第18話 戦いの後
「酷いものですね……」
王国軍はニール平原から退却し、ブロワ伯領に集結していた。
帝国もすぐに追撃戦に入る余裕はなかったらしく、一旦セイルーズに撤退している。
全身鎧と鎖帷子を脱いだレティシアが隣を歩いている。
まだ戦時ということもあり、白いブラウスにぴったりとした脚衣、膝までのブーツといった格好。
髪もまとめ上げてあり、凛々しいその姿はすれ違う者の人目を引いていた。
「まったくだ」
けが人のうめき声。
うつむく兵士。
ニコラも呻くようにうなずくと、歩きながら周囲を見る。
損害を集計している中でまだ正確な数は出ていないが、今回参加した兵士のうちおおむね四割前後が死傷したようだ。
大損害と言っていい。
総力を結集した戦いではないとはいえ、それでも初戦でこの敗北は今後に大きな影響を与えることになるだろう。
ニコラとともに行動した傭兵隊は弓矢で怪我をした者が多かったが、立ち回りがうまかったのか意外に死者は少なかった。
怪我の程度も軽い者がほとんどで、復帰も遠くないとのことだ。
とりあえず傭兵たちは休ませ、補給や食事、その他の指示を受けるためにレティシアと本隊に向かっている途中である。
「……そういえば、先ほど聞こえてきましたが、モンフォール侯爵も戦死なされたそうです」
「そうか。モンフォール侯が……」
「左翼、右翼ともに第一陣は酷いことになっていましたものね」
ため息交じりの声。
「ああ。下馬した重装兵に突撃を止められ、大混乱だったからな。……モンフォール侯は馬上槍が得意で、いつも一番に突撃をしておられた」
いろいろと言い合った中ではあるが、それでも先の大戦では大活躍をした英雄の一人だ。ライバルとして四十年近く生きて、その上戦場で死んだとなるとやはり悼む気持ちも沸き起こる。
「一応、遺体は回収されたようです」
「そうか。それならまだよかった。他にもずいぶんと戦死の報告が上がっているようだ」
「はい……」
「完敗だったな」
ぽつりと言う。
「偶然、このような身になって指揮権がなかったが、もしニコラのままであったなら、おそらく私もモンフォール侯と同じ運命をたどっていただろう」
「ニコラさまでも、ですか?」
「ああ。第一陣を任されていたら、突撃して死んでいただろう」
「そんなことはありません……と言いたい気持ちはありますが」
さすがにレティシアもこの敗北を前に違うとは言い切れないのだろう。
「なにはともあれ、戦争は重騎士による突撃から、と考えていた。様々な対応は、その後やることだと思っていた」
「それが覆された……」
レティシアの表情も沈んでいる。
「アーネストは常識を常識と考えていない。とにかく理詰めだ。弱点を突き止め、負けない戦いをしている」
「重騎士の弱点とはなんでしょう?」
「馬だ。馬は穂先の壁には突っ込まない」
「それは……。確かに。でも、どうしてそんな当然のことを、これまでアーネスト以外はやってこなかったんです?」
「怖いからだ。重い鎧を着た馬が槍を構えて何百騎と突っ込んでくる。自分は地面で槍を構えてる」
「……怖いですね」
「そう。だから、重騎兵が突っ込めば、歩兵は乱れる。これは当然だった」
「では、どうやってアーネストは乱れない歩兵を作ったんでしょう?」
「わからない。……が、重騎兵を馬から下して使ったことに理由はあるように思う。ここは検証が必要だ」
その返事にうつむいて考えている。
「……ニコラさま」
レティシアが顔を上げた。
「ん?」
「……王国は勝てるのでしょうか?」
一瞬、言葉に詰まる。
しかし、何も言わないわけにはいかない。
「難しいが、やるしかないだろう」
「でも、どうやって?」
「さて……。今の私では軍の編成に口を出す権利がない。難しいな」
そう答えた時、視線の先にブロワ伯が見えた。
数人の部下を連れて、ブロワ伯がこちらに歩いてきている。
「お父さま!ご無事だとは聞いておりましたが」
「おうよ。この通り傷一つない。そなたたちはどこに行くつもりだ?」
「中央本部に食糧などの補給と、怪我人の治療の依頼に行くつもりです」
「そうか。私も先ほどまで中央部にいたが、かなり待たされそうだぞ。もし緊急の怪我人がいるようなら、手を回してやるが」
「いえ、そこまでの者は……」
動けなくなった者は、戦場で死んでしまっている。
「そうか」
「義父上の方はいかがでしたか?」
「かなりやられた。まだ把握は済んでいないが、指揮官が何名か死んだとの報告を受けている」
「それは……。右翼のモンフォール侯も亡くなられたとか」
「らしい。痛ましいことだ。中央もかなり切り崩されて、なにより国王が怪我をされた」
