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第15話 戦場

金属のこすれる音。

馬のいななき。

草原の生々しい臭い。


ニール平原に王国軍が布陣を始めている。

中央大隊、左翼大隊、右翼大隊に重騎兵と歩兵がひしめいている。

壮観といえば壮観。


「こう見ると凄い数ですね」


隣にレティシアが馬を寄せてきた。

鎧をまとったレティシアは、兜の面頬を上げている。


「確かに。久しぶりの感覚だ」

「私も昂ぶりを抑えきれません」

「今はそのくらいでいいだろう」

「はい……」


武者震いをしているレティシアに笑いかけながら、遥か前方に同じく横陣で展開する帝国兵を見つめる。


「……何か気になることでもありますか?」

「いや、帝国兵がな」

「どうかされましたか?」

「まだ騎兵が騎乗していないように見えてな」


その返事にレティシアも目を凝らして敵陣を見る。


「……本当ですね。直前で乗るのでしょうか?」

「さて」


どういうことなのか。

重騎兵が馬に乗るのは大変だ。

全身鎧を身に着けていても意外と自由に動けるものだが、重さだけはどうにもならない。

そのため、馬に乗るときは数人がかりだ。


王国側の騎兵はすべて騎乗を済ませ、戦いの始まりを待っている。


……アーネスト。


相手はこの十年、西方にて戦を繰り返してきたあのアーネストである。

よもや準備が遅れているということはあるまい。


……何か他の狙いがあるのか?


戦いの形は様々であるが、基本は両軍が横陣に配置し距離を縮めていく。

ある距離を越えたところで、重騎兵が突撃を開始する。


重騎兵の突撃を歩兵で止めることは難しい。

敵方も重騎兵には重騎兵をぶつけざるを得ず、そのため騎士は普段から鍛錬として馬上槍試合を欠かさない。


その後、敵騎兵を打ち破った騎兵が敵の歩兵の側面もしくは後方に回り込んで包囲殲滅を狙う。

もちろんこれは理想であって、現実的にはこのようにいかない。

大抵は混戦、乱戦となって後は力押しとなる。


その重騎兵が騎乗していない。

レティシアの言う通り直前で騎乗するのかもしれないが、不可解ではある。

そこに後ろからの気配を感じ、馬をそちらに向けるとベルナールの甲冑姿。


「調子はどうだ、ニコラ殿」

「ベルナール殿か。なかなかといったところだ」

「貴族様は仰々しいな。ベルナールでいい」

「だったら、こちらもだ」

「了解、ニコラ。しかし、いよいよだな」


前に広がる草原を見渡す。


「傭兵隊のまとまりは?」

「こんな戦は慣れた奴らだよ。落ち着いたものだ」

「それは重畳」

「レティシア殿はどうだ?」


横のレティシアに視線を移す。


「緊張しておりますが、大丈夫です」

「ハハ、緊張しているのがわかっているなら大丈夫だな」

「どういうことです?」

「本当にダメな奴は、緊張していることもわからないからな。それにあんたくらいの腕があれば、多少緊張してたって変わらないだろ」

「どうでしょうか。何しろ初陣なのですから」

「大丈夫。俺が請け負うよ。しかし、それに比べるとニコラは落ち着いているな」


再びこちらに視線を向けると、上から下まで見定めてくる。


「そうでもないが」

「いや、いや。ニコラも初陣だって言ってたろ?俺も戦場はどのくらい経験したのか覚えていないほどだが、初陣でそこまで落ち着いていられる奴は見たことがない」

「緊張が表に出ていないだけだ。震えているよ」

「そうは見えないけどな」


そう言うベルナールに笑顔を向けると、


「それはそうとベルナール、最後の確認だ。我らは左翼の重騎兵隊の後詰になる。銅鑼の音に合わせて突撃を始めよとの指示を受けているが、傭兵隊への周知は間違いはないか?」

