら簡単に騙されやがって」
自分の部下の姿に愚痴る。
ニコラも窓のそばまで来ると、一緒に訓練の様子を見た。
「現実に帝国から侵攻を受けてる。何とかしないと、西方諸国と同じように帝国の支配下に置かれて、搾取されて終わり」
「……俺も一応はこの国の生まれだ。王国がなくなるっていうのは、ちょっとばかりなしだな」
「だったら、やるしかない」
「そういうことだな」
大きく息を吐きながら、うなずく。
「ああ。というわけで、ベルナール。いいか?」
ニコラは部屋中央にある机を指さし、王国全土の地図をとって広げる。
「さすがに国ともなると、こんな詳細な地図があるんだな」
ベルナールが机の前に座る。
「軍事機密で、持ち出し禁止だ」
「ま、そらそうか。こんなものが敵にわたったら、どこからでも攻められる」
「そういうこと。……で、だ。現状を確認したい」
ニコラは地図に目を落とす。
「その前にちょっと聞きたい」
「ん?」
「帝国との現状把握は必要だが、王国の中はどうなってるんだ?怪我したジャン国王の代わりにロベル殿下が国王代理に就いただろ?それなのに、国王の弟のベルダ公が認めないとか言い出して。一つにまとまる時だろ?今は」
もっともな疑問だ。
「ベルダ公はな……。以前から王位に色気を見せている方だし、南部の諸侯を率いていて力もある。ジャン国王の次は自分がって思っていたんだろう」
「いいのか?そんなんで。ただでさえ、アーネストが狙ってるってのにそんな内輪もめしていて」
「もちろん、そんなことやってる場合じゃないんだが、起きてしまったものは収めるしかない」
「どうやって?」
「もう殿下が動いてる。すぐに宰相のボドワン侯と話をして、ベルダ公のところに向かわせた」
「ボドワン侯って、あのやせっぽっちの貴族だろ?頼りになるのか?」
ベルナールがその姿を思い浮かべているのか、少し上を見て言う。
「ジャン王の懐刀。王国の裏側をすべて知る者。今、実質王国のナンバーツーだ。この状況を収められるのはボドワン侯しかいないし、ロベル殿下もそれがわかっていて、動きが速い」
「へぇ。凄いやつってことなんだな」
「あの人の不興は買うべきじゃないな。それに、ベルダ公も状況はわかってる。ただ、今後のために一度は異議を唱えておきたい、ということなんだろう。ボドワン侯がいけばさすがに従うと思う」
「まあ、そりゃそうか……。しかし」
ベルナールがこちらを見た。
「何だ?」
「ニコラ殿。あんただってこの間、伯爵位を継いだばかりなんだろ?見てきたように話すな?」
その言葉にドキリとする。
この男も鋭い。
「……いや。父から聞いたことばかりだ」
話し始めると、自分の立場を忘れかける。
ベルナールが少しいぶかしんだような表情をしたが、どうでも良いことだったのか、すぐにその表情も消えた。
「ふぅん。……まあ、いい。いずれにしても、帝国は今どう展開しようとしてるんだ?」
「そう、だな。まずはこれを見てくれ」
地図を指さす。
「ここがセイルーズ。今、帝国の拠点になっている。で、報告によるとすでに援軍が到着して、アーネストは軍を二つに分けて、こっちの王国南部側に主力を、少数を北のブロワ伯領に展開しようとしているらしい」
「南部から攻略して、北は抑えってことか」
「どうだろうな。アーネストの直下の軍が北に配置されているらしいから、アーネストは北を攻める可能性が高い」
「どういうつもりなんだ?普通、総大将は主力を率いるだろ?」
南部をベルナールが指さす。
「わからない。想像でしかないが、大軍になると自分の意思がうまく伝わりにくくなるからな。少数で意のままになる軍の方がいいって考えなのかもしれない。いずれにしても、北側も少数とはいえ、軽んじるべきじゃない」
「ふぅん……。だったら、俺は南部がいいな。アーネストとは戦いたくない」
「それは……そうだな。今戦っても、勝てる気がしない」
そう答えると、ベルナールがこちらをじっと見た。
「どうした?」
「意外だ」
「なにが?」
「あんたはアーネストと戦いたいんだと思ってた。ニール平原では、あんなに積極的だったのに」
「あれは奇襲だからだ。今の力で、正面からアーネストと戦って、勝てないことはわかってる」
「ふぅん……。なるほど、戦闘狂じゃないってことか」
「勝たないと意味がない。負ければ、王国が亡びる」
「いいね。そういうやつとは組みがいがある」
ニヤリと笑う。
「それはどうも」
「ハハ、けどどうするんだ?アーネストには勝てない。でも、負けられない」
「それを考えてる。何とかするよ」
地図を見つめながら言うと、ベルナールがこちらに顔を向ける。
「ニコラ」
「ん?」
「さっきも感じたけど、なんとかするって、そういうところが素人っぽくないよな。戦場に一度立っただけの男の言葉じゃねぇ」
「それは……。わからないが、もしあるとしたら父の教育のたまものだ」
「ニコラ・アンジェ。あんたの父親ね。まあ、この国では有名だったし、その経験をすべて聞いてる、か」
つぶやくように言う。
「何にしても帝国軍はすぐに動き出す。ベルナールはいつでも出撃ができるように準備をしておいてもらってもいいか?」
「わかった。いつでも出られるようにはしておく。武器、食料、抜かりなくやっておくぜ」
「ああ、頼む。ベルナールも何か思いついたことがあったら教えてくれ」
「わかった」
うなずくと、もう一度窓の下の傭兵たちを確認して、部屋から出ていく。
そのベルナールが扉のところで足を止めると、振り向いた。
「そういえば、今日はレティシア殿の姿が見えないが、どうしたんだ?いっつも一緒にいるのに珍しい」
「確か剣の稽古をしているはずだ」
「下で皆と一緒に?」
「そのはずだ」
「ふぅん。……まあ、大丈夫だとは思うが、気を付けた方が良いぜ。自分の隊のやつらだが、この間まで傭兵だった奴らだ。飲んで騒げば、レティシア殿の話題でも盛り上がる」
当然、卑猥な話だろう。
ニコラも、先の大戦から傭兵との付き合いは長い。
暇があれば女の話か、賭け事という連中だ。
「わかってる。けど、奴らだってレティシアの実力は知っているだろう?」
「もちろん、念のためだ。人が集まれば、悪いことを考える奴は一人、二人はいるもんだ。もちろん俺もちゃんと見るようにはするけどな」
「……ありがとう、気を付けよう」
「ああ。ま、レティシア殿には笑っていてほしい一人だからな、俺も。じゃ、準備はきっちりやっておく」
立ち去りながらそう言うと、ベルナールは部屋の外に出て行った。
……。
そんなことを言われると、急に不安になる。
ニコラは立ち上がって、稽古場に出た。