「国王が?」
ニコラとレティシアが同時に聞き返した。
「ああ。騎兵のうちに弓矢を使う部隊がいたようでな。かなりの数の矢が王の周辺に降り注いだそうだ。そのうちの一矢がな、王の左肩に刺さったらしい」
「容体はどうなのです?」
「そこまではわからない。天幕の中で治療を受けているらしいが」
「大丈夫なのでしょうか?」
心配そうな表情でレティシアが聞く。
その声に先の大戦を思い出す。
現在のジャン王の父も戦場に倒れた。
その時の混乱は王国をまさしく危機に陥れた。
特に、ジャン王は先の大戦を経験している古強者である。
精神的な支柱と言っていい。
軽傷ならよいが、動けないとなると指揮を執るのはロベル王太子。
ただ、ロベル王太子は今回が初陣。
厳しい戦いが、さらに厳しくなる。
「王は動けるのでしょうか?」
「近習たちは大丈夫だとは言っていたが……。まさかここまで攻め込まれるとは想定していなかった。痛み分けとはいえ、王の怪我は痛いな」
「……痛み分け、ですか?」
思わずニコラは聞き返してしまった。
「お互いに軍を引いたのだから、痛み分けと言っていいだろう」
自信をもって断定している。
というより、そう思い込もうとしているのかもしれない。
ブロワ伯も先の大戦を生き延びた者である。
今回の損害は、小さなものではないこともわかっているだろう。
が、それを声高に叫んだところで状況は好転しない。
だったら、士気を維持するためにも痛み分けとするのは間違っていない。
「……そうですね」
「うむ。しかしニコラ殿。なんにしてもよくやってくれた」
「何がでしょう?」
「敵本陣への攻撃だ。我が隊が敵本陣を蹴散らすとはな。アーネストも打ち取れれば文句はなかったが、そこまでは望むまい。戦いはこれからなのだから」
「それは……。押し出されて逃げた先がちょうどよかっただけのことです」
「謙遜するな。敵本陣への突撃など、さすがはニコラ殿の息子だ」
「そういうものではないのですが……」
「私も鼻が高い。此度の戦いで帝国に一矢報いたのは我が隊だけだ」
ブロワ伯は満足げな様子を見せる。
「……ありがとうございます。……しかし、被害の大きさは思っていた以上でした」
「まあ、向こうはこの十年戦いどおしだからな。比べて、こちらは三十年も大きな戦争をしていない。その差であろうな」
「だといいのですが……」
改めて周りを見ながら、ニコラも沈む気持ちに抵抗していた。
「……お父さま」
少しの沈黙が続いたからか、レティシアが口を開く。
「レティシア。よくぞ生き延びてくれた」
「ニコラさまがいるのですから、当然のことです」
「そうか、そうか」
「それよりお父さま、今後はどうなるのでしょう?」
「ここでまずは防衛線を構築するそうだ。南方のベルダ公の軍も北上していたが、今は停止して防衛線を作っている」
「南部とブロワ伯領に防衛線を築くということですね」
「そうだ。各諸侯からも兵を集めている。数をそろえ、その後に押し戻すということになるだろう」
腕を組むその手がわずかに震えていたのに気が付く。
やはりブロワ伯も損害の大きさに衝撃を受けているのかもしれない。
「今後、私たちはお父さまと一緒に行動すればよいのですよね?」
「ああ、それで構わない。ただ、ニコラ殿。ロベル殿下より、お呼びがかかっている。一緒に食事を、とのことだ」
「ロベル殿下から?またどうしてでしょう?」
驚き、聞き返す。
「本来なら敵本陣への突入について王がねぎらいをするところであろうが、怪我をなされておられる。かわりに殿下がということなのだろう」
「しかし、敵も一時引いたとはいえ、まだ戦時ですが」
「王族からの招きだ。無下にはできまい。傭兵隊についてはこちらで預かっておく。何かあったらすぐに連絡をするから、そのあたりは心配せずともよい」
「……かしこまりました。準備をしておきます」
「それでいい。後ほど使いの者が来るそうだから、それについていけばいい。それと、レティシアも一緒にとのことだ」
今度はレティシアが驚く。
「私も、ですか?しかし、戦地で着ていくものの準備が何もしていないのですが」
「それについてはこちらで準備しよう。ニコラ殿の言うとおり、まだ戦時であるし、簡易的なもので構わないだろう」
「……かしこまりました」
「明日は軍の再編成がある。そちらの準備も進めておいてくれ」
「はい。では、諸々準備にかかります」
「……気を付けてな」
こちら肩に手を乗せると、ブロワ伯は自分の部隊へと戻っていった。
……気を付けて?
最後の言葉が気になりつつ、ブロワ伯を見送った。