「ん、問題ない。ただ、動き出す号令はニコラに任せていいか?指揮系統は統一しておいた方がこちらも混乱なく動ける」

「私で良いのか?」


歴戦の傭兵隊長を見る。


「俺が言えば従うよ。それに、今のニコラの様子なら、的確な指示は出してくれるだろう?」

「……わかった。では、私が号令かけるから、それを待って突撃を」

「了解だ。それじゃ、最後の確認にやつらに伝えてくる」

「頼む」


その言葉にうなずくと、ベルナールは傭兵隊のもとに向かいかけて馬の足を止めると、振り返った。


「……いい戦になるといいな」


歯を見せて笑う。


「そうだな」

「では、幸運を」

「お互いに」


その返事に傭兵隊の元に戻っていった。


「さすがに慣れた様子ですね」

「ああ、頼もしいな。それに比べると……」


準備を終えた正規兵達を見る。

先ほどベルナールの言った、緊張していることすらわからない状態の者が多々いるようだ。


「やはり、苦戦はしそうだな」

「でしょうか?」

「あれではな……」

「確かに」


レティシアもベルナールの言葉通りの者がいることがわかっているのだろう。

ゆっくりとうなずく。

とはいえ、王国は三十年ぶりの戦。

 

……仕方がないと言えば仕方がないが。


そう思った矢先、視線の先に鎧を身につけたブロワ伯が目に入ってきた。


「……これは義父上」


こちらから馬を寄せる。


「いよいよだな」

「はい」

「娘は大丈夫か?」

「こちらにおりますよ、お父さま」

「そうか。ニコラ殿の後ろにいるようにな」

「わかっております。それよりもう開戦でしょう?お父さまこそ指揮所を離れてよろしいのですか?」

「おお、それよ。ロベル殿下が視察に来られてな」


その言葉にブロワ伯の後ろを見ると、数騎に囲まれるようにしてひときわ豪華な鎧に身を包んだ騎士がこちらに近づいてきた。


現国王ジャンの第一王子。

二十七歳と若く端整な顔立ちで長身。

鎧姿も着せられているのではなく、堂に入っている。

妻子もいるが、女性の噂が絶えないのもわかる気がした。


慌てて敬礼をするニコラに対し、ロベル王太子より声をかけてくる。


「そのままで。過度にかしこまる必要はありません。戦の前なのですから」

「はっ」

「久しぶりです、ユーグ殿。いや、ニコラ殿の名前を引き継がれたのでしたね。前回会ったのはそなたが士官学生の時でありましたでしょうか?」

「はい。その折は……」


その記憶が今のニコラにはないため、中途半端な返事しかできなかった。

ただ、年齢から考えて、士官学校時代の先輩にあたるのだろう。


……にしても。

 

