第20話 夫
「さて、食事が途中でしたね。せっかく戦時下に作ってくれたのです。冷えないうちにいただきましょう」
その言葉にニコラ、レティシアも食事を再開する。
三人で会話を続けながら、ロベル王太子がレティシアを見た。
「……ところでレティシア殿。あなたもよく敵本陣の中に突撃されましたね。怖くはなかったのですか?」
「はい、もちろん。ただ、目の前に夫の背中がありましたので。それについていったまでのことです」
柔らかな返事。
「なるほど。夫婦の信頼とはそういうものなのですね。しかし、あなたのような方が戦場を駆ける姿はさぞや絵になったことでしょう」
「そんな。鎧を着て、無骨なものです」
「何をおっしゃる。戦の前にお会いしましたが、そのときですら、たいそう凛々しく感じましたよ」
レティシアを見つめるロベル王太子。
「……ありがとうございます。次よりは、もう少し活躍ができるとよいのですが」
「十分すぎるほどの活躍です。私などは陣の奥で震えていただけでしたから」
「そのようなこと。夫も私も、本隊の方々が帝国兵を引きつけてくださったからこそ、できたことです」
笑顔で返すレティシア。
その笑顔にわずかに心が騒ぐ。
「いえいえ、それこそご謙遜というものです。レティシア殿、あなたの此度の活躍は驚きをもって受け止められています」
「ありがとうございます。ロベル殿下にお褒めの言葉を頂けたこと、生涯忘れることないようにいたします」
「それは私にとっても光栄な言葉です。レティシア殿との会話は、私の胸の内に深く留めておくことにいたしましょう」
「……はい」
ロベル王太子の意図をとらえかねたのか、レティシアは視線を落とした。
……これは踏み込みすぎではないのか?
ニコラは王太子を見た。
その視線に気が付いてか、こちらを向くと、
「しかし、ニコラ殿。時代が変わってきているように感じませんか?」
「どういうことでしょう?」
「帝国の皇女にも戦好きの方がいるとか。戦場でも相対したと聞きました」
「そう、ですね。おそらく、その皇女だと思われます。帝国本陣に突入した際、レティシアが対峙しました」
「詳細を聞かせていただけますか?」
ロベル王太子の視線が再びレティシアに移る。
「ルイーゼ・ハノーヴと名乗っておりました。非常に猛々しく鋭い剣技で、恐ろしい技術と速度の持ち主だと感じました」
「なるほど。帝国は皇族まで投入しているとなると、やはり此度の侵攻、生半可な覚悟ではないのでしょうね」
「私にはわかりかねます。夫ならば……」
こちらを見る。
「ロベル殿下」
「何でしょう?」
「おっしゃられるとおり、本格的な侵攻であると思われます。さらに言うと、敵将のアーネストですが、これまでの戦い方では、勝つことは難しいかと」
ゆっくりと、ただはっきりと言い切った。
「なるほど。早速私に助言をくれるわけですね?」
ロベル王太子の口角が少し上がる。
こういうところだ。
こういうところが苦手だ。
が、ニコラは続ける。
「若輩ながらも、感じたことは伝えておかねばなりません。王国のために」
「ありがとうございます。ニコラ殿の心配は当然ですが、アーネストの件、私も同様に考えています」
「といいますと?」
「モンフォール侯が亡くなられたことがその象徴でしょう。騎馬突撃であの方に勝る部隊をお持ちの方はおられないでしょうから。帝国を含めて」
「……戦い方を変えざるを得ない、と?」
ロベル王太子がこちらをじっくりと見る。
「……その通りです。実のところ、一つ考えていることがあるのですが、それはまた後日にいたしましょう。私の判断だけでは出来かねることですので。ボドワン卿、ほか官僚にも話を通さねばなりません」
「それはどのような?」
「決まったら必ずニコラ殿、レティシア殿にもお伝えしますので、今日のところは」
「は……」
頭を下げるニコラ。
「さてと。では、堅苦しい話はこのくらいにして。食事もメインが準備できたようです。楽しむことといたしましょう」
ロベル王太子が笑顔で言うと、再び給仕の者が動き出す。
それから食事が終わるまで三人の会話は続き、戦以外の話題ではレティシアがうまく助け舟を出してくれ、無事に終えることが出来た。
「……本日はお招きいただき、ありがとうございました」
レティシアが帰り際にロベル王太子に礼を言う。
並んで立っているニコラも頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。有意義な話ができましたので」
「楽しい時間をいただけたこと、感謝申し上げます」
「ニコラ殿、レティシア殿。明日からもお互い忙しい身です。今日はこのような穏やかな時間が取れたこと、私もうれしく思います。また、機会があればお誘いします」
余裕のある笑み。
ロベル王太子に見送られつつ、並んで歩きだすとレティシアが腕を絡めてきた。
寄り添うように、ぴったりとくっつく。
「……どうかしたか?」
「いえ。何となく」
歩きながら小さく首を振る。
わかるような気もする。
仮に振り返ったなら、ロベル王太子はまだこちらを見ているだろう。
それもレティシアを。
「ニコラさま?」
「ん?」
「どのような方だと感じました?」
「ロベル殿下か?」
「はい」
うなずいたレティシアと歩調を合わせながら、
「これまでの王とは異なるようだ。ジャン王も、その父王も、ともすれば最前線に立って指揮を執るようなタイプであった」
「はい」
「ただ、ロベル殿下は間違ってもそんなことはしないだろう」
「私もそう思います」
「……だからといって、無能とも思えない」
「はい」
「何か考えがあるようだが、それを待つしかあるまい」
「……そうですね」
答えたレティシアだが、それが求めている答えではないことが身体を通じて伝わってきた気がする。
「……それに、女好きだという噂は間違いないようだ」
「はい。……先生?」
「ん?」
呼び方が変わった。
「夫としての役割、お願いしますね」
心臓がはねた。
……夫を、演じる。
「それは……もちろん」
何とか答えたが、千々に乱れるというのはこのことだろう。
レティシアにどう接したらいいのか、これはブロワ伯にも聞けない。
レティシアの体温が感じられる中で、なんとか動揺が伝わらないようにするのが精いっぱいのところであった。