ロベル王太子の姿を見る。

ニコラの時は何度かあいさつを交わした程度で、あまり印象にない。

ただこうしてみると、優秀だと感じる。

今のニコラではないが、初陣を前にしてこの落ち着きようは大したものだろう。


「学生時代は学問に傾倒していたようですが、やはり剣聖の子ですね。鎧姿が似合っています」

「着せられております」

「フフ、それはこちらも同じことです。それより……ニコラ殿。御父上が亡くなったこと、残念です」


丁寧になりすぎない程に頭を下げ、端整な顔を沈ませる。

その所作も無駄がなく、洗練されていた。


「お気遣い、感謝いたします。しかし、此度の戦を招いた責が父にも私にもございます。その汚名、何としてもそそぎたいと思っております」

「いえ、そのようなこと。むしろそなたの父、ニコラ殿が亡くなったのは我が国にとっては大きな損失でありました」

「そう言って頂けると、父も報われましょう」


その返事にロベル王太子は自然な笑顔をこちらに向けると、


「事実を申したまでです。ニコラ殿もその名に負けぬ働き、期待しています」

「かしこまりました。全霊をもちましてご期待に応えるつもりであります」

「ええ。……その後ろにおられるはレティシア殿か」

「はい。殿下」


レティシアが少しだけ前に出る。


「女性のそなたまでが戦に加わってくれる。ありがたく思います」

「いえ、私もニコラさまに剣を教わった身。その力、役立てたく思います」

「そうですか……。それは羨ましいことです。私も幼少のころ、教えを頂く約束をしていたのですが。ついには叶いませんでした」

「それは……残念なことです」

「いや、仕方ないことです。それよりも、ニコラ殿、レティシア殿。約束していただきたい。このような戦いで死なないでください」


人を包み込むような雰囲気。


……なかなかの男だ。


そう思う。


「かしこまりました」


ニコラは頭を下げ、その後ろでレティシアも同じように頭を下げたとき、騎士がロベル王太子に馬を寄せてきた。

何かを伝えており、それにロベル王太子はうなずくと声を張った。


「今より一刻ほど後、前進を始めるとのことです」


よく通る声。

周囲がざわつく。

ブロワ伯が少し前に出ると、


「殿下。かしこまりました。準備を始めます」

「頼みます」


あわただしく周囲が動き始め、ロベル王太子も騎士に囲まれて中央大隊の奥へと戻っていく。


「では、ニコラ殿。娘と傭兵隊はそなたに任せた」


ブロワ伯がニコラの肩に手を置く。


「かしこまりました」

「左翼大隊の総指揮は私となったが、右翼はモンフォール侯が指揮を執る」

「モンフォール侯が……」

「先の大戦でも活躍された方だ。よもや誤ることはあるまい」

「……はい」


厳めしい顔が思い浮かぶ。

同年代で、出世を争った間柄だ。


「では、私もそろそろ戻らないとな」

「かしこまりました。お預かりした百の傭兵隊。無駄にはしません」

「頼むぞ」

「ご武運を」


ブロワ伯は軽く手を上げると、そのまま後方に戻っていった。


「……モンフォール侯の名前が出た時、少し表情が揺れておられましたね」


レティシアが近づいて囁くように言う。

少し驚き、息を抜きながら笑った。


「フフ、よく見ている」

「もちろんです。で、どうなのでしょう?モンフォール侯は」

「能力的には問題ない。まさしく、先の大戦では活躍された方だ。主だった戦いには参加していたし、敵将を何人も打ち取っているはずだ」

「それならば指揮を任せても大丈夫ということなのでしょうか?」

「もちろんだ」

「ならば表情が揺れたのはどうしてでしょう?」


そう聞いてきたレティシアを見ると、軽く首を振った。


「つまらないことだ。モンフォール侯とは先の大戦で何度か意見が異なりぶつかったことがあった。柔軟な考えをされる方ではなかったのでな。こうと決めたら押し通す方であった」

「今回の戦い。今までのやり方では通じない可能性も高いのでしょう?」

「もちろんだ。ただ、私の意見がすべて正しいわけではない。結果を見れば、モンフォール侯は数多くの勝利を収めている。そういう意味では、モンフォール侯は有能だ」


それが引っかかる言い方に聞こえたのだろう。

レティシアはこちらに近づき、鎧が触れ合う距離になる。


「ニコラさま。……本心から言うと、この戦い、どうなのですか?」

「……危ういな」

「負けると?」

「それはわからないが、レティシア。私から離れるな」


ほかに聞こえないよう、レティシアだけに言った。


「わかりました。絶対に離れません」


そう答えながら、さらに身を寄せるレティシア。

鎧が当たって音がする。


息遣いすらもわかる距離。


レティシアへの距離感が分からなくなる。

今の自分にどういった関係をレティシアは望んでいるのか。


……剣を教えているころは、考えていることなどすぐにわかったものなのに。


ニコラは兜の奥の美しい顔を見た。


「……気を付けていないと、レティシアがユーグの妻であることをつい忘れてしまうものだな」


冗談めかして言う。


「フフ、そうですね。私もつい今のユーグ様がニコラさまであることを忘れそうになります」


跳ね上げた面頬の奥でこちらを見つめる瞳。

以前も見た、瞳の色。


心臓がわずかに跳ねるのを感じたが、今はこれから始まる戦いのことを考えるべきだ。


その時、銅鑼の鳴る音が響いた。

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